表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/265

メーア 3

 次の日、アオイの朝ごはんのお世話が終わると、私は三人分の朝ごはんを持って、先生と一緒に西の塔へと向かった。私はパンが入ったカバンを背負い、先生がお鍋を持ってくれている。


 二人で並んで西の塔の階段を上ると、階段で見張りをしていた人がギョッとしたように目を見開いた。と思ったら、慌てて頭を下げた。先生が一緒に来るなんて聞いてないもんね。ビックリするよね。


 見張りの人の横を抜け、メーアがいる階に入る。すると、廊下に用意された椅子にウルペスさんが座っていた。不機嫌そうに口を曲げ、腕を組んでいる。騎士の仕事とはいえ、メーアの見張りなんて流石に嫌なんだと思う。


「おはよう、ウルペスさん!」


 挨拶をして、パンの入ったカバンを机の上に置く。先生も両手に持っていたお鍋を机の上に置いた。


「おはようございます、ウルペス」


「ああ、おはよう……って、何でラインヴァイス様がいるの?」


 ウルペスさんが驚いたように先生を見る。先生は曖昧に笑うと、お鍋の蓋を取った。私はごはんの差し込み口から牢屋の中を確認する。


 一番手前の牢屋の聖騎士ガイさんは、ベッドに座り、ジッと床を見つめていた。昨日は疲れ切った顔だったけど、今日は考え込むような顔をしている。昨日より、今日の方が元気そう、かな……?


 お隣の牢屋の銀髪の人は、椅子に座り、落ち着かない様子だ。足を揺すりながら、しきりに、あっちを見たりこっちを見たり。と思ったら、ごはんの差し込み口から中を覗き込む私と目が合った。


「おい! お前!」


 銀髪の人が口を開く。お前って、私? 何だろう? 返事をする代わりに、ジッと銀髪の人を見つめる。


「メーア様が昨夜から体調を崩しておられる。私にメーア様の治療をさせろ」


 メーアが体調を崩してる? 言われてみれば、お隣の牢屋から、「う~ん、う~ん」と唸り声が聞こえているような……。


 メーアの牢屋を覗き込む。すると、メーアがベッドで丸くなり、唸り声を上げていた。真っ青な顔で歯を食いしばり、額には汗が浮かんでいる。お腹が痛いのか、両手でお腹を押さえているのが、掛け布の上からでも分かった。


「先生。メーアがお腹痛いみたい。お隣の牢屋の人が、治療させてだって」


 ごはんの配膳を始めていた先生を手招きすると、先生は配膳の手を止め、椅子に座るウルペスさんに視線をやった。ウルペスさんが口を尖らせ、フンとそっぽを向く。あの顔、ウルペスさんってば、メーアが具合悪いの、ちゃんと分かってたんだな。でも、嫌いだから何もしなかった、と。


 先生は扉の覗き穴からメーアの様子を確認すると、銀髪の人の牢屋に向かった。そして、覗き穴から牢屋の中を覗き込み、口を開く。


「メーアの様子を確認しました。ベッドから起きられないようで――」


「私は治癒術を使える。治療をさせろ!」


 先生の言葉を遮り、銀髪の人が叫ぶ。すると、先生がにこりと笑った。


「捕虜を牢から出すと思います? しかも、魔術を使わせろ、と。自身の立場、分かってます?」


「それは……」


「しかし、困りましたね。少し前までは、アオイ様がある程度の治癒術ならば使えましたが、どこかの誰かのせいで、魔術に関する記憶から何から、全て失くしてしまいましたし……」


 ちょっと先生。確かに、アオイはこの人達のせいで記憶を失くしたけど、昨日、記憶を取り戻してるでしょ。それに、お腹が痛いのを治す魔術くらい、私が使えるでしょ。


 これは……。先生、この人達に意地悪する気、満々? 見ものだ。私は先生の脇に立つと、ごはんの差し込み口から牢屋の中を覗き込んだ。ウルペスさんも私と一緒になって、ごはんの差し込み口から中を覗き込む。


「アオイ様の母上様は、治癒術が使えないのでしょうか? かなりの魔力があるようでしたが?」


「サクラ殿は……攻撃魔術の才しか無い」


 銀髪の人が苦々しい顔でそう言った。ふむふむ。アオイのお母さんは、攻撃魔術しか使えないのか。親子でも、似たような適性がある訳じゃ無いのか。


「では、治癒術での治療は諦めるしかありませんね」


「そんな……」


 銀髪の人が、ガッカリしたように項垂れた。その様子を見て、私の隣でウルペスさんが押し殺したように笑っている。


「しかし、メーアに何かあっては、こちらも立場がありませんし……。そうだ。薬湯ならありますが? どうします?」


「では、それを……」


「分かりました。すぐに手配しましょう」


 ごはんの差し込み口から顔を上げ、先生を見る。先生は、それはそれは良い顔で笑っていた。そして、その顔のままこちらを向き、口を開く。


「という事で、アイリス。フォーゲルシメーレに、腹痛に効く薬湯の作り方を教えてもらいなさい。くれぐれも、アイリスが作るように。これも勉強ですからね」


「は~い」


 私は返事をすると、牢屋に背を向けた。牢屋の中から、叫び声が聞こえて来る。「待て! 子どもに作らせるつもりか!」って。私がチビだからって馬鹿にしてるな。こう見えても、薬湯の一つや二つ、作れるんだから! フォーゲルシメーレさんみたいに、飲みやすい薬湯は作れないけど。


