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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

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近衛師団長の憂鬱Ⅹ

 僕とアイリス、ウルペスの三人は、料理の載った皿を手に、バルコニーへと移動した。凍えるような日が続いているせいか、バルコニーに出ている客人は少ない。用意されたテーブル席は、そのほとんどが空いていた。そのうちの日当たりの良い席を選び、三人でテーブルに着く。


「先生! 晴れてるのに雪降ってるよ!」


 アイリスはそう叫んだかと思うと、花の咲いたような笑顔を見せてくれた。空を見上げると、確かに空には雲一つ無い。まさか、数年に一度の珍しい光景を、今日という日に見られるとは思ってもみなかった。


「風花と言うんですよ」


「かざはな?」


「ええ。山の方で降った雪が風に乗ってやって来るんです」


「私、かざはな初めて見た!」


「寒くはないですか?」


「ん! お日様出てるから平気!」


 アイリスはこくりと頷くと、フォークを手に食事を始めた。嬉しそうに芋のキッシュを頬張る彼女を見て、僕の頬が自然と緩む。


 暫くの間、彼女とここで過ごすのも悪くない。と言うより、ずっとここにいたい。煩わしい人付き合いは叔父上に任せておけば大丈夫だろうし。何よりも、彼女をあまり大勢の目に触れさせたくはない。先程の入場と、この後の余興以外は私人として過ごして良いと、兄上と叔父上の許可も取ってあるし、時間が許す限り彼女と共にいよう。そうすれば、彼女に寄って来る虫も排除出来――。


「ラインヴァイス様? 食べないの?」


 そう問い掛けてきたのはウルペスだ。不思議そうに僕を見つめている。何でも無いと首を横に振ると、僕も二人に遅れて食事を始めた。


 軽く腹ごしらえが終わると、ウルペスがどこかからティーセットを持って来てくれた。茶菓子も忘れないところが彼らしい。それも、彼自身が好きな木の実の菓子だけでなく、アイリスが喜びそうな芋の菓子や、僕が好きなドライフルーツの菓子まで選んできてくれている。


「お? 音楽が変わったね。ダンスタイムかな?」


 お茶を置いたウルペスが室内へ目を向ける。僕とアイリスも彼につられるように室内に視線を移した。大広間の中央では男女が手を取り合い、ダンスを楽しんでいる。


「あ! ブロイエさんとローザさんだ!」


 アイリスが指差した先、そこでは叔父上とローザ様がダンスを踊っていた。ついつい目で追い掛けたくなるような、見事な腕前だ。


「すんごい目立ってるね、あの二人」


「ええ」


 ウルペスの言葉に相槌を打ちつつ、叔父上とローザ様を見つめる。叔父上はローザ様を大衆の目に晒して、不安になったりしないのだろうか? 何故、あんなに平気な顔をしていられるのだろうか? 他の者にローザ様を見初められ、取られるなどとは思わないのだろうか? ……いや。叔父上の事だ。万が一、ローザ様を狙う者に決闘を申し込まれたとしても、返り討ちにすれば良いくらいにしか思っていないのだろう。圧倒的な実力に裏打ちされた自信、か……。本能に振り回されない叔父上が羨ましい。


 僕達ドラゴン族は、他の部族に比べて本能的に独占欲が強い。そんな僕達が愛する者を他者から守る方法の一つが自由の制限。太古の昔、巣穴を掘って生活していたような時代には、妻となった女性を巣穴から出さぬようにしていたとの研究結果もある。それこそ、物理的、魔術的に拘束してまでも。そこまでと思う反面、それがいかに有効か、理解出来る自分もいる。


 人目に晒さなければ、不安なんて起こるはずが無い。誰とも会わせなければ、僕だけを見ていてくれる。例え恨まれたとしても、この手の内に閉じ込めてしまえば――。


「な~に、おっかない顔してんの?」


 ウルペスに顔を覗き込まれ、ハッと我に返った。今、何を考えて……。


「何かさ、最近変じゃない?」


「そう、ですか……?」


「自覚無いのね……」


 ウルペスは呆れたように溜め息を吐くと、視線を室内へと戻した。ふと隣を見ると、アイリスが見惚れるように、叔父上とローザ様を見つめていた。キラキラと目を輝かせ、一心に二人の姿を目で追っている。幼いとは言っても、アイリスも女性だ。ああいったものへの憧れも強いのだろう。ならば、もっと近くで見せてあげるのも良い。


