表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/265

夢 1

 先生と二人で大広間に戻ると、まだウルペスさんとスマラクト兄様は立ち話を続けていた。何をそんなに盛り上がってるんだろう? ま、良いか。身体を温めようと、先生と一緒にお茶を取りに向かう。はちみつたっぷり入れて、甘~くしよっと。むふふ。


 会場の隅っこの椅子に先生と並んで座り、お茶をまったり飲んでいると、やっと話が終わったらしい兄様がこちらにやって来た。ホクホク顔で。よっぽど、ウルペスさんとのお話が楽しかったらしい。


「ウルペスさんと二人で、何話してたの?」


 椅子に座ったまま問い掛ける。すると、兄様がにんまりと笑った。良くぞ聞いてくれた的な顔だ。


「竜王様とアオイ様の父上の決闘についてだ。なかなか良い戦いだったぞ。特に、アオイ様の父上が、見た事も無い体裁きしておってな。それについて、つい夢中で話をしてしまった」


 そっか。そう言えば、楽しみだとか何とか言ってたな。竜王様が殴られるのなんて、なかなか見られないって。


「それは良いとして、僕はそろそろ帰らねばならん」


 ん? 帰る? てっきり、今日はお城に泊まるのかと思ってた。


「帰っちゃうの? 泊まらないの?」


「ああ。僕はベッドが変わると眠れないんだ。だから、屋敷に帰る」


「そっかぁ……」


 もう少し、兄様と遊んでたかったな……。明日だって、お城の中を案内してあげようかなとか、色々考えてたのに……。せっかく、仲良くなれたのに……。


「そんなガッカリした顔をするでない。また会える。あ。父上! そろそろ――」


「分かってるよ」


 顔を上げると、すぐそこにブロイエさんとローザさんが立っていた。兄様を送りに来たんだろう。本当に帰っちゃうんだ……。そう思うと、寂しさが込み上げてくる。


「そんなに僕と離れ難いのならば、共に屋敷で暮らすか?」


 そう言って、兄様が声を出して笑った。これは、兄様なりの冗談なんだろう。でも、私は笑う事が出来なかった。と、そんな私を見て、兄様が不思議そうに首を傾げる。


「何だ? 迷っているのか? 本当に来ても良いぞ? 部屋ならば、すぐにでも用意出来る。ただ――」


 兄様が言葉を切り、ニヤリと笑う。良く無い事を企んでいそうな、そんな笑い方だ。


「そうなると、契約印を受け取ってもらわねばならんな」


「ちょっ――!」


 何かを言い掛けたブロイエさんを手で制し、兄様が言葉を続ける。


「人族と魔人族は流れる時の速さが違う。つまり、すぐにアイリスは僕より大きくなってしまうという事だ。共に暮らすのであれば、僕より大きい妹など許されるはずが無い!」


 言われて初めて気が付いた。今は兄様より私の方がほんの少し小さいけど、すぐに私の方が大きくなって、見た目だけなら年上になっちゃうんだ……。


 兄様だけじゃない。先生だってそうだし、このお城の人達みんなそうだ。いつか、私の方が年上になっちゃうんだ。私が大人になっても、おばあちゃんになっても、みんなは今のまま変わらない。私はみんなよりずっと早く年を取って、ずっと早く死んでしまう。そうならない為には、契約印が必要……。何で、今まで気が付かなかったんだろう……。


 呆然としていると、先生が椅子から立ち上がり、私と兄様の間にスッと割って入った。こちらに背中を向けているから、どんな顔をしているかは見えない。けど、厳しい顔つきをしてるんだろう事は、その背中から漂う雰囲気で分かった。


「スマラクト様。笑えない冗談はそれくらいにして下さい」


「冗談? 契約印を渡すなど、冗談で言うと、ラインヴァイス兄様はそう思っておいでか? 僕はそんな軽薄は男ではないぞ。アイリスが望むのならば、一生面倒を見るつもりだ。妹としてだがな! して、アイリス? どうする?」


 もし、兄様の契約印を受け取ったら、みんなと同じ時の流れを生きられる。そうしたら、私だけ年を取って、おばあちゃんになって、早く死んでしまうなんて事にはならない。みんなとずっと、ず~っと一緒にいられる……。


「……アイリス?」


 振り返った先生が、怪訝そうに私を見つめる。その顔の左側には、肉を抉られた傷跡と、閉じたままの目。私を助けた代償……。


 今、兄様に付いて行ったら、こんな代償を払った先生を裏切る事になる。先生はこんな怪我までして、私の命を助けてくれた。それだけじゃない。いつも優しくしてくれて、魔術まで教えてくれている。絶対に裏切ったら駄目! そう思い、私も椅子から立ち上がると、先生のマントをギュッと握り締めた。すると、先生がホッとしたように息を吐く。


「それが答えなのか?」


 兄様に問われ、私は小さく頷いた。私は先生を裏切りたくない。先生の目を治して、恩返しがしたい。そりゃ、みんなと同じ時の流れを生きられたら素敵だけど、それは私が一番望むものじゃない。


「僕も魔術を教えられるぞ? 治癒術師になるのだって、僕の元にいても不可能ではないのだぞ? 仕事だってしなくて良い。一日中好きな事して過ごして良いのだ。時々ならば、竜王城へも遊びに連れて来てやれるぞ?」


「それでも、私、ここにいたい!」


 先生に魔術を教えてもらって、立派な治癒術師になって、先生の目を治したい。先生に恩返しがしたい。


 兄様と見つめ合う。どこか探るような目をする兄様の視線から逃れたくて、思わず目を逸らしそうになる。でも、ここで目を逸らしたら駄目! ギュッと先生のマントを握り締め、兄様の金色の瞳をジッと見つめる。


 どれくらいそうしていたのだろう。ほんの少しの間の気もするし、凄く長い時間だった気もする。突然、兄様がニッと笑った。


「良く言った! それでこそ、僕の妹にふさわしい!」


 兄様が満足げに笑う。まるで、「正解だ」とでも言うように。もしかして――。


「兄様、私の事、試したの……?」


「人聞きが悪い事を言うでない。半分は本気だった」


「半分……? じゃあ、残り半分は……?」


「……意志が強い上に聡いな、アイリスは。では帰ろうか、父上、母上」


 兄様はくるりと背を向けると、スタスタと歩いて行ってしまった。その背を、ブロイエさんとローザさんが慌てて追う。私と先生は呆然と立ち尽くして、そんな彼らの背を見送った。


「先生……?」


「はい……?」


「さとい、って……?」


「賢い……」


「そっか……」


 強くて賢い子だって褒められたのか。でも、嬉しくないのは何でだろう? 兄様の方が、一枚も二枚も上手だったから、かな……? こう、掌の上でコロコロ転がされたような、そんな気がする。


「疲れましたね……」


「ん……」


「そろそろ寝ましょうか……」


「ん……」


 こんなやり取りをしてるのに、私と先生は突っ立ったまま。すぐに動く気になれないんだから仕方ない。そんな私達を見て、ウルペスさんが声を押し殺して笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