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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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休暇 1

 先生の手の、ミーちゃんにやられた傷は数日でふさがった。まだ薄らと赤い跡があるけど、それもずっと残るものじゃないってフォーゲルシメーレさんが言ってたし、大丈夫だろう。


 ずっと残るような傷は、ふさがった後もミミズ腫れみたいになって、日が経つと白っぽくなるらしい。丁度、先生の顔の傷みたいに。それを教えてもらった時、胸の奥がズキリと痛んだ。


 ミーちゃんにやられた小さな傷でもあれだけ痛々しかったんだ。きっと、顔の傷の時はもっと酷い事になってたんだと思う。あの時の事をそれとなくアオイに聞いてみたけど、アオイは先生の傷をちゃんと見てなかったみたい。あの時はすぐに病室に運ばれて、傷が治るまで会えなかったって言っていた。きっと、竜王様が配慮したんだと思う。先生だって傷を見られたくなかっただろうし、アオイだってショックを受けるだろうから。


 私は膝の上に乗ったミーちゃんの両脇に手を入れて持ち上げた。丁度、ミーちゃんの目線と私の目線を合わせるように。


 今日はバルトさんのお仕事場、ユニコーンの厩舎にお邪魔している。ユニコーンに乗せてもらう為に。先生も一緒だ。勉強の息抜きにって、先生が誘ってくれたから。


 すぐにユニコーンに乗せてもらえるのかと思ってたけど、ユニコーンのご機嫌取りと体調確認の為にお世話をしないといけないって、先生はユニコーンに掛かりきり。暇だから、干し草の上でミーちゃんにお説教だ。


「ミーちゃん。もう、先生に意地悪したら駄目だよ?」


「んにゃにゃ?」


 「めっ!」と顔をしかめてみるも、ミーちゃんは首を傾げている。分かってないというより、とぼけてる感じ。こうなったら、バルトさんに言いつけてやる!


「バルトさ~ん!」


 呼ぶと、先生とお話しながらユニコーンのお世話をしていたバルトさんがこちらを振り返った。と思ったら、不思議そうな顔で私達の元に来て、私の目の前にしゃがみ込んだ。先生は興味ありませんって顔で、黙々とユニコーンのお世話を続けている。


「どうした?」


「あのね、この前ね、ミーちゃんが先生を引っ掻いたんだよ! それでね、先生の手、血が出たの!」


「ああ、あれか……。むやみやたらに引っ掻いたら駄目だと、俺も言ったんだがな……。無駄だった。全く聞く耳持たず、だ」


「そうなの?」


「ミーなりに理由があったらしい。まあ、その理由が何なのかは、教えてくれなかったがな」


「ふ~ん……」


 ミーちゃんが先生を引っ掻く理由かぁ。先生がミーちゃんをいじめる訳は無いし、やっぱり嫌いだからなのかな? でも、嫌いだからって引っ掻いたら駄目なんだよ!


「理由があっても、意地悪したら駄目なんだよ! 仲良くしないと!」


「んにゃ! んにゃみゃにゃ!」


「嫌! 絶対に無理! だそうだ」


「駄目! 無理じゃ無くて仲良くするの!」


「んにゃにゃ! にゃにゃみゃん!」


「嫌だ! 出来ない! だそうだ」


「う~! 先生と仲良く出来ないなら、ミーちゃんなんて嫌いだもん!」


 そう叫ぶと、ミーちゃんが目を見開いて固まった。と思ったら、全身の力が抜けたようにだらりとなった。そっと干し草の上に下ろしてみる。すると、その場で丸まってしまった。


「嫌いがよっぽど効いたんだろうな。いじけている」


 バルトさんはそう言うと、スッと立ち上がった。そして、ユニコーンの元に戻る。


 ミーちゃんから、ず~んと沈んだ空気が漂ってきている。でも、ここで優しくしたら、ミーちゃんはまた先生に意地悪すると思う。だから、今日は心を鬼にして放っておくことにした。私も立ち上がると、ユニコーンのお世話をする先生の元へと向かった。


