第27話 最弱の王子(7)
レオンハルトとロベールは、レイティアーズに会いに行った。
彼は民家を借りて、色々と事後処理を行っているようだった。
住民の人たちも数人いて、一緒に話をしている。
邪魔をしてはいけないので、待つ事にした。
「あ!レオンハルト王子!」
レン=レインがいた。
住民の腕に手を当て、魔法を使っているようだった。
「怪我をした人の治療です」
そう言ってにっこり笑い教えてくれた。
穏やかであたたかそうな黄色い光が、怪我をした腕を照らしていた。
レオンハルトが独断でバケツの水で消火活動をした時、一緒になってバケツの水を運んでくれた。
彼女は突拍子もない性格だと思っていたが、心の優しい子なのかもしれない。
「ご苦労様」
レオンハルトも笑顔になった。
住民とレイティアーズとの話が終わったのか、住民たちは民家を出て行った。
レオンハルトとロベールは住民と会釈を交わし、レイティアーズの元へ行く。
「レイティアーズ」
「ああ、王子」
書類に目を通しながら答えた。
「僕、この後は何をすれば?」
レイティアーズは少し考え、口をひらく。
「そうだな・・・、では、ロベールと一緒に外の事後処理の手伝いをしてくれ。その後は王宮へ戻ってもいい。戦に備えて準備もあるしな」
戦争・・・そうだ。
落雷の影響で意識が薄れていた。
(まだまだ色々あるんだ)
「これでは、騎士団会議は当分おあずけだな」
ロベールが苦笑した。
レイティアーズもつられ苦笑する。
「まあな、こんなことになるとは思わなかったからな」
そして腕組みをする。
「しかし、ドレアークが開戦に踏み切る前に、一度は行っておきたいな」
レオンハルトが思い出す。
「そうだ、ヴィクトールはどこ?」
「ん?あいつは火災現場の後始末をしているはずだが・・・」
「僕、あやまりたいんだ」
落雷の事後処理、そして騎士団会議がまだ行われない事を考えると、この機会をのがしたら今度いつ謝る機会があるかわからない。
「・・・そうか。まあ、手短にな」
「うん」
「・・・あいつと話したんだが」
そう前置きしてレイティアーズが言う。
「?」
「ヴィクトールともさっき話をしたんだが、おまえの魔法にはまだまだ可能性がある」
「えっ」
突然なにを・・・。
「マギアスを魔力に換えることができる。発動に難あり、だが」
そう言ってチラリとレオンハルトの胸元に目をやる。
「けっして魔法が使えない、というわけではないのだ」
(う、嬉しい・・・)
レイティアーズに認めてもらったような気がして、とても嬉しい。
「それに、発動に関してだが、訓練場でおまえが魔法を発動させようとした時、確かに感じた」
「何を?」
「魔法を使える者の、『デュナミス・オーラ』が。たぶん、あの場にいたダンダリアンも感じただろう」
「え・・・」
(『デュナミス・オーラ』・・・)
ごくり、と喉が鳴った。
『デュナミス・オーラ』は、マギアスを魔力へ変換する時点から、魔法を発動する時まで、体から発せられるオーラの事。
そして発動後は『エネルゲイア・オーラ』というオーラが発せられる。
「お前には、素質がある、ということだ」
ロベールが口添えした。
(素質・・・?)
魔法を発動するには、マギアスを体内で魔力に換え、魔法として外に出す。
訓練次第で様々な魔法を出せるようになるが、それだけでは高度な魔法は使えない。
頭脳や身体的能力、そして高度な魔法を作りやすいなど、生まれた時から持っている素質がなければならない。
魔法を使う者すべての人物が『デュナミス・オーラ』を発する。
しかし、ほとんど魔法を使えない者は、それ相応の微弱のオーラしか出ない。
確かに、素質があるものならばオーラを発する事は容易である。
(今までそう言ったものが現れなかったのはやはり・・・)
レイティアーズはもう一度、レオンハルトの胸元で輝いているであろう物を見つめた。
「うーん、素質って言われても、実感無いからわかんないよ」
レオンハルトがぶすっとふてくされる。
ロベールが苦笑した。
「お前らしいよ」
「じゃあ僕たち行くね!」
あまり長居しても迷惑なので、レオンハルトたちは手伝いに行く事にした。
レオンハルトが戸口を開ける。
「わあ!」
すると、圧倒されるものがレオンハルトの目に飛び込んできた。
「虹だ!」
それは空にかかる七色の虹。
『七色の天上橋』とも呼ばれている。
「どこどこどこですか、虹!!」
レオンハルトたちの声が聞こえたのか、レン=レインが民家から飛び出して来た。
「わあ、なに!?」
(虹の出現よりびっくりするよ!)
