第20話 騎士団第七部隊
その頃、ドレアーク王国内のどこか―――――――――。
「なに、あやつが?」
「はい、そうです」
仄暗い室内。
数人がひそひそと内密に話しをしている。
「確信が無い事をする事など、リスクしかないだろう」
「そうです。我が国で手を貸すとなると、めんどうな事になりかねない」
「なんのメリットがあって」
「アラザスにはまだ攻撃を仕掛けていない。あやつがアラザスの同盟国であるからして、我が国で手を貸したのが明るみなればめんどうな事になる」
「ですが断れば――――――」
話しの中心人物が、苦渋の表情を浮かべる。
「ええい、わかった。ではお前達にまかせよう」
「御意。では、そのように」
****
「レオンちゃんも来たのかい」
「わっ、バイオレットさん!」
椅子に座って上目使いにこちらを見る。
バイオレット=ポドワン。
レオンハルトは驚く。
そこにある巨乳に驚いたのではなく――――――いや、確かに見慣れていてもドキリとする事はあるが―――――――今は、その右手に赤い大剣を持っている事に驚いた。
はじめて見るものだった。
「これは、バイオレットさんの・・・?」
「ん?ああ、この剣かい?そうだよ」
テーブルに置かれた鞘の横に道具がいくつか置いてあり、剣の手入れをしているようだ。
全長がバイオレットの体の半分以上はあり、柄に比べて剣の幅は三倍はある。
なんといっても、大剣の全長の半分以上が刀身であり、よく手入れされているのか赤く輝き、見る者を魅了する。
(こ、こんなのをバイオレットさんが持ってるの・・・?)
「持ってみる?」
「うえ!?い、いいいいいいです!大丈夫です!」
(見た目からして持てるわけがない!)
あまりのうろたえようにロベールが苦笑した。
(よくこんな重そうなもの扱えるな・・・)
ますますバイオレットを尊敬してしまいそうだ。
「レオンちゃんは第七部隊だったね」
「はい」
「あたしは第二部隊の隊長だよ、よろしくね」
(うわっ!僕って騎士団の階級的にはバイオレットさんと同じ立ち位置!?)
や、やばい。有り得ない!
「こ、こちらこそ!」
思わず声がうわずると、ロベールとバイオレットが顔を見合わせて笑った。
レオンハルトとロベールはバイオレットと別れ、第七部隊員たちが集まっている方へ歩き出した。
「・・・バイオレットさんの剣、凄かったね」
ぼそりと呟く。
まだ驚きを隠せない。
王宮にある剣でも、あんなに大きいものは見たことが無い。
「お前のもあるからな、装備」
「そうなの?僕専用?」
「基本的には、騎士団で支給される装備は皆同じものだ」
「そうなの」
「しかし、魔導士としてレベルの高い者や、騎士団で地位の高い者は、自分で好きな装備をすることができる」
「じゃあ、もしかしてバイオレットさんのも専用!?」
(あんなの皆が同じの持ってるなんて、有りえないもんね!)
ロベールが頷く。
「あれは彼女が自分で調達した剣だ。騎士団での訓練の時に使用している愛用品だ。あれを使えば敵をなぎ倒せそうだ」
「うんうん」
日頃から鍛錬している強いバイオレットが使うからこそ、使いこなせるのだろう。
「キャー!」
突然、悲鳴が聞こえた。
何事かとレオンハルトが驚く。
そこは、ちょうど向かおうとしていた、窓際付近。
第七部隊の隊員たちが集まっているところだ。
(あれ?)
レオンハルト以外は誰も悲鳴に気づいていないのか?
