第3話
(・・・?)
門を抜け、足を踏み入れた途端、レオンハルトは何かただならぬ圧力を感じ足を止めた。
「・・・っ」
思わずひざをつく。
「・・・おい、どうした?」
ロベールが心配そうに声をかけた。
「・・・あれ、止まった」
しかしすぐに収まってしまった。
(まあ、いいや)
そのままやり過ごす事にした。
「ごめん、大丈夫」
笑顔になり、また歩き出した。
「わあ、広い・・・!」
改めて周囲を見渡してみると、そこには緑の大地が広がっていた。
さきほどまでの景色とだいぶ違う。
隣を歩くロベールは、レオンハルトとは対照的にただ黙々と歩いていた。
同時に入場した数十人が、レオンハルト同様目を輝かせながらてんでんばらばらに丘を目指していた。
レオンハルトたちは彼らの後ろを少し離れて歩いた。
途中、警備の小屋だろうか、それらしい建物を何軒か通り過ぎたが、あとは何も無い場所だった。
少し先に、小高い丘が見える。
「あ、あそこかなあ」
少し上を見上げる。
「そうみたいだな」
やっとたどり着いた。
ここへ来る為だけに、この国へ来たのだ。
先頭で走って目的地を目指していた人たちが、丘を登り頂上まで辿り着いていた。
そしてこちらを見て満面の笑みで手を振っている。
レオンハルトや他の歩いていた人々も手を振りかえす。
とても平和な、光景である。
この場所だけは。
「レガリアのプレヴェラ草原みたいだね」
レオンハルトは、こんなに素敵な場所なのにどうして一般市民は来れないんだろう、と残念に感じた。
ただ、市民が立ち入り禁止なので、丘の向こう側はレオンハルト達の方からは見えないが、周囲を塀で囲まれていて少々窮屈に見える。
「あそこはお前の庭みたいなもんだろ」
「僕の庭!?あそこはちゃんと市民の人たちも来れる場所だよ!?」
ムキになって答えた。
あー、はいはい、とロベールは空返事をする。
そんなロベールに気づかず、レオンハルトは思い出してうっとりとする。
「そうそう。僕はそのプレヴェラ草原で流星群を見たんだよ」
「・・・」
レガリアとは、レオンハルトの住んでいる国の名前である。
レガリア国。
大陸の北東、内陸部に位置する国である。
レオンハルトはその第11代目の国王の息子で、第四王子であった。
レオンハルト=フォン=ラスペード。
ロベールは、名をロベール=ハインツ。
レオンハルトの従者であった。
しかし王子ともあろう身分の者が、何故従者一人しかつけず歩いているのかは謎である。
プレヴェラ草原とは、城の敷地の裏側にある、少し小高くなっている草原のことである。
城の敷地の外なので、一般市民も来れる場所である。
だが、ほとんど人が来ないので、いつもレオンハルトが独り占め状態であった。
勿論、レオンハルト自身はそれは本意ではないが。
レガリアはゴールドローズから国を三つほど通って来なければならない為、歩いての道のりは遠い。
幸いな事に、この三つの国はまだ戦争状態に入っていない為、通るのは安全であった。
戦争状態に入ると、たとえ空であってもいつ敵の攻撃が来るかわからない。
さすがに歩くのは日数がかかりすぎるので、ロベールの持つ魔法、空を飛べる『飛行魔法』でここまで来た。
それでも、途中休みながら来るので数日はかかる。
「はあ、着いた」
丘の頂上まで辿り着いた。
少し坂になっているので歩くと、軽く息切れする。
暑苦しいのでローブのフードは歩いている途中で取ってしまった。
「もう少し体を鍛えろよ」
ロベールは飄々としている。
暑くないのだろうか。
彼は今やっとローブのフードを取り、辺りを見回していた。
「う、うるさいなー」
(ロベールは、僕と同じくらいの体格だけど、体力あるよなー)
レオンハルトは、魔法は勿論、体術や剣術でもロベールの比較にならないくらい弱い。
「あと二年経ってロベールと同じ年になれば、僕だって強くなるよ!」
「・・・、年数の問題じゃないけど」
そう突っ込みを入れたが、当の本人の耳には届いていないようだ。
(あ・・・)
レオンハルトは気づかなかったが、彼らの後ろから、もう一組歩いてきていた。
彼らもレオンハルトたちと同様、ローブを頭から足の先まで纏っていた。
口元も覆っている。
二人でゆっくりと登ってきていた。
一人は紺色の、もう一人は茶色のシンプルなローブだ。
そして頂上まで到着した。
(あれ・・・?)
