第15話 立入禁止書庫(3)
三人は立入禁止書庫へ足を踏み入れた。
すぐに警備兵をロベールとレオンハルトで持ち上げ中へ入れた。
入口近くの壁によっかからせておく。
(わあ・・・)
一仕事して、ゆっくりと辺りを見渡してみる。
中は薄暗く、書庫は王宮のレオンハルトの自室二個分ほどの広さで、王立図書館と比べると明らかに狭い。
奥まで書棚が並んでいるようだが、暗くて見えない。
地下空間と書物の独特のにおい。
王立図書館とはまた違う雰囲気に圧倒される。
下には絨毯などは何も敷かれていないので、歩くとカツカツと響く。
なるべく音を鳴らさないよう忍び足で歩く。
レオンハルトはそれ以上に心臓の音がバクバクとうるさくて足音以上に耳に響いた。
「ねえねえ、すっごく悪い事してる気がするんだけど・・・」
「気のせいだ」
(わあ)
レオンハルトは開いた口がふさがらない。
――――――正直、僕は少しでも調べておこう、という気分にはなれなかった。
だからロベールの行動力は凄いと思った。
だがロベールの事が凄いと思う反面、少し怖い。
あの慎重なロベールがここまで冒険に出るとは。
何がそこまで彼をここまで駆り立てるのか。
僕の冒険はゴールドローズへ行った事。
冒険はあれで最後にするつもりだったのに。
特に父からどうこうしろ、と言われていないし、そのまま放置してもいい件だ。
しかし、ロベールの言うようにシュヴァルツの事が気にかかる。
ヴァンダルベルク王国の情報も、シュヴァルツに関する情報も自分の所には何も入ってこない。それを考えればイライラは募るのだけれども。
「彼を壁際から少し離してください」
ダンダリアンが杖を取り出しながら指示を出した。
魔法陣を作る作業に入るようだ。
レオンハルト達は警備兵を引きずってダンダリアンが指示する場所へ移動させ横たわらせた。
(ごめんね、警備兵さん)
胸が痛むが、怪我をさせたりとかはしていないのだから大丈夫だと、と自分に言い聞かせた。
またしても無詠唱で杖を振り、魔法陣を描いていく。
杖を振ると、そこが発光し、線になる。
直接地面に書くのではない。
まず警備兵の周囲に大きな円を描き、その中になにやら描いていく。
全てが完成すると、魔法陣全体がひとつの光として発光した。
見ると文字や文様が描かれているが、けっして複雑ではない。
そういえば、あのゴールドローズの魔法陣に描かれていたのはどんなかんじだったっけ・・・?
全く思い出せないのが悔しい。
それがわかれば、少しでもあの魔法陣の解明に役立つのに。
ゴールドローズでの魔法陣を思いだし、少し気分が悪くなってしまった。
「大丈夫か」
少しふらついたレオンハルトをロベールが支えた。
「うん、ごめん」
「少し休んでろ。まだまだかかる」
「大丈夫だよ、気にしないで」
笑顔を作ったが、その笑顔は弱々しいものだった。
「・・・・・・」
ロベールはそれを黙って見た。
急いでガラスドームの蓋を開け、七つの魔石に魔法を施す。
レオンハルトとロベールも蓋を開けるのを手伝う。
魔法が注入されると魔石が発光し、ガラスドームごと綺麗な紫色の光を放った。
室内が淡い光に包まれる。
「そうだ、ガラスドームを置かなくちゃだね」
レオンハルトがガラスドームに手をかけようとした。
「触らないでください!」
「わ!ごめん!」
レオンハルトはびっくりして手を引っ込めた。
ダンダリアンに触らないようにと注意された。
「魔石に魔法が入りましたので、それ以上の事は私一人でやります。万が一あなたがたに魔法がかかれば大変ですから」
そう言って、それを急いで彼の周辺に七つ全て配置した。
なんだか大がかりだな。
レオンハルトはその作業を心配そうに見つめた。
最後の七つ目を配置すると、七つの光が直線で結ばれた。警備兵を中心として光が浮かび上がり、淡く光続けている。
「よし、これで大丈夫」
「あとは、本を探すだけ?」
「ああ」
三人はホッと胸をなで下ろした。
レオンハルトはふと気になっていた事を口にした。
「ダンダリアンさんは、上級魔導士なの?」
「ええ。『光』魔法も少しなら使えますよ」
そう言ってランプを灯すように、手の中からぽわんと淡いオレンジと黄色の光を出した。
途端に周囲が明るくなった。
「あ・・・」
光属性、下位魔法『灯火の光』だ。
