第19話 アレクシスと辺境伯
「レオンハルト」
アレクシスに呼ばれたレオンハルトが振り向いた。
「に、兄さん」
会議場の通路の壁に寄り掛かって腕組みをし、不機嫌な表情でこちらを見ている。
アレクシスの近くには誰もいない。
彼に声をかけられる事があまり無いので、何事かとレオンハルトは小走りでアレクシスの方へ向かう。
会議場から出てきた人が数人、レオンハルト達を通り過ぎて行く。
ギルベイルも通ったが、少しこちらを見てまたすぐに歩いていった。
壁に寄り掛かり腕組みをしたまま、目を伏せる。
(な、なんだろ)
いつも何かしら嫌味な事を言われるので、思わず身構える。
彼とはほとんど一緒に遊んだ記憶が無い。
三人の兄の中で一番気が合わないのも理由だ。
遊ぶ時は三人の兄だけで遊び、レオンハルトはいつも仲間外れ。
一番上の兄は、優しい方なので、僕も仲間に入れて遊ぼうと提案するのだが、勉強や習い事がたくさんあり子供ながらに忙しく、遊んでもすぐにいなくなる。
ギルベイルもアレクシスの言う事ややる事を真似しているだけで、あまり意思表示をしなかった。
だから、遊ぶときはアレクシスが主体で、彼が権限を持っていた。
アレクシスが僕と遊ばないと決めれば、僕と遊んでくれる人はいない。
彼は几帳面で頭がよく、僕なんかと遊んでも楽しくなかったのだろうか。
どうして僕だけ、それをいつも自問自答してきた。
だからいつもロベールや妹と一緒にいた。
ヴァンダルベルクに父が行く時は、喜んでついていった。
僕にはシュヴァルツがいるから、別に兄たちと遊ばなくてもいいもん、とふてくされた時もある。
だがやはり三人が一緒に遊んでいるのを見ると、うらやましかった。
この歳になって、一緒に遊ぼうなんて気にはもうならないが。
「・・・おまえ、ヴァンダルベルクに友人がいたよな」
「え・・・?」
(突然、なに・・・?)
レオンハルトは思考が固まる。
・・・ヴァンダルベルク?
・・・友人?
アレクシスは相変わらず目を伏せ、眉一つ動かさない。
「あいつは王子だったな」
「・・・シュヴァルツの事?」
レオンハルトの問いには答えず続けた。
「そいつとは、もう会うなよ」
「え?」
(なにを・・・)
やっとチラリとこちらを見た。
「わかってるだろうな、国の一大事だ。敵対する同盟国とは関わるな」
「・・・・・・っ」
レオンハルトは唇をかみしめ、ギュッとこぶしを握る。
「じゃあな」
アレクシスはそう言い、レオンハルトに背を向けた。
言いたいだけ言って、行ってしまった。
レオンハルトはその場に立ち尽くした。
「・・・わかってるよ、そんなこと」
ポツリとつぶやく。
―――――でも。
(そんな大事なこと、簡単に言わないで)
なんの権限があって、そんな事。
国王に言われたならまだしも、だ。
尊敬する兄であってもそれは我慢できない。
(僕にとってはシュヴァルツとの関わりは、大切なことなんだ)
普段嫌味な事ばかり言う兄に、今の発言でさすがのレオンハルトも憤りを我慢できない。
知らず、アレクシスの背中を睨んでいた。
****
「どうしたおぬし」
ハッとレオンハルトが我に返った。
声のする方を振り返る。
「おぬしはなんとまあ、レオンハルト王子であったか」
「あ・・・」
会議に参加していた辺境伯のおじいさんだ。
名前も知らないが、どこの町の辺境伯かも定かではない。
(あとでロベールに聞かなくちゃ)
白髪の髪に、白く長いあごひげをたくわえ、少し先が尖がっている緑色の帽子をかぶり、貴族の衣装に身を包んでいる。
右手に杖を持ち、歩く時にそれで支えながら歩いているようだ。
「ボーっとこんなところに突っ立っておるので、思わず声をかけてしまったわい」
ほっほっほ、と笑う。
なんだか親しみやすい人だなあ、とレオンハルトは思った。
(兄さんと話した後、僕、ずっとここに立ってた・・・?)
