第33話 ロベールの部屋
「なに、ヴァンダルベルクの国王が暗殺されただと?」
「ほう・・・興味深い」
ローブに身を包んだ数名が、薄暗い空間の中で、浮遊していた。
巨大な魔石に乗って。
「ククク・・・面白い事になってきましたな」
「あの平和ボケした国を担ぎ出すには好都合だな・・・」
「クククク・・・」
(ん?だれ?このひとたち・・・)
「―――――誰か外にいるのか?」
ローブを深くかぶったその顔から、ギラリ、と光る目。
「誰かいたか?」
「いや、まさか。ここには我々以外入れないはずだ―――――――」
*****
「んあ?」
レオンハルトは目を覚ました。
(おかしな夢を見てしまったな)
・・・夢?
やけに生々しく真実味があるような、レオンハルト自身には想像も付かないような。
あの人たちは誰なんだろう。
「まあいいや」
そんな事より、やる事が色々ある。
「ロベールのとこに行かなくちゃ」
そう独り言ち、ベッドから這い出た。
昨日、フィリップから寝る事を勧められ、「やっぱりシュヴァルツの事が気になって眠れないよ」とゴネたが、ロベールにも寝ろと脅されたので、仕方無くベッドに横になった。
ベッドに横になってからの記憶が全く無いので、すぐに寝てしまったのだろう。
(わ、我ながら情けない・・・)
フィリップ兄さんは、国王が仮眠を取っている間一睡もしないで王宮を守っているというのに。
ガチャリ
自室の扉を開けた。
「あれ?」
廊下に一歩足を踏み出すと、扉の横に、あの若い執事が立っていた。
彼が気づいた。
「お目覚めになられましたか、王子!」
「――――――なんで?」
(僕に何か用かな?)
「ロベール殿からのご依頼です」
「へ?」
「彼が言っておりました。本来なら自身が王子の部屋の前で警備していたいが、先の落雷作業などで疲れてしまったので休息を取る。その間ここを警備していてくれ、と」
「え?僕の部屋を?」
「ヴァンダルベルク王国の件があるので、王子をお守りするのも、当然でしょう」
当たり前のように言うが。
僕の部屋を警備するなら、では・・・、
「ほかの兄さんたちの所も?」
執事がうなづく。
「はい。フィリップ王子は現在起きていますので、それ以外の王子の部屋も警備しています」
「そ、そっか。それは安心した」
(まさか僕だけ警備してた、なんてことだったらどうしようかと思ったよ)
「てっきり国王の部屋だけ警備するのかと思ってたよ」
「急きょ決まったようです。ですが、警備兵の人数が足りないので、王子たちは持ち回りで執事などが警備する事になりました」
「そうなんだ。大変だね、君も、ええと」
確か、名をマルセルと言うと思った。
「マルセルも」
すると、名を呼ばれた執事が、頭をぶんぶんと振って否定する。
茶色くウェーブのかかった髪がふわふわと揺れる。
「いえ!これも仕事ですので!」
それを見て思わず笑いそうになったが、マルセルが一生懸命なのでなんとかこらえた。
(マルセルといい、フィリップ兄さんといい、眠いのにがんばってる)
―――――僕も、頑張らなきゃ。
「警備感謝するよ!じゃあ僕、ロベールの所に行ってくるから、もう警備はいいよ!」
「はい、では」
執事を見送ってから、レオンハルトはロベールの部屋へ向かった。
コンコン
扉をたたいたが、返事が無い。
「いないのかなあ」
(それとも、まだ寝てる?)
