お披露目 2
準備が終わり、みんなで大ホールに移動すると、そこは大勢の人で大混雑していた。人の間を縫って歩き、入場してくるアオイが見やすそうな位置に移動する。
今日のお披露目パーティーの会場は、大ホールとそこに繋がる大広間。大ホールと大広間の間の扉はまだ閉じられている。アオイと竜王様が入場したら開け放たれる予定だ。
そろそろお料理が大広間に運び込まれているはず。いつも私達が食堂でごはんを食べる時みたいに、大皿料理が準備されるらしい。こういうのを立食パーティーって言うんだって、先生が言っていた。適当に食べて飲んで良いとも。お腹一杯ご馳走を食べられるって事だ。楽しみ!
それにしても、こうして周りを見回してみると、男の人ばっかりだな。きっと、ここにいる人達はみんな魔人族。しかも、偉い人ばっかりだと思う。何と言っても竜王様主催のパーティーだもん。みんな気合が入っている。キラキラヒラヒラの服の人ばっかりだ。先生達が着ている騎士服が凄~く地味に見えるくらいだから、よっぽどだと思う。
そんな中、よく見るとちらほらと女の人がいた。ああいう女の人達はきっと、魔人族と結婚した人族か、リーラ姫みたいに数少ない魔人族の女の人なんだろうなぁ。
「アイリス。あまりキョロキョロしていると転びますよ」
手を繋ぐ先生を見上げる。先生は困ったなって笑いながら私を見つめていた。真面目な顔で頷き、先生に手を引かれるまま歩く。
……あ。あの女の人のドレス、刺繍が綺麗。ああいう刺繍入りのドレス、大人っぽくて良いなぁ。
あ。あっちの女の人の首飾り、とっても素敵。でも、私の髪飾りの方がずっと素敵なんだもん。だって、先生が選んでくれたんだもん。
あ。メーアと銀髪の人だ。なんか、目の焦点が合ってないな、あの二人。もしかしなくても、呪術で操られてるな。きっと、お披露目に出るのを抵抗したんだろう。でも、あれなら、騒ぎを起こす心配も無いな。安心、安心。
あ。ミーちゃん発見! 今日はアオイのお父さんと一緒なのね。それにしても、アオイのお父さんってば、何で柱の影に隠れてるんだろう? コソコソして変なの。
あ。バルトさんだ。ミーちゃんとアオイのお父さんを恨めしそうな目で見てる。きっと、ミーちゃんが一緒にいてくれないからだろうな。でも、仕方ないよ。だって、アオイのお父さんは、ミーちゃんにとってもお父さんだもん。今日は諦めようね、バルトさん。
ん? 知らない男の子がこっち見てる。私と同じくらいかな? 独りぼっちなのかな? お母さんとお父さん、一緒じゃないのかな? 迷子かな?
「ラインヴァイス兄様!」
ジッとこちらを見ていた男の子が叫び、駆け寄って来た。恐ろしく整った顔に笑みを浮かべて。肩口で切りそろえた明るい緑色の髪と、先生みたいな金色の瞳。
芽吹いたばかりの若葉みたいな髪の色も、木漏れ日みたいな金色の瞳も、人族には無い色。だから、この子は魔人族の子だ。
それよりも、この子、私の聞き間違いじゃなかったら、先生の事、兄様って呼んでたよね? それに、この無邪気な笑い方……。大好きな先生の笑い方とは少し違うけど、何処かで見た事があるような……?
この子、先生の弟なのかな? 顔立ちだって、竜王様よりは似ているような気がするし。先生の兄弟って、竜王様とリーラ姫だけなのかと思ってた。
「お久しぶりです、スマラクト様」
先生がそう言い、男の子――スマラクト君に頭を下げる。すると、スマラクト君が凄く嫌そうに顔をしかめた。
ええっと……。スマラクト君は、先生の弟じゃない? だとすると、この二人の関係って何? スマラクト君は先生の事、兄様って呼んでたのに、先生はスマラクト君を様付けって……。どういう事?