 先生は、私の作る薬湯が、フォーゲルシメーレさんの薬湯みたいに飲みやすい訳じゃ無いのを知っている。だから、あえて私に作らせるんだろう。ちょっとした嫌がらせだ。薬湯を準備しないって言ってる訳じゃ無いし、これくらいの嫌がらせは問題無い……と思う。


 でも、メーアのお腹が痛くなったのは、たぶん私のせい。昨日、ちゃんとお水を流しっぱなしにしなかったからだと思う。だから、先生の期待に応えられるようにとっても不味~い薬湯作ろうと思ったけど、ちょっと不味いくらいにしておいてあげよっと。


 フォーゲルシメーレさんに理由を説明し、腹痛に効く薬湯の作り方を教えてもらう。本を読んで勉強するより、実際に作る方が作り方を覚えやすい。これも勉強だって先生が言ってたけど、本当に勉強になった。


 完成した薬湯を持って西の塔に向かうと、牢屋の前の廊下で、先生とウルペスさんが談笑していた。私の姿に気が付いた先生が優しく微笑み、手招きをする。


「上手に出来ましたか?」


「ん!」


 こくりと頷き、薬湯の入ったコップを差し出す。その中には、真心は大して入っていない、作りたての薬湯。未だ少し湯気が上がっている。それと一緒に、青臭いような、渋いような、それでいて酸っぱいような、変な臭いも立ち上っていた。


「これは、また……」


 先生が苦笑しながらコップを受け取る。その隣では、ウルペスさんが興味津々にこコップを覗き込み、「うわぁ」って顔をした。


「おい! 大丈夫なんだろうな! 毒ではないのだろうな!」


 牢屋の覗き穴に張り付いた銀髪の人が、失礼な事を叫ぶ。毒だなんて人聞きが悪い。これは、れっきとした薬湯だもん。ただ、ちょっと臭いがきついだけなんだもん! 私が頬を膨らませていると、それに気が付いた先生が私の頭を優しく撫でてくれた。


「そんなに気になるのでしたら、味見でもします?」


 先生が良い笑顔で、牢屋の中の銀髪の人に訪ねる。すると、銀髪の人は当たり前だとでも言うような顔で頷いた。それを見たウルペスさんが、廊下の奥、食器なんかが置いてあるらしい棚の中からスプーンを一本取って来てくれる。


「はい。あ~ん」


 ウルペスさんが薬湯を一匙掬い、覗き穴から差し入れた。薬湯の臭いにやられたのだろう、牢屋の中で銀髪の人がむせている。


「何だ……おぇ……この、臭い……」


 そう言いつつ、銀髪の人がスプーンを受け取る。私はそれを、ごはんの差し込み口から見守っていた。どんな反応するかなぁ、なんて。そこまで不味くはないと思うんだけどなぁ。味見なんてしてないから分かんないけど、酸っぱ苦いくらいだと思うんだけどなぁ。そんな事を考えながら銀髪の人を見守っていると、彼が恐る恐るスプーンを口に入れた。


「おぐぇ!」


 とたん、銀髪の人が変な声を上げ、口を押さえた。と思ったら、衝立の奥、トイレへと駆け込む。そんな、吐かなくても……。くすん……。


「もし」


 唐突に、廊下に低い声が響いた。声がした方に目をやると、ガイさんが牢屋の覗き穴からこちらを窺っている。それを見た先生が、ガイさんの元に向かう。


「何でしょう?」


「その薬湯、私にも味見させて頂けないでしょうか?」


「ええ。ご希望とあらば」


 先生が視線をやると、ウルペスさんがもう一本、スプーンを持って来てくれた。そして、銀髪の人にしたのと同じように、薬湯を一匙掬い、覗き穴から中に差し入れる。また吐かれるかもとは思いつつ、薬湯を飲んだ反応が気になって、私はごはんの差し込み口からガイさんの様子を窺った。ガイさんがスプーンの薬湯に小指を付け、それを口に含む。そして、苦笑した。


「確かに、腹痛に効く薬湯のようです。必要以上に薬草を磨り潰したせいで、臭いと苦味が大変強いですが……」


「貴方は薬草の知識が――?」


 先生が驚いたように尋ねると、ガイさんが目を伏せた。


「ええ。私のような者にこそ、そういった知識が必要だろうから、と。先代メーア様に学ぶ機会を頂いた事があります」


 それだけ答え、ガイさんが椅子に戻る。顔を上げて先生を見ると、先生は気遣うような視線をガイさんに向けていた。先代メーアって? ここにいるメーアとは違う人? クイクイと先生のマントを引っ張る。すると、先生は微笑みながら首を横に振り、メーアの牢屋へと向かった。


 メーアは「おぇおぇ」言いながらも、薬湯を全部飲み干した。銀髪の人みたいに、トイレで吐いたりはしなかった。それだけ、お腹が痛かったって事なんだと思う。でも、お礼は言われなかった。せっかく作ってあげたのに。メーアなんて嫌い。ふんっ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