第10話 戦う理由
翌朝。
今日もよく晴れていた。
「お、今日は早いな」
ロベールが向こうから歩いて来る。
ロベールが迎えに来るより前に、レオンハルトは自室を出た。
「うん!新人はみんなより早くないとね」
にっこり笑う。
今日は第二回騎士団会議がある。
****
二人が騎士団宿舎へ向かう為回廊を歩いていると、執事が駆け寄ってきた。
大事な話だからと、近くの空き部屋に通された。
レオンハルトは、何が何やら、といったかんじだ。
執事の年齢は執事長と同じくらいだろうか。
五人いる執事の中でも一番年上の、黒髪の痩身の男性だ。
「本日の騎士団会議は中止です」
「え?」
「急きょ本日、三国間会議が執り行われる事になりました」
「今日か」
ロベールが厳しい顔つきになる。
三国間会議とは、同盟を結んでいる、レガリア国、ドレアーク王国、ウィスタリア公国の三国で重要な内容を議論決議する会議であった。
「そして、三国間会議が終わり次第、すぐにレガリア国議会を開きます」
レガリア国議会とは、レガリア国の国王や各長官、騎士団幹部など国の代表者たちが集まり行われる会議。
「騎士団会議は、その全てが終わってからになります」
なんだか会議ばっかりだ。
レオンハルトは辟易する。
「その三国間会議は、レガリア国からは誰が参加するのですか?」
ロベールが訊いた。
「それは・・・秘密です」
ニヤリと笑う。
何故ニヤリと笑うかというと、この人はいつもこうだからだ。
「そうですか・・・」
やはりそうか、とロベールはため息をついた。
という事は、レオンハルトは当然呼ばれないし、王子三人も呼ばれないだろう、と推測した。
「以上ですので、私はこれで」
執事が踵を返し、部屋を出て行こうとする。
が、何かを思い出し振り向いた。
「大事な事を言い忘れておりました」
「なに?」
レオンハルトが訊く。
「今回の三国間会議、なにぶん秘密裡に行われる会議ですので、どうか他言なされぬようお願い致します・・・」
今回の会議はあくまで「秘密」を貫くようだ。
「は、はい」
執事の表情が怖い。
怖いと言うかおどろおどろしい。
なんだかわざとそのような表情を作っているようにも思えるが、レオンハルトは念を押す執事の、背筋が凍るような怖い表情と発言に震え上がった。
そして執事は今度こそ部屋を出ていった。
「なんか、あの人っていっつもああだよね!」
レオンハルトが頬を膨らませてむくれた。
なんだか理不尽な恐怖を味わった気がして釈然としない。
わざとやっているのだろうか。
「なにビビってんだ」
「そ、そそそそそんなことは無い!」
「・・・・・・」
ロベールの冷ややかな視線が痛い。
「秘密裡って、国王とあと誰が参加するんだろう、どこでやるんだろうね」
「んー、極少人数で会議するんだろう。僕たちといえど、参加はできないのさ。戦争をはじめるのがバレると大変だからな、念には念を入れてって事さ」
「ふーん」
二人も部屋から回廊へ出た。
回廊の日差しが気持ち良い。
ロベールは、うーんとのびをした。
「なんたって、戦争を経験していない者ばかりだから、慎重なんだろう」
そう。
レガリア国で最後に戦争があったのが、約二十年前。
現国王がまだ王子だった頃だ。
そして僕は戦争がはじまった当初はまだ生まれてもいない。
戦争が終わるころ、生まれたらしい。
と云う事は、数年間は戦争していたのだ。
当然、当時の記憶など無く、話や資料でしか知るすべはない。
僕たちは『戦争すること』をまだ知らない。
レガリア国はこの二十年間は戦争も無く、比較的平和だった気がする。
ヴァンダルベルクとの同盟が切れ、少しばかり穏やかでは無い時が続いたが。
だからこそ、思う事がレオンハルトにはあった。
誰にも言った事など無いが。
