第26話 最弱の王子(6)
「レオンハルト・・・おまえ、魔法が発動したのか・・・!」
驚愕の表情の国王。
「うん!やっと僕も魔法が使えるようになったかも!」
屈託なく笑う。
(これで、父さんも僕を一人前に認めてもらえるかなあ)
そんな希望も見えてきた。
しかし、国王は笑ってくれない。
むしろ、こわばった表情だ。
その表情のまま、レオンハルトに近づいてきた。
消火活動をする者以外の人は、みな国王の動向を注視していた。
アレクシスとギルベイルもだ。
国王がレオンハルトにだけ聞こえるくらいに、声を小さくして言った。
心なしか、その声が震えているようにかんじるのは気のせいか・・・?
「魔石は」
「え?」
「私がやった魔石だ。肌身離さずつけていろと言った」
「ああ、ここだよ」
そう言ってレオンハルトは自分の胸あたりをぽんぽんとたたく。
「見せてみろ」
「?うん・・・」
服の中から魔石のペンダントを取り出す。
「ヒビが・・・」
「あ!」
そうだ、このヒビの事はまだ言ってなかったんだった。
「ご、ごめんなさい!たぶん、中庭での落雷で・・・」
国王は、ふっーと喉の奥深くから長い溜息を吐き、眉間に手をあてる。
(えっ、ど、どうしよう、怒ってる・・・?)
「あとでその亀裂箇所を修繕する」
「え・・・」
(そ、そんなに大事なものなの?これ・・・真っ二つに割れたわけじゃないのに・・・)
「そこまでしなくても・・・だって、ただの、護身用でしょ?」
「―――――――」
国王は一度レオンハルトを見る。
そして目を伏せた。
「ああ、ただの護身用だ。だが、万が一、という事もある」
万が一、なに?
レオンハルトにはまったく解らない。
「消火活動は終了したみたいだな。私はこれから住民と話してくる」
「えっ?」
言われて振り返ると、あんなに燃えていた火がまったく無くなっていた。
煤まみれになている団員もいた。
無事、鎮火したようだ。
・・・否、家と家財道具を無くした人にとっては、無事では済まされないが。
「では、行ってくる」
そう言って国王はこの場をあとにした。
「・・・・・・」
レオンハルトはその後ろ姿を見つめる。
(僕、まだまだだね。魔法が発動しても、喜んでくれないんだから)
自分ひとりが喜んで、なんだか恥ずかしい。
うつむいて足もとを見つめた。
(そうだよね、あの魔法だって、『普通は』誰にでも扱えるものなんだから)
いなくなった国王のかわりに、アレクシスがその場を仕切った。
彼は声を張り上げる。
「消火活動ごくろうだった。だがまだ後処理がある。第二陣も今こちらへ向かっている。残れる者は残り、対応してくれ」
そう言ってアレクシスは、レイティアーズや後から来た軍務大臣と話しはじめた。
うつむいたままのレオンハルトにロベールが声をかける。
「魔法が発動したじゃないか、おめでとう」
「・・・それ、皮肉?」
まだうつむいたまま言った。
「馬鹿。皮肉なわけないだろ。やっと念願のまともに使えそうな魔法が発動したんだ」
「やっぱり皮肉じゃんっ」
顔を上げるが、すぐに浮かない顔になるレオンハルト。
ロベールがそれに気づいた。
「・・・国王に何か言われたか?」
さきほどの、国王とレオンハルトの遣り取りを遠巻きに見ていたロベール。
そして今のレオンハルトの表情。
何かあったのだろうと思うのが普通だ。
「・・・ううん、何も。ただ、魔石が」
「魔石?」
「中庭の落雷で、ますますヒビが入っちゃったんだけど、これを修理するって」
「そうか」
ロベールは難しい顔をして腕組みをした。
「これって、そんなに重要なものなのかなー」
「・・・・・・」
ロベールが話しを変えた。
「しかし、さっきのお前はすごかったぞ」
「へ?」
「アレクシス王子に言った事さ」
「あ!」
そうだった。
思い出した。
「ぼ、僕、アレクシス兄さんに、大変な事言っちゃったあああああ~」
レオンハルトは青ざめる。
なんだか色々と大声で怒鳴った気がする。
「ど、どどどどうしよう」
焦って変な汗が出てきた。
「なんだ。いつものレオンハルトに戻ってしまったな」
拍子抜けした顔をして言い、笑った。
「わ、笑い事じゃないよぅ~」
泣きそうになる。
(どうしてあの時はあんなに強気で言えたんだろう)
今あれを言えと言われても、到底無理だ。
「僕、兄さんに謝りに行ってくる」
レオンハルトが歩き出すと、
「こらこらこら」
そう言って首根っこをつかまれた。
「な、何するのさっ、ロベールっ」
足をジタバタさせる。
体力では彼に敵わないのだ。
「待てって」
「だ、だって、あのままにしたら、もっと何を言われるか・・・」
ロベールはつかんでいた手をパッと放した。
ドテっ
「いてっ」
反動で尻もちを付いてしまった。
「な、なにするんだよ!」
「あいつにはそのくらい言っといた方がいいんだよ」
「あ、あいつって・・・」
(か、仮にも王子と従者。そんな風に言ってたらロベールの方が大変だってば・・・)
ロベールも兄弟の事情は色々知っているが、ロベールはその事情とは無関係なのだから、彼らに変に思われるような事はしないでほしい。
噂をすればなんとやら。
アレクシスの方からこちらへ近づいてきた。
(ど、どうしよう!こっちに来る!)
