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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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読書 1

 書庫で見つけた二冊の本は、スマラクト兄様に断って部屋に持って帰った。夕食を食べ終わり、宛がわれた部屋に戻る。早々にお風呂を済ませ、ソファに腰を下ろすと、私はブロイエさんとローザさんの馴れ初め話が書かれた本を読み始めた。


 二人の出会いと結婚、スマラクト兄様を授かるまでの物語。幸せだけど、時々雲行きが怪しくなる時もあって、時間を忘れて読みふけってしまう程に面白いお話だった。


 お城に帰ったら、どこまでが本当にあった事なのか、ブロイエさんに聞いてみようかな? そんな事を考えながら、本から顔を上げる。途端、大きな欠伸が出た。眠くなっちゃった……。もう一冊の本は、明日にしよう……。


 次の日、いつも通り、日の出と共に起き出した私は、着替えを済ませると、「愚かなる男の願い」という題名の付いた本を手に、食堂へと向かった。朝ごはんにはちょっと早いかな? でも、いつもならこのくらいの時間には食べてるから、ちょっとお腹が空いちゃった。


 食堂に入ると、カインさんが使用人さんらしき人達に指示を出しながら、朝ごはんの食器を準備していた。流石に、早く来すぎたかな? お手伝いでもしようかな。そう思い、本をテーブルに置くと、部屋の隅、食器が置かれたカートへと向かった。そんな私を見て、カインさんが口を開く。


「アイリス様? 如何されました? 何か気になる事でも?」


「ん~ん。お手伝いするの」


「こちらに滞在中は、貴女様はお客様です。そのような事をされては、私共が坊ちゃまに叱られます」


「兄様には、怒らないでって言うから。それなら良いでしょ?」


「なりません。お茶でも淹れますので、落ち着かないでしょうが、座っていて下さいませ」


「は~い……」


 ちぇ。怒られちゃった。いつもやってる事をやらせてもらえないなんて、お客さんって窮屈だな。今度ここに来る時は、お客さんじゃなくてメイドさんで来よう。そうすれば、いつも通りに過ごせるもん。そんな事を考えながら、お茶と一緒に出されたお茶菓子を口に運びつつ、本を開いた。


 「愚かなる男の願い」の主人公は、魔人族の男の人だった。人族の女の人と恋に落ち、周囲の反対を押し切って結婚する。ローザさんのお気に入りらしく、やっぱり恋愛のお話だ。むふふ。私もこういうお話、好き。そう思いつつ、黙々と読み進める。


 幸せな結婚生活も束の間、奥さんになった女の人が流行り病に倒れてしまう。男の人は伝手を使って、国一番と名高い薬師に奥さんを診てもらうも、その甲斐無く、奥さんは亡くなってしまった。


 あれぇ? 幸せな物語を期待したのに、雲行きが怪しい。私、楽しくて幸せなお話が好きなんだけどなぁ……。そんな事を考えながら、ふと顔を上げると、正面の席に兄様が、斜め向かいの席に先生が着いていた。い、いつの間に!


「お、おはよう、先生、兄様」


「おはようございます。やけに集中していましたね」


「それは昨日の本か?」


 先生と兄様が興味津々に、私の手の中の本を見つめる。私はこくりと頷いた。


「ん。あのね、これね、少し読んだら奥さん死んじゃったの!」


「何? という事は、悲恋なのか?」


「ひれん……?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる。すると、先生が優しく微笑みながら口を開いた。


「悲しい恋の物語ですよ」


「ん。たぶん、悲しいお話。私、楽しいお話が良かったんだけどなぁ……」


「悲恋の良さが分からぬとは、アイリスはまだまだお子様だな!」


 なぬ? お子様? 兄様に馬鹿にされると、何だかとっても悔しい!


「お子様じゃないもん!」


「自分の事を子どもじゃないと言っているうちは、まだまだお子様だ」


「そんな事無いもん! 兄様の意地悪!」


 フンとそっぽを向き、頬を膨らませる。すると、それを見かねたのか、先生が口を開いた。


「まあまあ。物語の好みは人それぞれですから……」


「何? ラインヴァイス兄様は、アイリスの味方なのか!」


「ええっと……。悲恋には悲恋の良さがありますよね」


「先生、スマラクト兄様の味方……?」


 私の味方、誰もいない……。しゅんと俯く。すると、先生が口を開いた。


「断じて違います」


 そう言った先生は、大真面目な顔。やったぁ。先生は私の味方だった! 嬉しくなって、にんまりと笑う。兄様はというと、悔しそうに顔を歪めていた。


「坊ちゃまの味方はこのじいがおります。それで良いではありませんか。朝食をお持ちしても?」


 朝ごはん! お腹ペコペコ! 不貞腐れている兄様に代わり、私が笑顔で頷く。すると、カインさんが笑顔を返してくれた。


「女の子は良いものですねぇ。それに引き換え、うちの坊ちゃまときたら……」


「お前、ついさっき、僕の味方だと言ったばかりじゃないのか?」


 兄様がジトッとした目でカインさんを睨む。すると、カインさんが良い顔で笑った。


「はて? そうでしたか? 私、そんな事を言っておりましたか?」


「言っただろう!」


「それはきっと、坊ちゃまの気のせいにございます。もうろくするには、いささか早過ぎますよ。しっかりして下さいませ」


「くそっ! 昨日の逆襲か……! もういい! とっとと、朝食を持って来い!」


「かしこまりました」


 カインさんが深々と頭を下げ、踵を返す。そんな二人のやり取りがツボだったらしく、先生は明後日の方を向いて肩を震わせていた。かく言う私も、笑いを堪えていたりする。


 兄様とカインさんって、何気に良い関係だと思う。カインさんが兄様を、掌の上でコロコロ転がしている感じ。前に、ローザさんが、兄様をひとり立ちさせるには早過ぎたかもって心配してたけど、カインさんが一緒なら全然心配いらないと思う。竜王城に帰ったら、そう報告しておこっと!


