第21話 最弱の王子(1)
外へ出ると、雲行きがあやしくなってきていた。
これから雨が降るのだろうか。
騎士団宿舎の隣が訓練場なのですぐ着いた。
そして武器防具などが置かれている建物に通された。
レイティアーズは横の棚を指差す。
「そこの軍服に着替えてくれ、その防具は・・・まだ必要ないだろう。それから、その剣を装備してくれ」
あああとこれも、と胸当てを渡された。
「え」
これは訓練などでよく使われる簡素な体を防御するもの。
とりあえず受け取ってみるものの疑問だらけだ。
「なんで?」
「ほら、お前の装備、ここにあるぞ」
「わ!」
見ると、色々な装備が置かれてあった。
「これ、僕の!?」
レオンハルトは少年のように目を輝かせた。
今までこんなに立派な武器防具などもらったことが無かった。
王宮から支給されるのは、ほとんど護身用の軽量なものばかり。
重くて固そうな防具。
そして・・・
「うわあ・・・かっこいい!」
一振りの剣が置いてあった。
「これは、サーベルだな」
横からロベールも覗き込む。
レオンハルトも頷く。
「これは急きょ国王が選んで用意したものだそうだ」
「え!そうなの!?」
レオンハルトの顔が一気に明るくなる。
その様子にロベールは顔をしかめる。
「自分で選ばなくていいのか?あとで変えられるはずだ」
「いや、大丈夫だよ。これでいい」
そう言って少しはにかんだ。
父からのプレゼントだと思って、快く受け入れよう。
「父さんが選んでくれたんだ、これほど嬉しい事は無いよ」
「・・・・・・」
ロベールはレオンハルトをジッと見、ため息を付く。
「ま、無難なとこだな、この武器は」
急きょ入団が決まったので、レオンハルトたちがゴールドローズへ行っている間に手配したらしい。
ロベールは、レオンハルト自身にどの武器がいいか考える時間も与えず、国王単独で武器を選んだ事に不満だった。
しかし、レオンハルトがそれで満足しているのだからいいとしよう。
サーベルは片刃の長剣で、ごく一般的な武器である。
戦闘初心者でも軽量な割に切れ味も良いし、なんとか扱えるだろう。
初心者であるレオンハルトを考慮してのことだとは思うが・・・。
レオンハルトは剣にそっと触れてみた。
柄には国の紋章が入っている。
「・・・・・・」
(もしも戦いになった時、これで攻撃する・・・)
ごくり、とレオンハルトの喉が鳴った。
ヤバい、緊張してくる。
(と、とりあえず今は軍服と剣と胸当てをつければいいんだねっ)
あまり今は考えないようにしよう。
「よし、まずは軍服から」
はじめて着る騎士団の軍服。
子供の頃からカッコイイなと憧れていた。
これを着る日が来るなんて。
見ると、向こう側の棚で、レイティアーズも胸当てを着けていた。
(あの剣は・・・)
あれは彼の武器だろうか・・・?
細く長く輝く剣が立てかけられていた。
種類はレイピアだろうか。
思わずボーっと眺めていると、レイティアーズと目が合ってしまった。
(うわっ、は、早く着替えよ)
レオンハルトが急いで上着を脱ぐと、キラリと胸元のペンダントが光った。
「あれは・・・」
それを見たレイティアーズが呟く。
(いや、まさかな)
すぐにかぶりを振り頭を切り替えた。
そんなレイティアーズの行動に気づかずに、レオンハルトは腰に装着する皮のベルトホルダーに悪戦苦闘していた。
そしてようやくベルトを装着し、剣を差して完了だ。
「う、う~ん」
しかし剣を腰に差すことをあまりしないので落ち着かない。
「どうした?」
「え?」
ロベールに聞かれた。
そういえば、ロベールは着替えたり剣を装備したりしないのだろうか?
「ねえ、僕だけなの?」
「そうみたいだな」
飄々と言い、向いのレイティアーズを見た。
「ほら、行ったぞ」
「え?」
見るとレイティアーズがスタスタと歩いていく。
「着いて行け」
「?う、うん」
どこへ?と訊きたかったが、とりあえず彼の後を追った。
「わ・・・」
ここは隊員が実際に訓練している場所だろうか。
広々としたそこは、固い土の地面と短く刈られた芝生の地面とに分かれており、レイティアーズは土の地面へ立っていた。
先ほどの着替えをした建物の中に室内の訓練場らしき部屋が見えたが、今は外でやるらしい。
「あれ・・・」
そこには見知った人物がいた。
ダンダリアンだ。
近くの壁に寄り掛かり、レイティアーズの方を見ている。
さっきまで騎士団宿舎で忙しく仕事をしていたのに、いつの間にここに来ていたのだろう。
そしてその隣にもう一人、腕組みをしている男性がいた。
それ以外は訓練場には誰もいない。
(彼は確か・・・)
第一部隊隊長の、ヴィクトール=パウル=ダイク。
白銀色の短髪に、大柄で鍛錬した逞しい体つきだが、顔は端正な顔立ちの美青年だ。
飾り気の無い性格で、皆に親しまれている。
レイティアーズが促す。
「ここへ」
「は、はい」
レオンハルトも土の地面へ入った。
レイティアーズの表情がいつにも増して厳しい。
「これから、レオンハルト王子、お前の魔法の力量を見る」
「へっ!?」
(魔法の力量!?)
