第22話 最弱の王子(2)
「はっ、はっ・・・」
その場から少しでも遠くへ逃げるため、ただ走り続けた。
「―――――っ!」
途中、ギルベイルとぶつかってしまった。
しかし謝る余裕も無いので、何も言わずに立ち去ってしまった。
きっと彼の目には不信なものに映っただろう。
****
「お前はなぜ魔法が使えないんだ」
王宮敷地内の庭園。
小さいレオンハルトにはとても広くかんじていた。
レオンハルトが庭園で一人遊んでいると、二番目の兄アレクシスが近づいてきて話しかけられた。
「どうして魔法を使えないのが駄目なの?魔法を使えない人だっているよ?」
小さい頃からアレクシスは変わらない。
綺麗に整えられた身なりで腕組みをし、憮然とした態度で冷酷に告げるのだ。
「王族が魔法を使えなくてどうする。王族には強力な力が無くてはならない。国民に示しがつかない。ほんとに情けない奴だな」
「アレクシス兄さん・・・」
涙目のレオンハルトは、誰にもなぐさめてもらえない。
ある日の夕食後の夜は。
「庶民となど遊ぶな」
「なんで?」
「王族としてのレベルが下がる。それに変な思想を植え付けられるぞ」
「そんな・・・」
だって、町のみんなと遊ぶの楽しいよ。
だって、兄さんたちは遊んでくれないでしょ?
悲しくなって自室に引きこもるようになってしまった時があり、それを見かねたロベールが、町へ連れて行ってくれた。
それが、町の子供たちと遊ぶようになったきっかけである。
「お前はもっと、外に目を向けた方がいい。このままだともっと自分の中に閉じこもってしまう」
そう言ってたっけ。
ロベールは、あの頃から頭が冴えていたなあ。
町の子供たちは、自由で、元気に遊びまわっていた。
とても楽しかったし、とても羨ましかった。
はじめは王子というのを隠して遊んでいたが、その子供たちの親にバレて、遊べなくなった。
でも、本当に仲良くなった子どもたちとは、身元がバレてからもこっそり遊んでいた。
しかし、歳を重ねるうちに、その子たちとも全く会わなくなってしまった。
「もっと王子らしい振る舞いをしなさい」
一番上の兄フィリップに言われる。
「王子らしい振る舞いって?」
「それは父さんに聞きなさい」
だって、教えてくれないんだ、誰も。
それをギルベイルがただ黙って見ている。
目が合うと、
「弱虫!」
いつも短く何かしら言ってきた。
でもいつも最後に、
「もっと強くなれ!」
とも云われた・・・。
どうやったら、強くなれるのかな、どうやったら、怖がらなくなるかな。
・・・僕は、いつまで逃げ続ければいいんだろう・・・。
****
稲光が光った。
次に雷鳴。
(ああ、雨、降るな)
そう漠然と思った。
レオンハルトは走り疲れ、通り過ぎようとしていた中庭に足を向けた。
(雨に濡れたって、いいや。僕なんか、雨に濡れた方がいいんだ)
半ば自暴自棄になっていた。
(そうだ。自室だと誰かが来そうだし、ここに隠れていよう)
綺麗に造園された中庭の高い木の近く身をひそめた。
「あ・・・」
右手に握り締めたサーベルに気づいた。
無我夢中だったので、そのまま持って来てしまった。
「置いてくればよかったああ・・・」
結局、使われなかった僕の剣。
レオンハルトはサーベルを木の幹へ立て掛け、木の根元へ座った。
(ああ、情けない)
ガックリとうなだれた。
その時。
「・・・泣いているのか」
「・・・・・・!」
後ろから、レイティアーズの声が聞こえた。
(ど、どうして)
レオンハルトは動揺した。
どうして中庭にいるのがわかったのだろう。
僕、木の陰に隠れてるのに・・・。
「それで隠れたつもりか」
「――――――――っ」
(やっぱりバレてる!)
「微量の魔力が見えた。さきほど魔法を発動させようとした時の残った魔力だろう。だから、お前だろうと思ってな」
え・・・。
(それって、魔導士が魔法を使い終わった後に残る、かすかに体から発せられる微量の魔力の事・・・)
勿論しばらくすると消える。
上級者になればなるほど自然と隠すことが出来る。
僕は魔法を発動していなかったのに、それが見えるの・・・?
レオンハルトは自分自身の体を眺めた。
しかし見えなかった。
これもまた、上級者になれば見える確率は高いし、訓練すれば見えるようになるらしい。
彼は中庭の入口に立っているのだろうか。
レオンハルトは振り向けない。
「なぜ逃げた」
「・・・・・・」
そんなの、言えるわけないじゃん。
ギュッとひざを抱えた。
それでも沈黙を守り続けるレオンハルト。
レイティアーズの足音が聞こえた。
中庭に入ってきたのだろうか。
(来ないでよ!)
