第16話 三人の兄
「よし、じゃあもう終わろう」
ため息を吐きながらロベールが言った。
書庫の事や、古代魔法に関する事を調べるのを諦めたようだ。
その言葉にレオンハルトは心底ホッとした。
勿論、魔法陣の謎が解明できないのは心残りだが。
「きっとあの魔法陣の事は、また何か別の形で解明できるだろう」
ロベールがダンダリアンに聞こえないようにそっと耳打ちした。
レオンハルトは頷いた。
(うん。きっと)
だからシュヴァルツ。
どうか、無事だと云う事が早くわかりますように―――――――。
それぞれ自室へ戻る事にした。
「今日は色々と無理な事を頼んで悪かったよ。あんたのおかげで色々と助かった、ありがとう」
帰ろうとしたダンダリアンに、ロベールがそう言って丁寧にお辞儀する。
ダンダリアンは少しはにかみながらかぶりを振った。
「いえ、私も良い経験ができました。それでは、また騎士団で」
そう言い、ダンダリアンは部屋を出ていった。
レオンハルトも体調が戻ったので一旦自室へ戻った。
自室にいると、ロベールが夕食を食べる為呼びに来た。
いつも夕食だけは家族みんなそろって夕食をするが、ここ最近はみんな忙しくて集まれていない。
夕食の時間だけはロベールはレオンハルト達とは別に食事をするが、今は誰もいないのでロベールと夕食を一緒に出来る。
レオンハルトはこの状況に少しホッとしていた。
(みんなが集まる夕食の時も、一緒にいてくれたらいいのに)
兄たちと食事をしていると、気後れして食事の味がわからず【ただ食べている】かんじになる。
いつも食事中話しをしているのは兄たちばかりで、レオンハルトは会話に入って行けない。
(・・・普通の兄弟ってこんなかんじだっけ?)
レオンハルトの知るかぎり、違う。
僕たち兄弟がおかしいの?それとも他の人が・・・?
目の前で他人の兄弟が仲良くしていたりすると、時にそれが羨ましかったりする。
もっと何でも気兼ね無く話せて、楽しく笑って・・・。
きっと、それが普通なんだ。
・・・いつから、こうなったのか。
最初から?
最初って、いつ?
・・・どうして、僕だけ・・・。
(切ないなあ・・・)
それを考えるとどん底まで落ち込むので、なるべく考えないようにはしている。
(でも、いつまでもロベールに頼ってばかりじゃだめなんだ)
僕ももう、十八歳なんだし。
僕の方から、話しかけたりしていかないと、ダメなんだ。
案の定、ダイニングルームには誰もいなかった。
いつもはロベールと賑やかに会話をしながら二人で摂る食事も、今は特に会話する事なく食事をした。
あの書庫での一件が、二人の口が重くなる原因だ。
すると、こちらへ誰かが来る。
「あ、また来たよ、あの人」
思わずレオンハルトは眉根を寄せる。
食事する手を止め、身構えた。
朝に騎士団会議延期の知らせを伝えにきた執事がこちらへやってきたのだ。
それを見てロベールは苦笑する。
「名前ぐらい呼んでやれよ」
「レイモンさん、どうしたの?」
ロベールが言うとおりに、レオンハルトは彼の名前を呼んでみる。
彼の名はレイモン=ベルトランと云う。
彼もこの王宮で古株ではあるが、レオンハルトには彼に関しての情報があまり無い。
そのレイモンが一礼する。
「食事中失礼します。急ぎの用でしたので」
「は、はい」
「三国間会議は滞りなく終わりました」
「あ!」
そうだった。
書庫の件が衝撃的すぎて、すっかり忘れていた。
まさか忘れてはいまいな、と言っているような表情でロベールにギロリと睨まれた。
それを見てレオンハルトは顔を横にそらす。
しょうがなく、ロベールが口をひらいた。
「で、どうだったんですか?」
「内容に関しては、レガリア国議会にてご報告します」
「いつ?」
「明日、執り行います。レオンハルト王子には、その議会へのご出席をお願い致します」
「えっ!」
思わずロベールを見る。
ロベールは黙っているので、しょうがなく返事をする。
「え、う、あ、・・・はい」