「その呼び方、止めるよう、前に言ったはずでは?」
スマラクト君がそう言い、拗ねたように口を尖らせた。すると、それを見た先生が苦笑しながら口を開いた。
「私は臣籍に降りた身ですから、そういう訳には参りません」
「しかし、年下の従弟に様付けは無い。君もそう思うだろう?」
そう言って、スマラクト君が私を見る。私に話を振って来るなんて思ってなかった! ビックリして先生の後ろに隠れてから気が付いた。挨拶、し忘れた……。恐る恐る顔を覗かせると、不思議そうにこちらを見るスマラクト君と目が合ってしまった。
「ところで、君、誰だい? ラインヴァイス兄様とどういう関係?」
私のすぐ側に寄り、不思議そうな顔で口を開くスマラクト君。どうでも良いけど、近過ぎだと思うの。先生の反対側に逃げると、追うようにスマラクト君が付いて来る。嫌だよ。付いて来ないでよぉ! また反対側に逃げる。すると、スマラクト君が付いて来る。逃げる。付いて来る。逃げる。付いて来る。逃げる。付いて来る。
「ちょ……。二人とも――」
「おお? ラインヴァイス殿が、幼子二人にもみくちゃにされてる」
そう言ったのは、私達から少し離れた後ろを付いて来ていたヴォルフさん。隊長さん三人組が興味津々の顔でこちらを見ている。フランソワーズとリリーとミーナは苦笑していた。見てるなら助けてよ。スマラクト君をどうにかしてよ!
早足で逃げる私のすぐ後ろを、スマラクト君が追い掛けて来る。私、ドレスで追いかけっこなんてしたくないのに! 必死に逃げているうちに、早足がだんだん早くなり、ほぼ走っている状態になった。それでもスマラクト君は追い掛けて来る。
嫌だ~! この子、怖いよぉ! 泣きそうになりながら先生の周りを逃げ回っていると、突然、スマラクト君が目の前に現れた。と思ったけど、ただ単にスマラクト君が立ち止まり、私が一周回って目の前に行っただけ。そう気が付いた時には遅かった。私は勢いそのまま、スマラクト君にドンとぶつかった。
「ふふふ。捕まえた」
にたぁっと笑いながら、スマラクト君が私の腕を掴む。嫌だ嫌だと腕を振るが、スマラクト君に放すつもりは無いらしい。助けて、先生! 半泣きになりながら、先生に目で訴える。すると、先生が、私の腕を掴んでいたスマラクト君の手首を掴んだ。
ひぃ~! 先生から漂って来る空気で、背中がゾクゾクする。スマラクト君をどうにかしてとは思ったけど、威嚇はやり過ぎだよ、先生!
「スマラクト様、もうその辺で。怯えておりますので」
「ふん。仕方ない」
スマラクト君が私の腕を掴んでいた手をパッと放した。慌てて先生の後ろに隠れた私を、スマラクト君がジッと見つめている。
「ラインヴァイス兄様、彼女は?」
「はい。彼女はアオイ様の専属メイドで、アイリスと――」
「そうか! この子がアイリスなのか! 思っていた以上に小さいな!」
先生が言い終わらないうち、スマラクト君が目を輝かせて叫んだ。こういうの、失礼だと思う。人の話は最後まで聞かないといけないんだよ。ローザさんが言ってたもん。
それに、今、私の事、チビって言った! 自分だって小さいのに。私と背、そんなに変わら――なくなかった。私の方が小さい。で、でも、スマラクト君だって、十分小さいもん!
「スマラクト様、自己紹介を」
先生がこほんと一つ咳払いをし、気を取り直したようにそう言う。すると、スマラクト君が胸に手を当て、私に向かって頭を下げた。見惚れるくらい、優雅な仕草で。
「お初にお目にかかります、アイリス嬢。ブロイエが第一子、スマラクトにございます。以後、お見知り置きを」
そう言って顔を上げたスマラクト君は、人懐っこく笑っていた。そっか。この笑い方、どこか見覚えがあると思ったら、ブロイエさんに似てるんだな。親子だから。……ん? ブロイエさんの息子さんって事は――。
「ローザさんの――?」
「ええ。ご子息です」
尋ねると、先生が一つ頷いてそう言った。そっか。ローザさんの……。息子さんが領地にいるのは知っていた。でも、こうして会う事になるなんて……。私はギュッと先生のマントを握り締めた。
「んん~? 何故、そんなしょんぼりとした顔をしている? やっと会えた兄であろうに」
「……兄?」
私が首を傾げると、スマラクト君が満面の笑みで頷いた。
「そうだ。母上が君の母親代わりなのだろう? であれば、僕は君の兄代わりだ!」
兄代わり……? 私の? スマラクト君はそれで良いの? 嫌じゃないの?