「恥ずかしくないのか」
「・・・・・・!」
レオンハルトはキッと振り向いた。
「戦争もまだ経験したことないのに・・・!」
思わず、言い返していた。
だがレイティアーズも怯まなかった。
「それが一国の王子の言動か!!」
「―――――――――!」
怒声が鳴り響いた。
体中にビリビリと響いて身が縮まる。
今までで一番の怒りではないか。
いつものレオンハルトなら、そこで身をすくめ泣きそうになるか逃げ出すかするのだが、今は強気だ。
というか、投げやりになっているので、怒られてもどうでもよいという境地だ。
「うるさいな!!王子王子って、それがなんなんだよ!」
「ほう、そのくらい反抗できるなら、まだ私も怒ってもいいと云うわけだな?」
「え・・・」
一瞬たじろぐ。
(で、でも僕、もう怒られたって平気だもんっ)
レイティアーズは今までで一番怖い形相をしていた。
「貴様はこれから戦争に身を投じる!隊長がそうでどうする!人の命がかかっているんだぞ!!」
張り上げた声に、レオンハルトは思わず耳を塞いだ。
レイティアーズはため息を付く。
「――――――まったく。国王も何故このような腰抜けを騎士団へ出したんだ」
「―――――――っ」
ひどい言われようだ。
ぐっと涙をこらえ、レオンハルトはとうとうその場から立ち去ろうとした。
「また逃げるのか」
「・・・・・・」
ぐっと詰まってしまう。
わかってるよ。
(・・・ほんとに、なんで、僕なんかを)
王子であるから人前に立つこともある。
勿論軍事、戦に関する事なども学んだ。
でも。実戦となればまた違う難しさがある。
騎士団をまかせる、という国王の発言に、最初は喜んだよ。そりゃもう。期待されてるんだって。
その上流星群まで現れて、本当に幸せな気分になった。
・・・今まであまり期待されていないと思ったから。
「・・・私も、王子相手に言えるような立場では無いが、訓練で逃げているようでは、隊長はまかせられない」
(嗚呼、当然だ・・・)
(ひどい醜態だな・・・)
これで、解任されるな・・・
レオンハルトは立て掛けて置いたサーベルに手をかける。
「・・・僕、この剣、国王に返してくるね」
「どういう事だ」
解任される前に、自分から辞めよう・・・。
視線を下に落とし、告げる。
「隊長、辞めるから」
「なに」
そう言ってレオンハルトが再びサーベルを持とうとしたその時。
「お前には守りたいものは無いのか」
「え?」
思わず顔を上げる。
「お前は国の王子。国を護るのが仕事だろう」
「・・・・・・」
わかってるよ!と心の底で叫んではいる。
兄たちにも散々王子らしくしろと言われている。
議会で国民の声が大事だというのも学んだ。
それに・・・、
(僕は、魔鉱保護区ゴールドローズへ行ったんだ)
(祈ろうと、思って・・・)
「平和を・・・」
ポツリと、つぶやく。
「・・・?」
その声は、レイティアーズには聞こえない。
「私にはお前がわからない。なぜ国を護る姿勢がまったく見られないのか・・・」
レイティアーズはそう言ってかぶりを振る。
(僕にも、わからないよ・・・。どうしてこうも、三人の兄弟と違うのか・・・)
レイティアーズは眉間にしわを寄せ、苦渋の表情をしていた。
それがレオンハルトの心に突き刺さる。
(ああ、真剣に考えてくれているんだ・・・)
「私は代々騎士団の家系だ。だからお前と同じように国を護るのが仕事だ。国があちらを向けば我々もそれに従う。それが当然の事だと思っている。・・・お前は、違うのか?」
(ああ、そうか・・・)
この人も、兄たちと同じなんだ・・・。
同じ『きちんとした』人なんだ・・・。
同じきちんとした人でも、彼らとは違う。
だから。
話してみようかな。
でも。
レイティアーズがギョッとした。
レオンハルトの目からボロボロと涙が溢れだしていたのだ。
「おい、言いたい事があるなら・・・」
レイティアーズは少し焦る。
「ごめんね、こんな手のかかる王子で・・・ごめんね・・・」
「・・・それは私に向けて言っているのか?それとも―――――――」
「え?」
レイティアーズはロベールの言っていた言葉を思い出した。
『なにか負い目というか、自分は兄三人と比べて劣っていると卑下しているというか・・・』
「魔法も使えない、剣術もできないから自分を卑下しているのか?」
「え?どういう・・・」
その時。
ドオオオン!!
