第1話
流星群を見ていた。
ひとり
広大な夜の闇のなか
だが彼は孤独ではなかった。
五十年に一度の流星群
いくつもの光が線を描いては消えてゆく。
一瞬の輝き
一瞬の軌跡
満足そうに見つめるその表情は
希望に充ちていた。
****
城の中
ひとり
たたずむ青年がいた
何かを悲観するように
孤独な背中で
大広間の高い高い天蓋を見つめていた。
天蓋の窓から
少しだけ
流星の光が見えていた。
遠くで
弦をつま弾く音がきこえていた。
****
陽の光が降り注ぎ、明るい町の中。
綺麗に並んだ白いレンガの歩道、歩道とくっきりと分かれているこれまた綺麗に整備された馬車が通る道路。
道路は馬車が何台も行き交っている。
様々な店がどこまでも連なり、ひっきりなしに客が出たり入ったりしている。
この町にしてはかなり賑やかな街並みが今日はあった。
海から近いその町は、優しく海風が吹き、潮の匂いを運んで来る。
大陸でも南に位置するこの国。
同じ南に位置する国々では、今の時期は腕が隠れない薄手の服が一枚あればちょうど良い気候である。
この国の、とりわけ海に近いこの町では海風があるので、薄手のローブを服の上に羽織っていてもそれほど暑くない。
しかし、目の周辺以外全てを布で覆い隠すとなると少々顔が暑苦しい。
とある飲食店。
店内はお昼前だが客でごった返している。
いつもはこの町の住人とほんの少しばかりの観光客が来るくらいで、忙しいとは皆無のお店なので、客席数も少ない。
それも相まって、店員総動員でフル稼働で働いていた。
ある少年二人が、そんな混雑の中ローブを纏いながら少し暑そうに食事をしていた。
この店の他の客でローブを着ている者はいるが、頭の先から足の先まで覆っている人間はいない。
少し浮きそうな格好だが、今日は大勢の客が店内にいる為あまり目立たない。
食べてまたすぐに口元を布で隠していたが、少年のうち一人がさすがに暑くなり、髪を覆っているローブのフードを取ってしまう。
綺麗な金色の髪がこぼれた。青く澄んだ瞳もはっきりと見える。
すると、何やら周りの視線がその少年に集まってきた。
(ん・・・?)
「そろそろ店を出るぞ」
少年が椅子から立ち上がり、同席の金髪の少年へ声をかけた。
立ち上がった少年は、座っている少年よりいくぶん年上に見える。
彼も同色のローブで全身を覆っていたが、ローブの隙間からは、緑色の瞳と茶褐色の髪が見えていた。
「うん。お勘定を」
その茶褐色の髪の少年を見上げ、次に自分のローブの中をごそごそと探す。
「いや、お前はここへ座ってろ」
少し厳しい口調だ。
「え、でも」
「いいから。従者である俺が払わないでどうするよ」
冷ややかな目線を投げ、有無を言わせぬ口調で咎める。
従者、と言っているが、上から目線な態度で、とても少年につき従う者には見えない。
「うーん」
少年は腑に落ちない様子だ。
納得のいかない少年を今すぐ説得したいためか、茶褐色の少年は早口で話しはじめる。
「―――――それとも。今出したいなら出せばいい。その変わりその少ないおこづかいの中から出してしまうと、明日から美味しいものが食べられなくなるぞ」
少しばかり茶化した言い方をする。
従者、というが、もっと別の親しい間柄なのかもしれない。
「あ!からかうなよ!子供じゃないんだから!」
「・・・十分子供だよ」
また、冷ややかな眼差し。
「わかったよ。ここで待ってる」
(なんだよ。だいたい十八歳と二十歳なんて、そんなに変わらないじゃないか)
ふてくされてはいるが、黙って椅子に座り待つ事にした。
それにしても。
(すごい見られてる)
ローブで服装を覆い隠しても、一般人とは違う何かに気づくのだろうか。
(紋章、隠れてるよね、大丈夫だよね)
今一度、自分の服装に目を向ける。
(うん。大丈夫だ。無地のものを、わざわざ用意してもらったんだから)
自分に言い聞かせるように頷いた。
「行くぞ、レオンハルト」
