夜空
日が暮れ、パーティーの賑わいが一段落就くと、アオイと竜王様の退場時間となった。この後、アオイはお風呂に入って、ちょっと早めだけど寝る予定。でも、パーティーは夜通し続く。主役がいなくなってもパーティーを続けるなんて……。みんな、騒ぎたいだけなんじゃ……? そう思いつつ、ローザさんと一緒に、部屋に戻るアオイにくっ着いて行く。
アオイの部屋に着くと早速お茶を淹れ、ソファでくつろぐアオイにそれを渡した。その間に、ローザさんがお風呂の準備をし、アオイの髪を解く。そして、クローゼットを漁り始めた。何を探してるんだろう? そう思ってローザさんを見守っていると、お目当ての物を見つけたらしく、彼女はニコニコ顔でアオイの元にそれを持って来た。
ローテーブルの上に広げられたのはネグリジェらしき物。でも、いつもアオイが着ているネグリジェとはデザインが違った。一枚は丈が異様に短い。もう一枚は透けている。
「どちらをお召しになります?」
にっこりと笑うローザさん。アオイはそんなローザさんと、ローテーブルの上に広げられた物を交互に見やった。とっても驚いた顔で。
「ええっと、普通のが良い――」
「駄目です」
アオイの言葉を遮り、ローザさんがきっぱり言い放つ。すると、アオイが不服そうな顔で叫んだ。
「ええ! 何で!」
ちょっと、アオイ。いくら気に入らないからって、その言葉遣いは不味いよ。ほら。ローザさんの顔、お説教モードになってるよ。
「言葉遣い。何で、ではありません」
「う……。スイマセン……。でも、これを着る意味が分からないというか、何というか……」
「この際、はっきり言わせて頂きますが、アオイ様には色気がありません。少しは色気を出す努力をなさって下さい。でないと、竜王様があまりにもお可哀想ではありませんか」
ほうほう。この短いのとか透けてるのとかを着ると、アオイでも色気が出るのか。一つ勉強になったぞ。
「いや、でも――」
アオイはどうしてもローザさんが選んだネグリジェらしき物を着たくないらしい。反論しようとして、何かに気が付いたようにそれを止めた。ローザさんの無言の圧力に負けたらしい。いくらアオイでも、無言の圧力をかけるローザさんに反論は出来ない。だって、こういう時のローザさん、と~っても怖いもん。
「……分かりました。じゃあ、こっちの短い方で……」
アオイは渋々といった顔で短い方を手に取り、洗面所へと向かった。その背を見送ったローザさんが、再びクローゼットを漁る。今度は何を出すんだろう? そう思って見ていたら、アオイがいつも着ているような丈の長いネグリジェを全て取り出した。私達がいなくなった後に着替えられないようにだろう。流石ローザさん。やる事が徹底している。
「では、パーティーに戻りましょうか?」
「ん!」
笑顔でそう言ったローザさんに私も笑顔を返すと、私達はアオイの部屋を後にした。
今日はこの後、竜王様がアオイの部屋に来る予定。と言うか、アオイの部屋が二人の寝室になったらしい。だから、アオイのお披露目用のドレスが入っていた真新しいクローゼットが竜王様専用のクローゼットになった。アオイの部屋は広いから、クローゼットの一つや二つ増えても全然平気なのが凄い。私の部屋だったら、狭くでどうしようもなくなっちゃう。
本当は、竜王様のお部屋にアオイがお引越しするべきだったらしい。でも、アオイは今の部屋の方が使い慣れているだろうからって、竜王様が気を遣ってくれたみたい。何気に、竜王様ってアオイに弱いと思う。
パーティー会場に戻ると、まだ結構な人が残っていた。みんな、遅くまでパーティーを楽しむ予定らしい。私も、もう少し遊ぶつもりでいる。だって、明日からは、今までよりも少し遅く起きても大丈夫なんだもん。と言うか、あんまり早くアオイの部屋に行ったら駄目なんだって。理由はよく分かんないけど、そういうものらしい。
大広間の入り口でキョロキョロしていると、こちらに向かって手を振る人影が目に付いた。あの青い髪。ブロイエさんだ。ローザさんと二人、急ぎ足でそちらに向かうと、ブロイエさんもこっちに向かって来た。
ブロイエさんと一緒に大広間を移動すると、先生とスマラクト兄様、ウルペスさんがグラスを手に、何やら立ち話をしていた。何だか盛り上がっている。特にスマラクト兄様とウルペスさんが興奮してる。
私の姿に気が付いたのだろう、先生がこちらにやって来た。スマラクト兄様とウルペスさんは私に全然気が付かずに話し続けている。何の話をしてるんだろう? そんな面白い話? そう思って先生を見上げると、先生は困ったように笑い、首を横に振った。私が聞いても楽しい話じゃないらしい。
「んじゃ、僕達はまた踊ってくるから」
ブロイエさんはそう言ってヒラヒラと手を振ると、ローザさんと手を取り合い、ダンスを踊る人の中に入って行った。良いな。私ももう一回踊りたいな。そう思って兄様を見るも、兄様はウルペスさんとの話に夢中だ。兄様が遊んでくれない! む~っとむくれていると、先生が私の顔色を窺うように口を開いた。
「アイリス? 良ければ、一緒に散歩でもしに行きませんか?」
先生とお散歩! 行く! 私が笑顔で頷くと、先生もにこりと笑った。
「どこに行きましょうか?」
「空中庭園!」
「この時期、花は咲いていないですよ? それに、今夜は冷えそうですけど……」
「お星様見たいの!」
「そうでしたか。では、行きましょうか?」
「ん!」
先生と手を繋ぎ、パーティー会場を後にする。先生とゆっくりお散歩が出来るなんて。パーティー最高!
