第12話 王立図書館
王立図書館。
王宮の敷地を出て、石畳の通路を真っ直ぐ進むと大きな噴水の広場に出るが、そこに出てすぐ右手に大きな門がある。
その門をくぐると、王立図書館がある。
レオンハルトは、ロベールに言ったとおり、その王立図書館に来た。
焦げ茶色の壁の大きな建物。
建物の前には綺麗に整った庭が広がっている。
国民なら誰でも入る事のできるそこは、王国の各都市にある図書館の中で、建物の大きさもさることながら蔵書数が一番多い図書館である。
学を重んじる者にとっての聖地。
情報源が限られている中、唯一様々な情報を取り入れる事ができるのだ。
遠くから足しげく通うものもいる。
中に入ると、灰色がかった薄い茶色の壁とアーチ状の高い天井。
窓がいくつもあり、陽の光が差し込み気持ちが良い。
そして独特の本の匂い。
レオンハルトは読書はあまりしないが、この雰囲気が好きだった。
焦げ茶色の本棚は、天井付近までの高さがあり、それが奥まで続いている。
蔵書数の多さを物語っていた。
その本棚の前に立ち、彼は熱心に本をめくっていた。
「ロベール」
レオンハルトは小さい声で呼んだ。
呼ばれたロベールがこちらを振り返った。
「まだゆっくりしてきていいんだぞ?」
ロベールが持っていた本を本棚に入れながら言った。
「大丈夫だよ。久しぶりに会えて楽しかったよ」
笑顔で答える。
ロベールも笑顔になる。
「そうか、それは良かった」
そう言ってロベールはまた本棚から本を取る。
レオンハルトがそれを覗き込む。
「・・・『魔法陣の歴史』?」
「何冊か魔法陣に関する本は読んでみたんだけどな」
ロベールがあっちへ座ろう、と促した。
二人はテーブルのある読書スペースへ移動した。
長机に向い合せで座った。
「あの魔法陣に関する事らしきものは載っていない」
「そうなの?」
ロベールがため息を漏らす。
「なにせ情報量が少ない」
「うん・・・」
「僕たちが見たものだけを頼りにしてるから、探すにしても見つからないのは仕方の無い事だけどな」
そう。
あの一瞬の出来事。
(当事者で一番近くにいた僕でさえ、まったくわからない)
ロベールは指折り数えはじめた。
「シュヴァルツ王子へと流れた金色の魔力の光。魔法発動不能の場所での魔法発動。あとは・・・なんだ」
指を見つめながら思い出そうと思案する。
「温かかった」
「は?」
突然のレオンハルトの発言に、ロベールが意表を突かれる。
「最初魔法陣が発動した時、そう、攻撃される前だよ」
思い出してレオンハルトはひとり頷いた。
「あったかいな~と感じたんだ」
「なんだよそれ、今までお前言わなかっただろ」
ロベールがムスっとする。
「う、ごめーん。忘れてたんだよ」
ロベールは腕組みをした。
「うーん、温かい魔法陣か・・・・・・聞いたことないな。駄目だ、わからん」
机にひじをつき、頭を抱えた。
レオンハルトのもたらした追加情報は何の得にもならなかった。
そもそも魔法陣に温度なんてあるのか?
レオンハルトは急に自身を無くしてしまった。
しかし、ふともう一つ思い出した。
こっちはきちんとした証拠品がある。
懲りずに言ってみよう。
「それとさ、あの魔法陣のあと、気づいたんだけど、ペンダントの魔石がひび割れたんだ」
チラリ、と服の中からペンダントを取り出してロベールに向けてみせる。
他の人に見られないよう、誰もいないことを確認してから。
ロベールは下げていた頭を上げ、身を乗り出してまじまじと見た。
レオンハルトがそのひび割れている部分を指差す。
そこは魔石の下部で、確かに少しひび割れていた。
このひび割れをエミィに気づかれなくて良かった、と心底思った。
「まあ、あの威力だからな、壊れても仕方ない」
一通り見たら、座り直した。
「やっぱりあの魔法陣のせいなの?」
「可能性は高い。最後に魔石を見たのは?」
「えっと、ちゃんと石を見たのは、レガリア国を出発する直前」
「ひび割れたら効果は変わるのか?」
「うーん、よくわからないよ」
護身用ってそんなものなのかな、という程度にしか二人にはわからなかった。
「魔法陣の種類に関する本にも載ってない。あとは歴史書だな」
そう言って持っていた本をひらく。
「あっ、僕も僕も」
「・・・ふたりで一緒には読めないだろ」
「・・・。僕何読めばいいの?」
「お前ねえ・・・」
ロベールはあきれ顔だ。
本に関してはよくわからない。
学校の授業や宿題で読む程度なのだから。
「ったく。さっきの本棚のとこにまだ数冊魔法陣の歴史書があるはずだから、取ってこい」
こちらを見ないで本棚の方を指差した。
(わあ、冷たいロベール!)
