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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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休暇 3

 大空を翔けていると、周りの景色がだんだんと変わってきた。周囲は木々に覆われた山ばかり。目的地、山の近くなのかな? それとも、山を越えた所なのかな? そんな事を考えていると、先生がゆっくりと高度を落とし始めた。とうとう、目的地の近くらしい。興味津々で下を覗く。


 あ。あの村、母さんと暮らしてた村に凄く似てる……。あそこ、人族の村なのかな? それとも魔人族の村かな? う~ん……。ちょっと離れた所に城壁が見えるって事は、こっちかあっちが人族の領域なんだろうけど……。


 あ。あそこの山、村から見えてた山に形がそっくりだ。てっぺんに湖がある所も同じ……。もしかして……。ジッと村を見つめるも、そこが私の生まれた村なのか、それともよく似た別の村なのかは分からない。


 まさか、降りてもらって確かめる訳にもいかないし……。それに、もし、あそこが私の生まれた村だったとしても、もう、あそこに私の居場所は無い。だって、私は母さんに捨てられたんだから……。


 きっと、あの村は似てる別の村だ……。私の生まれた村とは全然違う、別の村。知らない人ばかりの知らない村……。うん……。きっとそう……。


「アイリス。見えますか? あの山の麓にある屋敷が目的地ですよ」


 先生にそう言われ、進む方向に目を向ける。先生の言う通り、進行方向の山の麓に、城壁で囲まれたでっかい建物が見えた。お屋敷という表現が果たして合っているのかは分からない。だって、大きさが……。離宮より大きなお屋敷なんだもん。お城? お屋敷? どっちだ? 言葉って難しい。


 先生が真っ直ぐお屋敷に向かう。村は既に、森の木々に隠れて見えなくなっていた。寂しさで、胸の奥がギュッと締め付けられる。


 ……駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ! あの村は知らない村なんだ。私が生まれた村じゃない。私の居場所じゃない! 私の居場所は竜王城なんだもん。あんな村、知らないんだもん!


 そうしている間にも、みるみるうちにお屋敷に近づいた。お屋敷の玄関らしき大きな扉の前は石畳の広場になっていて、その中央には大きな噴水があった。噴水の周りは色とりどりのお花が咲く、ちょっとした花壇になっている。お屋敷の裏手側は庭らしく、芝生が植えてあり、その奥は生垣で出来た広大な迷路になっていた。


 目を凝らすと、お屋敷の玄関前に人影が二つ立っていた。小さな人影と大きな人影。子どもと大人かな? ……ん? あの髪色……。


「スマラクト兄様だ!」


 そっか。私が楽しい所って、スマラクト兄様の所だったんだ! 沈んでいた気持ちが一気に浮上し、私は先生の背中から身を乗り出すと、兄様に向かって激しく手を振った。兄様も私に負けず、激しく手を振り返してくれる。


 玄関前の広場に降り立つと、先生が尻尾を私のお腹の辺りに撒いて下ろしてくれた。地面に足が付き、尻尾が緩んだ瞬間、私は兄様に向かって駆け出した。


「スマラクト兄様!」


「久しいな、アイリス!」


 兄様が微笑みながら両手を広げる。私は迷わず、その腕に飛び込んだ。ギュッと兄様を抱きしめ、ふと、ある事に気が付く。私は兄様から離れると、まじまじとその姿を見つめた。


「兄様が……ちっちゃくなっちゃった!」


「ぐふっ!」


 兄様が胸を押さえ、奇声を上げる。くふふ。こういうところ、全然変わってない!


「あっという間に、妹に背丈を抜かれましたね、スマラクト様」


 振り返ると、先生がにっこりと笑っていた。兄様はというと、胸を押さえたまま、その場にしゃがみ込んでいた。兄様から、押し殺したような笑い声が聞こえてくる。よく見ると、肩がプルプルと震えていた。


「坊ちゃまを喜ばせるのもそれくらいにして下さいませ、アイリス様、ラインヴァイス様」


 兄様の傍らで様子を見守っていた人が口を開く。真っ白い髪を後ろに綺麗に撫でつけた、上品な感じのおじいさんだ。黒い上着と黒いズボンが、おじいさんの上品さを引き立ててる気がする。


