ビヤクエスト あの女騎士を陥落するたった一つの方法
媚薬:女とか男とかをメロメロにする魔法のお薬。良い子は絶対に使わないようにね!
「うぎやぁあああ!! や、やめて、やめろおおおおお!」
いきなりこんな雄叫びから始める文章で目を汚してすまないが、皮膚が張り裂けそうなくらいの雷撃を浴び続ければこんな声も出てしまうのは仕方がないことだと思う。
俺は下級騎士で、先ほど訓練中の成績が最下位だったお仕置きを受けている。場所は城の地下牢近くの拷問室。お仕置きをするのは……。
「全く。この程度で死にそうな声を出すな。雷獣退治の時に私が受けた雷撃は、こんなものではないぞ」
魔法使いであれば国の宮廷に招き入れられるこのご時世に、高位魔法のみならず剣、槍、斧、徒手空拳に至る全てにおいて完ぺきにこなす才女。しかも美人。初めて見たとき一目ぼれするほどの。
「お、おっほおおおおおおお!!!」
SMプレイじゃねえ……わかっちゃいるんだが、この女に攻められていると思うと体とあれがいきり立つ……。正直な話、「やめろよ、絶対に痛めつけるなよ! 絶対だぞ!」のような感じだ。
「全く貴様は、今回は最後のチャンスだと言ったのにこのありさまとは情けない」
「ゆ、許して下さい……そしてもっと……」
「ダメだ。貴様には騎士として、国を任せる力を感じない。魔王軍も勢力を増しているこの時代に貴様は不要だ。今日限りで騎士の称号を剥奪する」
……ほどなくして、マジで首になった。僅かばかりの退職金と、長年(1年)付き合ってきたロングソードだけを持って、俺は勤めていた城を出て行った。
くそぉ、くそぉ! だいたいあの人がいけないんだぞ! あんな薄着で胸元も見える服装しておいて魅入らない奴がいるもんか! 歩く痴女かよ! 最高かよ! 聖騎士じゃなくて性騎士って名乗っとけよ!
なんてこと誰かに聞かれたら断罪されてマジ物の首が飛びかねないから黙っているけどさ。
せめて……あの胸とか尻とか、あとすっげえ美人だから一発だけでもやりてえ……子供出来ない程度にやりてえ……。
そんな俺の耳に飛び込んだ一報が、俺の頭と股間を熱くさせた。
「おい、あの路地裏に『媚薬師』がいるらしいぞ!」
やけくそで飛び込んだ酒場で安酒をがぶ飲みしている俺の他所で、なにやらアブナイ話が交わされようとしている。聞くしかない。
「媚薬ぅ? そんなのどうすんだよ?」
「誰か好きな女でもいるのかあ?」
「牛種アルセノちゃんをメロメロにしてやりてえんだ! 魔物でもいいんだってさ!」
「おめえ……変態だな」
「ドン引きだぜ。今度から別のやつとパーティ組もう」
「なんであの良さがわからねえんだよ! あの脂肪が―――」
熱い肉の話はそこまでにして、俺は感情を済ませてすぐに席を立った。路地裏だとぉ? 媚薬だとぉ? 嘘でも確かめずにはいられない!!
「いらっしゃい」
マジでいた……。老人だ……。昔士官学校で読まされた伝説の魔法使いのような恰好をした初老の男性だ。
「び、媚薬……媚薬をくれ」
「ほほう。遠回しにではなく一番最初に注文してきたのはおぬしが初めてじゃ」
売っているのか! よぉおし、あの高慢ちきで美人なあいつを、あいつに、
「俺、どうしてもヒィヒィ言わせたい女がいるんだ! そいつをベタぼれさせてイチャイチャにかこつけて変態プレイの数々をされたいんだ!!!」
「欲望に……欲棒に忠実すぎるのぉ。まあ、嫌いじゃあないぞそういうのは」
老人は一本の瓶を取り出した。中身は……ピンク色のドロドロ?
