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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

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メーア 1

 ウルペスさんのお店を出て、先生と二人で廊下を歩いていると、突然、目の前にブロイエさんが姿を現した。何も無い所から急に目の前に姿を現すものだから、私も先生も驚いてビクッとなってしまった。


 ブロイエさんは本当に神出鬼没だ。竜王様の許可が無くてもお城の中で自由に転移出来るからって、ちょっとした移動を全部転移にしなくても……。こうして、いきなり目の前に出て来られると心臓に悪いよ。


「何か用でしょうか?」


 私と一緒に驚いていた先生だけど、気を取り直したように口を開いた。そんな先生を見て、ブロイエさんがにんまりと笑う。


「ちょ~っとね、ラインヴァイスにお願いが――」


「お断りします」


 ちょっと先生。いくら何でも、お願いの内容を聞かないで断るなんて、ブロイエさんが可哀想だと思うの。ほら。ブロイエさん、泣きそうな顔してるよ。


「冷たい……」


「誰もやりたがらない事を押し付けるつもりでしょう? 生憎、僕は忙しいので」


「そう言わないでさぁ。ご褒美あげるから。お願~い!」


 ご褒美……。ブロイエさんがくれる、ご褒美……。気になる。


「ねーねー。ご褒美って? 何くれるの?」


 良い物だったら、私、お手伝いするよ。じーっとブロイエさんを見つめると、彼は私の前にしゃがみ込んだ。


「何? 何? アイリスがお手伝いしてくれるの?」


「ん! 良い物くれたらね、お手伝いする!」


「そっかぁ。何か欲しい物とかある?」


「ん~……。無い!」


 良い物は欲しいけど、欲しい物って聞かれても困る。私が叫ぶと、先生が思わずといったように笑い出した。ブロイエさんはブロイエさんで、ポカンとした顔で私を見つめている。


「無いの? 欲しい物だよ? どんな物でも良いんだよ?」


「ん。良い物は欲しいけどね、欲しい物は無いの!」


 生活に必要な物は、預けてある私の給金から先生が買ってくれるし。お茶菓子は、イェガーさんが定期的にくれるし。服だって、メイド服と一張羅メイド服とドレスがあるし。これといって、欲しい物が思い付かない。


「欲が無いね、アイリスは」


「んっ!」


 褒められた! 私が満面の笑みで頷くと、ブロイエさんが「ははは」と乾いた笑い声を上げた。先生は未だ、大笑いしている。


 ブロイエさんは困ったなといった顔で、考えるように視線を彷徨わせた。ややあって、閃いたとばかりにポンと手を打ち、口を開く。


「じゃあ、こういうのは? 一生のお願い券」


「一生のお願い券?」


 何それ? 私が首を傾げると、ブロイエさんが自信満々に頷いた。


「それにお願いを書いて僕に渡せば、どんな無理難題でも僕が叶えてあげる券だよ。期限は無期限、一回限り有効なんてどう?」


「ん~……」


 ブロイエさんがお願いを叶えてくれる券かぁ……。でも、これって、ご褒美を先延ばしにされただけの気がする。


「あれ? あんまり食いつかないね」


「欲深い相手なら食いつくでしょうけど、相手がアイリスですから」


 不思議そうに首を傾げたブロイエさんに、笑いすぎて溜まってしまった涙を指で拭いながら先生がそう言った。今の、先生に馬鹿にされた気がする。そう思って、む~っと頬を膨らませると、先生が私の頭を撫でた。


「そんな顔をしないで下さい」


「だってぇ。先生、今、私の事馬鹿にしたもん」


「そんなつもりは無かったのですが、言い方が悪かったですね。すみません」


「ん。良いよ」


 許してあげる。私が大真面目な顔で頷くと、先生がクスリと笑った。と思ったら、私と目線を合わせるように屈み込んだ。


「ねえ、アイリス? 少し、一生のお願い券について、考え方を変えてみませんか? 欲しい物が出来た時でも良い。困った時でも良い。誰も力を貸してくれない、そんな状況になったとします」


「先生も? 先生も助けてくれないの?」


「ええ。僕も何らかの理由で、貴女を助ける事が出来ない。誰一人として味方がいないとしたら――?」


「そんなの嫌!」


「ですよね。でも、一生のお願い券を持っていれば、叔父上が無条件で味方になってくれます。欲しい物であれば何をしても手に入れてくれるでしょうし、困っている事であれば全力で解決してくれます。それが、皆から嫌われるような行いであったとしても。強い味方を手に入れられ、誰一人として味方がいないという状況を避けられる券、そう考えてみては?」


 そっか。そう考えると、一生のお願い券、欲しくなってきた!