お勘定を済ませた少年が、座っている少年の耳元でそう囁き、外へ出る事を促す。
その際茶褐色の髪の少年が、さりげなくレオンハルト―――――と呼ばれた金髪の少年のフードを頭にかぶせてやった。
あ、と少年はその時に気づいたが、そのまま急いで席を立った。
レオンハルトと呼ばれた少年は、店の客の視線を一心に受け、横目で見ながら居心地悪そうに足早に店を後にした。
「ごめん。髪、隠すの忘れてた」
バツが悪そうに言った。
「お忍びで来てるんだら、気をつけろよ」
横目でジロリと睨まれた。
「うん・・・。あー、でも窮屈だった!こんなんで僕、『騎士団』の代表なんて勤まるのかなあ?」
「こら。その話はこういう場ではあまりしないようにしろよな」
二人はレンガの歩道へ出て、人ごみに紛れ歩く。
背丈が同じくらいの二人は、同じローブを着ていると後姿はあまり見分けがつかない。
早く先を急ぎたいが、なにせここは、魔法を使って飛べない。
仕方なくゆっくり歩くしかない。
「あ、ごめん」
茶褐色の少年にたしなめられ、レオンハルトはシュンとなる。
「誰が聞いているかわからないからな。ったく、お前はいっつも緊張感無いよなー」
「『いっつも』ってのは余計だよっ。・・・っいて」
茶褐色の少年がレオンハルトの頭を小突く。
「反省してないし」
また冷たい視線でそう言い、前を向く。
「さあ、行こう」
気を取り直し、少年たちは先を急いだ。
****
ここは、『魔鉱保護区ゴールドローズ』という「永世中立国」の中の、『ステラローズ』という港町。
プラネイア大陸の中の南に位置し、国の北側にはエクリュという海を配している。
エクリュ海へ少し出っ張った形のこの国の港町では漁業を営んでいるものも多く、港にはたくさんの漁船が泊まっている。
様々な店や大きな公共施設もあり、この国で一番活気がある場所でもある。
そんな賑やかな港町が、一段と活気づく日――――――正確に云うと一カ月前ばかりから始まり、今日が最終日だった。
最終日ということで、少しばかり人が多い。
「あの流星群、凄かったね」
「ああ、あんなの見たことないよな」
歩いていると、あちらこちらから聞こえてくる。
一カ月経っても未だにそんな感想を耳にする。
レオンハルトたちも、それを耳にしながら人ごみに流されないよう気を付け、歩を進めていた。
ひそひそとレオンハルトが話しはじめた。
「ロベールも見たんだろ?凄かったよね」
思い出し、少し興奮ぎみの様子だ。
ロベール、と呼ばれた茶褐色の髪の少年はめんどくさそうに口を開く。
「まあ、少しだけ。俺はそういうの、興味無いし」
「えー、ロマンが無いなー」
「・・・お前がロマンって、百年早いよ」
冷ややかに突っこみを入れる。
一カ月前の夜空に、突如流星群が現れた。
輝きを放ったいくつもの光の線が、夜の闇から地上へと降り注ぐさまは圧巻であり、50年、地域によっては100年に一度とも言われる、極めて珍しい現象であった。
事実、前回流星群が現れたのは、50年前だ。
その光景の素晴らしさ以上に、歓喜に包まれる理由が別にあった。
それはプラネイア大陸の大昔からの伝承によるものである。
プラネイア大陸には、夜の闇を支配する女神「常闇の女神」がいた。
女神を筆頭に、「暗黒世界」の神々が、世界を闇で覆い、地上から光を奪った。
その闇から光を取り戻すため、希望と勇気を司る神「光の戦士」が常闇の女神たち暗黒世界の神々と戦い、勝利した。
その勝利の際に流した涙が、『光の涙』と云われ、その涙が流星となり闇を切り裂き光を地上にもたらしたと云われる。
そしてその光の涙が地上に降り注いだ後の一定期間の間、不思議な魔力の恩恵があると言い伝えられている。
その魔力の恩恵というものがいつしか、流星群が現れた後の一カ月間は祈れば願いが叶う、という具体的なものに変化していったとされる。
そして「光の戦士」の大規模な祭壇がある国であるのが魔鉱保護区ゴールドローズであり、いつしか「お祈りをする場所」という事になっていた。