という地響きのような振動と音があった。
「わっ!!」
「何事だ!!」
レイティアーズが叫んだ。
そして空からの目も眩むほどの閃光。
まぶしさに上を見上げようとしたが、
「木のそばから離れろ!!」
遠くから別の誰かの叫び声が聞こえた。
「え」
レイティアーズが気づき、動かないレオンハルトを体を引き寄せる。
そしてそれは一瞬の出来事。
バリバリバリ!!!
空からとてつもない音と衝撃が落ちてきた。
「―――――――っ!」
レオンハルトは声にならない悲鳴をあげる。
恐怖でまったく動けない。
あたりの温度が上昇した。
炎だ。
中庭の木が真っ二つに割れ、燃えはじめた!
橙赤色の炎が一気に木を包む。
「おいっ」
レイティアーズは動かないレオンハルトを庇うように後ろへやる。
そしてすぐさま魔法を詠唱した。
「【フルシールド】!!」
透明の膜が球体となって二人を包む。
【防御壁】よりも難易度の高いこの魔法は強度が強く、左右上下すべてを防御する事ができる。
これで、炎の熱をかんじない。
ふう、と荒く息を吐き、レイティアーズが後ろを振り返る。
「無事か」
「――――――!」
レオンハルトは我に返った。
「・・・・・・」
薄く唇を動かす。
しかしまだ声が出ないようだ。
やっとこの惨劇が落雷によるものだと理解した。
急に、顔に冷たいものがあたった。
「あ、あめ・・・」
案の定、雨が降ってきた。
少しホッとした。
これで火が消えるかな。
やっと、レオンハルトも落ち着きを取り戻して来た。
ホッとしているレオンハルトの心を読んだかのように、レイティアーズはジロリとレオンハルトを見ながら冷静に告げる。
「この雨程度では火はすぐに消えない。そうやっている間にも、様々な所へ燃え広がってしまうぞ」
(ギャア!そんな!)
血の気が失せる。
狼狽えるレオンハルトを尻目に、レイティアーズが冷静に呪文を発した。
「【シュトローム】!」
「【旋回】!!」
木へ向かって手をかざす。
レイティアーズの手から水が放たれ、それが渦を巻き、旋回しながら燃えている火に向かっていく。
(あ・・・水の魔法・・・)
旋回する水流が木を包む。
(すごい・・・)
そして、あっという間に、燃えていた火が消えた。
(すごい、さすがだね――――――)
一瞬の出来事に、レオンハルトは目を見張るばかりであった。
しかし、木の根元に転がったサーベルを見ると、気持ちが一気に沈んでしまった。
「サーベルが――――――――」
地面に落ちたレオンハルトのサーベルが、感電なのか、落雷により燃えたのか、わからないが上部の剣先が黒くなって少し欠けてしまっていた。
(僕がサーベルを木に立て掛けていたからこんな事に―――――)
「地面へ落ちたため、被害が大きくならなかったのだろう・・・」
レイティアーズがサーベルへ視線を落としながらポツリと言った。
レオンハルトはサーベルの傍へ近づいた。
「おい、まだ危ないぞ」
火は消えたばかりだ。
崩れ落ちるようにひざをつく。
「そんな・・・」
そしてサーベルへ手をかけた。
「あつっ」
さきほどの燃えた木の影響なのだろうか。
サーベルは火傷しそうなほど熱くなっていた。
「馬鹿な真似はよせ!」
レイティアーズに怒られた。
「・・・・・・」
レオンハルトは俯いてサーベルを見つめた。
「無事か」
レイティアーズ以外の声が、中庭入口の方から投げかけられた。
振り返ると、心配そうにこちらを見るギルベイルがそこに立っていた。
では、先ほどの声は、彼が―――――――。
「申し訳ない、私がいながら」
レイティアーズがギルベイルに頭を下げた。
「気にするな。それより、二人とも大丈夫か」
「う、うん。ありがとう、兄さん」
驚いてレオンハルトは思わず立ち上がる。
めずらしく、僕まで心配された。
レイティアーズが雨に濡れた髪を振り払いながら口をひらいた。
「どうしました?何か用事があってここへ?」
(ああそういえば、雨が降っているんだった。どうりで寒いや・・・)
レオンハルトがぶるっと体を震わせる。
ギルベイルは、そのレオンハルトを見ながらバツが悪そうに言った。
「いや・・・、さっきお前とすれ違っただろう」
「?うん・・・」
「泣きながら走っていた気がしたから、少し、気になってな」
「・・・!兄さん・・・」
嬉しい。
僕のことを気にして・・・?
