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片翼のフォルスネーム  作者: 主音ここあ
第一章 レガリア国と最弱の王子
25/95

第25話 最弱の王子(5)


雨はだいぶ小降りになってきていた。

馬が泥でぬかるんだ道をひた走る。


サージュ草原までの道のりは、通常であれば一時間ほどで着くが、この雨で馬を走らせるのは容易では無い。

飛行魔法に自信のある者は、飛行魔法で行ったので、もしかしたら既に到着しているかもしれない。



「や、やっと着いた・・・」

レオンハルトも馬に騎乗し、なんとか現地へたどり着いた。

隣りでロベールが並走してくれていた。

(と、途中危なかったけどね・・・)

ぬかるみに馬が足を取られそうになり、うまく操縦できなくなりそうになったりもした。

(この馬も、よく訓練されている。ありがとう、ここまで運んでくれて)

馬から降り、馬の体をやさしく撫でた。



先を行っていたレイティアーズが、レオンハルトたちが到着したのに気付き、馬を引きながらこちらへ近づいてきた。


「無事にたどり着けたようだな」

ニヤリ、と笑う。

(ム。なんか馬鹿にされてる?)

「ぜんぜんよゆーでしたっ」

レイティアーズは笑った。


「これも訓練のたまものだな」

「・・・うん。だって、頑張ってるし」

(レイティアーズに怒られるのが嫌だから頑張ってた、というのは秘密だよっ)

レイティアーズが騎士団長に就任してからは、もう何年もレオンハルトの乗馬の指導は別な人物が担当している。

少し張り合いが無くなり(今の担当は、怖い人ではないので)、しかも久々の騎乗ということで、今日はどうなることかと思ったが、なんとかなった。



(戦争になったら、馬に乗って駆けていかなければならないんだから)


颯爽と戦場を駆け抜ける騎兵隊を思い描く。

それはそれでカッコイイ。


が、理想と現実は違う。

ただひたすらに手綱を握り、馬を走らせ道をゆく。

周りの風景だけが変わっていく。

道なき道の時もある。





レオンハルトは辺りを見回してみた。


広大なサージュ草原は、主に牧畜と農業の目的で使われている。

近くに何軒も牧畜農家があり、ここの畜産物は美味しい。

きっとこの草原の草が美味しく、この広い草原でのびのび育っているのだろう。

今は天候が悪くてわからないが、晴れた日はきっと綺麗な草原が広がっているのだろう。


広い草原の入口には、民家が並ぶ集落がいくつかある。

雨の中、農民たちも外に出て心配そうにしていた。


「あんたたちは王宮のものかね?」

一人のおじいさんが話しかけてきた。


「王立騎士団です」

レイティアーズが答えた。

「あそこを左に行ったところじゃ、さっきも数名ここへ来た」


「飛行で来た隊員ですかね」

ヴィクトールが言う。

「そうかもしれん」

今回はヴィクトールは来ているが、ダンダリアンやヴァイオレットといった一部の主力団員も宿舎で待機になっていた。

これは、もしも急に戦争になったりした場合に備えて、王宮にも力のある者を残しておく人員配置だった。



「馬はそこへ置いておけ」

おじいさんが民家の馬小屋や近くの木を指差す。

「助かります。おい!馬はここへ!」

レイティアーズが後ろで黙って見守っていた団員に指示した。

レオンハルトもロベールの見よう見まねをして、なんとか馬をくくりつけた。



「早く火を消してくれ」

おじいさんが懇願した。

レイティアーズは黙って頷く。

「わかりました。雨が降っていますので、どうぞ家の中へ入っていてください」

するとおじいさんは家へ入っていった。





「団長!こちらです!」

遠くから騎士団員と思われる男性が叫ぶ。

飛行魔法で来た団員だろうか。



「よし、行くぞ」




馬で来た団員の中には、何故かレオンハルトの部隊のレン=レインもいた。

(水魔法とか、使えるのかなあ)

今日はさすがにあの軽装ではなく、ローブを身に纏い、その中にはきちんとした装備を着ているようだった。

しかし、あのカバンは相変わらずしっかりと携えていた。

(ま、また999個入っているのかな・・・)

それを考えると悶々としてしまうのでやめた。



横を走る彼女をチラリ、と見た。

(わっ)

すると、目が合った。


レン=レインが口をひらく。

「レオンハルト王子、もしかして騎士団での仕事、今回が初めてなのではないでしょうか?」

「へっ?」

突然なにを・・・、

でも、そういえば・・・。

「そうなるね。言われて気づいたよ」

「じゃあドキドキですね~えへへ」

(ド、ドキドキ!?)

なんか、軽くない!?

