休暇 4
お腹一杯お魚を食べ、午後から私はお勉強をする事にした。ノイモーントさんにたんまり宿題を出されたから、遊んでばかりもいられない。それに、先生はこの後、お昼寝しちゃうだろうし。だって、一晩中寝ずに飛び続けたんだもん。眠いはず。
「勉強などするつもりなのか?」
お屋敷の食堂でお茶を飲みながら、兄様が目を丸くする。私は背負いカバンから宿題の魔道書を二冊取り出し、テーブルの上に置いた。
「こっちがね、お城に帰るまでに終わらせないといけない魔道書でね、こっちがね、時間があったらやっておく魔道書。帰ったら、ノイモーントさんに見せに行かないとなの」
「やる時間が無かったとでも言っておけ。午後からも遊ぶぞ!」
「駄目! 兄様だってお仕事があるんでしょ? 私も勉強するから、兄様もお仕事!」
「仕事などいつでも出来る。アイリスも、勉強はいつでも出来るだろう。ここにいる間は遊んで過ごせば良い」
「駄目なの! 私、早く治癒術師になりたいんだもん! それでね、先生の目、治すんだもん!」
「何? 僕と遊ぶより、ラインヴァイス兄様の為に勉強すると言うのか? 僕とラインヴァイス兄様、どっちが大事なんだ!」
「先生!」
迷わず叫ぶ。すると、兄様が目を見開き、固まった。兄様の隣に座っていた先生も、ティーカップを手に固まっている。その姿は瓜二つ。従兄弟同士だけど、兄弟にも見えるくらいそっくり!
「お話もまとまった所で、坊ちゃま、お仕事を致しましょうか?」
そう声を掛けたのは、私達のやり取りを黙って見守っていたカインさん。と~っても良い顔で笑っている。兄様は私とカインさんを見比べ、溜め息を吐いた。
「分かった。但し、書庫でアイリスと共にやる。文句は無いな?」
「ええ。真面目に取り組んで頂けるのでしたら」
カインさんのお墨付きをもらった兄様だけど、その顔は面白く無さそうだ。よっぽどお仕事をするのが嫌らしい。
「アイリス、付いて来い。良いものを見せてやる」
「ん!」
立ち上がった兄様に続き、私も立ち上がる。先生も当たり前のように立ち上がり、先を歩き始めた兄様の後を付いて行った。あれぇ? 先生、お昼寝しないの?
それより、良いものって何だろう? ドキドキワクワクしながら兄様を後を付いて行く。兄様が足を止めたのは、お屋敷の一番奥、一際大きな扉の前だった。一緒に付いて来たカインさんがすかさず扉を開く。
「竜王城の書庫程ではないが、うちの書庫もなかなかのものなのだぞ!」
兄様が誇らしげに胸を張る。良いものって書庫だったのかぁ。面白い本、あるかな? お勉強に疲れたら、ちょっと見せてもらおっと! 書庫に入る兄様に続き、私と先生も書庫に入った。
兄様の言う通り、書庫はなかなかのものだった。竜王城にある図書室ほど広くはないけれど、天井まである本棚が所狭しと並び、それを埋め尽くす本の数々。これ、全部兄様のなのかな?
「凄いね」
「そうだろう、そうだろう! 大半は父上のだがな。どうせ、僕がほとんど受け継ぐ事になる。好きに見て良いぞ!」
「ん!」
頷き、本の数々を見回す。竜王城の図書室には魔道書が多く納められているけど、ここにはおとぎ話っぽい題名の本が結構あるなぁ。どれどれ……。一冊手に取り、パラパラとページを捲る。この本は戦いの本かぁ。趣味じゃないなぁ。こっちは……。あれ? これも戦いのお話だ。こっちのは……。これもだ……。
「そこは僕の本棚だ! どれもお勧めだぞ!」
「ん……」
兄様は戦いのお話が好きなのかぁ。私、もっとロマンチックなお話が良いのになぁ……。
「アイリス。こっちに好きそうな本がありますよ」
本棚を見て回っていた先生が、一つの本棚の前で私を手招きをする。私がそちらに駆け寄ると、兄様が面白くないとでも言うように、フンと鼻を鳴らした。
「そこのは、母上のお気に入りだ」
そっか。ローザさんのお気に入りの本がある本棚なのか。私が好きそうなお話、ローザさんも好きなのか。それが何だか無性に嬉しい。
「この本棚の本、全部読みたい!」
私がそう叫ぶと、兄様がギョッとしたように目を剥いた。
「何だと! 明日も共に遊ぶと約束したではないか!」
「そんな約束、してないよ? してなかったよね?」
確認するように先生を見上げると、先生が微笑みながら頷いた。兄様が悔しそうに地団太を踏む。そんな兄様を見て、カインさんが良い顔で笑った。
「明日もここでお仕事をすれば、本を読むアイリス様とずっと一緒に過ごせますよ?」
「嫌だ! アイリスと目一杯遊ぶと決め――」
「さあさあ! お仕事を始めましょう!」
カインさんが兄様の首根っこを掴み、ずるずると引きずって行く。慣れたものだ。きっと、いつもこんな感じなんだろうなぁ……。
「さあ、アイリスも勉強をしましょうか?」
先生が優しく微笑み、口を開く。私は一つ頷くと、兄様達の後を追った。
読書スペースの大きなテーブル席に着くと、私は兄様の隣で黙々と勉強を進めた。兄様も一応、真面目にお仕事をしているらしく、書類を読んではサインをしている。先生は私の正面の席で、何やら分厚い本を読んでいた。きっと、ブロイエさん所蔵の魔道書なんだろう。
こうして、先生がゆっくり過ごす姿ってなかなか見られないからちょっと新鮮。そう思って、こっそり先生を盗み見ていると、ふと本から顔を上げた先生と目が合った。慌てて、手元の魔道書に視線を戻す。見てるの、気が付かれちゃったかな? 変に思われたかな? 悶々とそんな事を考えてしまい、魔道書を読み進められない。内容が全然頭に入んない!