その彼らがおもむろにローブのフードを取る。
「あ!」
レオンハルトが思わず声を上げる。
フードを取った紺色のローブの男がニヤリ、と笑った。
「久しぶりだな、レオン」
「シュヴァルツ!」
一気にレオンハルトの顔が笑顔になった。
シュヴァルツ、と呼ばれた紺色のローブを着た男は、容姿端麗といった言葉が似合うすらりとした長身の黒髪の青年だった。
綺麗な青色の瞳をしていた。
「やっぱり!さっき見たと思ったんだ!」
「相変わらず能天気そうな顔してるなあ」
「な!」
いきなりなんだよ!と怒ろうとしたが、
「同感だな」
ロベールが横で頷き同意した為、レオンハルトは今度はロベールに怒りの矛先を向けるはめに。
「こら、ロベール!」
ロベールのようにレオンハルトを茶化す人物が増えて、なんだかロベールがもう一人増えたようだ、とレオンハルトは嘆いた。
シュヴァルツがロベールに気づく。
「お。お前はロベールか」
「はい、王子」
シュヴァルツは、ん?と首をかしげて笑った。
「固い言い方するなよ、昔馴染みだろ」
言われてロベールも少し笑う。
「・・・そうだな。―――――久しぶりだな、王子」
「ああ」
二人は穏やかに笑った。
その後ろで静かに成り行きを見守っている人物――――――。
「アラム!」
レオンハルトは嬉しそうに声をかけた。
アラム、と呼ばれたその青年は静かにお辞儀をする。
王子、と呼ばれたシュヴァルツは、レオンハルト同様、一国の王子であった。
シュヴァルツ=アルトアイゼン。
第14代目国王の嫡男であった。
そして彼の国、ヴァンダルベルク王国。
レオンハルトの国、レガリア国の西に隣接している。
鉱山地帯が多く、主に鉱業が盛んである。
そしてシュヴァルツの後ろで物静かにしている青年アラム=シャルフェン。
彼はシュヴァルツの従者であり右腕であり、場合によっては国政に関与するような頭の良い人物だった。
アラムは緑色の瞳、薄い栗色の髪を肩まで伸ばしていた。
その綺麗に切りそろえられた栗色の髪は、見る者を引き込むだろう。
「お二人だけで?」
物腰は柔らかだが、視線は冷たい。
彼は時に冷静すぎて冷たく見える時がある。
「うん」
たった二人だけで来たのかと言外に言っているのだが、レオンハルトは気にしない。
「あんたらもだろ?」
ロベールが言い返す。
レオンハルトはキョロキョロあたりを見渡すが誰もいない。
(シュヴァルツたちも僕たちと同じく二人で来たのかな)
この空間には四人しか残っていないようだ。
もうみんなお祈りを済ませて帰っていったようだ。
「ええ。しかし、お互い身分というものを分かっていないようですね。今の時期にこんな所で・・・」
「あ、それ俺も言った」
ロベールの発言にアラムが彼を見る。
「お互い、このような主を持つと、大変ですね」
大袈裟に悲しい表情をした。
アラムにしては、めずらしい。こんなに感情を出すとは。
うんうん、とロベールが強くうなづいた。
「こらそこの二人、聞こえてるぜ」
シュヴァルツがそう言い、四人は顔を見合わせ、笑い合った。
シュヴァルツもアラムも、そんなに話好きというわけではないが、こうして自然に笑い合える空気が、レオンハルトにはとても居心地が良かった。
「一年ぶりくらいじゃない?」
レオンハルトの言葉に、シュヴァルツが目を細める。
「そんなに経つか」
この四人は幼馴染だった。
彼らがまだ小さい頃、お互いの国はまだ仲が良かった。
隣どおしの国で、お互いの父親同士、いわゆる国王が、仲が良かったせいもあったが、二国は同盟を結び、協力しあっていた。
そして最初は父親たちについていく形だったが、そのうち子供たちと数名の従者だけで、一週間に一度はお互いの国を行き来し、遊んでいた。
その頃からの従者であったロベールとアラムも、二人に同行していた。
現在の二国の置かれている状況は変わり、遊びに行けるほど平穏では無くなった。
だから会うのは一年ぶりとなり、久々の再会、となった。
「でも、まさか、シュヴァルツがこんな所にいるとはね」
レオンハルトがニヤニヤしながら言う。
「・・・、何が可笑しいんだよ。いて悪いかよ」
少々ムッとする。
「悪くないけど、意外だよー」
「おまえもな」
「えー」
(シュヴァルツは、何を祈るんだろう)
内心、興味でいっぱいだった。
とても大好きな、友だから。
「そろそろ、行こうぜ」
ロベールが促した。
四人は歩を進める。
「あの場所が祈りの場所かなあ」
「だと思うぜ」
祭壇のようなものが頂上にぽつんとあった。
そこだけ植物の生えていない、円形に敷石が置かれている地面。
その上にシンプルな石造りの祭壇。
国の紋章だろうか、祭壇に細かく刻まれていた。
「ロベールは祈らないのかい?」
ふと、後ろをふりかえるレオンハルト。
ロベールは少し後ろに立っていた。
「僕は別に祈る理由はない」
皮肉げに少し笑って言った。
「アラム、おまえは?」
シュヴァルツが訊く。
「いえ、別に」
目を伏せ、興味無さそうにする。
(え~、二人も勿体ないよ~せっかく来たのに~)
とレオンハルトは心の中だけで叫んだ。