はじめてのことに、心の中だけが、温かくなった。
しかしすぐさまギルベイルは表情を固くした。
「それと、雷が落ちて町でも被害が出ているらしい。私もさっきここへ来る時に人から聞いたんだ」
「なに!」
「そんな・・・」
確かに、雷の音はこの中庭以外でも何度か鳴っていた。
レイティアーズは雨で濡れた髪をかきあげ、天を睨む。
「落雷の状況を見に行く」
「ああ。僕は国王の元へ行き指示を仰ぐ」
そう言ってギルベイルは走って行ってしまった。
すると今度は、警備兵が何人も駆け付けて来た。
何事かと思うほどの爆音と衝撃。
騒ぎになってもおかしくないのだ。
「大丈夫ですか」
その惨状を見て愕然とする。
「これは・・・」
「ああ、落雷だ。今火を消したところだ。上へ報告を」
レイティアーズが指示した。
「はっ」
敬礼して警備兵は行ってしまった。
「・・・・・・」
ふと、二人は地面に落ちたサーベルに目を落とす。
「この剣が、守ってくれたのかもしれんな」
「・・・え?」
「私たちもこの木のそばにいたら危険だった。だが、この剣が犠牲になってくれたのかもしれない」
「・・・・・・!」
(そうか・・・)
(ごめんね・・・)
涙が溢れてきた。
「・・・直せればいいが・・・」
レイティアーズが眉間にしわを寄せる。
「うん・・・」
せっかく父さんから貰った剣。
ショックで言葉が出ない。
それに気づいたレイティアーズは、サーベルを拾い上げた。
「だ、大丈夫?もう熱くない?」
「ああ、大丈夫」
サーベルを一振りし、雨によって濡れた滴を払い、レオンハルトへ渡した。
「これは安全な場所へ持っていけ、あとで修理を」
「・・・うん。ありがと」
少しだけ気持ちが軽くなった。
そうだ、修理すれば大丈夫に違いない。
サーベルを鞘へしっかりと収めた。
(あれ、そういえば・・・)
服の中からペンダントを取り出し、確認した。
ペンダントがまた少し、ひび割れ箇所が大きなっているように思えた。
(僕の体は無事だったけど、ペンダントだけ落雷の影響が?)
レオンハルトはこっそりと出して見たつもりだが、レイティアーズの視界にはバッチリ見えていたようだ。
「・・・・・・」
それを見たレイティアーズは何か言いたそうな表情をした。
しかし、廊下の方が騒がしくなってきたのでやめた。
廊下の方からバタバタと足音が聞こえる。
「たしかにここらへんなのか!?」
「ああ、そうだよ!」
若い男性たちの声だ。
「あ・・・っ!」
「団長・・・!・・・と王子!」
数名がレオンハルトたちに気づき、お辞儀した。
レオンハルトは見たことの無い人ばかりだが、どうやら騎士団員らしい。
「団長、ここらへんで落雷が・・・あ!木が!」
騎士団員たちが燃えた木に気づいた。
(そりゃそうだよね、木が黒焦げだもん)
「無事ですか!団長!」
「ああ、大丈夫だ。この木一本が落雷により燃えたが、対処した」
「そ、そうなんですね・・・」
「まさか、王宮に落ちるとは・・・」
騎士団員が青ざめながら口ぐちに言う。
レイティアーズはふと考える。
「そうだ、お前たち」
「は、はい!」
「頼みがある。ダンダリアンが宿舎か訓練場にいる。彼にこの事を報告してくれないか。私は軍務大臣の所へ行き状況を確認しに行く」
「は、はい!」
「よろしく頼む」
団長とこうして直接話をする機会はなかなか無いのだろう。
かなり緊張した面持ちで返事をし、あっという間に行ってしまった。
レイティアーズも廊下に出た。
「隊長を辞めるという話はまたあとだ。私は状況を確認しに行く」
「あっ」
僕は・・・?
どうすれば・・・?
駄目だ。
聞いてはいけない。
彼の邪魔になる。
それに気づいたレイティアーズが声をかける。
「必要であれば、騎士団の力が必要になってくるかもしれん、待機していろ」
「で、でも、僕、隊長失格・・・」
ジロリと見られる。
「それは後で決める。それまで保留だ。とにかく今は団長である私の命令に従え」
「は、はい!僕、ロベールの所に戻ってるよ!」
レオンハルトはこれ以上ホンモノの落雷、では無くて、レイティアーズに雷を落とされるのが嫌なので、すぐさま騎士団訓練場へ向かう事にした。
「ああ、それと」
レイティアーズの声にレオンハルトは足を止めた。
「?」
「髪を早く乾かしておけ、なんなら風呂にでも入っておけ」
「へ?」
「雨で濡れたんだ。体調を崩してたら何にもならんだろう」
「・・・!うん!ありがとう!」
うちの騎士団の団長は、とても気が利く。
(僕も、見習わなきゃ)
今度こそ、訓練場へ向けて走って行った。