場所によっては、今回の流星群を見られない地域もたくさんあったようだが、その噂は数日で世界中に広がり、保護区へ大挙して押し寄せる、という次第となってしまった。
・・・中には、願い事とは皆無の、ただたんにお祭り騒ぎがしたくて、面白半分の観光目的で来ている者も少なくないかもしれない。
その保護区は流星群が流れた次の日からごった返した。
あちこちの国からやってくる。
一カ月間もあるに、初日は国または一部の地域への入場制限も設けたほどだった。
なにせ、流星群の降る時期など誰にもわからないので、誰も予測不可能な状況である。
この国の政府にとっても、それは同じ状況のようだ。
50年前の流星群の時の政府の対処マニュアルなど、どこかへ行ってしまったらしい。
政府の人間や警備員たちが慌しく町を走り回り、対応に追われていた。
勿論、一カ月経った今は、徐々に国の対応も良くなってきていて、現在は随分落ち着いた。
「しかし、父さんもよくわからないよなあ」
レオンハルトが一人思い出し苦笑した。
「ん?何が?」
「僕がここへ来ると言った時、あの時、ほら、お前も同席してただろ?父さん、保護区へ行くの駄目だ!って頑なに反対してた」
「ああ」
あれね、とロベールは思い出す。
「あんなに強情な父さんは初めて見たよ・・・」
思い返して思わず天を仰ぐ。
「強情・・・ね、お前もなかなか強情だったよ。それでも行くと言い張ってたよな」
ニヤリと笑う。
「う・・・、僕は、別に・・・だって、特別な日だろ?これを逃せばまたいつになるか・・・」
そんなレオンハルトを見てあきれた表情を見せる。
「いいか、今回の件は特別待遇なんだからな。これから戦争に入ろうとしている状態の国の王子がこんなところで油売ってる暇は無いんだぞ!」
思わず語気を荒げた。
すぐさま、しまったとロベールは右手で口を塞ぐ。
レオンハルトの話にイラつき、思わず感情が出てしまった。
会話の中で「戦争」「王子」、という他の人間が聞いたら思わず聞き返してしまうような単語が出てきた。
どうやら彼は一国の王子らしい。
レオンハルトは彼の方に向き直って反論する。
「な!遊びで来たわけじゃないんだからな!僕なりに考えがあって来たんだ!我慢して終わりそうな頃に来たのも、人ごみを回避するためだ!それに、どうせ、王子ったって、第四王子だし・・・」
後半はごにょごにょしてあまり聞き取れない。
「第四王子であろうと、王子は王子」
「・・・・・・」
「近々部隊をまかされるんだろ?」
ニヤリと笑う。
「ああ、あれは・・・僕も、びっくりしたよ・・・」
レオンハルトは急に自信なさげになった。
「ああ、駄目だ。これ以上こんな話ここでするもんじゃないな」
ロベールはローブの上から頭をガシガシ掻き、無言になった。
レオンハルトは中々進まない人の群れに嫌気がさす。
おずおずとロベールを見る。
「ねえ、魔法で飛びたい」
「駄目だ」
「えー」
「・・・っていうか、ここへ来てからそれ言うの何回目だよ。第一お前はその魔法習得していないだろ」
「うっ。だから、ロベールの魔法でさぁ・・・」
ジロリ、とロベールに睨まれる。
「それから。この保護区は魔法禁止の場所だって言ってるだろ!」
怒鳴られて首をすくめる。
「うっ。やっぱりそうなの?」
すぐさま顔を上げる。
「じゃあ馬車で」
「すべて貸し出されていて使用できるものが無い」
泣きそうになった。
魔鉱保護区ゴールドローズは、一部の地域を除いて、魔法禁止とされている。
この国にいると、魔法を使って生活する事がいかに大事か思い知らされる。
そんな泣き言を言っていると、徐々に周囲の人々が安堵や歓喜の声をあげはじめた。
目の前にはまた違う風景が見えて来た。
「お、ちょうど着いたぜ」
「あ・・・」
祈ると願いが叶う場所。
ステラローズの町の東側のはずれに位置するそこは。
ステラティアの丘。
その入口の門が見えてきた。