「どうした。呆けていないで、スマラクト兄さんと呼んでみよ。いや、待て。スマラクト兄様の方が良いな」
「……スマラクト……兄、様……?」
おずおずと呼んでみる。すると、スマラクト兄様が目を閉じ、うんうんと頷いた。
「良い。実に良い響きだ。もう一度呼んでみよ」
「スマラクト、兄様……?」
「良いぞ。もう一度」
「スマラクト兄様?」
「もう一度」
「スマラクト兄様」
「もう一度」
「スマラクト兄様」
「もう一度」
「スマラクト兄様!」
この後、スマラクト兄様が満足するまで、延々と「スマラクト兄様」と呼ばされ続けた。スマラクト兄様、押しが強すぎる。
それにしても、まさかスマラクト兄様が「君の兄代わりだ」なんて言ってくれるなんて、思ってもみなかった。ふふふ。何だか無性に嬉しい。それに、ちょっとこそばゆい。くふふ。兄様だってぇ。
「あら。スマラクト」
ローザさんの声が聞こえ、振り返る。すると、私のすぐ後ろにローザさんとブロイエさんが立っていた。アオイの準備が終わったんだと思う。それで、ブロイエさんの転移魔法陣で今来た所なんだろう。
「スマラクト、久しぶりだねぇ。元気だった?」
ブロイエさんがスマラクト兄様の前にしゃがみ込み、グリグリと頭を撫で回す。すると、兄様が心底嫌そうな顔をした。
「父上。いつまでも僕を子ども扱いしないで頂きたい」
「いやぁ、悪い悪い。つい、ね」
ブロイエさんが後ろ頭を掻きつつ立ち上がる。そんなブロイエさんを見て、スマラクト兄様は深い溜め息を吐いた。
「つい、ではありません。僕はとっくに人族の成人年齢を超えているのです。そこのところ、忘れないで頂きたい。特に、アイリスの前では」
そっか。スマラクト兄様は私と同じくらいに見えても、ずっと年上なのか。見た目は私と変わらないけど、中身はず~っと大人。そりゃ、お父さんに頭を撫で回されたら、怒りたくもなると思う。
「スマラクト。アイリスちゃんにきちんと自己紹介出来て?」
そう言ったのはローザさん。小首を傾げてスマラクト兄様を見つめている。スマラクト兄様は、そんなローザさんに微笑みを返しながら深く頷いた。
「ええ、勿論です」
スマラクト兄様の答えに安心したのか、ローザさんがホッと息を吐く。
「そう。良かったわ。可愛らしい子でしょう? 仲良くして頂戴ね?」
「既に親しい間柄ですよ、母上。僕の事は兄と呼んでくれますし」
え? 呼んでくれる、なの? 呼ばせた、じゃなくて? ……まあ、細かい事は気にしないで良いか。誰も気にしないだろうし。と思ったけど、気にする人が二人いた。
「そんな……! 私の事は、母様って呼んでくれないのに……!」
「僕の事なんて、お父さん代わりにも思ってくれてないのに……!」
ローザさんとブロイエさんが、ショックを受けたようにガックリと項垂れた。と、スマラクト兄様がそんな二人に、嬉々として追い打ちを掛けた。
「これぞ、人望の差でしょう!」
それは違うと思うよ、スマラクト兄様。人望の差じゃなくて、押しの強さの差だと思うよ。
『人望……』
ローザさんとブロイエさんが声を揃えて呟いたと思ったら、真顔でジーッと私を見た。こ、怖い……。先生の陰に隠れ、真っ白いマントをギュッと握り締める。すると、先生が見かねたように口を開いた。
「お二人とも、アイリスが怯えていますよ。呼び名に拘らずとも、お二人はアイリスの親代わりを立派に務めていらっしゃいます。アイリスもそう思っているからこそお二人を慕っているのですし、それで良いではありませんか」
二人の呼び方なんて、今まであんまり気にしてなかった。だって、「ローザさん」「ブロイエさん」って呼ぶのが当たり前だと思ってたから。スマラクト兄様みたいに、兄様って呼ぶように言われたなら別だけど、二人からは今までそういう話は特に無かったし。
私にとって、ローザさんはお母さん代わりだ。ブロイエさんだってお父さん代わり、だと思う。そう思えるくらい二人は私を可愛がってくれているし、私だって二人が好きだ。でも……。母さん……父さん……。