空中庭園は人気が全く無かった。お花だって咲いてないし、真っ暗だし、何より寒い。当たり前と言えば当たり前なんだろう。
そんな人気の無い庭を、先生と手を繋いで歩く。ひんやりとした空気で、気分がしゃっきりした感じ。でも、寒い! 流石に、ドレス一枚だけじゃ薄着過ぎた!
「寒いですか?」
先生の言葉に頷く。すると、先生は足を止め、羽織っていたマントの留め具を外した。そして、私の頭からすっぽりとマントを被せる。これで寒くはなくなった。でも、私にはちょっと丈が長い。このまま歩いたら引きずっちゃいそう。だから、名残惜しいけど、被せてもらったマントを取る。
「どうしました?」
「長いの。引きずって汚れちゃったら嫌」
「そんな事、気にする必要はありませんよ?」
先生はそう言ってくれたけど、首を横に振り、マントを先生に返した。すると、先生は少し考え、今度は上着を脱いで差し出す。
「じゃあ、こっちで」
「でも、先生が寒いよ?」
「アイリスが凍えるよりは断然良いです」
そうは言うけど、私は先生が寒い方が嫌。空中庭園に来たいって言ったのは私だし、これくらい我慢しないと! 私が首を横に振ると、先生は困ったように眉を下げた。
先生にそんな顔されると私も困る。何か良い方法があれば良いんだけどなぁ。二人とも寒くない方法……寒くない方法……。あ!
「先生! こっち来て!」
私は先生の手を引っ張って、手近なベンチに向かった。そして、ベンチをペシペシ叩く。先生は不思議そうな顔をしながらも、大人しくベンチに座ってくれた。
「上着とマント着て」
そう言うと、先生はなおも不思議そうな顔をしながら、上着とマントを羽織った。上着の前を閉じないのは、私が寒かったらすぐに上着を貸せるようになんだろうな。本当に、先生はいつだって優しいんだから。それで風邪なんてひいたら、フォーゲルシメーレさんに怒られちゃうよ。
「お膝、乗って良い?」
駄目って言われたら、この方法は諦めよう。お隣に座るだけでも暖かいから。と思ったけど、先生は笑顔で頷いてくれた。
先生に背を向ける感じで膝の上に座り、先生の腕を取る。そして、私のお腹の辺りにその腕を持って来て、マントの前を閉じて完成! ふふふ。暖か~い!
「これなら暖かいですね」
「ん! あのね、これね、冬になると母さんがしてくれたの。夜になるとね、家の中、とっても寒かったから」
「暖炉は? 無かったのですか?」
「ん~ん。でもね、薪が足りなかったの」
私と母さんの二人だけじゃ、薪割りなんて出来ない。だから、少しでも薪の足しになるように、私は朝から晩まで、落ちている木の枝を拾って歩いた。でも、そんなんじゃ全然足りなかった。ごはん作りだけで精一杯で、冬は暖炉に火を入れる余裕なんて無かった。
薪割りをしようと思った事もある。でも、物置から斧を出そうと思っても出来なかった。私には重すぎた。母さんだって、動かす事は出来ても、振り上げるなんて出来なかったんだと思う。だから、父さんが死んでから、斧は物置にしまいっぱなしになっていた。
いつも、木を大まかに切ってもらった物をお隣さんに分けてもらって、母さんが鉈で小さく割って薪にしていた。それを大切に、大切に使っていた。お隣さんに木を分けてもらいに行く時なんて、母さん、ペコペコ頭を下げて、本当に申し訳なさそうな顔をしてたな……。
「私が男の子だったら、捨てられなかったのかな……?」
父さんがしてた仕事を私が代わりにしてあげられたら、大切にしてくれたのかな? あんな風に、森の縁に置いて行かれたりしなかったのかな?
「アイリス……」
「でもね、私ね、今、と~っても幸せなんだよ。寂しくないよ」
ローザさんが母さんの代わりに可愛がってくれるし。ブロイエさんだって優しいし。今日は、スマラクト兄様にも会えたし。アオイとミーちゃんは私を妹分って言ってくれるし。何より、今は大好きな先生がいるんだもん。これで寂しいなんて言ってたら、罰が当たるんだもん。寂しくないもん……。
ジワリと溢れてきた涙を、慌てて手で拭う。と、私のお腹の辺りにある先生の腕に力が篭った。ちょっと窮屈だけど嫌じゃないのは、先生が私にとって特別な人だからなのかな? ずっとこうしてても良いな。ううん。ずっとこうしてたいな……。ふと空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。