「アイ――」


「おお! こんな所にいたのか。探してしまったではないか!」


 彼女の名を呼ぼうとした僕の声を遮るように、スマラクト様の声が響いた。アイリスが視線を僕の後ろに移す。そして、嬉しそうな顔で席を立った。


「スマラクト兄様!」


 アイリスが駆け寄った先には小さな人影。若葉のような緑色の髪。僕とよく似た金色の瞳。僕を兄のように慕ってくれる、歳の離れた従弟。


「スマラクト様……」


「ラインヴァイス兄様、アイリスを借りるぞ!」


「え? 借り――?」


 言い終わらなうち、スマラクト様がアイリスの手を取った。彼に微笑みかけるアイリスを見て、僕の胸がズキリと痛む。


「この兄が、ダンスを教えてやろう!」


「ホント? やったぁ!」


 スマラクト様と共に室内へ駆けて行くアイリスの背を、呆然と見送る。ぽっかりと心に穴が開いたような、どうしようもない喪失感が襲ってきた。


「お、俺らも、中、入る……?」


「……ええ」


 僕の顔色を窺うようなウルペスの視線を感じつつ、小さく頷く。そして、僕達も席を立ち、大広間へと戻った。


 室内は多くの人で混雑していた。ダンスのパートナーがいる者は広間の中央で踊り、そうでない者は壁際に寄り、ダンスをする人々を見守っている。歓談する者も多い。


 ふと見た先では、バルトがアオイ様の父上と何やら話をしていた。彼の腕の中を見れば、白い獣絡みの話なのは容易に想像出来る。しっかりと、その腕に白い獣を抱いているのだから。バルトは、あの獣の真の姿を見た事があるのだろうか? ふと、そんな疑問が頭を過る。


「何見て――。お? バルトさんじゃん。話し相手は……アオイ様の父上?」


 怪訝そうに眉を顰めるウルペス。彼の反応も分からなくはない。バルトは、エルフ族の中でも特に人族嫌いで有名だから。僕も、少し前まではそう思っていた。そう。少し前までは……。


「あれにも、心境の変化があったのでしょう」


 変化と言うよりは、新たな感情の芽生えと言った方が正しかったかもしれない。僕がアイリスから薬草を受け取ったあの時のように、彼の中でも新たな感情が生まれたのだろう。切欠は何だったのだろうか? 彼の心を揺り動かすような出来事が、アイリスと彼との間にあったという事なのだろうか?


「ま~た怖い顔になってる。何を悩んでるのか知らないけど、一生懸命なアイリスちゃんでも見て癒されな」


 呆れたようにウルペスが言い、ある方向を指差した。その先には、スマラクト様と手を取り合い、真剣な表情でダンスを踊るアイリス。真剣になり過ぎて、唇が尖っている。


「あの、う~ってなってる口、あの子の癖?」


「ええ。集中している時の癖です」


 勉強している時には、よくあの顔をしている。それが癖だと気が付いたのは、いつだっただろうか? 初めの頃のような気もするし、つい最近の気もする。


「あのドレス、ラインヴァイス様が準備したの? 髪飾りも。かなり良い物だよね?」


「ええ」


「それがどういう事か、あの子、ちゃんと分かってる?」


 魔人族にとって、贈り物とは愛情を目見える形にした物。高価な物や大切な物を贈る行為は、愛が深い証明となる。人族にも似たような習慣が無い訳では無い。人族の集落では手に入り難い香油を、愛が深い証として渡すと、書物で読んだ覚えがある。だから、彼女から香油が欲しいと言われた時には期待もしたのだが……。


