余興
スマラクト兄様にダンスを教えてもらった後、休憩がてら、先生とウルペスさんも一緒にバルコニーへと移動した。さっきの席が丁度空いていたから、四人でテーブルに着く。
空を舞っていた雪は、私がダンスを教えてもらっている間に止んでしまっていた。綺麗だったんだけどな。もう少し見てたかったなぁ。
「かざはな、止んじゃったね」
「あまり長い時間続くものじゃないですから」
先生は苦笑すると、目の前のティーカップを手に取った。私の目の前にも、ウルペスさんが淹れてくれたらしく、いつの間にかホカホカと湯気の上がるカップが置いてあった。テーブルの真ん中にはお茶菓子もちゃ~んと置いてある。私はお芋の焼き菓子を一つ手に取り、それにかじりついた。クッキーみたいなサクサクの食感と、お芋の優しい甘さが口に広がる。ん~! 美味しい! お茶を飲んで口の中をさっぱりさせると、またお芋のお菓子にかじりついた。いくらでも食べられそうだな、このお菓子。
しばらくの間、四人でお話をしながらお茶を飲んでいると、先生が思い出したようにポケットをごそごそと探った。取り出したのは時を知らせる魔道具。先生がてっぺんのぽっちを押すと、蓋がぱかっと開いた。
いつ見ても、素敵な魔道具だ。時を知らせてくれるという機能はもちろんの事、見た目が好き。いつか、お小遣いがたくさん貯まったら、譲ってもらえないか聞く予定。だから、お小遣いは絶対に無駄遣いしないんだ。譲ってもらえると良いな。
「ん? 何だ? アイリスは、ああいう光物が好きなのか?」
スマラクト兄様が視線で、先生の手の中の魔道具を示す。光物という表現はどうかと思う。確かに光っているけどさッ!
「兄様! あれは魔道具なんだよ! ただの光物じゃないんだよ!」
「知っておるよ、それくらい。僕も持っているからな!」
兄様はそう言うと、首元の鎖を引っ張った。すると、服の中に隠れていた魔道具が、こんにちはと顔を出す。
兄様の魔道具は、先生のとは違って、くすんだ銀色をしていた。模様が掘ってあって、その溝は黒く色が変わっている。もしかしたら、あえてそういう加工をしてあるのかもしれない。
「どうだ! こっちの方が格好良いだろう!」
兄様が自慢するように魔道具を揺らす。でも、私はこういう感じの、あんまり好きじゃない。
「先生の魔道具の方が好き」
「が~ん!」
兄様はガックリ項垂れると、すごすごと魔道具を服の中に戻した。たぶん、兄様はああいう感じの物が好きなんだろう。兄様の趣味は、私とは合わない。私は先生が持ってるのみたな、キラキラしたのが好きなんだもん。
それよりも、まさか、兄様が時を知らせる魔道具を持っているとは。魔道具って、とっても珍しい物だって母さんが言ってたのに……。それとも、兄様だから持ってるのかな? 兄様は先生の従弟。つまり、竜王様の従弟でもある訳で、この国ではとっても偉いはずだもん。この中で、普通の人と言えば、私の他に一人しかいない。
「ねーねー。ウルペスさんも持ってるの? 時を知らせる魔道具」
「ん? あー。一応、持ってるね。親父が使ってた古いやつだし、使ってはいないけど」
が~ん。まさか、ウルペスさんまで持ってるとは……。もしかして、時を知らせる魔道具って、このお城ではみんな持ってる物? 持ってないの、私だけ?