「あ、あの、レン=レインさんは・・・」

「レンでいいですよ!『さん』付けじゃなくて!」

「えっ、でも・・・」

「さん付けだとなんだか堅苦しいかんじですよー。同じ第七部隊の隊員ですし、仲良くいきましょう!」

(あ、明るい・・・)

いきなり仲良くは出来ないけど・・・。

「じゃあレンちゃんで」

精いっぱいの譲歩だ。

「はいっじゃあそれで!」



「そこの二人、無駄口たたかずに早く来い!」

「は、はーい」

「はーい」

先を行くロベールに二人で怒られた。





そうこうしているうちに、現場が見えてきた。

「――――――っ!」

現場はまだゴウゴウと燃えていた。


煙もたちのぼっている。

あの炎と煙では、もう家の中には入れないだろう。


先に来ていた他の団員が叫ぶ。

「我々は燃えていた五軒すべてを消したのですが、延焼してしまっていて!」


燃えているのは、黒く焼け焦げて骨組みしか残っていない五軒の民家の、その隣り二軒づつ。


「木は今消火しています、そちらの援護も!」


「了解した!三名は燃えている木の方へ!残りは民家の消火だ!」

レイティアーズが叫ぶと、各自持ち場へ散らばった。





「―――――――」

レオンハルトは目の前に広がる光景に気圧けおされていた。

王宮の中庭で落雷に遭った時に木が燃えたが、それを圧倒的に上回る火の勢いと大きさだった。



(こ、怖い)

足が動かない。


それどころか、炎の勢いに押され、思わず後ずさりしてしまう。




レオンハルトが気づく。

「そ、そうだ、僕の初仕事・・・」

先ほどレン=レインと話していた。

騎士団員としての、はじめての仕事。

どんな形であれ、どんな状況であれ、はじめて仕事の現場に来たのだ。

やらなければならないのだ。



公務と違って勝手がわからないから、みんなの見よう見まねをするしかない。

「・・・って、ちょっと待って」

魔法も使えないし、力仕事も出来ないのに、レイティアーズに連れてこられたんだった。

――――――僕の役割は・・・?


「ねえ、ロベール、僕、何すれば?」

と言って振り返るが彼はいない。

「とりあえずそこで待機しとけ!!」

ロベールが叫ぶ。

彼もすでに民家の消火活動に加わっていた。

そうだ、これは一刻の猶予も無い状況なのだ。

ロベールも、レオンハルトに構っている暇は無い。

(ああ、どうしよう!!)

そうこうしている内に、おのおのが水属性魔法で民家の炎を消していく。

煙がひどいので、みんな火から離れた場所から魔法を放つ。



レイティアーズがオロオロしているレオンハルトへ叫んだ。

「町の人たちの安全を確保しろ!」

「え?あ、そ、そうか、そうだね」

辺りを見回すと、炎燃え盛る家を、自宅だろうか、ジッと不安げに見つめる住民たちがあちこちにいた。

その住民たちを誘導している隊員がいたので、レオンハルトもそれを手伝う事にした。

彼らの手を取り、先ほど馬を置かせてもらった民家の方へ移動していく。




「ま、待って、まだ中に大事な家財道具が・・・!」

「えっ・・・?」

レオンハルトの横に、一人の女性が立っていた。

泣きながら悲痛な声で叫んでいる。


「私、取ってきます・・・!」

「ちょ、ちょっと待って!」

レオンハルトが女性を押さえる。

今にも炎の中に入っていきそうな勢いだった。


「今入るのは危険です!」

レオンハルトも負けずに叫ぶ。

「でも、私、あれが無くなったら、どうやって生活していけばいいの・・・っ」



「命のほうが大事です!!」



レオンハルトの怒声に、女性がビクッと驚く。

他の団員たちも驚いた。




たしか、自然災害の場合は、ある程度国が補償するはずだ。

「うっ、ううっ・・・」

その場に泣き崩れてしまった。

レオンハルトはしゃがみ、その女性を優しく抱きしめた。

「大丈夫、大丈夫ですから」

気休めでしか無いが、レオンハルトは自身にできる精一杯の励ましをした。

(僕には、これしか出来ない・・・)

胸が痛い。

(僕は、また何も出来ないの・・・?)

目の前に、助けを求める人がいるのに。



(僕は、ステラティアの丘で、何を祈るつもりだった?)

このままでいいのか。

平和を祈るために、ゴールドローズへ行ったのではないか?








レオンハルトはおもむろに立ち上がった。

「誰か僕に水をかけて!中に入って物をとってくる!」


「なに馬鹿な事を言っている!」

レイティアーズに怒鳴られた。


もっともだ、とレオンハルトは思ったが、居ても立ってもいられない。

先ほどの泣き崩れた女性を民家まで移動させ終えると、レオンハルトは近くの民家からバケツを借りてきて水を汲み、そのバケツの水を燃えている場所へかける。

「ごほっ」

燃えている建物に近づくので、煙のせいで少しむせる。

それを何往復もする。

他の団員はその行為を呆気にとられ、見ていた。

(そりゃそうだ。一国の王子が)

(でも、魔法の使えない僕には、こうするしか方法がわからない)






「レオンハルト王子」

レン=レインがいつの間にかレオンハルトの作業を手伝っていた。

「私、水魔法使えないんで」

にっこり笑う。

彼女は、回復魔法の使い手として、今回動員されたらしい。




レイティアーズがそんな状況を見て叫ぶ。

「王子!そのためにお前を招集したわけではない!」

「じゃあ、なんで・・・!」

「国民の安全を確保しろ!安全なところへ避難させろ!」

「それはもう・・・」

やったよ、と言い終る前に叫ばれた。

「では魔法を使ってみろ!!」

「え・・・」

(魔法を・・・?)