「分かっていませんよ」


「やっぱりと言うか、何と言うか……。教えないの?」


「教えても、戸惑わせるだけですから」


「そっか」


 ウルペスはそう相槌を打ち、言葉を切った。教えた方が良いとも、このままで良いとも言わないところが、非常に彼らしい。


 きっと、ウルペスは気が付いているのだろう。僕の気持ちを知った時、彼女が僕から離れてしまうのではと、僕が恐れている事を。それならば、今の関係のままでいたいと思っている事を。


 彼女の傍に僕がいて、僕の傍に彼女がいる今の関係ならば、異性として愛してもらえなくとも、師として彼女の特別な存在でいられる。彼女が困っていたら助けてあげられる。疲れたら背中を押してあげられる。降りかかる火の粉も払ってあげられる。彼女が離れてしまったら、それすらも出来なくなる。


 この胸の奥に渦巻く黒い感情は消せないが、押さえつける事くらいは出来るようにならなければ……。いつまでも、彼女の傍にいられるように……。


「……何かさ、あの二人、本物の兄妹みたいじゃない?」


 話題を変えようとしてくれたのだろう。ウルペスが唐突にそう言った。あの二人とは、言わずもがな、アイリスとスマラクト様だ。ウルペスの言う通り、見方によっては兄妹に見えなくはないのかもしれない。しかし、僕には小さな恋人達のように見える。


「そう、ですか……?」


「うん。妹がどんなに失敗しても許容して、一生懸命面倒を見る兄、みたいな? そう考えると、昔のラインヴァイス様とリーラ姫みたいで微笑ましいなぁって」


「そう言えば、僕も昔、ああしてリーラにダンスを教えた事がありましたね」


「そうそう。それで、スマラクト様みたいに、何回も足踏まれたよね」


 出す足を間違えたアイリスが、スマラクト様の足を思いきり踏みつける。一瞬、痛みで飛び上がったスマラクト様だったが、すぐに笑顔になった。それはそれは嬉しそうな笑顔だ。


「僕はリーラに足を踏まれても、あんな嬉しそうな顔はしませんでしたよ?」


「う、うん。何だろうね、あれ……」


 ウルペスが「ははは」と乾いた笑い声を上げた。あの笑顔をどう捉えるべきか悩んでいるのだろう。その気持ち、よく分かる。足を踏まれて良い笑顔をする意味が分からない。


 しかも、スマラクト様は足を踏まれる度に目が爛々としてきている。アイリスに彼を近付けるのは、違う意味で不安になる。


「大丈夫でしょうか……」


「将来が不安だね……」


 二人同時に溜め息を吐いた時、曲のフィナーレが近づいたのか、演奏の音が大きくなり、それと共に曲のテンポが速くなった。せめて、終始ゆっくりな曲調だったら良かったのだが……。


 ステップを踏めず、足をもたつかせたアイリスが立て続けにスマラクト様の足を踏む。スマラクト様はスマラクト様で、更に顔を輝かせる。彼の事を以前から変わった方だとは思っていたが、ここまでだったとは……。頭が痛い……。


 こめかみを押さえながら項垂れていると、音楽が終わり、拍手が響き渡った。と同時に、パートナーを得ようと、多くの者が動き出す。


 アイリスとスマラクト様は、踊りながらも僕達に気が付いていたようで、迷わずこちらに向かって来た。仲良さげに手を繋ぎ、笑顔で言葉を交わしながら。


「次、アイリスちゃんと踊れば?」


「身長差。流石に無理です」


「ああ、まあ、そっか。こういうの、得意なのにね」


 本当は、僕がアイリスにダンスを教えてあげたかった。しかし、身長差ばかりはどうにも出来ない。だから、今日は彼女と共に踊ろうとは、端から思っていない。


「余興がありますから。それを見てもらえれば十分です」


「良いところ見せようね!」


「ええ。そうですね」


 笑顔のウルペスに笑みを返して頷く。余興を見た彼女は、どんな顔をするだろうか? 叔父上とローザ様のダンスを見た時のように瞳を輝かせ、僕だけを見てくれるだろうか?

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