第11話 カレン=ラスペード
「母さん」
礼拝堂の祭壇の前に立っていた女性に声をかける。
「レオンハルト」
声に気づき振り返り、目を細め、穏やかに笑った。
綺麗な青い瞳。
基本的に穏やかな性格の母に、レオンハルトは怒られた記憶があまり無い。
そんな母を、レオンハルトは大好きだった。
レオンハルトの母、カレン=ラスペードは、王宮敷地内の王宮礼拝堂にいた。
彼女はいつも朝、ここで毎日お祈りをするのが日課だ。
礼拝堂の入口付近には、王妃付きのメイドが一人立っていた。
その他に人は誰もいなかった。
レオンハルトはそのメイドに一礼して母の方へ向かった。
「ゴールドローズには行ってきたの?」
「う、うん」
魔法陣の話には触れたくないので、ただ頷く。
「そう」
母もそれで話を終わらせるのかと思いきや・・・、
「ゴールドローズのどこまで行ってきたの?どのあたりまで・・・どんな所だったの・・・」
「えっ母さん?」
矢継ぎ早に質問され、レオンハルトは思わず後ずさる。
母の栗色の綺麗なウェーブのかかった長い髪が少し乱れていた。
「あっ・・・。ごめんなさい、なんでもないわ」
耳に髪をかけながら、そうして後ろを向いた。
母は平静を取り戻したようだ。
「?」
母にしてはめずらしく、何か焦ったような表情をしていた。
(どうしたんだろ、疲れているのかな)
「母さん、公務とか、忙しいんじゃない?」
レオンハルトが心配そうに母の顔を覗き込む。
年齢を重ねても、国王の妃という役職の仕事は減らない。
そして、戦争があちこちで起きている今、忙しさは増えているのかもしれない。
母は目を細めてレオンハルトを見て、彼の両の手を取る。
「大丈夫よ。むしろ今では、王子たちが公務を引き継いでくれている部分もあるから、助かっているわ」
兄さんたちか・・・。
「そう・・・」
レオンハルトの表情が曇る。
(僕はまだ、母さんの手助けをしてあげられていない・・・)
カレンが微笑んだ。
「あなたも、これからよ」
レオンハルトの気持ちを察したのか、そう言い彼の髪を優しく撫でる。
くすぐったいけど、気持ちいい。
とてもとても、ほっとする瞬間だった。
十八歳にもなって情けないけど、こうしてくれる事が好きだった。
二人は礼拝堂の長椅子に座った。
「さっき、エミィのところに行ってきたよ」
「そう」
カレンの表情が明るくなった。
「今日は体調が良いみたいでね、魔石を見せてあげたよ」
存在を秘密にしなければならない魔石の付いているペンダント。
エミィにだけは教えていたが、何故か母は最初から魔石の存在を知っていた。父から教えてもらったのかもしれない。
そしてロベール。
いつも一緒にいるので、やはりペンダントを見られてしまった。だから、父から貰った護身用のもの、とだけ伝えていた。
「そう、良かったわ。また見せに行ってあげてね、あなたが行くと喜ぶから」
「そうかな、ただ魔石が見たいだけじゃないの」
「あらあら。だとしたら可哀そうなお兄ちゃんね」
「あははは」
そう軽口を言って笑い合った。
ふと、レオンハルトは真顔になって礼拝堂の祭壇奥の小さい窓を見つめた。
この礼拝堂で唯一、様々な色彩で装飾された綺麗なステンドグラスが貼られている。
「・・・流星群は見れなかったから、せめて魔石の流星だけでも見せたくて」
「ええ・・・」
カレンも窓を見上げた。
「エミィは言わないけどさ、きっと見たかったはずなんだ」
五十年に一度の流星群。
彼女も外へ連れて一緒に見たかった。
でも、体調が良くなくて一歩も外へは出れなかった。
母と一緒に部屋の窓からは見たそうだが、外で見るのとは違う。
カレンがレオンハルトの顔を見つめる。
「レオンハルトの気持ちは伝わっているわ。エミィも満足してるわ」
「うん。だといいな」
母とエミィの話しをして、少しだけ胸のつかえが取れた。
「さあ、そろそろ行こうかな」
レオンハルトが立ちあがった。
「ええ。・・・あ」
「?」
何か思い出したように母がこちらを見上げる。
「その魔石のペンダント、ちゃんと毎日身に着けてるわよね?」
「勿論だよ」
国王同様、母も念を押すようによくペンダントの着用を確認する。
「そう、それはよかった」
本当にホッとしている様子だ。
(なんでみんな心配なのかな。僕、別に護身用なんて無くても大丈夫だけどな)
歩きながらチラリと母の方を振り返る。
またあの穏やかな笑顔でこちらを見ていた。