そして当の本人は本を読み始めたのだった。
仕方なく、レオンハルトは本棚へ本を取りに行った。
一時間経過。
館内にいる者も少し増えてきた。
途中、レオンハルトに気づいて近づいてくるものもいたが、ロベールがやんわりと振り払う。
「あー、疲れた」
ロベールが読み終わったようだ。
目をしばたかせ、肩を揉んだ。
「ん?どうした?レオンハルト」
レオンハルトを見ると、本の上に両腕を乗せて、上目使いにこちらを見た。
「・・・ぼ、僕、まだ二十ページしか進んでない・・・」
「なにィ~~~!?」
さすがのロベールもあきれ果て頓狂な声を出した。
(うう、ごめんなさい)
「おまえ、魔法の種類とかに詳しいし、色々政治学とかも勉強してんだろ?勉強自体は苦手じゃないんだよな?しかし何故読書が苦手なんだ」
ロベールは困り果てる。
「に、苦手じゃないよ。少し読むのが遅いだけで・・・」
「・・・・・・」
(ああ、またその冷たい目)
「まあいいや。とりあえず今僕が読んだ本だけど、収穫なしだな」
「そうかー」
二人ともガックリ。
「うーん・・・」
ロベールが何か悩んでいる。
「どうしたの?」
「いや、なんだか、こう、変な空白が多いんだよな、魔法陣や歴史書って」
「空白?」
「行と行の間は勿論、単語と単語の間もだ」
「え?なにそれ」
「単語と単語の間ってのは何か怪しいものがあるな。文章としては繋がっていて、読むには問題無いけどね。わざと空けているのか、それとも・・・」
「???」
レオンハルトにはロベールの意図するところがわからない。
あの魔法陣のことだけでも混乱しているのに、これ以上謎を増やさないでほしい。
「ねえ、もう終わって帰ろうよ。わからないならもう父さんにまかせた方がいいんじゃない?」
「その父さんは今それどころじゃないんだぞ?」
「う。わかってるよ、今日も重要な会議だし」
少しむくれながら言った。
ロベールはうっすらと笑みを浮かべる。
「ふっ。お前らしくもなく、もっともらしい事を言うな」
「お前らしくってのが余計だよ」
頬を膨らませて更にむくれる。
ロベールが席から立ち上がった。
帰る気になったのだろうか。
「まあ、国王が内密にしろと言ったんだ、それは国王にまかせた方がいいかもしれない」
(やっぱり帰る気なんだね?)
レオンハルトも同様に立ち上がり、帰る準備をする。
「でしょ?」
うんうん。じゃあ帰ろうか・・・、
「しかし、シュヴァルツ王子は攻撃されてるんだぞ?」
「え・・・」
「攻撃されてるんだ。いずれあの魔法陣の謎を解き明かさなければならなくなる時がくる」
そう。
たしかにそうだけど・・・。
「気にならないのか?攻撃したものの存在を・・・」
「・・・・・・」
「国王はどっちにしろ今はあてにならない。だから、僕たちが参加する会議がはじまる前までにでも、少し調べておいた方がいい」
ロベールの言いたい事もわかる。
でも。
ロベールは本を片手に歩きだし、本棚へと戻した。
そのまま出口へと向かう。
本当に帰るらしい。
「あ、待って・・・!」
レオンハルトは小走りで彼の後を追った。
王宮への石畳を、ロベールはずんずんと歩いていく。
レオンハルトも後ろからついて行った。
するとロベールが王宮を指差し、おもむろに口を開いた。
「あとは、『立入禁止書庫』だな」
「え!?」
まさか。
レオンハルトは我が耳を疑った。
思わず歩みを止めた。
それに気づきロベールも立ち止まる。
立入禁止書庫。
そこは王宮の地下にあり、書物が置いてあるが、重要機密文書なども保管している。
そのため、文字通り関係者以外の立ち入りを禁止している部屋。
「まさか、あそこに入ろうと・・・?」
そろそろとロベールを見ると、まるでそれが当然であるような口振りの答えが返ってきた。
「そのまさかだよ」
(うそでしょーーー)
レオンハルトは青ざめた。
(信じられない。ロベールがそんな事を言うとは)
「ちょ、ちょっと待って、あそこは国王の許可が無ければ入れない場所だよ」
「許可が下りれば入れるだろう」
飄々として言ってのける。
レオンハルトはますます焦る。
「な、そんな簡単に許可が下りるわけ・・・」
「まあ、今国王はそれどころじゃ無い。今日は会議、次も会議だ。取り次ぐのも難しい状況だろう」
「そ、そうだよそうだよ」
レオンハルトの青ざめた顔など気にせず、ロベールが続けた。
「それに、大体、内密にって言ってるのに、魔法陣を調べに行きたいので書庫開けてくださーい、だとすぐ却下されそうだ」
「そうそう、僕もそれが言いたかった」
レオンハルトはうんうんと相槌を打つ。
すると、ニヤリ、とロベールが口角をあげた。
「え・・・」
(うわ、何か企んでる顔だ・・・!)
そしてロベールはスタスタと一人歩き出した。