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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

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夢 2

 大広間から部屋に戻ってお風呂に入り終わり、ふと目に付いたのは机の上に置いてあった護符だった。離宮に行く時にブロイエさんがくれた連絡用の護符。それが薄ら光っている。これが光るって事は、誰かに呼び出されてる? 連絡用の護符を持ってるのは、離宮へ一緒に行った先生とアオイと竜王様。それに、この護符を作ったブロイエさんだけだから、そのうちの誰かだろう。そう思いつつ、護符を手に取り、魔力を流す。


「お! 繋がったか!」


 護符を通して聞こえてきた声は、予想した中の誰でもなかった。


「スマラクト兄様?」


 思わず、名前を呼んでしまう。すると、兄様は「驚いたか」とばかりに、声を出して笑った。


 落ち着いて考えてみれば、スマラクト兄様が連絡用の護符を持っていても、全然不思議じゃない。だって、この護符を作ったのはブロイエさんだもん。兄様といつでも連絡を取れるように、帰り際にでも渡したんだろう。


「護符、もらったんだね」


「ああ! これでいつでもアイリスと話が出来るな」


「ん!」


「困った事があったら、この兄に、いつでも相談するのだぞ?」


「ん」


「寂しくなったら、いつでも連絡して良いのだからな?」


「ん」


「共に暮らさずとも、我々は兄妹なのだ。遠慮する必要は無いからな?」


「ん」


「これから寒くなる。風邪をひいたりしないように気を付けるのだぞ。では、良い夢を」


「あ! 待っ――!」


 言い終わらないうち、護符に映っていた兄様の姿が消えてしまった。聞きたい事、あったのに……。兄様って強引で一方的だよなぁ。私は小さく溜め息を吐くと、ベッドへ潜り込んだ。


 別れ際、兄様が私を試したのは分かったけど、何を試したかったんだろう? 治癒術師になりたいっていう、私の気持ち? 覚悟? いや、でも、兄様の所に行っても、治癒術師になるのは不可能じゃないって、兄様、自分で言ってたし……。それに、もし、私が一緒に行くって言ったらどうするつもりだったんだろう? 半分は本気だったって言ってたし、契約印、くれたのかな……?


 兄様、いったい何がしたかったの? 分からない。分からない……。分から、な……い……。


 目を開くと、私は空中庭園の真ん中に立っていた。はて? 今は冬のはずなのに、お花がいっぱい咲いてる……。しかも、寝間着一枚なのに、さっきと違って全然寒くない。


 これは……夢? はぁ~! 夢だって分かる夢って、初めて見たかもしれない。でも、今が冬じゃ無かったら、気が付かなかったかもしれないな、これは。


 ふと目をやった先、庭園の端っこのベンチに誰かが座っていた。長い黒髪。小柄で華奢な身体。ピンク地に赤いリボンと白いフリルの可愛らしいドレス。あれは……。


「リーラ姫……?」


 ポツリと呟いた私の声が聞こえたように、リーラ姫がこちらを向いた。先生やスマラクト兄様とよく似た色の瞳で、ジッと私を見る。


 何で? どうしてリーラ姫が? リーラ姫はアオイの精霊で、アオイと一緒にいるはずじゃ……。


 混乱する私を余所に、リーラ姫はベンチから立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩いて来た。そして、私の目の前で立ち止まると、にこりと笑う。どことなく、先生と似ているような気もするし、似ていないような気もする笑い方だ。先生とは違って、リーラ姫の顔つきがきついせい、なのかな? アオイと顔の系統が似てるような……。


「初めましてって感じもしないけど、初めまして。会えて嬉しいわ」


 そう言ったリーラ姫を呆然と見つめる。会えて嬉しいって……。会いに来たの? わざわざ? 何の為に? どうして?