(い、いきなり・・・ちょ、ちょっと待って・・・)
レオンハルトの体から、嫌な汗が流れてきた。
「ダンダリアンが騎士団の魔法師範なので、彼にも見てもらう」
「え・・・」
ダンダリアンを見ると、彼は眼鏡をクイっとあげて、少し微笑んだ。
(ダンダリアンが魔法師範?そりゃ、魔法が凄いのは証明済みだけど・・・)
騎士団の魔法師範は、魔法の一番強い人物、いわば魔法の代表者。
そして時には指導者として隊員に教える役目だ。
(書記の仕事もあるのに、なんか大変そうだ)
これはますます読書している暇は無いな。
(・・・と、暢気に考えている余裕は無いんだよっ僕はっ)
ああ、どうしよう・・・。
レイティアーズはレオンハルトをジッと見、考えをめぐらす。
(王子がまるで魔法を使えないのは知っている。魔法学校の成績も見たし、国王からはある程度きいていた)
(しかし、実際に見ないとわからない部分もあるだろう)
あまりにも動揺しているので、レイティアーズが付け加えた。
「入団する時に皆が行う試験のようなものだ」
「あ・・・そ、そっか、そうだよね」
しかし、ふと気づく。
「でも、僕、初歩の魔法しか使えないよ・・・?」
ギロリ、と睨まれた。
「四の五の言うな、始める」
「ええ~!?」
何を言っても無駄らしい。
(わ、わかりましたよー)
「お前が使える魔法はなんだ」
レイティアーズが訊く。
「えっと、回復魔法の【癒しの光】だよ」
「あとは」
「え、それだけだよ」
ギロリと睨まれた。
(ぎゃっごめんなさいっ)
だって、本当にそれしか出来ないんだ、今の所・・・。
頑張っているんだけど、なかなか、魔法が発動してくれないんだ・・・。
「わかった。もういい」
あまりにもシュンとしているので、レイティアーズは話しを切り上げる事にした。
「あ・・・」
レイティアーズは怒ってしまったのだろうか?
あまりにも魔法が出来なくて、呆れた?
「ごめんなさい、レイティアーズ」
思わず口に出す。
「何故あやまる」
「だって・・・。僕、こんなんで隊長やってける?魔法の使えない隊長って今までいた?」
そう言うレオンハルトに少し苛立ったのか、レイティアーズが怒鳴る。
「今は魔法の力量を見ているのだ!隊長云々はあとにしろ!!」
「ひえっ!」
ごほん、と一つ咳払いが聞こえた。
見ると、それまで壁に寄り掛かり黙っていたダンダリアンが、こちらへゆっくりと近づいてきた。
「では、初歩の火属性魔法【サラマンドラライザの火種】を試しにやってみてはどうでしょう?」
レイティアーズはチラリとダンダリアンを見る。
「・・・・・・」
沈黙し、少し考える。
「・・・ああ、そうだな。そうしよう」
「え?」
(やるの?)
もうっ、ダンダリアンってば余計な事言わないでよ!
こっそりダンダリアンを睨むが、彼は飄々としていた。
(うう・・・)
火属性魔法だって、試した事あるし!
「でも、出来ないってば・・・」
「やってみなければわからないだろう!!」
「わっ」
レイティアーズに怒鳴られた。
(ううう、やっぱり怖いよお)
レオンハルトは昔のレイティアーズとの馬術の練習を思い出してしまった。
(やらないと怒鳴るし、出来なければ怒られそうだし・・・)
ええーい、やるしかない!!
「わかりました!!」
もうどうなっても知らないからね!