「――そろそろ、休憩に致しましょうか?」
そう言ったのはカインさん。兄様のお仕事が一段落付いたのかもしれない。私はがたりと椅子から立ち上がった。
「本、見て来る!」
そう宣言し、背を向ける。向かうは、ローザさんお気に入りの本が納められている本棚だ。先生と一緒にいるの、何だか気まずいんだもん。
本棚から本を一冊取り、パラパラとページを捲る。これは、裕福な魔人族の男の人と貧しい村の女の子の恋のお話、かな……? ふむふむ……。好奇心旺盛な女の子は、城壁を越えて森を探検していると、男の人のお屋敷を見つけたのか。それで、二人は出会う、と。
男の人は心に傷を負っていて、誰にも会いたくないからって女の子に冷たく当たって追い返してしまう。それなのに、女の子は毎日のように会いに来るようになるのかぁ。へぇ。私だったら、冷たくされたら二度と会いに行かないだろうけどなぁ。
それで、だんだん男の人が心を開いて、二人は仲良くなった、と。お屋敷の庭で一緒にお茶をしたりベリーを摘んだりと、楽しく過ごしていた。そんなある日、いつも通り男の人が庭に出ると、庭の片隅で女の子が声を押し殺して泣いていた。男の人がどんなに冷たく当たっても泣かなかったのに! どうしたの? 何があったの? ドキドキとしながらページを捲る。
泣いている女の子を見て、男の人はとても驚いた。彼女が泣く事なんて無いんじゃないかって思っていたから。それくらい、強い子だと思っていたから。男の人が事情を聞くと、女の子は生活苦から人買いに売られる事になったと言い、最後に別れを言いたかったと言い残し、走り去ってしまった。その時、男の人は女の子を失いたくないという想いに初めて気が付き、女の子の村へと向かった。そして、男の人が女の子の両親を説得し、お屋敷に連れて帰る。一緒に暮らすうち、男の人の心の傷も癒されて――。
「随分真剣に読んでいるのだな。気に入ったのならば、向こうでゆっくり読んだらどうだ?」
突然掛けられた声に驚いて飛び上がる。心臓がバクバクしている。変な汗も出てきた!
「ビックリしたぁ。驚かさないでよ、兄様!」
「驚かしたつもりは無いのだが……。何を読んでいたんだ?」
「これ」
本を閉じ、兄様に表紙を見せる。と、兄様が笑い出した。何で? 私が首を傾げると、兄様が笑いすぎて溜まった涙を指で拭いながら口を開いた。
「まさか、数ある本の中からそれを選ぶとはな」
「兄様も読んだ事あるの? 恋愛のお話だよ?」
兄様って、戦いのお話が好きなんじゃないの? 恋愛のお話も好きなの? そう思っていると、兄様が腕を組み、自信満々に頷いた。
「ああ。何度も読んだ。父上が、僕と母上の為に書いてくれた本だからな!」
「ブロイエさんが?」
「そうだ。多少脚色はしてあるだろうが、その本は父上と母上の馴れ初めの話だ。幼い頃、二人の馴れ初めを聞いたら、父上が書いてくれた」
手の中の本に視線を落とす。ローザさんとブロイエさんの物語……。言われてみれば、この本の字、前にブロイエさんからもらった魔法陣の本の字とよく似てる。
「どこまでが事実で、どこから父上の創作なのかは分からぬが、なかなかのロマンスであろう?」
「ん! 私、こういうお話好き!」
「最後の方に、僕もチラッと出て来るのだぞ? 二人の幸せの象徴としてな!」
「ほぉ~!」
パラパラとページを捲り、最後の方を見る。すると、本当に最後の最後に、二人の間に赤ちゃんが生まれていた。若葉のような髪色の赤ちゃん。どう見ても、これが兄様だな。うん。
「父上は書き物が得意だからな。探せば、他にも父上作の本があるはずだ」
そっか。文を書き慣れているから、魔法陣の本の解説をあんなに面白く書けたのか。納得。
「ブロイエさんが書いた本、もっと読みたい!」
「探してみるか!」
「ん!」
兄様と二人、ブロイエさんが書いたらしい本を探す。手始めに、ローザさんのお気に入りの本棚からだ。台に上がり、上から順に本を見る。ブロイエさんの字は読みやすいから、見ればすぐに分かるはずだ。
この本の字は、右斜め上がりの癖が強いから、たぶん違う。こっちは……。う~ん……。こんな丸っこい字じゃないなぁ。こっちは……。こんな、カクカクした字じゃない!
「おぉ? あったぞ!」
兄様が叫び、手にした本を差し出した。なになに……? 「愚かなる男の願い」? う~ん……。どんな話だろう? 愚かな男が、何かお願いする話? 題名のままだな、それじゃ……。
「坊ちゃま、アイリス様、そろそろお戻り下さいませ」
カインさんに呼ばれ、兄様を顔を見合わせる。仕方ない。探索はここまでだ。明日もあるから、気が向いたらまた探せば良いんだもん。今日見つけた二冊の本は借りて、お部屋で読んでみよっと!
私はぴょんと台から飛び降りると、先生とカインさんが待っているテーブルに駆け戻った。しっかりと二冊の本を抱いて。