それを三つ作り、その光を手をかざしてその書棚の適当な場所に移動させる。
そしてその場でふわふわと光は浮いている。
魔法陣とガラスドームの光だけでは心もとないので非常に助かる魔法だ。
「あまり明るくすると、見つかってしまいますからね」
「うわあ~これなら探せるよ!ありがとう」
「さあ、ゆっくりしている暇は無い。探そう」
ロベールが促した。
三人はそれぞれ別々の書棚へ向かい、探しはじめた。
「魔法陣の載っている本でしたよね?」
ダンダリアンが確認する。
「ああ。頼む」
本を探しながらロベールが訊く。
「そういえばダンダリアン、あんたは、図書館の本を全部読んで、何か気づかなかったか?」
「・・・どういう意味です?」
「何か、文章がおかしい本とか・・・」
ダンダリアンはああ、と合点した。
そしてあたりまえのように言った。
「なんかありましたね。魔法に関する本には、文章のところどころに空白が・・・」
「「それだ!!」」
ロベールとレオンハルトは同時にツッコミを入れた。
ロベールが思わずダンダリアンの方の書棚に向かう。
「そこまで気づいていて、何も疑問に思わなかったのか!?」
「・・・へ?」
ダンダリアンは何を責められているのかさっぱりわからない様子だ。
レオンハルトはその遣り取りを別の書棚越しに聞きながら思った。
(このひとは頭はすこぶる良いのに、少し抜けているのかもしれない。今までの言動から考えても、きっとそうだ)
レオンハルトは、自身の事は棚に上げてそう思った。
元の場所に戻ったロベールは、探しながら話を変えた。
「まあ、いい。あんたは前回ここへ何の本を読みに来たんだ?」
ダンダリアンはかぶりを振る。
「いえ、目的は無く、ただの興味で。ですが前回は時間があまり無く、少ししか読めませんでした。しかしざっと見るに、この書庫は主に国の歴史書などが多いと思われます」
「そうか。だが悪いが、今回も時間は無い」
「まったく、こんな大がかりな事をしてまで、読めないなんて。一体誰を恨めばいいのやら」
ダンダリアンはわざとらしく天を仰いだ。
ロベールは鼻で笑う。
「恨むなら、何かを隠しているこの国を恨め」
「!?・・・隠している?」
ダンダリアンが目を見開き、手を止めた。
「おかしいだろ?本のあちこちにある空白」
「ええ、まあ、でもそんなに気にした事はありませんでした」
「まあ、あんたはそうか」
「なんですと?」
「まあまあ、早く探そうよ」
この二人、仲が良いのか悪いのかよくわからない。
(でも、ロベールがさっき言った何かを隠しているって、一体・・・)
そして少し時間が経過した頃。
「魔法陣、ありました」
ダンダリアンが見つけたらしい。
二人はダンダリアンのいる書棚に駆け寄った。
「この本は確かにおかしいです。ロベールが言っていたとおりですね」
神妙な面持ちで眼鏡を指でくいっと上げる。
「どれ」
ロベールが本を手に取る。
レオンハルトも横からのぞいてみた。
「あちこち空白だらけで内容がわからないよ」
空白部分が主語になっているようで、【●●●●は】【●●●●が】など、肝心の所が読めないものが多々ある。
ダンダリアンがポツリと言った。
「・・・これは消されてますね」
「・・・・・・」
ロベールは難しい顔をして黙る。
「消される?」
レオンハルトにはよくわからない。
ロベールは理解できていないレオンハルトに説明せずに、話を進めた。
「その通りだと思う。本を作成する時のミスの可能性は低い。しかも空白は同じ文字数だな。同じ文字か」
「そうですね」
「ためにしにこの空白部分に魔法をかけてみよう」
ロベールがそう提案した。
(魔法をかける・・・?)
レオンハルトにはさっきから謎だらけでついていけない。
「やれるか?」
ダンダリアンに訊くと、彼は黙って頷いた。
「ただ、私よりレベルの高い魔力の魔法をかけていたら、その魔法は破れない。この空白部分の【何か】は出てきません」
ダンダリアンが本を床に置く。
杖を取り出し、本へ杖の先を向ける。
「真実の姿を現せ、『神聖なる光の支配者』」
杖を一振りした。
『神聖なる光の支配者』。
光属性の最高位魔法。
最高位魔法の詠唱呪文には必ず『ディヴァイン』と云う言葉が入る。
(えええ~!さっき光魔法も【少し】使えますとか言ってたけど、少しどころじゃないじゃーん!!)