もうヤケクソダ。
【サラマンドラライザの火種】。
火属性魔法の初歩中の初歩で、火力は弱く、攻撃に適さない。
おもにランプに火を灯す時などは最適だ。
サラマンドラライザとは、やはり古代の神話に出てくる火の守り神である人物の名前である。
火は、古から人々に脅威であり、かつ人々の生活に寄り添った必需品であった。
神聖な儀式にも使われるそれは、サラマンドラライザが大事に守ってきた自然の恵みだ。
(やるか・・・)
魔法を使うのは、学校を卒業して以来だ。
武器を使わないと魔法を発動させられないので、腰に差したサーベルを恐る恐る取り出す。
「・・・・・・」
サーベルをギュッと両手で握り締める。
そしてまずはマギアスを体内へ取り込む。
それを魔力へ変換する。
(集中、集中)
魔法は集中力が大事だ。
頭をクリアにし、火を構成する要素、その魔法の根源となる要素、そして魔法が発動するイメージだけを描く。
意識下に不純物など入れてはならないのだ。
・・・そこまでは、順調にできているような気もするが。
(次は、発動だ!)
魔力を魔法として外へ出す。
詠唱呪文を発する事で発動をより高める。
・・・初歩中の初歩の魔法は、基本的に詠唱無しでもできるらしいが、レオンハルトは詠唱しないと無理だった。
「出でよ、【サラマンドラライザの火種】!」
シーン。
もう一度。
「【サラマンドラライザの火種】!」
シーン・・・。
何も起こらなかった。
(は、恥ずかしい・・・)
何か、シュウと体内の魔力が縮小して消えて無くなるような、蒸発するようなかんじだった。
(ああああっ、やっぱり!!)
ガックリとうなだれる。
(ちょ、ちょっとは期待してたんだよ、もしかしたら発動するかもーって)
――――――やっぱり、ダメだった。
「・・・・・・」
レイティアーズとダンダリアンが目を合わせた。
(ああ、レイティアーズは怒ってるかな・・・)
しょうがなく剣をしまい、体を縮こまらせながら、彼から浴びせられるであろう言葉を待っていると・・・。
「次は、剣術の力量を見る」
「へ?」
あれ?怒らないの?
無表情なレイティアーズは、淡々と次へ進んだ。
なんだか拍子抜けだ。
しかし、今度は・・・、
「け、剣術?」
レイティアーズが壁に寄り掛かるヴィクトール=パウル=ダイクの方を見る。
「彼は第一部隊隊長だが、剣術と体術の師範を兼任している」
(な、なるほど・・・、だからここにいるのか)
「よろしく」
片手を上げて、二カッと明るく笑った。
レイティアーズがレオンハルトより少し距離をとって彼の前に立った。
そしてレイピアを自身の腰につけた鞘から出し、レオンハルトの方へ剣先をピッと向けた。
「手合せ願おう」
(え・・・)
「えっえっ、レイティアーズが!?」
「ほら、おまえも早く」
声の方を見ると、ロベールがいた。
いつの間にか彼も来ていたのだ。
レオンハルトの傍の壁に寄り掛かり、こちらを見ながら促す。
「え?」
「剣を抜け」
やっぱりやらなきゃいけないの?
(じ、自慢じゃないけど、剣術も苦手なんだよね・・・)
「『威風堂々』」
え?
ロベールがレイティアーズを見遣る。
「彼の剣の名前だ」
「え・・・」
「シルヴァードル家に代々受け継がれる剣らしい」
「すご・・・」
そんな凄い剣で、手合せを・・・?
というか、そんな剣で攻撃されたら・・・
(簡単な防具じゃなくて、もっと固い防具を~~~!)
シュンシュン、とレイティアーズの剣裁きの音が聞こえてきた。
(うわっはじまってる!!)
とても鮮やかな剣さばき。
しかし見とれている場合では無い。
レイティアーズがこちらめがけて剣を振り上げる!
ガキン!!
「・・・・・・くっ!」
剣と剣のぶつかる音が訓練場に響いた。
レオンハルトは瞬時に剣を抜き、なんとか自身の剣で受け止めていた。
しかし腰が引けてなんともまぬけな恰好だった。
「ほう」
レイティアーズが少し驚く。
うわああああ~!!!
怖かったあ~。
レイティアーズは一旦剣を引き、そしてまた構える。
「え、まだやるの?」
怖い!
怖すぎる!
レイティアーズの眼光も怖いけど、剣がもっと怖い!
もう、無理だよ!
気持ちがついていかない!!
「け、剣術なんて無理ぃ~~~~~!!」
「お、おい!レオンハルト!?」
レオンハルトはそのまま訓練場の入口まで猛スピードで走り、出て行ってしまった。
(おいおい脱走かよ!)
まったく予期していなかった展開にロベールは焦る。
そしてレオンハルトの後を追おうとした。
「私が行く」
レイティアーズがそれを制した。
「あ、ああ」
ロベールは意外な人物からの申し出に、ただ頷くしかできなかった。