第17話 レガリア国議会(1)
国王も着席し、これで全員がそろった。
レオンハルトの右隣にはギルベイルが座った。
左にはレイティアーズ。
国王の席だけは決まっているが、円卓テーブルなので基本的に座る席は自由だ。
そして国王の後ろの個別の机に秘書官が座り、何か書いている。
執事長は扉近くに静かに立っていた。
「それではレガリア国議会を執り行います」
外務大臣が立ち上がりそう言った。
彼がこの議会の議長で進行役らしい。
国王より少し若く、国王就任時より外交の仕事をしており、信頼のある人物だ。
切れ長の瞳に、金色の髪はなでつけ前髪をピシッと分けている。
「急な事だったので、資料もあまり有りませんが、とりあえず御手許の書類に目を通してもらいたい」
テーブルのそれぞれの席に一つに束ねられた数ページの書類が置かれている。
皆がそれをめくる。
「その書類には、昨日の三国間会議の内容が書かれてあります」
その書類をはじめて見たものは、ざわざわし出す。
レオンハルトもようやく書類に目を通した。
レガリア国、ドレアーク王国、ウィスタリア公国による三国間会議。
国王がおもむろに立ち上がる。
場内がシンと静まり返った。
そして声を張り上げる。
「ドレアーク王国は、先の会議にて、アラザス公国へ進軍する事を明言した」
(――――――――!!)
どよめきが起こった。
周囲の空気が変わった事がレオンハルトにも肌で感じられた。
書類にも、大々的に【ドレアーク王国がアラザス公国へ攻撃を仕掛ける】事が書かれていた。
いよいよ、戦争がはじまるのだ。
「やはりか・・・」
「いよいよですな・・・」
口ぐちに言う。
その表情は驚き、怯え、無表情で頷く者など、三者三様だ。
勿論、以前から噂はあったものの、こうして直に正式な発表があると気持ちが違う。
レオンハルトの喉がゴクリと鳴る。
(とうとう・・・)
その隣で、無表情のギルベイルがパラパラと書類をめくりながらボソリと呟いた。
「・・・しかしドレアークは好戦的な国だな」
それを聞いたレオンハルトは、自分に言ったのではなく多分独り言なのだと思いはしたが、すぐさまギルベイルの方へ顔向ける。
「う、うん!僕もそう思う!」
いつもは発言しないレオンに、ギルベイルは少々面食らったが、苦笑しながら言った。
「よくうちの国が長年同盟国やってられるよな」
レオンハルトが大きく頷いた。
(ドレアーク王国・・・)
古くからの付き合いだといえばそれまでだが、ヴァンダルベルクと同盟が破棄された時は、レオンハルトも悲しんだ。
前のようにシュヴァルツに会えないかもしれない、それが大きかった。
(父より前の、つまり僕のおじいさんの代から続いている同盟関係だ。簡単には切れないのは、わかるけど・・・)
会話はそれで終わったが、レオンハルトにはとても嬉しい事だった。
(・・・・・・)
その二人の遣り取りを、レイティアーズが横目でじっと見ていた。
「そこで今回は、そのドレアーク王国に対しての我が国の対応等を話し合いたい」
国王がそう言って着席した。
外務大臣も座り、彼がまた話しはじめた。
「攻撃理由は、領土奪還です」
これには皆納得というか、そうなっても当たり前なかんじだった。
ドレアーク王国と、アラザス公国は、元々はひとつの国だった。
しかし、国民から徴収する税金が高かったり、『魔法研究所』なる設備費用の高い施設を建設したりという事が発端になり、政府側と一部の国民の考え方の違いから、暴動がおきた。
暴動はすぐさま治まったように思えたが、その一部の国民たちが独立宣言をし、ドレアーク北部に新政府を立ち上げ、アラザス公国として建国した。
そのアラザス公国の面積は、元々のドレアークの四分の一を占める。
すぐさまドレアークがアラザスに攻撃を仕掛けるが、魔法使いの半数がアラザスに行ったため、戦力が半減し、勝利することができなかった。
勿論ドレアークは反対し攻撃を仕掛けようとするが、堅固な守りによって勝利する事は出来ず、ドレアークも新しい国王に代わり、時間とともに黙認され続けた。
そしてその後何年も国として維持したため、国として正式に認められた。
そういった経緯があった為、ドレアークとアラザスは今もなお友好な関係が築けるはずもなく、攻撃はしないにしても、敵視し続けていた。
(なんでヴァンダルベルクは平和主義国なのに、独立宣言するようなアラザスと同盟を組んだのかな)
レオンハルトはシュヴァルツの事を思い出す。
知識不足を反省しつつ、少し気になったので、隣に座っているレイティアーズに訊いてみることにした。
「ねえ、ヴァンダルベルクはなんでアラザスと同盟を組んだの?」
「ん?ああ。ヴァンダルベルクは平和主義だが、同盟は結んでおいても損は無いし、ヴァンダルベルクはアラザスよりも農産物が取れる。アラザスはヴァンダルベルクの魔鉱石が欲しいし、利害は一致している。ドレアークとアラザスの争い事には目を伏せ、同盟を組んだんだ。他には、アラザスに戦力が少ない事、争い事にはもう興味が無い事を謳い同盟契約を結んだ」
「へええ・・・」
レイティアーズのわかりやすい説明に、ただただ納得した。
外務大臣が静かに語る。
「ドレアークとアラザスの歴史を見ればわかるように、世界情勢が『戦争ありき』に傾いている今、ドレアークは決断したのです。今こそアラザスを攻撃し、アラザスの領地を取り戻し、元のひとつの国とすることを」
(『戦争ありき』・・・?)