レオンハルトは驚きで腰が抜けそうになった。
魔法使いが使える魔法の一番難しいレベルの魔法。
その魔法を使いこなせるレベルまで到達できる者は数少ない。
さすがのダンダリアンもこれは呪文を詠唱するようだ。
「あ・・・!」
すると空白に何かが浮き出てきた。
その文字とは・・・
「『古代魔法』」
ロベールとダンダリアンがその浮き出た言葉を同時に発したその時。
「くっ・・・!」
「レオンハルト!?」
「どうしました!?」
突然レオンハルトが苦痛の表情をした。
「いっ・・・あっ・・・!」
(く、苦しい・・・!胸が締め付けられる・・・!)
レオンハルトは胸を押さえ、ひざを折り、崩れ落ちる。
「おいっ!」
ロベールが叫ぶ。
レオンハルトは答えない。
「――――――――とりあえず、ここを出よう」
ロベールが苦しむレオンハルトを支えながら言った。
ダンダリアンが急いでガラスドームを回収する。
物を浮かせる浮遊魔法を使い、全てを一気に手中に収めた。
続けて魔法陣も解除する。
ロベールがレオンハルトその場に寝かせ、先に警備兵を外に出した。
そしてまたレオンハルトを抱え、自身も外に出る。
ダンダリアンがその後すぐ外へ出て、書庫の鍵をかける魔法を施し書庫を閉めた。
警備兵は未だ眠っていた。
しかし魔法陣が無くなったので、すぐに目を覚ますだろう。
案の定、警備兵は眠りから覚めてしまったようで目をあけ身を起こす。
「急げ!」
声を小さくしてロベールが叫んだ。
三人は大急ぎで階段まで走る。
警備兵は最初はまだ眠りから覚めたばかりでボーっとしているようだったが、完全に覚醒し、少し辺りをキョロキョロとし出したが、立ち上がりまるで何も無かったかのように入口の前に立ち、警備に戻った。
魔法と釉薬がきちんと効いていたようだ。
「よし」
ロベールがそれを見届け階段をのぼる。
なんとか歩けるレオンハルトを支えながら。
そして最終難関だ。
問題は階段を上がったところにいる警備兵。
「誰もいませんね」
あたりを見渡しても、警備兵がいなかった。
「手筈通りに進んでいたようだな」
ロベールはホッとして、少し辛そうに汗をかきながらそう言った。
一体どういう手を使ったんですか、とダンダリアンが聞いてもロベールは答えなかった。
****
地下階段から一番近いという事で三人は王宮内のロベールの部屋へ来た。
執事より位の低い従者だと、通常一人以上の部屋だが、ロベールは王子付きの従者だと云う事で、特別に一人部屋を与えられていた。
ロベールがレオンハルトを自分のベッドへ寝かせる。
「大丈夫か」
「う、ん、大丈夫だよ」
レオンハルトが起きようとすると、
「まだ起きるな。顔が真っ青だぞ」
「え・・・」
「レオンハルト王子、一体どうしたのです、体調が悪かったのですか?」
ダンダリアンは心配そうに訊く。
「体調は悪くなかったけど、さっき、本に魔法をかけたとき・・・」
「ああ、『古代魔法』の文字が浮かび上がった時の・・・」
「・・・っ」
ちくりと胸をさした。
(なんなのだろう、これは)
レオンハルトはまた胸を押さえた。
それを見てロベールは眉をひそめる。
「ごめんね、僕のせいで書庫から早く出なきゃいけなくなって・・・」
「いや、どっちみちもう時間は残って無かった。あまり長居しても怪しまれる」
「そっか・・・」
それを聞いて少しホッとした。
ダンダリアンがレオンハルトのおでこに手を当てた。
「うーん、熱は無さそうですね。ですが、しばらくここで休んでなさい、ねえ、ロベール」
「ああ。そうだな。ここで寝てろ。何か飲み物でも持ってくるよ」
そう言って二人が部屋を出ようとした時、レオンハルトが身を起こす。
「ま、待って!体調悪いの、さっきほどじゃないよ。だから、書庫での話、僕にもわかりやすく教えて?」
「・・・・・・」
ロベールは短くため息をつく。
「――――――わかった」
「ダンダリアン、あんたも魔法使って疲れただろ、これに座れ」
そう言い、部屋にひとつしか無いデスクチェアにダンダリアンを座らせ、自身は壁に背をあずけ腕組みをした。
レオンハルトは気づく。
「そうだ、ダンダリアンさんの方が疲れてるよ、色んな魔法使ったんだし」
「私は大丈夫ですよ。あなたは自分の心配だけしてなさい」
ピシっと言われた。
「でも・・・」
するとダンダリアンはにっこりと笑う。
「体は鍛えてまんせんが、魔力は鍛えてますから」
ロベールに言われた事をまだ根に持っているのか、ダンダリアンはチラリとロベールを見ながら『体を鍛える』の部分を声を大きくして大袈裟に言った。