「ぼ、僕どうすれば?」
「堂々としてればいいんだよ」
(そんな事言ったって・・・)
他人事みたいに言わないでよ!
と、言い合っているとアレクシスはもう目の前だ。
相変わらずの上から目線な表情。
「ふん、今やっと魔法が発動したのか?」
「う、うん・・・」
「一回や二回魔法が出せただけで、しかも初級魔法だ。それで魔法が使えるなどとのぼせ上るなよ」
「・・・っ!」
(なっ、なんでまたそんな風に言うかな・・・!)
「べ、べつにのぼせ上ってなんか・・・」
「ふ、まあせいぜい精進するんだな」
するとロベールがアレクシスを睨んだ。
「何様だよ」
「ちょ、ロベール!?」
あわててレオンハルトがロベールを止める。
アレクシスは視線をロベールへゆるりと向ける。
そして冷たいまなざしで見下したように言った。
「ロベール、君は従者としてなっていないな。もっと控えめにしていろ」
「な!?」
(ロベールをそんな風に言うなんて・・・!)
それは許せない。
言い返したかったが、気の利いた言葉が出てこない。
そうしている内にアレクシスは踵を返し、行ってしまった。
「はあ、サイアクだ・・・」
兄にたてつき、ロベールにまで影響が。
「いや、だからこれぐらいがちょうどいいんだって」
アレクシスを睨んだ時とは打って変わって、今は飄々としていた。
(悩みの種の本人がそんな風に言わない!)
「もっ~~~、ロベールまで波風立てようとしないでよー!」
すると今度はギルベイルが横切る。
こちらに気づき、話しかけてきた。
「魔法使えるようになってるじゃないか」
「兄さん!」
うん、彼は大丈夫。
波風立たないはず。
「驚いたぞ、私もアレクシスも驚いたさ」
アレクシス兄さんも・・・?
「今までさんざん、お前は魔法が使えない、と陰口を言っていたから、都合が悪いんだろう」
「え・・・」
「まあ、これからもコンスタントに魔法を発動できないと、また言われると思うがな」
そう言って苦笑した。
「では、私は国王の所へ行く」
「うん」
なぜ魔法が使えないんだ、と散々ののしられてきた。
それが今、まともな魔法が使えたんだ。
一度きりだけど。
これでアレクシスも、自分自身に対する考えが変わるのだろうか。
不安と期待が、入り混じっていた。
去っていくギルベイルを見ながら、ロベールが口をひらく。
「ギルベイル王子も、アレクシス王子の暴言には辟易していたのかもしれないな」
「え?」
「『陰口』って今、言ってただろ」
「あ・・・、ああ、そっか」
兄弟の中で一番話しやすい人物。
―――――もっと、臆する事なく、話しかけてもいいのかもしれない。
レオンハルトは嬉しくなった。
ひととおり消火活動を終えた騎士団。
騎士団宿舎に帰る者、一休みする者、事後処理に従事している者、みなそれぞれだ。
(僕は・・・)
「ロベール、僕、またレイティアーズに指示を仰ぐよ」
「ああ、そうだな」
空を見上げて、ひとつ、のびをした。
まだ空は薄鈍色だが。
しかし、
雨は完全に止んでいた。