「久しぶりですね、カイン。今回はよろしくお願いします」


 このおじいさんはカインさんっていうのか。私がおずおずと頭を下げると、カインさんの目がきら~んと光った。


「アイリス様。淑女たる者、挨拶は重要ですぞ。こう、スカートを少し摘まんで――」


 カインさんが私の傍に屈み込み、手取り足取りお辞儀の仕方を指導し始める。ひ~。先生、助けて! そう先生に目で訴え掛けると、それに気が付いた先生が苦笑しながら口を開いた。


「カイン。アイリスはまだ幼子なのですから――」


「幼いからこそ、今、教えておくべきなのです! 大人になってから困らないよう」


「しかし、あまり厳しくすると可哀想――」


「恥をかく方が可哀想ではありませんか?」


「いや、まあ、そうかもしれませんが……」


 なぬ? 先生が負けてる。完全に押し負けてる。カインさんって、いったい何者?


「じい。それくらいにしておけ。僕はお腹が空いた。朝食にするぞ!」


 立ち上がった兄様が口を開き、カインさんの返事を聞く前に玄関に向かう。すると、私のすぐ横に屈んでいたカインさんもサッと立ち上がると、タタタッと走り、兄様を追い抜かして玄関扉に向かった。そして、兄様が玄関前の階段を上り始めたあたりで、頭を下げながら扉を開く。


「先生、カインさんって何者?」


「今はスマラクト様の世話係りです」


 今はって事は、前は違ったって事だ。先生に手を引かれ、ゆっくりと兄様達の後を追いながら口を開く。


「そっか。じゃあ、前は?」


「前というのは、どこまで前の話です?」


「ん~……。ず~っと前」


「どのあたりの事が知りたいのかは分かりませんが、スマラクト様が生まれる前はローザ様の教育係で、その前は引き篭りの叔父上の世話係り、そのまた前は竜王城にいましたね」


「そっか。やっぱりお城にいたんだ。そうじゃないかなぁって思ったんだ!」


「先の大戦で、彼は第三連隊の隊長でした。その頃、僕も第三連隊に所属していたので、彼は僕の昔の上司ですね。因みに、ウルペスとリーラも第三連隊に所属していて、三人揃って面倒を見てもらっていました」


 だから先生も強く出られないのか。お世話になった人だから。……ん? 待てよ……。先の大戦って、リーラ姫が死んだ大戦? その時、リーラ姫がいた隊の隊長さんがカインさん……?


「もしかして、カインさんがお城から出て行ったのって、リーラ姫の……?」


「ええ。リーラの死に責任を感じたからです。王に信頼されて任されていた姫一人守れない自分は、連隊長失格だ、と……。リーラの死は、誰に責任がある訳ではありません。強いて言うのなら、独り突っ走ったリーラ自身の責任なのですが……。まあ、今はスマラクト様の世話係りに遣り甲斐を感じているようですし、それが何よりです」


「兄様のお世話係りって大変そうなのにね」


「ですね。彼は叔父上に似て自由人ですし、付き合うのは大変だと思いますよ。色々な意味で」


「でも、凄く生き生きした顔してたよね。お世話係りって、カインさんの天職なのかな?」


「でしょうね」


 私達二人は顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。


 お屋敷の食堂は、離宮と少しだけ造りが似ていた。長いテーブルとたくさんの椅子。大きな暖炉もある。暖炉の上には、ブロイエさんとローザさんの絵が飾ってあった。二人仲睦まじく腕を組み、優しく微笑んでいる絵だ。まるで、ここにいる人達を見守ってるみたい。


 カインさんの案内で、長いテーブルの長辺、兄様とお向かいの席に座る。先生は兄様の隣。この席順、先生と兄様の顔が見られる特等席だ! ルンルン気分で朝ごはんを待っていると、兄様が口を開いた。