「そんな、あからさまに凹まないでよ。俺が何か悪い事したみたいじゃん! そんなに欲しけりゃ、無茶苦茶高いけど商業区画で買え――」
「買う必要などありません」
ウルペスさんの言葉を遮るように、先生がきっぱりとそう言った。いつもはこんな強い言い方しないのに……。思わず先生の顔を見る。ウルペスさんもびっくりした顔で先生を見ていた。
先生は表情無く魔道具の蓋を閉めると、それをポケットに戻した。そして、立ち上がる。
「それよりも、そろそろ時間です」
「お? もうそんな時間?」
慌てたようにウルペスさんも立ち上がる。時間って、何の時間? そう思って先生とウルペスさんを見比べる。すると、ウルペスさんがニカッと笑った。
「俺ら、この後、余興に出るから。二人はブロイエ様の所に行っててね」
「そうであったのか。分かった」
兄様が立ち上がり、戸惑う私の手を取る。と、先生が私達に背を向けた。はっ! もしかして、先生急いでる? 慌てて立ち上がると、先生とウルペスさんが大広間へと向かった。やっぱり急ぎだった! 先生達の後を追おうとするも、兄様は急ぐつもりが無いらしい。んも~! 兄様、早く! ぐいぐいと兄様の手を引っ張りながら、私も大広間へと向かった。
大広間の中は、変わらず多くの人でにぎわっていた。兄様と一緒に、ブロイエさんとローザさんの姿を探す。どこだ? さっきまで、あんなに目立ってたのに。必要な時に見つからない。二人でキョロキョロしながら大広間の中をウロウロする。
「スマラクト。アイリスちゃん」
ローザさんだ! でも、どこだ? 姿を探してキョロキョロするも、周りの人達が邪魔で姿が見えない。
「二人とも、こっちよ。こっち!」
「おお! 母上!」
私より一足先に、スマラクト兄様がローザさんの姿を見つけたらしい。兄様にグイッと手を引っ張られる。兄様が進んで行く方向に目を向けると、そこにはローザさんとブロイエさん。二人の姿を見て、何だかホッとしてしまった。
兄様と二人だけだと、何となく心細かった。先生と二人だとそうでもないんだけど。これは、兄様の見た目が関係してるんだと思う。兄様は私よりずっと年上だけど、見た目は私と変わらないから。
ブロイエさんとローザさんの後を兄様と一緒にくっ付いて行く。二人は一直線にアオイと竜王様が座っている玉座がある、三段程高くなっている場所に向かっていた。
あそこ、入っても良いのかな? ふと、そんな疑問が湧いて来る。でも、きっと大丈夫なんだと思う。だって、私はアオイのメイドだし、ローザさんだってお世話係なんだもん。それに、ブロイエさんは竜王様の叔父さんで、スマラクト兄様は竜王様の従弟だもん。立派に、アオイと竜王様の関係者だもん。
「アオイ、アオイ。この後、よきょーがあるんだって!」
「よきょー? よきょー……。ああ、余興!」
「先生が出るんだって!」
「へぇ~。どんな事するの?」
そう言えば、先生にどんな事するのか聞くの忘れてた。誰か知ってる? そう思い、みんなをぐるっと見回す。すると、ローザさんが微笑みながら口を開いた。
「剣舞です。確か、三番目に披露かと」
ほ~。けんぶ、かぁ。アオイと一緒に、感心したように頷く。でも、けんぶって何? 私のすぐ脇に立つスマラクト兄様の袖をクイクイと引き、こそっと耳打ちする。
「けんぶって? 何?」
「剣を使った伝統的な舞だ。何だ? 知らずに感心しておったのか?」
「ん。さっきみたいなダンスと違うの?」
「全然違う。剣を手に持ち、先程のようなダンスをしたら危なかろう」
「そっか」
言われてみれば、確かに危ない。うんうんと頷き、大広間の中央に視線を移す。その先では、よきょーの一番手らしい人達が準備を始めていた。
よきょーの一番手は、獣王様という王様が治める国の人達だった。荒々しい音楽に乗って、上半身裸の人達が力強い踊りを踊る。掛け声の度に、ビクッとなったのは私だけの秘密。迫力があり過ぎて、ちょっと怖いなって思ったのも。
踊りが終わると、割れんばかりの拍手が会場を包み込んだ。私もパチパチと手を叩く。ちょっと心臓に悪い踊りだったけど、なかなか面白かった。兄様に教えてもらったみたいなダンスも見てて飽きなかったけど、今みたいな踊りも悪くないかもしれない。
よきょーの二番手は、妖精王様という王様が治めている国の人達で、歌と踊りだった。獣王様の国の踊りの伴奏は打楽器と合いの手だったけど、こっちの踊りの伴奏は歌と小さな弦楽器。歌が変わっていて、私くらいの小さな子達が、女の人みたいな高い声で歌っていた。
薄い布地の衣装を着た男の人が、独りで踊りを踊る。獣王様の国の人達と違い、この人には力強さは無い。その代り、儚さと優雅さがあった。心臓にも悪くないし、綺麗だし、この踊り気に入った!
二番手の人も終わり、いよいよ三番手。先生の出番だ! ワクワクとしながら待っていると、両手に剣を持った先生が登場した。使うのは、いつも腰に差している剣じゃないらしい。それなりに装飾があるお高そうな剣だけど、魔石が嵌っていないし、踊り用の特別な剣なのかな?