レオンハルトは違和感を覚える。
だが、すぐさま頭を切り替えた。
外務大臣が続けた。
「ドレアーク王国は、今のところ、単独で攻撃を仕掛けるそうです」
「単独というが、同盟国であるわしらの国にも火の粉が迫ってくることもあるのではないか?」
国王よりも年上の、白髪の内務大臣が発言した。
すると、ギルベイルの隣りに座っていた二男アレクシスが賛同した。
「そうですよ。援護しなくても、もしかしたら同盟国というだけで攻撃されてしまう可能性もありますよね?」
(すごいな、こういう場で発言できるなんて・・・)
はじめての会議の席、レオンハルトは物怖じしてしまい、まるで傍観者のような気分だった。
「確かに何が起こるかわからないのが戦争だ。敵がどう出るかわからないからな」
「アラザスは独立を仕掛けるような国ですよ、何を考えているのか」
続けざまに何人かが発言する。
場内がざわざわする。
国王はその議論をただじっと眺め、そしてゆっくりと口を開いた。
「それは考えにくい。アラザスが我が国に攻撃を仕掛けるのは戦力的にも地理的にも不可能だ。ただ、アラザスが同盟国への支援の働きかけはするかもしれないが」
今度は静かに軍務大臣が外務大臣へと質問した。
国王よりも少し年下の体格の良い軍務大臣は、普段は静かにどっしりと構えているような人物であるが、こと争い事となると、熱くなるらしい。
「アラザスの現在の状況を知りたい。いくら平和的な国とはいえ、まさか丸腰というわけではあるまい。アラザスもドレアークの動きを察知しているはず」
今度は内務大臣が発言した。
「もう、援軍を頼んでいるのでは?アラザスがドレアークの動向に気づき、国中に魔石を置いて結界を張っているとのうわさもある」
外務大臣が口をひらく。
「魔石を置いているというのは、本当かもしれません。ドレアークの偵察隊が見たようです。しかし、いつ戦争が起こってもおかしくない国同士。いつ何がおこってもいいように前もって魔石の配備はしてあるのでしょう」
「ヴァンダルベルクも比較的平和な同盟国だ。軍を派遣している可能性は低い」
国王が否定した。
「コルセアは?二十年前の戦争を忘れたわけではあるまい」
年老いた辺境伯が言った。
(二十年前の戦争・・・)
レオンハルトは二十年前の戦争に関して勉強した事を思い出そうとするが、あまり情報が無いので断片的にしかわからない。
彼はきっと二十年前の戦争に参加しているのだ。
国境に面している町の辺境伯なら、もしかしたら国境付近で衝突が起こり、戦争に参加しているかもしれない。
「現在のコルセナは二十年前うちと戦った時のような攻撃性はあまり無い」
国王が首をふる。
「信用できますかな」
辺境伯がジロリと国王を見る。
国王が少し笑みを浮かべ、その年老いた辺境伯を見る。
「ああ勿論。ドレアークとアラザスの行方次第だと考えてもよい」
「そしてその二国が戦争状態に入った場合ですが・・・」
外務大臣が少し厳しい表情になる。
「ドレアーク側が劣性になった場合、同盟国にも援護を頼むかもしれないそうです」
また場内がざわざわし出す。
「ほれやはり援軍が必要じゃ」
さきほどの辺境伯が言った。
まあまあ、と国王がたしなめる。
「まだ劣性になると決まっていない」
国王が続けた。
「まあ仮にの話しだ。その援軍、まだどういう形かはわからないが、その援護によって、我が国にも被害が出る可能性はある」
幾人かがうなづく。
(援護しただけでも攻撃されるの・・・?)
戦争というものを、レオンハルトはまだ理解できない。
「援護しただけの恩恵があるのでしょうな」
伯爵か侯爵だろうか、レオンハルトの知らない男性が発言した。
「勿論、援護はマイナスな面だけではない。援護した報酬として、ドレアークの戦力を分けてもらえること、その他魔石の調達など様々な恩恵を受けられることが約束される。勿論、援護するための契約に判を押せばの話しだが」
「ドレアークの戦力をもらえるのは助かる。我が国の軍事力を増強できる」
肯定的な反応を示す人物もいれば、不安視する人物もいる。
軍務大臣だ。
「しかし援護するといっても、同盟国は我が国とウィスタリア公国のみ。ウィスタリアは小国であるがゆえ、軍事力は少ない。実質的に我が国の兵力が持って行かれてしまうのでは?」
少し苛立ちながら言った。
立場上、簡単には済ませない話だ。
それを契機に、また皆が次々と好き勝手に発言した。
「どういった形の援護か」
「これはまた、ドレアーク側とすり合わせて行かなくてはならない」
「誰が派遣されるんです?」
外務大臣が冷静に周囲を見渡す。
「静粛にお願いします。そういった細かい事はまた、後で」
その発言でひとまず場内は静かになった。
「それから、これも重要な事でしょうかお伝えします」
皆が外務大臣を見た。
「ドレアークとアラザスの国境には、【マギアス・ファウンテン】が含まれています」
再び場外がざわり、とした。