「騎士団も今のメンバーと全く違う。戦闘集団である騎士団でさえも初めて経験するものたちばかりだ。まあ、日頃から訓練しているから、大丈夫だとは思うけど」
「うん、そうだよね。騎士団メンバー、なんか凄く強そうな人たちばっかりだったよ」
「そうかあ?」
「騎士団長が一番強そうだし」
「ふ。まあな。レイティアーズがいれば安心だ。お前も彼を頼れよ」
「えー、でも怖いんだよね」
「まだ言うか」
そんな他愛もない会話をしていたら、ふとロベールが黙った。
ロベールはレオンハルトをじっと見つめた。
「・・・会議でも話になるだろうから、先に言っておく」
「ん?」
「ドレアークが攻撃を仕掛けようとしているのがどこの国か、わかるよな?」
「・・・アラザス公国」
だいぶ前から噂されていた。
お互いの国が仲が悪い事は周知の事実だった。
アラザス公国。
小規模国家で、ドレアークの北に位置する。
「だから、この戦争でヴァンダルベルクとも戦う事になるかもしれないって、わかってるよな?」
「・・・・・・」
勿論。
頭ではわかっていた。
そのアラザス公国の同盟国が、ヴァンダルベルクなのだ。
ゆえに、今後の展開次第では、同盟国であるヴァンダルベルクとも戦争に発展することもあるかもしれない。
そして、たとえレガリア国が戦争を仕掛けるのではないにしても、ドレアークの同盟国であれば戦争に巻き込まれていってしまう可能性も十分ある。
レオンハルトは瞬時にロベールの問い掛けに答えられない。
相反する感情が、押し寄せて目をギュッと瞑った。
彼の国の王子の顔が目に浮かぶ。
(―――――――シュヴァルツ)
親友である王子のいる国を、攻撃など出来ない。
でも、僕は国の王子だ。
尊敬する父の言う事は絶対で、その王の命令に従い、国民を守る。
それが、僕の役目なんだ。
そして心の深い深い奥底にある感情。
『今まで二十年間も戦争が無かったのに、どこからも現在攻撃を受けていないのに、戦争にわざわざ身を投じる必要があるのか』
「うん・・・」
頷くのが精いっぱいだった。
ロベールが胸中を察し、レオンハルトの頭をポンとたたく。
「そっか。ならいい」
そう言って、それきりで話を切り上げた。
二人の間に静寂が訪れた。
レオンハルトはその静寂を破り、無理矢理笑って見せた。
「あれ、じゃあ今日の予定は何も無し?」
「そうなるな」
「じゃあ僕、母さんとエミィに会いに行って来ようと思って」
するとロベールは笑顔になった。
「それはいい。行って来い」
「ロベールは?」
従者は日常生活の中で常に付き添う役目だ。
ロベールは少し考えて、口を開く。
「僕は、魔法陣関連の書物を調べようと思う。王立図書館に行くさ」
「ああ、そうだよね。そっちもやらないとだよね」
レオンハルトはまた気分が落ち込んだ。
ロベールがレオンハルトの背中を叩く。
「いてっ」
「気にするなって。僕は本が好きだから、ただ自分で調べたいだけだって」
「そうなの?でも、僕も時間があったら後でいくよ!」
「ああわかった」
「それじゃあね~」
手を振り、レオンハルトは回廊を走り出した。
「・・・ずいぶん嬉しそうだな」
ロベールは苦笑した。
唯一の心の癒しなのではないだろうか、あの二人と会う事は。
****
部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
レオンハルトが入ると、そこには小さくて可愛らしい少女が一人立っていた。
「お兄様」
嬉しそうに出迎えてくれる。
レオンハルトはその少女の姿に焦る。
「あっ、寝てていいよ、エミィ。無理しちゃ駄目だ」
「くすくす。大丈夫よ、今日は調子が良いわ」
「そ、そう?」
「きっとお兄様が来るのがわかっていたのね。昨日はベッドから起きれなかったんですもの」
そう言ってまたくすくすと笑う。