「そうだぞ!レオンハルト!!」

後ろから声がした。

(え――――――)


二番目の兄、アレクシスだ。


その後ろにギルベイルがいた。

彼らも今到着したのだ。



アレクシスが一喝する。

「一国の王子がすることではない!」


(なに・・・それ・・・)

レオンハルトは一気に悲しくなった。



泣きそうになりながら大声で言い返した。

「一国の王子って何?見殺しにすることなの?」


アレクシスの表情が変わった。

「なんだと」


自分でも、極端な例えだとは思った。

しかし、つきつめれば()()()()()になるのでは無いか。

「国民のために今できることなら、なんでもすればいいんじゃないの?」


「・・・」

アレクシスはますます怖い形相になる。

美しい顔の眉間に、深いしわが刻まれる。



「二人とも、言い争ってる場合ではない、我々も対応するぞ」

ギルベイルが止めに入る。


「ふ」

ギルベイルに言われ、アレクシスは怒りを収めたが、最後に吐き捨てた。


「魔法でなんとかするのが、王族たるものの模範的な姿だ」






レオンハルトはギュッとこぶしを握りしめた。


(王族としての姿・・・?模範的・・・?)



僕には、正しい王族などわからない。


(目の前の助けを求めている人を助けられないで、何が王子だ)



(魔法?わかったよ、やってやるよ)


「ふ・・・」

不敵な笑みさえ浮かんでくる。



どうなっても知らないよ。

魔法が発動しなくて笑われたって、知らないからね。






レオンハルトは前を見据えた。



そう。

(守るんだ)




未だ燃え続けている炎の前まで進む。


「レオンハルト?」

気づいたロベールが訝しむ。




そして。



「【水の弾丸(ウォータ・バレット)】!!」



【サラマンドライザの火種】よりも、難易度の高い初級水属性魔法だ。

レイティアーズが落雷が起きた時に発動した【シュトローム】よりは威力は弱い魔法だが、十分消火活動の役に立つ。


魔法が出なくてもいい。

もともと僕の魔法は発動しないんだから。

そのくらいの気持ちでやった。

でも、魔法が発動しないとからと魔法を使うのをためらったり恥ずかしがるより、魔法を使ってみる方が、断然いい。


勿論、誰もこの魔法が発動するなんて思っていないのだ。






しかし、次の瞬間、誰もが息をのんだ。




ヒュン!ヒュン!



何かが炎へ向かって飛んでいく。




透明な丸い塊が、レオンハルトの手から放たれていた!


それは、水だった。



水の弾丸となり、炎めがけて向かって行く!



「え――――――――!?」



水魔法が発動されたのだ!



そして何度も弾丸は炎へ向かう。





レオンハルト自身も驚いた。

そして自身から放たれる水の感覚が鮮明にわかった。



すぐに魔法は消えてしまったが、先ほどレオンハルトがバケツで水をかけていた、その行為よりは十分威力があった。





「・・・・・・」

レオンハルトは、己のてのひらを見て茫然とする。



(ま、まさか、本当に魔法が・・・)



「おいおい、【サラマンドライザの火種】よりも二段階レベルの高い魔法だぞ?」

ロベールが驚きを隠せない表情でつぶやく。


レオンハルトはその声にハッと気づいた。

(そうだよ、僕の魔法が発動するなんて、しかも・・・)


「【サラマンドライザの火種】も発動しなかったのに・・・?」

レオンハルトは信じられない。


そうだ。

訓練場では失敗したのだ。

それなのに、何故、それよりもレベルの高い魔法が発動したのだ。




「しかも武器無しだぞ?」

レオンハルトの魔法の現状をよく知っているロベールだからこそ、この状況に驚いていた。

(そうだ、僕、武器を使わないで詠唱だけで魔法を出せた)

今まで、初歩の初歩の魔法だって、武器を使わないと出来なかったのに。




でも、よくわからないけど、

「嬉しい」


素直な感想だった。

魔法が使えないと苦しんでいた。

それがやっと少しだけ解放された気分だ。



「なんだ、魔法使えるんじゃないか」

ヴィクトールたち、木の消火活動をしていた団員たちも、任務を終了したのか、来ていた。





すると、


「国王、到着しました!」


団員が大声で伝えた。

国王もやっと到着したらしい。



この時点で、延焼した民家の四軒のうち三軒は鎮火していた。

やはり上級魔導士がいると水の威力が格段に増す。





「レ、レオンハルト・・・」



「・・・?」


後ろから、声がした。



国王だ。


「・・・父さん?」




その表情は、愕然としていた。



「お、まえ、魔法・・・」



「魔法・・・?」

(あ。もしかして、さっきの僕の魔法、見ててくれたのかな?)

でも、なんだかおかしな顔してるな、父さん。



「父さん!僕、初級水属性魔法、はじめて発動したよ!」

そう言って、満面の笑みを浮かべた。




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