いや、気にしていないのだ。
それでもレオンハルトは声の方へ駆け寄った。
「ど、どうしたの?」
「あ!レオンハルト王子!こんにちは」
皆が一斉に挨拶してくれた。
(嬉しいなあ~)
人数は約十名くらいだろうか。
「はい、こんにちは!・・・じゃなくて、い、今悲鳴が・・・」
「ああ」
隊員の一人が、そう言うと顔を下へ向ける。
そこには、小柄な女性がいた。
床に置いたカバンの中を、ひざを付き何やらごそごそと探している。
何か小さく叫びながら。
「ああっ無いっ」
「えっ、な、何が無いの・・・?」
その女性が探すのに夢中で声をかけずらいので、レオンハルトは近くにいた赤い髪の男性に声をかけた。
男性はポリポリ頭を掻きながらポツリと言った。
「たぶん、ポーション」
「・・・ポーション?」
「回復薬のポーションだと思われる」
ぶっきらぼうだが教えてくれた。
ポーションとは、魔法のかかった飲み薬の事である。
様々な種類の薬が存在し、主に回復薬として、傷の治癒などに用いられる。
いつどこででも使用する事ができるように小瓶に入っており、持ち運びに便利だ。
魔法を使えない者でも、それを飲めば治癒できる。
逆に毒性のあるものなども作られる事もあり、これは魔物や敵を倒す時に使用される。
調合士などが調合し、作成する。
直接調合士から買うか、道具屋などでも販売されている。
しかし残念ながら、レオンハルトが求めるような、エミィロリンの病気を治すような薬は無い。
カバンの中をのぞいてみると・・・
「うわっ、いっぱい!!」
カバン中、ポーションだらけだった。
小瓶だらけで、割れないのだろうか。
「いったい何個入って・・・」
すると女性がこちらを振り返って声を張り上げる。
「九百九十九個です!!」
「きゅ、きゅう!?!?」
レオンハルトの声が思わず裏返る。
カバンの中に999個のポーション。
(う、うそだろー)
しかし、とてもそんなに入っているようには見えない・・・
レオンハルトはもう一度中をのぞいてみた。
どこにでもあるような焦げ茶色のカバン。
見た目はポーションの小瓶を縦に十個ほど並び入れたらいっぱいになりそうだ。
使い古されたようなかんじで、ところどころ色あせたり剥がれたりしている。
こんなカバンでポーションを入れたら、底が破れて穴が開くのでは?と心配になるぐらいだ。
ロベールも隣にしゃがみこみ中をのぞく。
そして彼女に問いかける。
「【空間魔法:アイテム収納】か?」
「はい」
彼女は当たり前のように頷いているが、中々習得できる魔法では無いはずだ。
レオンハルトは魔法の授業での勉強を思い出した。
七大属性の中の『無』属性。
その無属性の中で一番難易度の高い『時空魔法』系統の中の【空間魔法】。
その名のとおり空間を操る魔法。
空間魔法にも様々な種類の魔法がある。
彼女の場合、ロベールが【空間魔法:アイテム収納】と言ったのだから、何も無い場所に空間を作り出し、そこにアイテムを入れる事ができるようだ。
ただ、入れられる物の制限はある。
アイテムの出し入れは自由自在だ。
彼女の場合、カバンの中に空間を作っているのだろうか。
空間の大きさはその魔導士の魔法能力に依存し、能力によっては無尽蔵にアイテムを収納できる可能性もある。
彼女の空間魔法はどの程度のレベルなんだろう・・・。
「私はまだ覚えたばかりで、ポーション999個程度しか入りませんが・・・」
申し訳なさそうに彼女がうつむいた。
(いやいやそれだけ入ってれば十分です)
しかしすぐに顔を上げる。
「でも!この999個ぎっしりみっちり入っているのがちょうど良いんです!!」
なぜか力説した。
「え・・・?」
(なにが丁度良いの・・・?)