「あれ? 聞こえないのかな? 初めまして! はーじーめーまーしーてー!」


「は、初めまして……」


「何だ。聞こえてるんじゃない。すぐに返事しなさいよ! 聞こえないのかと思って、ちょっと焦っちゃったじゃないの!」


「ご、ごめんなさい……」


 この人怖い……。想像してた感じと全然違う。アオイの性格を、ず~っときつくした感じだ。先生の妹さんだし、もっと穏やかで優しい人なのかと思ってたのに……。


「な~に泣きそうな顔してんのよ。取って喰ったりしないわよ?」


「ホント……?」


「そこ、疑うんだ。まあ、良いけど!」


 そう言って、リーラ姫はくるりと背を向けた。そして、スタスタと歩き、少し行ったところで足を止めて振り返る。


「ちょっと! ぼけっとしてないで、こっち来なさいよ!」


 お、怒られた! 慌ててリーラ姫に駆け寄る。すると、彼女は満足そうに頷き、スタスタと先を歩いた。遅れないように小走りで付いて行くと、リーラ姫が一つのベンチに腰掛ける。そして、隣の席をペシペシと叩いた。座れって事? そう思って、リーラ姫とベンチを交互に見る。


「んも~! どん臭い子ね。とっとと座りなさいよ!」


「は、はい……」


 おずおずと隣に座ると、リーラ姫がフンと鼻を鳴らした。やっぱり、この人怖いよぉ! 先生、助けて!


「あ、の……」


 口の中が乾いて、喉がカラカラだ。心臓がバクバクして、変な汗が出る。こんなに緊張したの、御前試合の実況をやった時以来かもしれない。


「どうして、リーラ姫がここに……?」


 そう尋ねると、リーラ姫がにやりと笑った。今の笑い方、先生よりも竜王様に似てる。笑ってるのに変に迫力あるところとか、竜王様にそっくり。リーラ姫は先生似じゃなくて、竜王様似?


「強いて言うのなら、暇だったからよ。話し相手にでもなってもらおうと思ったの」


 暇って……。話し相手って……。そもそも、リーラ姫には行かなくちゃいけない所があると思う。


「ウルペスさんの所、行かないの? ウルペスさん、とっても心配してたんだよ。リーラ姫がアオイから引き剥がされた時。だからね、行って、元気な姿を見せてあげた方が良いと思う……」


 ウルペスさんの所にリーラ姫が行ってくれたら、ウルペスさん、とっても喜ぶと思う。それに、私はこれ以上怖い思いをしなくて済む。我ながら良い案だ。リーラ姫には、是非ともウルペスさんの所に行ってもらおう。そうしよう。


「ウルペスの所には行きたくない」


「何で?」


 私がそう聞くと、リーラ姫の眉間に皺が寄った。怒ってる顔にも見えるし、悲しそうな顔にも見える。そんな顔を隠すように、リーラ姫が俯いた。彼女の長い髪が肩口からさらりと落ちる。


「だって……」


 ポツリと呟いたリーラ姫の声は、今にも消え入りそうなほど弱々しかった。膝の上で握り締めた彼女の拳が、小さく震えている。


「会ったって、惨めなだけだもの……!」


 そう言ってこちらを見たリーラ姫の目には、今にも零れ落ちそうなほど涙が溜まっていた。


「ウルペスはどんどん大人になっていくのに、私は死んでしまった時から何一つ変わらない。それがどんなに惨めかなんて、生きている貴女には想像もつかないでしょうね……」


「ん~……。ん。分かんない」


「だったら――」


「でもね、反対の気持ちは分かるんだよ。今日ね、気が付いたの。私がおばあちゃんになってもね、このお城の人達は変わらないままなんだって」


 私が大人になっても、シワシワのおばあちゃんになっても、みんなは今とほとんど変わらないんだと思う。私だけが変わっていって、そして、誰よりも早く死んでしまう……。


「それって、凄く悲しいんだよ。出来れば、今のまま変わりたくないのに……。ウルペスさんも、同じような気持だと思うの。会いに行くのが遅くなればなるほど、ウルペスさん、悲しい気持ちになると思うの。だから、会いに行ってあげて」