「あ・・・。ごめんなさい邪魔でしたよね、おじいさん」
言ってから、あわてて訂正した。
「お、おじいさんじゃなくて、辺境伯っ」
「ほっほっほ、おじいさんでよいよい」
「ご、ごめんなさい、ほんとにごめんなさいっ」
平謝りするしかない。
(あ、そうだ。訊いてみようかな)
レオンハルトは思いついた。
「おじいさんの領地で、あ、辺境伯の領地で」
「おじいさんでいいわい」
少しムッとする辺境伯。
「え、えっと、おじいさんの領地で、二十年前戦争が起こったのですか?」
さきほどの会議の中で、二十年前の戦争の話しを出していた。
せっかく会ったのだから、当時を知る人物の話しを訊いてみたい。
「なんだ、おぬし、知らんのか」
驚かれる。
レオンハルトは焦る。
そうだよね、一国の王子が。
「は、はい、ごめんなさい・・・詳しくは知らなくて・・・」
「いや、よいよい。・・・で、何の話しじゃったかの?」
「え!あの、二十年前の戦争の話・・・」
「おお。そうじゃったの」
大丈夫だろうか、このおじいさん・・・。
辺境伯は顔を曇らせた。
「わしのところではなく、友人の領地が戦場になってな・・・」
「そうだったんですか・・・」
「ほれ、北部の町のグリザルデール。あそこが主戦場になってのお」
「ああ!あの町の北部には、【マギアス・ファウンテン】が眠っているかもしれないという町ですね」
【マギアス・ファウンテン】があるという話しが出てから、有名になった町だ。
鉱山も少しあり、魔鉱石がとれる。
そのグリザルデールの最北に、マギアス・ファウンテンが眠っているとされる。
国の探索隊も何度も行っているが、マギアス・ファウンテンは見つからず、未開の地となっている。
「そうじゃ。まだ誰も、あの町の者でさえも、マギアス・ファウンテンのあると推測される地域には入れないのじゃ。入ったとしても、出てこれるかどうか・・・」
「ファウンテンがあると云われる地域を避けて、戦争したのですか?」
「そうじゃ。最北の中央にファウンテンがあるとされるので、その両脇を通って戦争した。うまくファウンテンを利用し、戦争できれば有利かもしれぬが、見つからないのじゃから、その危険な地域は避けて戦うしかない。勿論、コルセナ王国でさえもな」
「なるほど・・・」
国の歴史の勉強頑張らなきゃな。
レオンハルトは頷いた。
知らない事が多すぎる。
しかし、誰にも国の歴史をもっと勉強しろ、とは言われなかったな。
他の勉強なら言われているけれど。
「わしはフラープファンネという町を治めておる。お前さんも知ってるじゃろう」
辺境伯がそう言うと、レオンハルトの顔がパッと晴れた。
「あ!ヴァンダルベルクとの境界の町!」
ヴァンダルベルに行くときは必ず通る町だ。
もっとも、素通りするだけで立ち寄ったりはしないが。
「お前さんが通るのを何度も見たぞ」
「あ・・・いつもお世話になってます・・・」
「ほっほっほっほ。ヴァンダルベルクに寄る際にはまた来なさい。」
「・・・はい」
(もう、ヴァンダルベルクには行けないんです、おじいさん・・・)
なんてことは、辺境伯に言ってもどうしようもないよね・・・。
もう少しだけ、戦争の事を訊いてみようかな。
レオンハルトが口を開こうとした、
その時。
「レオンハルト!」
「ロベール」
ロベールが向こうから近づいてきた。
「明日の騎士団会議の準備に行くぞ」
「え?僕も?」
「当然」
「でもレイティアーズは何も言ってなかった・・・」
「おまえは第七部隊をまかせられてるんだから、色々あるだろ?」
「い、色々?」
「部隊員も来てる。自己紹介がてら、来い」
「第七部隊の隊員!?わあ、会ってみたい」
「・・・遊びじゃないからな」
レオンハルトの浮かれ顔に、ロベールが釘をさす。
とたんにレオンハルトがムッとした。
「わかってるよ、そんな事。・・・ロベールはどの部隊なの?」
「僕も第七部隊だ」
「え!そうなの?嬉しいなあ~」
「・・・っ、・・・大丈夫なのかよ、第七部隊は・・・」
ため息を吐きうなだれた。
ロベールは気を取り直して顔を上げる。
「それから、お前の戦争時の装備だ。訓練場にある」
「え?なんで、訓練場・・・」
「まあ、それはあとで」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
辺境伯へ挨拶をし、ロベールが歩き出した。
「あ、待って!・・・おじいさん、ありがとうございました!」
辺境伯はニコニコ笑い手を振った。
(もっと色々聞きたかったな~)
名残惜しいが仕方無い。
レオンハルトはロベールの後を追って走り出した。