「欲しい! 私、お手伝いする!」


 私がそう叫ぶと、先生もブロイエさんも、満足そうに笑った。


 私が頼まれたお仕事は、メーアとその側近二人のお世話だった。メーアが女の人だから、最初、ブロイエさんはローザさんにお願いに行ったらしい。でも、お断りされてしまったんだって。「メーアなんかのお世話はしたくありません。無理にでもさせるおつもりなら、離縁させて頂きます」って。ローザさんの気持ちも分かる。だって、アオイが記憶を失う原因を作ったのは、メーア達なんだから。


 ローザさんにお断りされてしまって困ったブロイエさんは、普段から女の人と接する機会が多い先生にお願いしようかなって現れたらしい。でも、あのしょっぱい対応。先生は詳しく話を聞く前から、頼まれるお仕事が何なのか、なんとなく分かっていたっぽい。


 ご褒美に釣られたけど、私だってメーア達は嫌い。だから、一生懸命お世話をするつもりは無い。ごはんを持って行って、扉にある差し込み口からそれを入れて、ついでに具合が悪くないか確認するだけ。先生もブロイエさんも、それだけで十分って言っていた。


 ごはんの入った小さめのお鍋を両手に一つずつ持ち、パンが入ったカバンを背中に背負って西の塔に向かう。食器類は、西の塔にあるって話だ。分からなかったら、見張りの人に聞きなさいって先生が言ってたし、たぶん大丈夫。


 えっちらおっちら階段を上がると、さっきお掃除した階の入り口に、見張りの人が二人立っていた。私の姿に気が付くと、そのうち一人が階段を駆け下りて来た。


「偉いなぁ。重かっただろう?」


 そう言って、見張りの人が私の手からお鍋を取る。この仕事、受けて良かったかもしれない。だって、ごはんを持って来ただけで褒めてもらえたんだもん!


 さっきお掃除した階に入ると、廊下に机と椅子が用意されていて、その椅子にバルトさんが腰掛けていた。ほうほう。今日の見張り当番は、第一連隊の人達なのか。外の見張りの二人を見ただけじゃ、どこの隊の人なのか分からなかった。


 お鍋を持ってくれた人は、机の上にそれを置くと、バルトさんに頭を下げて階段に戻って行った。その背を見送ったバルトさんが立ち上がり、廊下の奥に去って行く。私はパンが入ったカバンを机に置くと、ごはんの差し込み口から、こっそり牢屋の中を覗いてみた。本当は除き穴から覗きたいところだけど、私の背じゃ全然届かないから、こっちで我慢。


 一番手前の牢屋には、離宮でアオイを攫って行ったおじさん。椅子に座り、疲れ切ったような顔で項垂れている。この人が、ミーちゃんと一緒に旅をしていたガイさんだな。元エルフの精霊と契約してるって、先生が言ってたな。ミーちゃん、この人に会いたがるかな?


 その隣の牢屋には、長くてサラサラの銀色の髪をした男の人。ベッドに座って腕を組み、せわしなく足を揺すっている。この人、何だか嫌な感じがする。例えるなら、おとぎ話の悪役みたい。悪だくみしてそうな顔をしている。


 そして、その隣。私が掃除した牢屋に、金髪の女の人がいた。椅子に腰かけ、目の前のテーブルに片手で頬杖を付いている。そして、空いている方の手の人差し指で、イライラしたようにテーブルをコツコツと鳴らしていた。この人がメーアか。真っ白い肌と赤い唇。青い瞳にサラサラの金色の髪。おとぎ話に出て来そう。意地悪なお姫様として。……決めた。さっきの銀髪の人とメーアとは、口を利かないようにしよっと。