「今日は何をするのだ? もう決まっておるのか?」


 兄様に問われ、笑顔で頷く。


「ん! 今日はね、お魚釣りするんだよ! それでね、焼いて食べるの!」


「そうか! 魚釣りか! よし! じい! 竿を三本用意しろ!」


 三本って事は、兄様も一緒に遊んでくれるんだ! やったぁ! と思ったのに、カインさんが「はぁ……」と大きな溜め息を吐いた。


「坊ちゃま、本日のお仕事は如何なさるおつもりです?」


「そんなの、決まっておるだろう!」


「しないおつもりですか?」


「そうだ!」


 兄様が自信満々に頷いた。再び、カインさんが深い溜め息を吐く。


「アイリス様と遊び過ぎないよう、昨日、護符で奥様とお話された際に注意されておりませんでしたか?」


「それはじいの気のせいだ! 年を取ってもうろくしたか!」


「そうでしたか。私の気のせいでしたか……」


 やれやれって顔で、カインさんが首を横に振る。そんな二人のやり取りを見て、クスクスと笑っていた先生が口を開いた。


「大丈夫ですよ、カイン。アイリスも勉強がありますし、その時に執務をしてもらえば良いのですから。遊んでばかりにはならないと思います」


「だと良いのですが……」


 疲れたように溜め息を吐くカインさん。兄様のお世話係りも大変だ。……よし! 私がいる間だけでも、カインさんを助けてあげよっと。何たって、私は兄様の妹なんだから! 兄様のお世話を手伝うのも、妹である私の務めだ!


 朝ごはんを食べ終えると、私達はお屋敷近くの川へと向かった。日に焼けるからと、カインさんが私の為に白い帽子を出してくれた。それを被ってお出掛けだ。因みにこの帽子、ローザさんが若い頃に使っていた物らしい。捨てずに取っておいたのが役に立ったって、カインさんが嬉しそうに笑いながら教えてくれた。


 お魚釣りの参加メンバーは私と先生、兄様に加えてカインさん。カインさんがバケツや餌、釣り竿を持ってくれている。


 お弁当係りは私。万が一、お魚が釣れなかった時用にって、お屋敷の料理人さんがパンに燻製肉とお野菜を挟んだ物を用意してくれた。引きずらないようにと抱えたバスケットのせいで前が見えにくいから、転ばないように気を付けないと!


 先生と兄様は食器係り。お魚を焼くのに必要そうな道具や、金属製のカップなどが入ったカバンを一つずつ背負っている。


 川に着き、川の中を覗き込むと、小さなお魚が悠々と泳いでいた。私の親指くらいの大きさしかないなぁ。こんな小さなお魚じゃ、た~くさん釣らないとお腹が一杯にならないな……。


「アイリス!」


 兄様に呼ばれ、視線を川から兄様に移す。すると、兄様がにやりと笑った。


「どっちが大物を釣れるか勝負だ! もし、僕に勝てたら、褒美に好きな物をやろう!」


「ホント?」


「ああ。男に二言は無い。何でも好きな物をやるぞ!」


「やったぁ!」


 絶対に勝つ! そう思い、大きなお魚が釣れそうな場所を探す。兄様も川の反対側に渡り、良さそうな場所を探し始めた。私に先生、兄様にカインさんが付き添っているから、実質、チーム戦だな、これは。


「あそこなら水が深いですから、大物がいるかもしれませんよ?」


 先生が川原の大きな岩を指差す。岩の下は水の色が濃くて、底がどうなっているのか見えにくい。確かに、あそこなら大物がいそう。さすが先生! こういう場所取りもお手の物!


「ん! じゃあ、あそこにする!」


 タタタッと岩に駆け寄り、よじ登る。岩の上は木陰になっていて、長い時間でも過ごしやすそう。それに、二人で座るには十分な広さがあって、正にうってつけの場所だった。


 兄様も場所を決めたらしく、川の反対側の大岩の上に腰を下ろしていた。釣りの準備も終わったらしく、もう釣り糸を垂らしている。私も慌てて釣り竿の準備をすると、えいっと川に仕掛けを投げ込んだ。先生も私のお隣で川に糸を垂らす。


「アイリス」


 先生に呼ばれて顔を上げると、先生は川面の浮きを真っ直ぐ見つめていた。釣りの時も余所見禁止? 私も浮きに視線を戻す。


「なぁに?」


「何か欲しい物があるのですか?」


 先生の問いに首を傾げる。急にどうしたんだろう?


「何で?」


「釣り勝負を受けたのは、欲しい物があるからではないのですか?」


「欲しい物は無いよ。でも、良い物は欲しい!」


 そう答えると、先生が思わずといった様子で噴き出した。も~! 笑うなんて酷い! 良い物だったら欲しいの、当たり前だもん! きっと、私だけじゃないもん! 頬を膨らませ、先生を横目で軽く睨む。すると、先生が「ごめん、ごめん」って言うように、私の頭をポンポンと軽く叩いた。


 しばらくの間、水面に漂う浮きを見つめていると、ツンツンと浮きが動いた。先生の方の。先生が竿を引っ張ると、お魚が水面に姿を現した。私の掌より一回り大きなお魚だ。これで私達のリード!


