第23話 最弱の王子(3)
(あ、いた!)
「遅いぞ!」
訓練場の最初に入った装備がある部屋。
ロベールが立っていた。
「ご、ごめん、・・・というか、ごめんなさい」
頭をさげた。
皆を置いて逃げてしまった事に。
「あ、あの、僕は、その・・・」
「その話は後だ!落雷に遭遇したそうじゃないか!」
めずらしくロベールが焦っているようだ。
「え!もう知ってるの!?」
「ついさっきダンダリアンが教えてくれた。僕も今お前を迎えに行こうかと思っていたところさ。お前はどこも怪我が無いんだな?」
「うん、大丈夫」
そうか、さっきのレイティアーズに頼まれた騎士団員たちは無事に伝えられたんだ。
「レイティアーズが、火を消してくれて、僕を守ってくれたから」
「・・・そうか。彼に感謝しないとな」
「うん・・・」
「おい、先に頭を拭け。びしょ濡れだぞ」
「あ・・・」
ロベールは近くから訓練場に置かれているタオルを取ってきてくれた。
「ありがとう」
頭をごしごしと拭き、濡れた胸当てを取り外し、適当な場所に置いた。
「その濡れようだとここは寒い。騎士団宿舎へ行こう。あそこなら暖を取ってある。その軍服も脱いだ方がいいな、これを持って宿舎へ行くぞ」
そう言ってレオンハルトが最初に着てきた服を手渡された。
ふと、今ロベールが言ったようなあたたかい言葉は、先ほどレイティアーズが別れ際に言われた事と同じようだなと、思い出した。
「ふふ」
「?どうした?」
「ううん、なんでもない」
「・・・あ。その前に」
レオンハルトが思い出して腰のベルトホルダーに触れる。
「?」
「大事な事を忘れるところだったよ」
ベルトホルダーからサーベルを抜いた。
「――――――!」
ロベールが息をのむ。
「おい、それ・・・」
破損したサーベル。
「落雷で」
ロベールが難しい顔になる。
「この状態だと、うーん・・・」
そう言ってサーベルを隅々まで眺める。
「修理すれば大丈夫でしょ?」
ロベールの顔つきに、途端に不安になるレオンハルト。
「まあ、修理に出してみよう」
「うん」
「僕らはあれからすぐ中に入ったからな。あの雷の音はけっこう体に衝撃があったが、まさかお前たちのいる場所に落ちるとはな」
レオンハルトはあの怖い体験を思い出す。
「もし僕だけ中庭にいたとすると――――――」
ゾッとした。
レイティアーズやギルベイルが来てくれたからよかったものの、彼らがいなければ、僕自身も落雷の被害に遭っていたかもしれない。
レイティアーズはレオンハルトを追いかけて行ったのだ。
上手く、説得なりしてくれたのだろうか。
この、一筋縄ではいかない王子を。
ロベールは考えたが今はそれよりも。
「とりあえず宿舎へ急ぐぞ」
「うん」
サーベルとホルダーを元の場所に戻し、二人は騎士団宿舎へ向かった。
宿舎へ向かいながら、ロベールが口を開いた。
「お前がいなくなったあと、しばらく二人もここへいたんだ」
「え・・・」
「しかし一向にお前が戻ってこないので、二人は仕事へ戻った」
「そ、そうなんだ・・・」
(本当に申し訳ないことをしたな・・・あとで謝らなくちゃ)
「僕はずっと訓練場にいたから、騎士団宿舎が今どういう状況なのかわからないが、ダンダリアンたちは落雷の対応に追われているはずだ」
「・・・・・・」
「なにも、こんな時にな」
ポツリとロベールがつぶやく。
「?」
「なにもこんな戦争で忙しくなってる時に、雷が落ちなくてもいいのになあ」
とぼやいた。
「うん」
だがそれは自然が起こした災害。
人間にはどうすることもできないのだ。
訓練場とつながっている宿舎の扉を開けた。
「あったかい・・・」
心底そう思った。
暖炉に、炎の光が揺らめいていた。
こんなに暖を取る事が幸せだと思った事は無い。
数名が、忙しくしていた。
ダンダリアンは地図の前のテーブルの定位置に座って書類に目を通していた。
レオンハルトは彼に近づいていく。
「ダンダリアン・・・その・・・」
「・・・・・・」
ジロリ、と睨まれた。
(わっ!怒ってる!めっちゃ怒ってる!)
「先にその濡れた服をどうにかしなさい」
「へ・・・?あ、はい」
レオンハルトは暖炉の近くまで行っていそいそと服を着替えた。
この暖炉の火は魔石でも使っているのだろうか。
とても温かく、体が芯から温まるようだ。
(ああ、ずっとここにいたい・・・)
その間、ロベールとダンダリアンが何か話をしていた。
着替え終わり、レオンハルトは二人の前へ進んだ。
「あの、ごめんなさい、逃げてしまって・・・本当に申し訳ないです・・・」
「・・・・・・」
ダンダリアンはふーっとため息を付く。
わざとなため息では無いようだ。
疲れたのか、眼鏡を一度さげ、眉間を指で押さえた。
「団長の使いで、数名の隊員が来て説明しました。落雷にあったそうですね、大丈夫でしたか?」
「!うん・・・」
「とにかく、あなたはここに待機してなさい」
「はい・・・」
あとは、第一部隊隊長の、ヴィクトール=パウル=ダイク。
彼に謝らなければ。
「あ、あのヴィクトール隊長はどこへ・・・」
またギロリと睨まれた。
(ひいっ!)
「彼は先遣部隊として落雷のあった場所へ行く予定なので、今準備をしています」
「そうなんだ・・・」
ダンダリアンがじろりと睨む。
「彼は今忙しいので、誤ってる時間などありませんよ」
(あー、こわい)
「じ、じゃあ終わってからにするよ・・・」
そしてダンダリアンから離れた。
(ダンダリアンは忙しいからあまり事を荒立てないよう大人しくしていよう・・・)
バタバタ、と騎士団の入口の方から足音がきこえた。
レイティアーズだろうか?
「レオンハルト!」
「母さん!?」
入ってきた人物は、レオンハルトの母、王妃カレンだった。
王妃が来たということで、周囲の空気が一変する。
騎士団へ王妃が来るという事自体がめずらしい。
「どうしてここへ・・・」
意外な人物に、レオンハルトは呆気にとられる。
見ると、二人の侍女が入口で待機していた。
「だって、部屋に行ってもいないんですもの・・・それより、大丈夫なの?落雷に遭ったって、体はどこも怪我していないの?」
「ちょ、ちょっと、母さん・・・」
隊員たちがいるので居心地が悪い。
何事かとこちらへ視線が注がれている。
「ちょっと、恥ずかしいよ。詳しい話、聞いてなかったの?僕、ぜんぜん大丈夫だから」
そしてグイグイと入口へ押しやる。
「あら、なによ」
心外だとばかりにムッとする。
入口に到着すると、あらためて自分の息子の顔をジッと見つめる。
「心配だったのよ、とても」
ギュッとレオンハルトの手を握った。
あたたかい。
「・・・。ありがとう」
内心は、とても嬉しいんだ。
心配してくれて。
レオンハルトもギュッと握り返し、二人は別れた。
レオンハルトが戻ると、椅子に座ったロベールがニヤニヤしていた。
「いつまでも子供扱いだな」
「あ!こら!」
「それこそ戦争になったらどうするんだよ、あの様子だと、倒れてしまうぞ」
そう言って笑った。
「うーん、そうなんだよね」
母さんは、父さんとはまた違った意味で、僕に甘いのだ。