 先生がお世話をしていたユニコーンは、真っ白い毛並みで、穏やかな顔つきをしていた。このユニコーン、ちょっと先生と似てる気がする。


「ねーねー。ユニコーンって、みんな持ってるの?」


「ほとんどの者が持っていますね。因みに、隣の黒いユニコーンは竜王様のですよ」


「ほ~!」


 先生が目で指したユニコーンは、凛々しい顔つきで、真っ黒い毛並みがとても綺麗だった。でも、ちょっと威圧感がある。先生のユニコーンといい、竜王様のユニコーンといい、持ち主と似てる気がする。という事は――。


「ブロイエさんのは? どれ?」


「叔父上のですか? ええっと……」


「あそこの薄茶のだ」


 先生の代わりに、バルトさんがブロイエさんのユニコーンを教えてくれた。光の加減で金色っぽくも見える薄茶のユニコーンは、キラキラした目で、興味津々にこちらを見つめている。その姿は、やっぱりと言うか何と言うか、ブロイエさんとよく似ていた。くふふ。面白い!


「バルトさんのは? どれ?」


「あそこにいる」


 バルトさんがクイッと顎で指した先にはこげ茶のユニコーン。干し草の上に丸まったままのミーちゃんを、心配そうにジッと見つめている。その背には小鳥が一羽乗っていて、頭の上には白いネズミが乗っていた。くふふ。こっちも持ち主にそっくり!


「そんなにユニコーンが気に入ったのならば、支給申請を出すと良い」


 バルトさんが先生のユニコーンの背中に鞍を乗せながら口を開く。先生のユニコーンはされるがままで大人しい。こういう所も先生と似て――。ん?


「支給? 私ももらえるの?」


「優先順位は低いがな。全く可能性が無い訳では無い。来年の状況次第といったところか……」


「赤ちゃんがたくさん生まれたら、私ももらえるの?」


「と言うよりは、足が遅そうなのや、極端に臆病なのがいたら、だ。戦場で役に立たないユニコーンは、騎士には必要無いからな」


「そうなんだ」


 ふ~んと頷く。足が遅くても臆病でも、私にはあんまり関係ない。だって、私は騎士じゃないから。いざという時だって、最前線で戦う事はたぶん無い。せいぜい、後方支援だろう。だから、どんな子が来ても大丈夫! 申請、出してみよっと! 来年、もらえると良いな。


「そろそろ行きましょうか?」


「ん!」


 ユニコーンを引く先生の後にくっ付いて、厩舎を後にする。先生とユニコーンでお散歩、嬉しいな! 楽しみだな!


 外に出ると、先生がユニコーンの背中への上り方を教えてくれた。左手でたてがみを掴んで、左足をあぶみという金具に引っ掛け――。あれ? 引っ掛――! 足が! 届かない!


「台が必要でしたか」


 う~。あと少しなのに。あとほんの少し足が長かったら、あぶみに引っ掛かるのに。つま先がチョンと触るくらいじゃ、流石に無理だ。


「身体を持ち上げますので、教えた通りに跨いで下さいね」


「ん」


 先生が私の両脇に手を入れ、持ち上げてくれる。これなら! あぶみに引っ掛けた左足にグッと力を入れ、右手を鞍の向こう側に付くと、右足を持ち上げて跨ぐ。


「乗れた!」


「鐙から足を離して、前に詰めて下さい」


「ん!」


 言われた通りに、鞍のギリギリまで詰めると、先生があぶみに足を掛け、ひらりとユニコーンに跨った。流石先生。慣れてるからか、一瞬だった。


 手綱は先生が持ってるから、私は手元近くにあったたてがみを持たせてもらう事にした。引っこ抜いちゃったら可哀想だから、あんまり引っ張らないように気を付けないと!