 そう言うと、リーラ姫は視線を彷徨わせた。迷ってるのかな? 試しに、ウルペスさんの所、行ってみれば良いのに。喜ぶのに。


「リーラ姫が夢に出てきたらね、ウルペスさん、と~っても喜ぶよ!」


「どうかしら。喜ばれる前に、怒られるか泣かれるかしそうね。何で今まで会いに来なかったんだぁって」


 そう言って、リーラ姫が苦笑した。この笑い方、ちょっと先生と似てる。それに、表情があんまり変わらない竜王様とは違って、くるくる表情が変わるところとか、先生と似てる! リーラ姫って、竜王様似かと思ったけど、先生似でもあるんだ!


「あ! そうだ! 先生にも会ってあげて! 先生も心配してたんだよ」


 リーラ姫が夢に出てきたら、先生も喜ぶと思う。だから、先生の所にも是非行って欲しい。と思ったのに、リーラ姫は少し困ったような顔で首を横に振った。


「ラインヴァイス兄様の所は無理よ」


「何で?」


「何でって……。ラインヴァイス兄様は結界術への適性しか無いし、私は攻撃魔術への適性しか無いもの。例えるなら水と油。分かる?」


「ん~……。何となく……」


 きっと、先生が攻撃魔術をほとんど使えないっていうのと同じような事なんだろう。もし、リーラ姫が自分にだけ会いに来てくれないって落ち込んでたら、相性が悪いからだよって慰めてあげよっと。


「その歳で、何となくでも分かるのなら大したものよ。ラインヴァイス兄様の教え方が良いのね、きっと」


「ん!」


 褒められた。しかも、私だけじゃなくて先生も。そう思って力一杯頷くと、リーラ姫がクスクスと笑った。


「素直ね。貴女を可愛がる人の気持ち、今、ちょっと分かったわ。あ~あ。せめて、仮初でも身体があったらなぁ。そうしたら、自由にお茶したり遊んだり出来るのに。夢を渡るのも疲れるのよねぇ……」


「ん~……。かりそめって? 何?」


「一時的とか、そういう意味。ちょっとした間でも、自由に動かせる身体があったらなって思ったの」


「それって、ゴーレムみたいなの?」


 そう尋ねると、リーラ姫が苦笑した。変な事を言ったらしい。でも、代わりの身体ってゴーレムくらいしか思いつかない。あとは、ゾンビとかスケルトンとかの不浄の者だけど、中身がリーラ姫だったとしても、そんなのと一緒にお茶したり遊んだりしてくれる人っていないと思う。リーラ姫だって、そんな身体、嫌だと思う。


「土くれじゃ、私が入ったらすぐに消し飛んじゃ――」


 言葉を切り、リーラ姫が何かを思い付いたようにポンと手を打った。そして、立ち上がる。


「今からウルペスに会いに行ってくる!」


 さっきまで迷ってなかった? 気が変わったの? そう思って首を傾げる私の頭を、リーラ姫がグリグリと撫で回した。思いっきり撫でるものだから、私の頭がぐわんぐわんと前後左右に揺れる。


「またね、アイリス。貴女のお蔭で、ちょっと良い事思い付いちゃった。ありがとう!」


 その言葉を残して、リーラ姫の姿が消えた。と同時に、私の周りも真っ暗になる。それに驚いてハッと目を開くも、部屋の中は真っ暗。まだまだ日の出まで時間があるそうだ。よし。もう一眠り……。と思ったのに、目が冴えちゃったよ! う~! せっかく、今日から遅く起きても良くなったのに! リーラ姫のバカ!