うろたえ、情けない返事になってしまった。
(国の会議に参加するのなんて初めてだよ~緊張する~)
「では、また明日」
また怪しい笑みを浮かべながら、レイモンは去って行った。
「は、はい、ありがとうございました・・・」
レオンハルトはレイモンが去るのを見届けると、勢いよくロベールの方に向き直る。
「ねえ!ロベールも参加するよね!?」
「・・・従者は参加できません」
その途端、レオンハルトはテーブルに突っ伏し、ロベールはあきれ顔を作ったのだった。
****
翌日の早朝から、王宮内は騒がしかった。
昨日の三国間会議、そしてそれを受けての今日のレガリア国議会。
レガリア国の有事の際の重要な国の会議。
各部門の代表者も集まるので、準備するものもたくさんあり、あわただしい。
レオンハルトも早々に身支度をして、一人で朝食を済ませた。
一緒に食事をするはずのロベールは今日は朝から忙しいらしく、少し顔を出してまたすぐに仕事へ行ってしまった。朝食もすでに済ませてしまったらしい。
そのロベールが時間の合間にレオンハルトを呼びに来た。
これから、レガリア国議会がはじまるのだ。
レオンハルトとロベールは、王宮内の会議場へ向かった。
「じゃあ僕はここで。別な仕事へ行くよ」
ロベールも今日ばかりはレオンハルトにばかり付いていれられない。
「う、うん・・・」
レオンハルトは下を向いて頷いた。
「――――――」
明らかに自信無さげな表情に、ロベールはため息をつく。
そしてバンバンと背中を叩かれる。
「大丈夫だって。しっかりしろよ、王子様」
そう励まされ、レオンハルトは顔を上げた。
「もうっ、茶化さないでよ。・・・ありがと。僕、行ってくるよ」
「ああ」
ロベールは、レオンハルトの姿が見えなくなるまで、その場に立っていた。
レオンハルトはロベールと別れ、一人会議場へ向かった。
扉の前には二人の警備兵。
警備兵がレオンハルトに気づき、扉を開けようとする。
それをレオンハルトが制止した。
(扉くらい、自分のタイミングで開けたいよね)
―――――なんて思ったが、要は入りたくないのだ。
だが、入らなければならない。
(入るか)
仕方なく扉の取っ手に手をかけるも、躊躇してしまう。
(ロベールがいなくても、大丈夫、大丈夫)
そう自分に言い聞かせ、意を決して扉を開けた。
「失礼しまーす」
そろそろと入って行く。
「あ!兄さん!」
そこには、レオンハルトの三人の兄たちがいた。
まだ三人以外は誰もいないようだ。
三人が一斉にレオンハルトの方を見た。
中央に大きな円卓テーブルがひとつ、そして椅子が等間隔に並んでいる。
今日はいったい何人集まるんだっけ。
「久しぶりだな、レオンハルト」
穏やかな笑みを浮かべながらこちらを見る。
椅子に座らず立って書類に目を通していた。
「フィリップ兄さん」
一番上の兄、フィリップ=フォン=ラスペードだ。
きっちりと揃えられた綺麗な金髪。
前髪はビシっと分けている。
顔はどちらかというと父親に似ていて風貌も性格も穏やかだ。
しかし王位継承権第一位、そして一番年上という事で、一番忙しい身だ。だからレオンハルトにかまっている暇は無く、一緒に遊んだ記憶はあまり無い。
又、その肩書ゆえ責任感が強く、仕事をするときは他を寄せ付けない鋭さも持ち合わせている。
「アレクシス兄さんも久しぶりだね」
レオンハルトは、フィリップの横で椅子にゆったりと腰かけて書類に目を通している青年に話しかけた。
「ああ、久しぶり」
こちらをチラリと見て短くそう言った。
(ああ、彼が兄弟の中で一番苦手なんだよね・・・)
二番目の兄、アレクシス=フォン=ラスペード。
三番目の兄同様、線が細く美しい相貌に、綺麗にそろえられた肩まで伸びた金髪。
自分の顔が他人からどう見られているのか、それをよくわかっているようで、少しナルシストだ。
この点は三番目の兄とは対照的だ。
几帳面な性格で、レイティアーズとはまた違う意味で怖い時がある。