それに気づいたロベールは、わざとらしくゴホンと咳払いをして話しはじめた。
「あの空白部分は、意図的に魔法で文字が消されていた」
「意図的に消される・・・?」
レオンハルトは驚く。
「魔法をかけたら文字が浮かび上がってきただろ?」
「そ、そうだけど、そんな事ってあるんだ・・・」
レオンハルトが絶句しているが、ダンダリアンも未だに驚きを隠せないようだ。
「私も、あの現象は初めて見ました。実はあの時腰抜かしそうになるのを必死で堪えてましたよ。あ、余談でした、ハイ。で、同じページの空白部分も全て浮かび上がったんですが、浮かび上がった文字は全て同じ単語」
「な、何故そんなことを・・・?」
「【誰が、何故そんな事を】という疑問に対する回答は、今は誰にもわからないだろう」
ダンダリアンが頷いた。
「私も、もっと疑問に思うべきでした」
するとロベールがかぶりを振る。
「いや、思ったとして、成す術は無いはずだ。今回のように大変な作業をしなければならないからな」
ロベールは続けた。
「そしてあの空白部分には、『古代魔法』という言葉が隠れていたな」
(ズキン、ズキン・・・)
レオンハルトの痛みはまだ消えない。
ダンダリアンは眼鏡を右手中指で押し上げる。
少しこわばった表情をしている。
「古代魔法・・・聞いた事はあります。まさか、こんなところで古代魔法などという言葉を聞くとは」
「古代魔法って何?」
レオンハルトが訊く。
ダンダリアンが苦笑した。
「大陸の神話の話に近いような、不確実なものなので、詳しい事はわかりません・・・」
(ダンダリアンが知らないのなら、誰もわからないんじゃ・・・?)
「僕もわからない。昔、古代魔法を使う人間がいた、と云う事しか・・・古代魔法がどんな魔法なのか、噂でしか聞いたことが無い」
「わからないわけですよね、ああやって消されていれば」
ダンダリアンは少し憤慨しているようだ。
「書庫の本ならまだしも、王立図書館の本にも、そういった細工をして。あそこはみんなが読める場所です。その自由を勝手に奪うようなもの」
本好きなダンダリアンならではの怒りか。
「あの魔法は【ある魔法】がかかっていたと思います。でなければ、『神聖なる光の支配者で浮かび上がりません」
「【ある魔法】って・・・?」
「『忘却魔法』です」
「ぼうきゃく・・・まほう・・・」
(・・・知っている)
その名前。
僕はこの魔法、知ってるはずだ・・・
ぼんやりとレオンハルトはそう思った。
「・・・レオンハルト?」
ボーっとし始めたレオンハルトをロベールが呼び起こす。
「あっ!ごめん!ぼ、忘却魔法ね!」
『忘却魔法』
闇属性の最高位魔法。
あらゆるものを【忘れさせる】事ができる魔法。
勿論こんな恐ろしい魔法を使いこなせる者は少ない。
ロベールの目が空を睨む。
「全ての本に忘却魔法をかけている。ただダンダリアンより魔力レベルが低かった。空白部分の多さからして、もしかしたら複数人で行ったのかもしれない。そして誰もその存在を知らない、もしくは詮索しようとしない・・・。この国自体が隠している、という事になるかもしれない」
この国・・・?
まさか、国王・・・?
レオンハルトの体から血の気が引いていく。
(なんだか、ほんとに大変な事になってきた)
「ああそれと、書庫に関してもっと怪しいのがあったのですが」
「ええ!?ちょ、もういいよ!」
ダンダリアンさんまで、もう、なんなんだよ!
「言い忘れてましたが、あの書庫の奥にももう一つ扉があります」
「なに!?早く言えよ」
ダンダリアンがかぶりを振る。
「しかし入れないのです。扉の鍵に、国王の印が付いていました。国王しか入れないよう施されている可能性があると思います」
「ふん・・・ますますあやしいな」
ダンダリアンが警戒の表情になった。
「だとしたら、大変な事です。これ以上詮索しない方が身のためです」
「え?え?」
やっぱり、なんかもの凄いおおごとになってない?
レオンハルトが冷や汗をかく。
もう、どうにかしてロベールを止めないと。
「ね、ねえ、なんか怖いな、ロベールやめようよ。古代魔法という言葉がわかったとして、なんになるのさ」
「まあ、な。確実な情報というわけでもないし、『古代魔法』がわかったからとして、あの魔法陣を解明する事とは程遠い。これ以上首を突っ込むのは時間の無駄だし、危険だな」
さすがのロベールも諦めたようだ。
レオンハルトはうんうんと頷き、ホッと胸をなで下ろした。