僕より起きるのが遅いなんて、よっぽど疲れてるのか。
そうだよな、昨日、落雷現場での作業とか、色々あったから。
「・・・・・・、」
(入ってみるか・・・)
キイィ
ロベールの部屋の扉を少し開け、こっそりのぞいてみた。
ここに入るのは久しぶりだ。
勿論入ったのは、ここの主がいた時だけ、だが。
「あれ、いない」
レオンハルトは思わず足を踏み入れていた。
「ちょ、ちょっとだけ」
誰もいない部屋に勝手に入るという罪悪感を抱きながらも、ロベールだからいいじゃんという悪の心が顔をのぞかせた。
キョロキョロと辺りを見渡す。
シンプルだが、ひとつだけ、存在感を放つ物があった。
大きな本棚だ。
そこに本がぎっしり詰まっている。
(いつみても凄いなー)
「ん?」
いつもは整然と揃えられている本だが、二冊、本がぴょんと前に出ていた。
レオンハルトはよく見てみようと、もっと部屋の奥へ足を踏み入れる。
「『魔法の歴史』・・・と、『最先端魔法について』・・・?」
(『最先端魔法』・・・?)
って、どこかで聞いた事があるような――――――?
「そこでなにをしている」
「うわあ!!」
レオンハルトは思わず大声を出した。
心臓が飛び出そうになった。
振り向くとロベールが扉の前に立っていた。
(い、いや、僕は何も悪い事はしてないぞ・・・!)
誰もいない部屋に入ったのはいけない事だけど、でも、それ以外何もしてないし!
と、己の心の中で言い訳をする。
ロベールが扉を閉め、近づいてくる。
「ご、ごごごごめんなさいっ」
思わず謝ってしまう。
(ああっ、だから悪い事してないのに・・・!)
「何か用か?」
すると拍子抜けの言葉が返ってくる。
しかしその顔は憮然としていた。
レオンハルトが思わず本棚を見てしまうと、ロベールがそれに気づき、相変わらず憮然とした表情で本をぐいっと押し込めた。
そして何事も無かったかのように、レオンハルトに向き直る。
心なしか、いつもより言葉数が少ないような気がする。
なんだか気まずい空気なので、レオンハルトが言葉を押し出す。
そういえば、何か用かと、尋ねられていたんだった。
「あ、そういえば、王子の警備もはじまったんだね」
「ああ、そうみたいだな。だが、それも数日間の事らしい」
「そ、そっか」
「・・・」
まだ変な空気が流れていた。
めずらしい。
「ロベールは、ちゃんと眠れた?」
ロベールが憮然とした表情から、いつもの顔に戻った。
「僕?僕はさっきまで仕事してたんだ」
「へ?」
仕事?夜明け前から?
「大丈夫。少し寝たから」
「そう」
ホッとした。
ロベールにまで倒れられたら、僕は。
ロベールがレオンハルトの頭にポンと手を置く。
「お前は?寝られたか?シュヴァルツ王子の事が気になって寝れないよ~とか言ってたじゃないか」
そう言ってニヤリと笑った。
その顔を見てレオンハルトがムッとする。
「あっ!からかわらないでよね!眠れたし!ばっちり眠れたし!」
「ふっ」
ロベールが笑った。
(ああ・・・よかった・・・なんだかさっきまでの二人の空気・・・いつもと違っておかしかった・・・何かまるで、よそよそしくなるような)
まさか。
僕とロベールが?
ありえないありえない。
心の中で思いっきり否定した。
コンコン
扉をたたく音。
「はい」
ロベールが扉を開けず声をかける。
「レオンハルト王子、あの~いますよね?」
「!」
二人で顔を見合わせた。
「マルセルだ」
さっきまでレオンハルトの部屋の前で警備していたあの若い執事。
「警備は終わったんだろ?」
「う、うん。なんでまた来るの・・・」
少し不信がりながらも、この部屋の主であるロベールが扉を開けた。
開けると、申し訳なさそうに頭を下げているマルセルがいた。
背は高いのに、怯えている小動物のように見える。
(何か忘れ物でもした?)
「またすいません・・・、あの、それで、ご伝言があるのですが・・・先ほど申し付かわされまして・・」
(ほんとに忙しい仕事だなあ)
早く彼を休ませてあげたいよ。
「僕に?」
「はい。国王の所に来てほしいと」
「へ?」
父さんの所へ?
(仮眠終わったのかな?)