 朝ごはんを待つ間、本を開いて続きを読み進めた。奥さんを亡くした男の人が、もう一度奥さんに会いたくて、その方法を探して旅に出る。出会う人に聞いて回るも、死んでしまった人を蘇らせる術を知っている人は見つからない。絶望の底に沈んだ男の人は――。


「――リス。アイリス」


 先生に呼ばれ、本から顔を上げる。いつの間にか、目の前には朝ごはんが運ばれてきていた。兄様は既に、ごはんを食べ始めている。


「先に朝食を食べませんか? いつまで経っても片付かないのでは、料理人達に迷惑ですから」


 本はまた後で。先生の言葉にこくりと頷くと、私はフォークを手に、朝ごはんを食べ始めた。


 朝ごはんを食べ終わり、食後のお茶を飲みながら本の続きを読み進める。絶望の底に沈んだ男の人は、とうとう禁じられた術に救いを求めた。


 迷宮の奥深くに封印されているという失われた知識。それを求め、迷宮があるという森にたどり着いた男の人の前に、一人のエルフ族が立ちはだかる。その森にはエルフ族の隠れ里もあり、男の人は里への侵入者と間違われたらしい。捕まり、牢に捕らえられた男の人だけど、里の長老が訪ねて来て、誤解を解く事が出来た。


 迷宮に潜りたい事や、その理由を話した男の人に、長老は、里の掟に従い、攻略の助力は出来ないと伝える。しかし、滞在は歓迎してくれ、男の人の装備の修繕を手配してくれる等、何かと親身になってくれた。その後、里のみんなに見送られ、旅立った男の人は迷宮に潜る。その男の人の前に――。


「アイリス。その本、面白いか?」


「ん……」


「今日は何をして遊ぶのだ?」


「んー……」


「決まっていないのなら、庭でベリー摘みでもしないか?」


「ん……」


「おい! アイリス! 聞いてるのか!」


「はっ!」


 本から顔を上げると、兄様が顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。お、怒ってる……? 怒ってるの……? 悪気は無かったんだよ? ただ、本が面白かったから、つい夢中になっちゃったんだよ? そう思いつつ、兄様の顔色を窺う。と、兄様がむくれ顔のまま口を開いた。


「今日は何をするのだ?」


「えっと……。この本、読みたい」


「そんなに面白いか?」


「今、とっても良いところなの」


「庭でベリー摘みでもと思ったのだがな?」


「ん~……」


 ベリー摘みも楽しそうだなぁ。摘んだベリーをお茶菓子にしてもらって、みんなで食べたら、離宮で出来なかった木の実拾いの代わりになるし……。でも、本の続きも気になる。この後、どうなっちゃうんだろう? う~!


「アイリス? 外で読んではどうです? 天気も良いですし、風に当たりながら本を読むのも良いものですよ? それで、切りが良いところまで読んだらベリー摘みをしては?」


 先生が微笑みながら口を開く。それでも良い? そう思いつつ、兄様を見る。と、兄様は「仕方ないな」って顔で笑いながら頷いた。


 貸してもらった白い帽子を被り、庭の木陰に腰を下ろす。すると、カインさんがティーセットの乗ったお盆を持って来てくれて、私のすぐ横に置いてくれた。そよそよと吹く風に当たりながらお茶を口にする。はぁ~。良い天気。


 ふと目をやった先では、兄様と先生が剣を手にして構えていた。私が本を読んでいる間、二人は剣の稽古をする事にしたらしい。がんばれ~。心の中で声援を送りつつ、本を開く。


 迷宮に潜った男の人の前に、そこを住み処とする魔物が姿を現した。剣も魔術も一通り使える男の人だけど、魔物が強く、一人では太刀打ち出来ない。絶体絶命のその時、横手から放たれた魔術で魔物が炎に包まれた。目をやった先には、エルフ族の青年が。森の中で男の人を侵入者と間違え、捕まえた張本人だ。男の人がエルフ族の隠れ里に滞在する間、事あるごとに突っかかってきていた青年だったが、里の掟を破り、助けに来てくれた。


 次々と襲って来る魔物を二人で打ち倒し、たどり着いたのは一つの部屋。その壁には謎の記述。古代文字で書かれたその内容は、男の人には分からなかった。しかし、エルフ族の青年は古代文字が読めるらしく、内容を教えてくれた。何でも、ホムンクルスという、人の肉体に非常に近い人形を作る技術が記されていたらしい。亡くなった奥さんを蘇らせる知識ではないけれど、使い方によっては蘇らせる事が出来るかもしれない。そう思った男の人は、壁の記述を写し取り、里の掟を破った為に里へ帰るに帰れない青年を連れ、奥さんと共に過ごしたお屋敷へと戻った。

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