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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

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襲撃 3

 南東の塔に走って向かう。早く早く! 先生と一緒に、ウルペスさんの所に行かないと! それで、ウルペスさんに、もう大丈夫なんだよって教えてあげないと!


 遠目に見えた南東の塔の入り口から、真っ白い人影が出て来た。こんな時でも、急がず騒がずってところが、とっても先生らしい。


「先生!」


 叫び、先生に駆け寄る。すると、先生は凄く嬉しそうな笑みを零した。


「リーラが――」


「ん! 竜王様がさっき教えてくれたよ。ウルペスさんの所、行こう! きっと喜ぶよ!」


「ええ」


 先生が私に手を差し出す。私がその手を握ると、先生が顔を綻ばせた。こんなに嬉しそうな先生、凄く久しぶりの気がする。何だか私も嬉しい! ゆっくりと歩き始めた先生を、早く早くと引っ張る。先生はクスクスと笑いながら、ほんの少し、歩く速度を上げた。


 二人で商業区画に入る。ウルペスさんはこの時間、お店をやってるらしい。香油屋さんって、初めて行くからワクワクする。どんなお店なのかな? たくさん香油が並んでるのかな? 楽しみ!


 先生が一枚の扉の前で足を止めた。扉には一枚の板。「商い中」と大きく書いてあり、その下に文章が続く。何々……。営業時間は日盛りから日没まで。お届も承りますので、お気軽にどうぞ。第一連隊一班稼働日及び翌日は終日休業です。ご了承下さい、と……。


 ウルペスさんのお店は、お日様が真上に上ってから沈むまでしか開いてないのか。開いてる時間、短すぎないかな? それに、第一連隊一班の稼働日と次の日もお休みって……。何だか、ウルペスさんらしいお店だと思うけど、こんなで大丈夫なのかな?


 先生が扉を開くと、キィと小さく音が鳴った。先生がお店の中に足を踏み入れる。私もその後に続いた。


 お店の中にはたくさんの棚。そして、そこに並ぶ無数のビン。妖しげな雰囲気が漂っているのは、お店の中の光が抑えられているからだと思う。そんな薄暗いお店の一番奥。カウンターの中にウルペスさんがいた。何かを真剣な顔で書いている。と思ったら、気が付いたように顔を上げ、私達を見てにこりと笑った。


「いらっしゃい。アイリスちゃんも一緒なんて珍しいね」


「それよりも。ウルペス、話があります」


 先生が真剣な顔で口を開いた。それを見たウルペスさんがごくりと喉を鳴らす。


「な、何? 俺、何かまずった?」


「いえ。リーラが――」


「もしかして、中央神殿の奴らから、どうなったのか聞けたの?」


 そう言ったウルペスさんの顔が強張る。これは……。勘違いしてるな、きっと。先生が嬉しそうな顔で話さないから。んもぉ!


「違うよ! アオイの所に戻って来たんだよ!」


 堪らず、私はそう叫んだ。一瞬、ウルペスさんがキョトンとする。何を言われたのか分かりませんって顔だ。ウルペスさんが先生に視線を移すと、先生が笑顔で頷いた。すると、ウルペスさんの顔がクシャッとなった。


「そっか。俺、てっきり……」


 言葉を切ったウルペスさんが俯く。そんな彼の頬には、涙が一筋流れていた。


 しばらくして落ち着いたのか、ウルペスさんが思い出したようにお茶を淹れてくれた。ウルペスさんはカウンターの中で、私と先生はカウンター前の椅子に座り、それを飲む。


「懐かしい味ですね」


 先生がホッと息を吐きながら口を開いた。ウルペスさんが出してくれたお茶は、お花みたいな匂いがするお茶だった。ジャスミンのお茶みたいに、お花から出来たお茶なんだと思う。何のお花かは分からないけど、とっても良い匂い。


「これ飲むと、リーラ姫の事、思い出さない?」


 ウルペスさんが悪戯っぽく笑う。もしかしたら、リーラ姫が元気だった頃、三人でよく飲んでいたお茶なのかもしれない。良い匂いだし美味しいけど、何か嫌だ……。


「これで、スミレの砂糖漬けもあったら完璧ですね」


「あるよ。食べる?」


 そう言って、ウルペスさんがカウンターの下からビンを一つ取り出した。その中には、シワシワになった小さな青紫色のお花。周りには砂糖のツブツブが付いている。ウルペスさんはビンの蓋を取ると、先生にビンを差し出した。先生が一つお花を摘まみ、口に入れる。


「アイリスちゃんもどう?」


「んーん……」


 私は小さく首を横に振った。リーラ姫の思い出のお茶とお茶菓子を大喜びでもらう程、私は子どもじゃないんだもん。でも、ほんのちょっと、スミレの砂糖漬けってどんな味なのか気になる。けど、いらないもん!