 何とか二度寝に成功し、いつもより遅めに起きた私は、いつもより遅く朝ごはんを食べ、いつもより遅くアオイと竜王様の朝ごはんのお世話を終えた。そして、いつもより遅い勉強を始めようと、先生と一緒に図書室へ行く。と、そこには先客がいた。ウルペスさんだ。私達がいつも使っている、図書室の真ん中にある大きなテーブルの端っこの席に陣取り、本の山に埋もれている。


「どうしました? 調べ物ですか?」


「まあ、ね……」


 返事をしつつも、本から顔を上げないウルペスさん。普段と違う様子に、思わず、先生と顔を見合わせた。


 そ~っと手を伸ばし、ウルペスさんの前にある本を一冊手に取る。ええっと……。屍霊術全集? パラパラとページを捲ってみると、屍霊術の体系や術なんかの説明書だった。屍霊術の辞典だな、これは。


 屍霊術師のウルペスさんが、何でいまさら屍霊術の辞典なんて持って来るんだろう? う~ん……。これは、リーラ姫が関係してる気がする!


「ねーねー。ウルペスさんの夢に、リーラ姫出て来た?」


 そう尋ねると、ウルペスさんがガバッと本から顔を上げた。ビックリしすぎて、目が真ん丸だ! この反応、正解だったみたい! わ~い!


「何で知って――!」


「あのね、私の夢にも出て来たんだよ。話し相手になってって。それでね、色々お話したの。そしたらね、良い事思い付いたから、ウルペスさんの所に行って来るって言ってたの!」


「マジかぁ……。アイリスちゃんのせいだったのかよ……」


 ウルペスさんが頭を抱えて項垂れた。私、何か悪い事したのかな? 余計な事、しちゃったのかな? ウルペスさん、喜ぶと思ったのに……。不安になって先生を見上げると、先生は優しく微笑んで頷いた。先生の顔を見る限り、別に、間違った事をした訳じゃ無いらしい。良かったぁ。


「リーラに、また無理難題を押し付けられましたか?」


 先生はそう言って、クスクスと笑った。ウルペスさんが崩れ落ちるようにテーブルに顎を付き、む~っと頬を膨らませる。


「そうだよ! 例の如く、ね。何だよ。精霊が入れる器って!」


「器を? 作れと?」


 先生が驚いたように目を丸くする。と、ウルペスさんが盛大に溜め息を吐いた。


「ああ。一緒にお茶したり遊んだりしたい相手がいるんだとさ……」


 ウルペスさんがジトッとした目で私を見る。その相手って、もしかして私なの? 先生とウルペスさんを交互に見ると、先生は苦笑し、ウルペスさんは長い銀髪を掻き毟った。


「リーラ姫のわがままはいつもの事だけどさ! 慣れっこだけどさっ! 精霊が入れる器なんて、流石に無理だろ! 俺の残りの人生、研究一直線だよっ!」


「まあまあ。リーラの為と思えば」


 先生の言葉に、私は大真面目な顔で頷いた。だって、リーラ姫がまたアオイから引き剥がされる事が、絶対に無いとは言い切れないもん。リーラ姫に身体があれば、ウルペスさんが守ってあげられるんだもん。


 それに、ウルペスさんは前に、凄く悲しそうな顔で、リーラ姫が死んでしまってから、全てどうでも良くなったんだと言っていた。リーラ姫を失って、人生の目標も夢も希望も、何もかも一緒に失ってしまったんだ。それをこんな形で取り戻せるなら、私、お手伝いしたい!


「あのね、私ね、お手伝いする!」


「どうやって?」


 再び、ウルペスさんがジトッとした目で私を見る。私は少し考え、口を開いた。


「分かんない!」


「ですよねぇ!」


「でもね、お手伝いするの!」


「分かった。気持ちだけ受け取っとく。ありがと!」


 最後はちょっとヤケ気味に叫んだウルペスさんが、シッシッと追い払うように手を振る。先生を見上げると、先生は困ったように笑いながら首を横に振った。そして、「あっちで勉強しましょう」と言って、ウルペスさんが座っている席とは反対の端っこの席に向かった。


 この日から、新たな図書室仲間が出来た。ウルペスさんは毎日、色んな本に埋もれながら、リーラ姫の身体を作る方法を探している。でも、そう簡単に見つかる訳も無く……。何も手がかりが無いまま、一年が過ぎた。

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