「売る前に聞くが、誰に使うのじゃ? なあに、一国の女王でも、枯れ果てた老婆でもかまわんよ。そなたの性癖や秘密を口外はしない」
「老婆なんか知るか! 俺は、あの天才魔導騎士様にこれを使いたいんだ!」
天才魔導騎士と言えばこの国、この大陸では1人しかいない。老人はそれを聞いて、瓶を下げた。
「申し訳ないが、『これ』は売れぬ」
「世間体か!? 使ったら重罪だからか!? 構わねえ、一回こっきりだとしても、俺はその思い出をメイドの土産にする覚悟はあらあ!」
「違うのじゃ。あの女性を完璧に落とすには、これではチト弱い」
「なん、だと? じゃあどうすればいいんだ!?」
老人は何枚かの地図をくれた。
「複製品じゃから持って行って構わんよ。良いか。高品質な媚薬であれば、脳の奥底にまで浸透する。一生骨抜きに出来るほどの劇薬にもできるのじゃ。……しかし、その材料費は、失職したおぬしには払えぬ」
額を聞かされると俺は目を丸くした。何度生涯を円満に迎えたとしても到達できないほどの目もくらむ金額。
俺は、あの女に……あいつの蕩けた顔を、拝見できない……。
「じゃから旅をするのじゃ。高品質な材料を、おぬしがとってくるのじゃ」
「俺に……出来るのか!?」
「全てはおぬしの頑張り次第じゃ」
そして、俺の、媚薬を求める旅路。媚薬エストが始まった!
困難の連続だった。毎日適当に訓練していたツケが、国周辺の弱い魔物に苦戦する日々だ。遅いかもしれないが鍛錬と実戦を織り交ぜて強さを磨き、「失職騎士」と笑ってきた流浪の傭兵との一騎打ちで勝つほどには強くなった。実はその失職騎士は女で……とかいううまい話はない。
魔王軍が勢力を広げているからか、近隣の村の問題などはおざなりで、ゴブリンやワームの嫌がらせに苦しむ人々を、ゴブリン殲滅で助けたこともある。
大陸を一周回っても平気になったとき、城からお触れが出た。いわく、超凶悪な魔物を撃破せよというものだ。皆が尻すぼみをしたけど俺は立ち向かった。なんたって媚薬の材料の牙をこいつは持っているのだから! 報酬山分けとかになったら厄介なので荒野での決闘でロングソードが折れた時は焦ったが、それでも奮闘し、たった一人で倒したときには血だらけだった。あいつの、あの血も、こんな感じの出血なんだろうか?
撃破したことで名声は上がり、街行けば女の子が「抱いて」だの「子供を産みたい」だの怖い口説き文句を言ってくる。しかし、こんな女どもで満足するほど俺は安くない。全ては媚薬のため! 次なる大陸へと向かった。
強い魔物たちがいた。頼りになる仲間たちもいた。時に笑い時に苦しんだ。
「俺は媚薬で天才魔導騎士を手中に収めたいんだ」
「えー? 君って変態だったんだねー☆」
「そういうおめえは夢あるのかよ?」
「……誰でしょう?」
「……君だよ……♪」
ある夜の恋バナで、4人パーティ紅一点の女の子が、仲間の寡黙な騎士に対しての恋心を打ち明けたその次の日、2人は宿屋に消えていった。そして二度と戻ってこなかった。
残った俺と歩く武闘家はこう言った。
「なあ、俺ホモなんだよ」
俺は再び一人になった。するんじゃなかった恋バナ。あ、この大陸の素材はすでに集めた。
何とも不思議で奇妙で熱血と股間が滾る展開を幾度も乗り越えるときには、すでに3年もの時間が経過していた。俺は皆から「救国の英雄」だの「抱きしめて頸椎ぶち折って」だの「私の○○飲んで」だのわけのわからぬ熱狂っぷり。
たった一人で魔王軍との戦いに勝利する英雄の物語が詩人によって勝手に紡がれていた時は、肖像権の侵害を訴えようかとも思った。
「あと一つ……最後の素材がこの大陸に……」
魔王が治める暗黒の大地に、最後の素材がある!