「そっか。結構いけるんだけどなぁ」


 笑いながらそう言い、ウルペスさんもお花を一つ、口に入れた。


「それで、リーラの事ですが――」


 先生はそう切り出すと、アオイのお母さんから聞いた話を詳しく説明してくれた。


 何でも、アオイのお母さんは、アオイが中央神殿に攫われた時、そこにはいなかったらしい。この世界に召喚されてからというもの、行方不明のアオイを探して、お父さんと一緒にメーア大陸を探し回っていたとの事だった。ミーちゃんはミーちゃんで、ミーちゃんの言葉が分かる聖騎士ガイさんとかいう人と一緒に、アオイを探して魔大陸を旅していたらしい。この聖騎士ガイさんは、元エルフ族の精霊持ちなんだとか。


 そして、運良くなのか何なのか、ミーちゃんが離宮でアオイを見つけた。その知らせを受けて、アオイのお母さんとお父さんは急いで中央神殿に戻ったけど、中央神殿はボロボロで、アオイはもういなくなっていたらしい。入れ違いってやつだ。それで、やっと会えると思っていたのにって、ショックを受けて泣いていたお母さんの耳に、アオイを呼ぶリーラ姫の声が届いた、と。


「アオイ様の母上様は、すぐにリーラと契約して下さったそうです。リーラが、アオイ様の友人だと思ったから、と。リーラが消滅したら、アオイ様が悲しむのではないかと思ったから、と」


 先生はそこまで説明すると、お茶を一口飲んだ。そして、口を開く。


「アオイ様の母上様は、中央神殿、特にメーアとその取り巻きに対しては、あまり良い感情を抱いていらっしゃらないようでした」


「そりゃそうでしょ。リーラ姫と契約したって事は、対話だってしてるんだろうし。リーラ姫の事だから、魔人族は中央神殿の奴らが思っているような悪者じゃないって、必死に説明したんでしょ」


 ウルペスさんは苦笑しながらそう言うと、スミレの砂糖漬けを一つ、口に入れた。


「ええ。最初はリーラの話に母上様も混乱したようですが、アオイ様が笑顔で過ごしている記憶をリーラに見せてもらってからは、娘が信用した人達なのだから、きっと、悪い人達ではないのだろうと思うようになったとおっしゃっていました。メーアやその取り巻き達に不信感を抱くようになったのも、リーラの記憶が切欠だったとも」


「んで。中央神殿の奴らの処遇は? どうなるの?」


「しばらくは、捕虜という形を取るそうです。たぶん、竜王様とアオイ様のお披露目が終わるまで。その後どうするのかは、叔父上に確認してみない事には……。ただ、アオイ様の白い獣と共に旅をしていた聖騎士が、メーアに反旗を翻していて……。もしかしたら、こちらは一足早く釈放するかもしれません。中央神殿との調整係として使えるでしょうし」


「ふ~ん……。メーアの事、処刑なんてしないのかな?」


 ウルペスさんが上目で先生の顔色を窺う。ウルペスさんの今の言い方といい、この顔といい、処刑して欲しいくらいに聞こえる。先生も私と同じ事を思ったらしく、嫌な事を聞いたというように顔をしかめた。


「そうするつもりなら、謁見の間で斬り捨てていました。駒としての利用価値が彼らにある事くらい、ウルペスにも分かるでしょう?」


「うん。まあ……そうだよなぁ……」


 ウルペスさんはガッカリしたように呟くと、カウンターに突っ伏した。


「はぁ……。何だろうなぁ、このモヤモヤ感。リーラ姫が無事だったのは純粋に嬉しいのに……」


「メーアに復讐しようだなんて考えないで下さいよ? 彼らに何かあれば、それこそ戦になります」


「分かってるって。たださぁ、多少の罰くらい、当れば良いのにって思わずにはいられないよね」


「ええ、まあ……。気持ちは分かります」


 私も気持ちは分かる。だって、メーア達は、アオイとリーラ姫に酷い事をしたんだもん。それに、今日は彼らがお城に乗り込んで来たから大騒ぎになった訳で。それでしばらくしたら釈放だなんて、納得出来ない。私達三人はうんうんと頷きあい、深い溜め息を吐いた。

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