「出発しても大丈夫そうですか?」


「ん!」


 頷くと、お尻に軽い振動が伝わった。とたん、ユニコーンがゆっくりと歩き出す。おおぉ~!


「どうです? 初めてのユニコーンは」


「あのね、遠くがよく見えてね、背が高くなったみたい!」


「怖くはないですか?」


「ん!」


 先生が一緒だから、全然怖くない。思ってたより高いけど、それだって、何だか楽しく感じてしまう。


 そのままユニコーンの背に揺られていると、遠目に崖が見え始めた。お城の近くにこんな所あったんだ。知らなかった。


 ユニコーンが崖沿いをゆっくり歩く。崖の下には森が広がっていて、その奥には湖が見えた。吹き上がってくる風が緑の匂いを運んでくる。勉強で疲れた頭をスッキリさせるには丁度良い場所だ。


「風、気持ち良い!」


「そうですね」


「こんな場所あったの、知らなかった!」


「でしょうね。ここは魔人族の領域ですから」


 そうだったのか。それじゃ、知らないのも頷ける。お城の外の魔人族の領域には、一度も入った事が無いもん。それよりも、気になる事がある。


「魔人族の領域に、私、入っても良かったの?」


 人族と魔人族の生活領域は、城壁できっちり分けられている。例外は、緩衝地帯になっている孤児院の周りだけ。それ以外は、お互いに入ったらいけなかったと思たんだけど……。


「大丈夫ですよ。人族が魔人族の領域に立ち入っても、罰せられる事はありません。但し、何があっても自己責任ですけどね」


「そっか」


 罰せられなくても、何かあったら自己責任なら、魔人族の領域に好んで入る人族はいないだろうな。自分の身は自分で守らないといけないって事だもん。でも、私には、先生がくれた石化の護符があるから大丈夫。うん。大丈夫、大丈夫!


「私ね、ユニコーンに乗れるようになったら、毎日ここに来る!」


「独りで勝手に来るのは止めて下さいよ? 僕の寿命が縮まりますから」


「ちぇ」


 ここ、気に入ったのに。好きな時に来られたら良かったのになぁ。石化の護符があるから大丈夫だと思うんだけど。先生ってば心配性なんだから。しょうがない。先生の寿命が縮まったら嫌だし、ここに来たくなったら先生を誘おっと!


 パカパカというユニコーンの蹄の音を聞きながら、しばらくその背に揺られていると、正面に城壁が見えた。先生が手綱を操って、城壁に沿って進んで行く。このまま城壁沿いに行って、お城に戻るんだろうなぁ。あ~あ。戻りたくないな。ずっと先生とお散歩してたいな。


「アイリス」


 呼ばれ、すぐ後ろに乗っている先生を仰ぎ見る。先生は真っ直ぐ前を向いていて、私を呼んだのに、こっちを向いていない。ユニコーンに乗ってる時は、余所見禁止?


「近々、がっこう創設の準備が本格的に始まります」


 がっこう……。私が先生の手を離れたら、緩衝地帯に作る予定だったけど……。ずっと先の事だと思ってたのに……。


「孤児院をがっこう――寄宿舎に作り替える計画を立てています。元々の建物の改修と、新たな校舎の建設が終わったら、僕は責任者として寄宿舎に住み込む事になります」


「ん……」


 先生がお城から出て行っちゃうのは、緩衝地帯にがっこうを創る事が決まった時から分かっていた事だ。でも、寂しい。ずっと、お城にいてくれたら良いのに……。


「手始めに、アオイ様のご両親へ、助力の要請をします。それが終わったら本格的に忙しくなりそうですので、早急に休暇を取りたいと思っています」


「ん。……ん?」


「という事で、三日後、約束していた通り、共に出掛けましょうか?」


 約束……。約束って、私が初級魔術教本を終わらせた時の約束? ちゃんと覚えててくれたんだ! それが嬉しくて、満面の笑みで頷く。先生もまっすぐ前を見ながら、小さく笑みを作っていた。

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