「なになに? 漆黒のマントの切れ端ぃ? ……え、あれ、そんなの持っているのって……」
「ぐふっ、み、見事だ、勇者よ……」
魔王城最上階。雷鳴唸って鼓膜が痛いこの場所で、最終決戦が今、幕を閉じた。
「ま、魔王様ーーー!」
「おのれ勇者あ! 袋叩きにしてやるぅ!」
「馬鹿者ども! 我は負けた、本当の一騎打ちで……完膚なきまでにな。我は、この戦い、死んでも忘れぬぞ……そして願わくばまた、どこかで、今度は勝ちたいものだな……」
「ああ、その時はまた、戦おう」
なんだろう。すっげえ熱い展開で、媚薬のこと忘れかけてた。まあ、それでも漆黒のマントの切れ端はいただいたがな!
盛大なセレモニーの主役である俺は、どうにかパーティ会場を抜け出して老人のもとへ。
この街並みも久しぶりだがそんな感傷はどうでもいいんだ!! 媚薬だよ!
「出来たのか!?」
「出来たぞ。この箱じゃ」
なにやら柔らかい生地を外に纏った小箱だ。
「この中に媚薬が……?」
「おっと、開けるなよ? 開けた瞬間媚薬の粉末が目の前の者に行くようになっている」
「感謝するよ! マジで金はいらないのか?」
「いらんよ」
「神かよやったぜええ!!! まってろ天才魔導騎士様あああ!」
そしてセレモニークライマックスで王宮に来た俺は謁見の間に。
「勇者よ、此度の活躍真に素晴らしかった。まさにそなたこそ救国の英雄じゃ」
すまん。王様の話とかどうでもいい。
「わが娘と結婚してくれるか?」
「(あんな不細工お断りだ)だが断る」
うなだれた王とその娘が、美人の王妃に慰められている。あの王妃の容貌の1割でも持っていれば惹かれたかもしれない。というか王妃様が独り身だったら浮気してたかもしれないな。
「あんな風に断って大丈夫だったのか?」
夜の王宮のバルコニー。この天才魔導騎士さまを招き入れた俺の心は、魔王退治以上にドキドキしている。いや、これから俺の虜になる雌豚ちゃんにそんなにドキドキする必要はないのだが。
……でも今思ったんだけど、魔王倒せる俺にとってこの人を媚薬で落とす必要があるのか?? とか思ったが、それはそれ、これはこれ。初志貫徹、媚薬を使うぜ!!
周りに誰もいないことを確認して……。
「ふふふ」
「な、なんだ? 不気味な笑いをして?」
「長かった……ついに、これを出す時が来た」
小箱を目の前に差し出す。この中に媚薬が入っているとは思うまい。さすが老人だ。こうやって油断させるの込みでこの小箱にしたんだな!
「騎士様、これが俺の本懐だああああ!」
昂ってしまった声を抑える必要などもはやない! 開ける! それだけでいい!! 雌豚の完成だ!!
「……これが、本懐……だと……」
「ふふふ。さあ、効きましたかな? さっそくハネムーン(拷問室)に行きましょうか」
「……姫様を振ったのは……そういう……」
なんだか、反応がおかしい。効いているんだよな? この箱。中身を確認すると……。
「……ブラックダイヤモンドの指輪?」
なんだこのでっかいの……何百カラットあるんだ? 一財産になるぞこれ、というかあんの老人んんん!! 騙したな!! よくもこの俺を騙してくれたな!! 媚薬じゃないじゃねえかあああ!!!
「こんな、私でいいのであれば……」
「はい?」
あ、待て、そうかこれ……プロポーズ? と思ったときには騎士様の熱烈なチューが!! 待って、心の準備が、あ、あーーー!
後日。
「もっと強く!! 魔王の雷撃はこんなもんじゃあなかったぞ!」
「はい、旦那様!!」
拷問室はいいものだ。英雄と騎士の声など外には聞こえない。
ましてや山奥の洞窟を使った場所など、マジで誰にも聞こえないだろう。
「ええい、鞭だ! 鞭を用意しろ、俺を、たたけええええええ!!」
だが、鍛えられすぎて騎士様の攻撃が全然痛くないのはどうにかならないものかな……。
「えい、えいい!」
「雷撃鞭ぃいい、良い、良いぞおおお!」
さて、あと8か月もしたら生まれる子供には、願わくば普通の恋愛をして欲しいものだね!
思い付きで1時間30分を捧げてしまった。悔いはない。