(ああ、やっぱり二人は王族らしい雰囲気だなあ)
自分も王族であるくせに、ついつい遠巻きに見てしまう。
他を寄せ付けない雰囲気を醸し出していて、レオンハルトは兄弟であるのになかなか二人に近づけなかった。
アレクシスはふいに立ち上がり、まじまじと見ながらレオンハルトの周囲を歩く。
(な、なに・・・)
レオンハルトが固まる。
「レオンハルトも呼ばれるとはね。ゴールドローズで祈りを捧げる話でもするのかなあ?」
ふふ、と皮肉げに笑う。
(また・・・)
嫌味を言われた。
レオンハルトは唇をギュッと結ぶ。
ゴールドローズに行った事を兄三人はきっと父から聞いているのだろう。
アレクシスは、レオンハルトがこういった場にいる事にあまり良い気分ではないのだろう。
以前から、そんなかんじだった。
そんな不穏な空気の中、話しに割って入ったのは、今まで壁に寄り掛かり黙って書類に目をやっていた三男ギルベイルだった。
レオンハルトは騎士団会議で会ったばかりだ。
「まあまあ、国王が直々に呼んでいるんだ、なんの問題も無いだろう」
「そうだ。国の一大事だ。すべての人間が一致団結しなければならない時期だぞ」
長兄フィリップもギルベイルに同意する。
「ふ」
アレクシスはそれきり口を閉ざし、再び椅子へドカッと座ってしまった。
三人の兄はまたすぐに、それぞれ手元の書類に目を通す作業にうつった。
会議場内にイヤな沈黙が漂う。
すると、扉が開き、誰か入って来た。
「レイティアーズ!」
見知った人物が現れ、途端にレオンハルトはホッとした。
レイティアーズがこちらに気づき、近づいて来た。
途中、兄たちにお辞儀をしながら。
今日も彼の出で立ちはビシッと決まっていて隙が無い。
騎士団の軍服に、長い銀髪を後ろで一つに結んでいる。
「レイティアーズも呼ばれてるんだね」
「勿論だ。騎士団の代表だからな」
こういう場には、あとは誰が来るんだっけ・・・。
ふとレイティアーズが腕組みをしながらレオンハルトと兄たちを交互にじっと見た。
「ふむ」
「どうしたの?」
「いや・・・」
そしてため息をつき、あたりを見渡す。
「まだ集まってないのか」
「うん」
レイティアーズはいつも規律正しく、定刻を厳守する人物だ。
そのまま立って待っていると、ぞくぞくと人が入ってきた。
(ああ、あれは外務大臣で、あの人は・・・)
重要なポストに就く人物たちがぞくぞくと入ってくる。
各部門の大臣などは、レオンハルトも見知っているが、知らない男性が二人、入室してきた。
「ねえ、あの人たちは?」
「ん?」
レイティアーズに訊く。
レオンハルトは、今までレイティアーズが怖かったが、この中では彼しか話せる人がいない。
急に彼に親近感が湧いてしまう。
騎士団に所属して以降、彼に対するイメージが変わり、なんだかおかしな感じだ。
「あの人たちは国民の代表者だ」
レイティアーズが答えた。
国民代表者二名。
(ああ、そうか、そう言えばそんな事をここに来る途中でロベールが教えてくれたな)
勿論、国に関わることであるから、国民の意見も大事だ。
基本的に、地方の町や村を管理しているのは侯爵や伯爵などで、その町の民の意見を取りまとめ国に伝えるのも勿論その有力諸侯だ。
しかし今回は、国民の生の声を聞きたいという国王の考えのもと、レガリア国の王都エヴァリスの国民から代表者を選び、議会に呼んだのだ。
(国王の独断で戦を起こすような国もある中、父さんの考えはすごいと思う)
レオンハルトが一番尊敬できる人物である。
(あとロベールが言っていた参加者は・・・)
各部門の大臣である政務大臣、外務大臣、軍務大臣。
そして各地にいる有力諸侯十数名。
そんなところか。
皆が座り終わった頃だった。
急に場の空気が変わった。
「やあ、待たせたね、では始めようか」
国王が来た。
後ろには執事長がいる。
そして扉を閉めた。
これで最後のようだ。
レガリア国議会が始まる。