それがまた愛らしい。
唯一「お兄様」と言って慕ってくれる身内だ。
だからこそ益々可愛くてしょうがない。
彼女の名は、エミィロリン=ラスペード。
ラスペード家の五番目の子供で、レオンハルトの妹だ。
レオンハルトより四歳下の、十四歳。
兄弟のうちで女性は一人しかいないので、皆から過保護なくらいに可愛がられている。
それだでなく、容姿も周りが黙っていないほど可愛らしい。
栗色のウェーブのかかった、胸まであるふわふわの長い髪。
後ろの髪は下ろし、両サイドを結んでいる。
髪の色は、母親と同じだ。
そして碧緑色のくりくりの瞳に小さくてぷくっとした唇。
しかしエミィロリンは、小さい頃から病弱で日々のほとんどを部屋で過ごす。
体調が悪い日は一日中寝込んでいる事もあるぐらいだ。
レオンハルトは彼女が不憫でならない。
彼女のためにしてやれることをいつも考えていた。
病気は基本的に、怪我などの外的要因のものでは無いので、治癒魔法は効かない。
いつだったかは、エミィロリンの病気を治すため、良い医者や薬剤師を捜し歩いた事もあった。
だが、レオンハルトの足では町までしか行けず、結局無理だった。
「ねえお兄様、お茶を飲みましょう」
ティーテーブルに行き、笑顔でティーポットからカップに注ぐ。
注ぐと、可愛らしい小さい花のようなものが、カップや注がれた液体の中にキラキラと輝いていた。
これは微弱の魔力のある様々な魔鉱石を、薬剤師が調合して作った薬膳茶だ。
薬膳茶は苦いものも多いが、これは美味しくエミィロリンが気に入っていて、部屋に来るといつも出してくれた。
注がれたカップを手渡され、口をつける。
「うん。美味しい」
「ふふ、よかった」
自身もカップを持ち、椅子に座りお茶を飲む。
しかし、やはりレオンハルトは気になるようで、
「やっぱりベッドにいて。僕が心配だから」
エミィロリンをベッドへ行かせた。
今日会いに来たのは、久しぶりに会って話がしたくて来たのは勿論だが、体調も気になったからだ。
「も~、わかったわ。そこまで言うのなら」
と言って、ゆっくりした足取りでベッドへ向かった。
ベッドで上半身だけ起こす。
レオンハルトはカップをエミィロリンに手渡した。
そして自身は椅子をベッドのそばに引き寄せ、座った。
エミィロリンがカップをベッドの横の引出の付いているナイトテーブルに置く。
「ねえねえ、またあれを見せて?お兄様」
エミィロリンが目をキラキラさせベッドから身を乗り出す。
「ペンダント?エミィは綺麗なものがほんとに好きだね」
「ふふ。だって心が躍るもの」
レオンハルトも魔法が発動する時の輝く光が綺麗で好きだが、エミィロリンは鉱石の輝きも好きだった。
レオンハルトは、自分の服の中から、首から下げていたものを取り出した。
それを首から外し、ペンダントトップを持ちエミィロリンによく見えるように見せた。
それは、とても美しい魔石のペンダントだった。
「わあ」
エミィロリンが感嘆の声を上げる。
「いつ見ても綺麗ね」
うっとり見つめる。
この時だけは、レオンハルトも幸せな気持ちになる。
エミィロリンを少しでも喜ばせる事ができた、と。
このペンダントは、レオンハルトの父からのプレゼントだった。
ただ、いつもらったのか記憶にないので、幼少時だったのだろう。
しかも「肌身離さず身に着けているように」とのお達し付だ。
なにやら、護身用の意味でもあるらしい。
なのでレオンハルトは、父の言いつけどおり、肌身離さずペンダントを首から下げていた。
ただ、父のお達しはもう一つあって、「ペンダントの魔石を他の人には見られないように」との事。
だから、魔石の付いているペンダントトップの部分は、いつも服の中に隠してあった。
理由はやはり護身用の意味合いがあるそうだ。
