第二部
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「……やべぇ。ここ、近所でも有名な雷親父の家だぞ」
参ったな、と彼は頭を掻く。
私はと言えば。
「…あ、の………」
すでに、涙目だった。
このご時世まだ『雷親父』なんてものが存在するのか。
というのはさておき。
とんでもないことをしてしまった、ということだけは理解できる。
「……ごめ…なさっ…」
「いいって。
お前もそんなんで泣くな」
ぽん、と頭を撫でられ、私は堪えきれなくなり小さく嗚咽を漏らした。
「でもまぁ、謝りには行かなくちゃな」
呟いた彼の言葉を私は慌てて止める。
「わ、私がいけないんだから私が行くよっ」
だけど彼は首を縦には振らなかった。
「お前をキャッチボールに誘ったのは俺だ。
なら、俺が責任を負わずのうのうと見ている道理はないだろ」
そう言って再び、彼は私の頭に手を置いた。
「待っててくれな」
そう言ってきびすを返すと、彼は小さく一つ、深呼吸をしていた。
「…………」
私は彼の後姿を複雑な気持ちで見送っていた。
こんなときに不謹慎かもだけどなんだか。
……すごく、頼もしいと思う。
原因を作った私が何を言っているんだと思われてしまうかもしれないが。
……いつだって、彼はそうだ。
何だかんだ言いながらいつだって彼は私を助けてくれた。
―――…私だってわかってる。
それに甘え続けちゃ駄目なんだってことくらい。
わかっていながらどうして今回も前に出れなかったの?
康介が止めた、というのもあるかもしれないが、そんなのは責任転嫁にすぎない。
大事なのは気持ちだろう?
だったら前に出てみろ、みゆ!
「…っ………」
私は 自分自身を怒鳴り付ける。
「…………私だって」
康介に迷惑ばかりかけられない。
ぐっと拳に力を込める。
―――何でこんなに必死になっているのか?
そんなのは 簡単な理由だ。
私が彼のことを―――…。
「───っ!?」
一歩を踏み出そうとした途端に聞こえてきた大きな笑い声に、思わず身をすくませる。
どうしていいかわからず呆然と立ち尽くしていると暫くの後。
「ただいま」
彼が、戻ってきた。
「………〜〜っ…!」
声にならない怒りが込み上げてきた。
せっかく人が! 一歩を出そうってときに!
……でも。
「……ぉかえりっ」
彼の胸めがけ思い切り飛び込んでやった。
彼は突然のことで目を白黒させていたが、やがて小さく笑うと。
「……ただいま」
そう言って 強く。
強く私を抱き締めた。
「……みゆ」
彼はゆっくりと目を閉じる。
そのとき。
ぐ〜……。
「…………」
「…………」
「……おなかへった」
結局私は。
色気より食い気だったわけだ。
* * * *
「その紙袋、なぁに?」
家に戻るなり瞳をきらきらとさせて彼女が聞いてきた。
「これか?
さっきの雷親父からいただいた茶菓子だ。
俺が正面切って謝りに行ったら
『素直に謝りにきたのはお前が初めてじゃ!』
なんて大声で笑って……。
また来い、ってんで帰り際に渡されたんだ」
なかなかユーモアのある人だったと思う。
噂、なんて正直あてにならないな。
「こんなにたくさん……。
全部食べていいのっ!?」
「…ほどほどにな」
まぁ、いくら俺らが育ち盛りだからと言っても、山ほどある茶菓子とケーキの群れを食べ尽くすことはまず不可能だろう。
だが。
「ぉなかいっぱーい」
「…………」
甘かった。
砂糖をたくさん振りかけたマロングラッセほどに甘かった。
あれだけあった茶菓子の山は今やその姿を消し。
ケーキの群れは見事にお腹の中に収まった。
「なんだか幸せ、だね」
「……まぁ、そうだな」
ふくれた腹をさすりながら、俺たちは互いに笑い合うのだった。
………そのあと。
お袋が帰ってきて、一言。
「みゆちゃん来るって聞いたからケーキ貰って来たわよ〜。
今日中に食べちゃってね〜!」
……いや。
あんたは鬼か。
──end
はじめまして、生糸です。
至らないところが多々、ありますが
読んでいただけるだけでも光栄です。
それでは、また次回。