・・・治療はいいのだろうか。
「ほら、あそこ」
レオンハルトが指さした。
広い草原の向こう側に、くっきりと見えていた。
「走って行けば、手が届きそう」
レン=レインは頬を紅潮させつぶやいた。
「伝説の七色の天上橋・・・、何度見ても凄いわ・・・」
「・・・まあ、今は伝説ではないけどな」
レン=レインがうっとりと眺める横で、ロベールがボソリとつぶやき釘を刺す。
「そ、そんなこと言わないでください!」
レン=レインが反論した。
そうしてロベールとレン=レインが言い合いを始めてしまった。
虹は、伝説上の『光の戦士ルカ』が、天上での戦いの際、天上までのぼる時に渡った橋とされる。
虹は、長らく、流星群と同じように伝説の話になぞらえられてきた。
しかし昨今では、この現象は雨上がりに発生することが多いと云う事で、伝説とは関係なく自然現象だという考えが、学者たちによって広まっている。
するとレイティアーズも表へ出て来た。
「お、ほんとに出てるな」
そう言ってレオンハルトの横に並び空を見上げた。
「・・・レイティアーズも興味あるの?」
「なにが」
「虹」
「そりゃ少しは・・・」
憮然とするレイティアーズ。
なんだかかわいい。
あの冷酷なイメージの騎士団長が。
(今は、冷酷では無いとわかったけどね)
レオンハルトが一人くすくすと笑った。
「なんだ」
何も答えないレオンハルトに怪訝になる。
横ではロベールとレン=レインがまだ言い合いしていた。
どうやら虹に関して持論を展開しているらしい。
レイティアーズはもう一度空を見上げる。
そして少しの間。
「実戦経験が無いのはみな同じだ」
(え・・・)
「戦いの経験があるのは、国王や国王に近い年齢の者たちだけだろう」
(レイティアーズ・・・?)
「戦いが怖くないものなどいない」
「あ・・・」
(もしかして、中庭での話の続き?)
レイティアーズはまだ空を見上げたまま。
レオンハルトも空を見る。
「騎士団のみんなも?」
「ああ」
「魔法に関しては、悲観しなくてもいいい。訓練すればなんとかなる。さっきも言ったように、素質もある。それに・・・お前は剣の才能もあるとかんじた」
「え?」
意外な話が出てくる。
レイティアーズはレオンハルトの方へ顔を向け、ニヤリと笑う。
「訓練場での手合いで、剣を一瞬で抜き、私の剣を受け止める事ができた」
「え?」
(た、たしかに受け止めたけど、やっとなんとか受け止めたってかんじだったような・・・)
「動体視力が良いのかもしれないな。訓練した私の剣さばきは、普通の人間ならば見切る事はできない」
「そうなの!?」
衝撃的な事実。
(し、信じられない・・・)
では、受け止めただけでもいい方なのか・・・。
「学校での剣術の訓練の成績も悪くなかったじゃないか」
(ま、まあ、学校の訓練用の剣だし、大体にして魔法学校だから、剣術にはあまり力を入れて授業しないし、あんなに早い剣さばきなんて誰もしなかったよ・・・)
「あとは、精神力だ」
(ああ、そこにきたか・・・)
気持ちが一瞬で沈んだ。
「第七部隊隊長、続けてみろ」
「え・・・」
「これだけ私がお前の能力を買っているのだ、だから受け入れろ」
そ、そりゃ、色々と言ってくださいましたけども・・・。
「これから、大事なものを護るための戦いがはじまるのだ。卑屈になっている場合では無い。気を強く持て」
気を強く・・・。
大事なものを護るため・・・。
そうだ。
さっきの火事で、大事なものを失った人をたくさん見た。
あの時、何か自分自身で出来る事は無いかと模索した自分がいた。
だから、僕が必要とされているのであれば。
「うん。頑張ってみるよ」
しっかりと、レイティアーズの目を見た。
「僕、きみの事今まで怖くて近寄りがたいと思ってたんだ」
「?」
レイティアーズは突然何を言うのだという顔をしている。
「でも・・・今はとっても近い存在に感じるんだ」
そう言ってはにかんだ。
「・・・・・・」
レイティアーズはそれに面食らう。
「まったく・・・。みなの言うとおりだな」
目を瞑り、クッと喉の奥で笑う。
「へ?」
「いや、なんでもない」
レイティアーズはレオンハルトの頭に手をポンと置く。
「私が助けてやる。だからやり通せ」
「うん・・・ありがと・・・」
レオンハルトは空を見つめる。
広大な空に、長く長くのびる虹。
そして空はいつも同じような色なのに、こうもはっきりと色がつくのか。
(僕には学者たちが言う学術的な虹の現象がよくわからない)
だから、魔法のようだなといつもかんじる。
魔法のように不思議な力でそこに現れる。
なかなか見る事の出来ないこの虹。
流星群の方が希少価値は格段に違うけれど、レオンハルトはこの虹を見ると元気になる。
幸せな気分になる。
そして、虹を見るときっといいことが起きるに違いないと、かんじさせてくれる。
僕もこの虹のような存在になりたい。
(きっと、いい事が起こるはず)
そう、思った。