少々腑に落ちない点があるが、はじめて貰ったであろうプレゼントなので、素直に言う事をきいていた。
「『流星を閉じ込めた魔石』。ふふ。不思議な石よね」
そしてエミィロリンは、魔石、魔鉱石の話をするのも好きだった。
僕よりも知識があるのではないだろうか。
『流星を閉じ込めた魔石』。
レオンハルトのペンダントの鉱石を、エミィロリンはそう呼んだ。
本当の鉱石名はわからない。
というのも、この鉱石が鉱石標本の本にも載っていないような希少なものであるからだ。
しかし他の人に見せてはいけないので、調べようもない。
大切な妹にだけは見せていたが。
勿論このペンダントを与えた当の本人である父に、魔石の名前はなんなのか聞いたが、わからないそうだ。
国中から王宮に様々なものが集まる中、魔石などの装飾品もたくさん王宮に届く。その中から選んだので、ただ、護身用の効果があるとしかわからないらしい。
綺麗に精錬されたこの魔石は、エミィロリンが言うように、まるで小さい流星が中に入っているように、小さい星のような金色の粒が、上から下へ斜めに流れ続けていた。
魔石の地色は黒だが、光の効果で、濃淡のある美しい青色が大部分を占めており、その中に金色の粒が流れていた。
エミィロリンが名づけた『流星を閉じ込めた魔石』のように、『○○を閉じ込めた魔石』と云われる美しい模様の魔石が、大陸のどこかにあると云われる。
ごく稀にしか採れないので、幻の鉱石とも云われる。
「きっと、これも『幻の鉱石』の一種なんだわ」
エミィロリンは目を輝かせ、ワクワクしている。
「だとしたら凄い事だよね。でも、他の人に見せられないからなあ」
「も~どうしてお父様はそんなことをお兄様に言ったのかしら!」
お腹の上に掛けていたブランケットの裾をギュッと力を込めて握り、ぷりぷりと怒っている。
その顔がまた可愛らしく、レオンハルトは思わず笑ってしまう。
「鉱石列車も早く見てみたいわ」
「うん」
『鉱石列車』とは、採掘した鉱石や精錬加工した魔石を乗せ、運んで行く列車の事。
国と国を結んでいる線路を走り、鉱石の他国への輸送手段のひとつとして使われる。
月に一、二度の回数で運行される。
石が様々な色の輝きを放つので、列車の窓や隙間からその輝きを見る事ができ、ひとつの動く観光媒体となっていた。
その列車見たさに、線路の近くに集まる人もいるほどだ。
「・・・いつか連れて行ってあげるよ」
そう、いつか、彼女の病気が治って、ゆっくり外の空気も吸えるようになったら。
「ありがとうお兄様」
穏やかな時間が流れた。
「僕はそろそろ行くよ」
ペンダントをまた服の中に隠し、そう言って立ち上がった。
エミィロリンが口を開く。
「お兄様、騎士団の第七部隊の指揮官になったのね」
「え、ああ、そうだよ」
知っていた事に驚いた。
でも、知っていても不思議ではないのだ。
「もしも戦争になったら、お兄様も戦う事になるのね」
「―――――――!」
(戦争の話も知っていたのか!)
あまり聞かせたくない話だった。
エミィロリンもつらいだろう。
しかし、彼女も王族の子。
知らなければならない事なのだろう。
「僕は兄さんたちと違って、そんなに重要な役職ではないから大丈夫だよ」
ついつい、兄たちと比べて言ってしまう。
「そんなことはないわ。重要よ。お兄様が心配だわ」
「はは、大丈夫だよ」
エミィロリンは、いつでもレオンハルトの良き理解者だった。
いつだったか、兄たちより自分は劣っていると、失意のあまり弱音を吐いてしまった時もたくさん励ましてくれた。
「うん。大丈夫」
もう一度言って、自分自身で頷く。
だからこそ。
僕がもっと強くならなきゃ。
戦争になったら、僕がエミィを護らなきゃ。
「これから母さんの所に行ってくるよ」
「そう。じゃあまたね」
「うん、また」
そうして部屋を出た。