二本の剣を持った先生が、音楽に合わせて踊り始めた。力強いけど優雅な踊りだ。お? 今、先生と目が合ったような……。んも~! 先生ってば、踊りに集中しないと失敗しちゃうよ!
おお? 先生の手の中で剣がクルクル回った! あれ、どうやってるんだろう? どうして手がこんがらがらないんだろう? 不思議だ。腕の動きを見極めようと、じーっと先生が踊る姿を見る。見る。見る。けど、どうなってるのか全然分かんない! 剣を一瞬で持ち替えているようにも見えるし、そうじゃないようにも見える。う~。近くで見たら、どうなってるのか分かるのかな?
おもむろに、先生が左の手の剣を放り投げた。と同時に、音楽が止む。これで終わり? と思ったけど違った。先生が投げた剣を、いつの間にか登場したウルペスさんが受け取る。回転してるのに、よく失敗しないで受け取れるな。しかも、ちゃんと柄の方で取るんだから凄い。私なら落とすか、良くて刃の方を掴んじゃいそうだ。
先生とウルペスさんが剣を構えると、再び音楽が始まった。それに合わせて、二人が剣を合わせる。ほ~。戦ってるみたいにも見えるし、踊ってるみたいにも見える。一人で踊るのとはまた違う雰囲気だ。二人になると、とたんに荒々しくなる。これがけんぶかぁ。
「どうだ? あれが我が国伝統の舞、剣舞だ!」
スマラクト兄様が自慢したくなる気持ちも分かる。だって、とっても格好良いもん。妖精王様の国の踊りも獣王様の国の踊りも良かったけど、けんぶが一番好きかもしれない。
「兄様もけんぶ出来るの?」
「短剣でなら出来るぞ!」
「短剣? ああいう長い剣は難しいの?」
「いや。短剣とそうは変わらぬはずだ」
「じゃあ、何で長剣使わないの? 長剣の方が格好良いと思うよ?」
「……それを聞くのか?」
あれ? 理由、言いたくないらしい。う~む……。長剣じゃなくて短剣を使う理由、使う理由……。あ。そっか!
「背が足りないのか! 兄様が長い剣使ったら、床にぶつかっちゃうもんね!」
「ぐはっ!」
スマラクト兄様は変な声を上げて胸の辺りを押さえると、その場にしゃがみ込んだ。肩が震え、低い笑い声が聞こえてくる。本当に、兄様はからかうと面白い反応をしてくれる。からかい甲斐があるってものだ。
先生とウルペスさんに目を戻す。二人はめまぐるしく立ち位置を変わりながら剣を合わせていた。少しでもタイミングがずれたら、バッサリいっちゃいそうだ。そういう意味では心臓に悪い。けど、踊りに使っている剣は、刃を潰してあるんだと思う。じゃなかったら危な過ぎる。
剣を合わせる甲高い音が立て続けに鳴る。こうしてよく聞いていると、あの音、ちゃんと音楽のテンポに合わせてるんだ。おもしろ~い!
だんだん音楽のテンポが速くなり、それと共に剣を合わせる音も早くなる。でも、こんなに早く打ち合ってるのに、御前試合の時に見た、剣での戦いと雰囲気が違った。緊張感って言うのかな? ハラハラする感じは無いんだから、これはやっぱり踊りなんだな。そんな事を考えながら、踊る先生の姿をじーっと見つめていると、ダンと大きな音がして音楽が止んだ。と同時に、拍手と歓声が巻き起こる。私も一生懸命手を叩いた。
けんぶ、格好良い! 先生、格好良い! ついでに、ウルペスさんも格好良い!
先生のけんぶが終わった後も、よきょーは続いた。踊りや歌、楽器演奏などなど。私はそれを上の空で見ていた。どれもこれも凄い出し物だったんだと思う。けど、先生のけんぶが凄くて、それが頭から離れなかったんだから仕方ない。
目を瞑ると、踊る先生の姿がはっきりと蘇る。真剣な眼差しがとっても格好良くて、白い髪が動きに合わせて揺れて……。踊り終わった後、肩で息をする姿も、いつもと雰囲気が違って格好良かった。
いつもの穏やかで優しい先生も好きだけど、ああして真剣な顔で踊る先生も好き。やり切ったって顔で、肩で息をする先生も好き。先生の新たな一面を見る度に、どんどん先生の事を好きになってる気がする。