彼女が何を言いたいのかわからない。
その彼女がレオンハルトに顔を近づける。
「ぎっしり!!」
「は、はいっ」
思わず後ずさった。
「999個もあるなら、少しくらい無くても大丈夫なんじゃない?」
気を取り直して、事を荒立てないように、つとめて穏やかに言ったつもりだったが・・・
「一個でも足りなくなるとダメなんですぅ~」
半べそだ。
(どうして駄目なんだろう)
それに、せっかく【何個でも入れられる空間】を作っているいるのに、ぎっしり入れたら空間が無くなってしまうではないか。
「うーん、どうしよう」
レオンハルトが困っていると、横でさっきの赤い髪の男性が言う。
「いつもの事だ」
「え!そうなの!?」
「彼女と俺は前から騎士団に所属していて、よく知っている」
「あ・・・」
そっか、だから誰も驚かなかったのか。
(って、いつもあんな悲鳴上げられたらたまったもんじゃない・・・)
「そ、そろそろ自己紹介したいんだけど・・・」
レオンハルトがロベールにこそこそと話す。
下でごそごそと探しているのを、腕組みをしながら見ていたロベールも、さすがに苛立ちを隠せないようで、ムッした表情だ。
「ああ。構わずに先を進めよう。これでは日が暮れる」
と、二人で話していると・・・、
「あ!ありましたあ~」
どうやら見つかったらしい。
「え!どこにあったの!?」
「ポケットの中ですう~」
「・・・・・・」
「うっかりでしたあ~」
てへへ、と笑った。
「は、はあ・・・」
脱力・・・。
「第七部隊のみなさん!隊長のレオンハルトです、よろしく!」
レオンハルトはなんとか気を取り直して、自己紹介をはじめた。
隊長の役割などは、勉強したりロベールに聞いたりはしたのだが、実戦となると別だ。
(あとでバイオレットさんに聞こう・・・)
なんとも頼りない。
(とりあえず、隊員の顔と名前を覚えよう・・・)
大体は顔見知りであるが、さきほどの空間魔法の女性のように知らない人物もいる。
空間魔法の女性が元気よく自己紹介した。
「レン=レインです!回復魔法と空間魔法が使えます。よろしく!」
その元気の良さに呆気にとられる。
(彼女も戦闘員なんだよ・・・ね・・・大丈夫なの?)
自分の事は棚にあげ、レオンハルトは思った。
日頃鍛錬しているのだろうかと思うほどの細見の体つきだ。
まあ、戦闘になった時に、遠くから回復魔法を放つ、という事もできるだろうけど。
レン=レインは、金碧色の後ろ髪を襟足あたりまで伸ばし、綺麗にまっすぐに切りそろえられている髪が特徴的な女の子だ。
年齢は十七歳。
服装も変わっていて、薄いシンプルな白い長袖シャツ、サスペンダーの付いた膝より少し短い丈の藍色のズボン、といった動きやすい服装をしていた。
(こ、これは私服・・・?)
なかなか見かけない服装だ。
特に女性がズボンをはくのはあまり見た事が無い。
(変わった子だなあ)
(な、なんとか終わった・・・)
ひととおり自己紹介が終わると、隊員たちは各々の仕事に取り掛かった。
(レン=レインさん以外とは、うまくやっていけそうな気がするけど、部隊をまとめるとなると、僕なんかが出来るのか・・・?)
不安が大きくレオンハルトの心にのしかかかるが、とりあえず今は、ロベールに教わりながら隊長としての雑務をこなした。
ある程度仕事が終わり、隊員たちもまばらになってきた夕刻。
騎士団長がレオンハルトとロベールの方へ近づいて来た。
「レオンハルト王子」
「あ、レイティアーズ」
相変わらずビシッと乱れの無い出で立ちだ。
背筋がピーンと伸び、仕事で疲れているだろうに、それが微塵も見られない。
レガリア国議会などを通して、少しレイティアーズと仲良くなれた気がするが、やっぱり騎士団にいるとどこか遠い存在に見える。
「今、時間はあるか?」
「え?う、うん」
なんだろう・・・。
「では、訓練場へ」
(訓練場?)
「行こう」
ロベールもレオンハルトの背中を押した。
(何かやる事あったっけ・・・?)