 と思った直後、兄様がお魚を釣り上げた。先生が釣ったお魚とあんまり大きさは変わらなそう。でも、兄様は満足げに笑っている。それどころか、私に自慢するように、釣った魚を掲げて見せた。く、悔しい……!


 次に当たりがあったのはカインさん。先生が釣ったお魚と同じくらいか、ちょっと大きいかなってくらいのお魚。マズイ! このままでは負けてしまう!


 焦っている間にも、兄様に二回、立て続けに当たりがあった。どっちも小さなお魚が掛かったみたいだけど、いちいち自慢するようにお魚を掲げ、こっちを見る。む~! 悔しい! 絶対に負けないもん!


 その後、兄様、先生、カインさんは順調にお魚を釣り上げ続けた。私達のチームのバケツの中は、先生が釣ったお魚で一杯。それなのに、私には一度も当たりが無い。むくれながら仕掛けを引き上げる。また餌だけ食べられた! どうして私にだけ当たりが無いの? みんなと同じ餌使ってるのに! 不公平だ!


 釣り針に餌を付け直し、本日何度目になるか分からない投げ込みをする。このまま、私だけ釣れなかったら悲しすぎる。小さくても良いから、一匹くらい釣りたいよ! と、その時、ぐんと竿が引っ張られる感触が手に伝わった。


「きたぁ!」


 立ち上がり、グッと腕に力を入れる。けど、どんなに竿を上げようとしても上がらない。それどころか、ずるずると引きずられ始めた。踏ん張ってみても、踏ん張り切れない。た、助けてぇ!


「あぁ~!」


「アイリス!」


 先生が持っていた竿を放り投げ、私の竿を持ってくれる。二人になって、やっと引きずられなくなった。でも、私と先生だけじゃ、踏ん張るのが精一杯。先生、力持ちのはずなのに!


「カイン! 手を貸して下さい!」


 先生がカインさんに助けを求める。その声を聞いたカインさんが、川の間にある岩の上をヒョイヒョイと渡ってこちら側の岸に来た。兄様もカインさんの後を少し遅れて付いて来る。こうして、私達四人は力を合わせて竿を引いた。


 お魚との死闘は一瞬だった。四人いれば、お魚になんて負けないんだもん!


「おっきぃ~!」


 釣り上げた魚を見て、思わず叫んでしまった。それも仕方ない。だって、見た事も無いくらい大きなお魚だったんだもん。私が両手を広げても、頭から尻尾の先の長さに足りない。


「この川の主かもしれませんね」


 先生がそう言い、私の頭を撫でてくれた。えっへんと胸を張り、兄様を見る。兄様は腕を組み、ちょっと面白く無さそうな顔をしていた。負けたのが悔しいらしい。


「これをここでそのまま焼くのは無理ですので、今晩の夕食に致しましょう。宜しいですか、アイリス様?」


 カインさんに問われ、こくりと頷く。これをここで焼いて食べたいなんて言わない。このお魚は捌かないと焼けない事くらい、私にだって分かるんだもん。


「と~っても美味しく料理してって、料理人さんに言っておいてね!」


 私がそう言うと、カインさんが笑顔で頷き、お魚を肩に担いだ。何気に、カインさんって力持ち! お魚との死闘が一瞬で終わったのって、カインさんのお蔭だったりして……。


 カインさんは踵を返すと、走ってお屋敷の方へと向かった。その後ろ姿はまるで、お魚に足が生えて走っているよう。くふふ。面白い!


「この勝負、僕の完敗だ。何が欲しい?」


 カインさんの後ろ姿を見送った兄様が口を開く。その顔は、やっぱり面白く無さそうで……。よっぽど、私に負けたのが悔しいらしい。


「まだ欲しいの決まってないから、帰るまでに考えておくね。お魚、焼く準備しよう!」


「ああ。次は薪拾いで勝負だ! 絶対に負けないからな!」


 兄様がビシッと私を指差す。私はこくりと頷き、落ちている小枝を拾い始めた。この勝負は、兄様に勝たせてあげないと可哀想かな、なんて考えながら。

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