「アイリス」


 呼ばれて振り返ると、バルトさんがお盆と食器を手に立っていた。私は慌てて机に戻ると、お鍋の蓋を開けた。こっちはスープね。具がちょっとしか入ってないな。三人で分けたら、ほとんど具の無いスープだ。具、ケチったな。


 もう一つのお鍋には、お野菜とお肉の煮込みが入っていた。小さいお肉が三つ入っているから、一人一つずつね。こっちもずいぶんお肉をケチったな。二つずつくらい入れてあげれば良いのに。まあ、パンは一人二つずつあるから、お腹が空いて眠れないって事は無いだろうし、良いんだけどさ。


 私はカバンからパンとお玉を取り出すと、一人分ずつにごはんを配膳した。そして、配膳が終わると、牢屋の扉に設置された差し込み口からそれを入れる。


「ご苦労だったな」


 全員にごはんを配り終わると、それを椅子に座って見ていたバルトさんがそう言い、私を手招きした。何だろう? そう思いつつ、バルトさんの元に行く。すると、バルトさんが深緑色の上着から、小瓶を一つ取り出した。私の人差し指より少し小さい瓶だ。中に液体が入っている。


「褒美だ」


 ご褒美! やった! 手を出し、バルトさんから小瓶を受け取る。中身、何かな? そう思い、いそいそと蓋を取る。すると、オーランジェみたいな爽やかな匂いが私の鼻をくすぐった。


「ウルペスに香油を注文したら、おまけに付けてくれたんだが……。ミーがその匂いを嫌いらしくてな。風呂にでも入れると良い」


「ん! ありがと!」


 私は小瓶をエプロンのポケットに入れると、空になったお鍋を手に、意気揚々とキッチンへ向かった。行きはお鍋がちょっと重かったけど、帰りは楽チン! それに、見張りの人に褒めてもらえたし、バルトさんにご褒美までもらえた。このお仕事、やっぱり受けて良かった!


 遠目に見えたキッチンの扉の前に、見慣れた人影がいた。落ち着かない様子で、行ったり来たりを繰り返している。あんな先生、初めて見たかも。


「先生!」


 私が駆け寄ると、先生がホッとしたように息を吐いた。そして、微笑みながら私の頭を撫でてくれる。


「問題はありませんでした?」


「ん! あのね、見張りの人がお鍋持ってくれてね、偉いねって褒めてくれたんだよ。あとね、バルトさんがご褒美くれたの。ほら!」


 先生に、ご褒美の小瓶を見せる。ミーちゃんは苦手な匂いらしいけど、私はこの香油の匂いは好き。だって、美味しそうな匂いなんだもん。


「これは……」


「良い匂いするよ!」


 小瓶の蓋を開けようとすると、先生が屈み込み、私の手の上に手を重ね、静かに首を横に振った。先生の行動の意味が分からなくて首を傾げる私の頭を、先生が優しく撫でる。その顔は、何となくしょんぼりしているように見えた。


「先生……?」


「夕食にしましょう」


 先生はそう言って立ち上がると、食堂へと向かった。私も慌ててその後を追う。


 二人並んでごはんを取っている最中、先生は何かを考えているようだった。今も、難しい顔で俯きながらごはんを食べている。いつもなら、二人でお話しながら食べるのに。つまんな~い! と思っていたら、先生が唐突に口を開いた。


「明日より、僕も行きます」


「どこに?」


「西の塔」


 先生もメーア達のお世話、手伝ってくれるの? それは嬉しい。でも――。


「一生のお願い券、私のだよ!」


 先生にだってあげないもん。あれは、私がもらうんだもん! 先生は驚いたように目を丸くしたと思ったら、フッと笑った。


「ええ。分かっています」


 分かってるなら良い。私が大真面目な顔で頷くと、先生は再び黙々とごはんを食べ始めた。ん~……。先生、ちょっと元気が無い気がするぞ。具合、悪いのかな?

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