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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

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襲撃 1

「アオイ様とローザ様を頼みます」


 先生はそう言うと、私に背を向けた。思わず椅子から立ち上がり、先生に手を伸ばす。


「先生!」


 待って。行かないで! しかし、私の願いも伸ばした手も、先生には届かなかった。先生の姿がフッと消える。私はまた図書室に独り、置いて行かれてしまった。じわりと涙が滲み、目の前が歪む。


――アイリス。今から言う事をよく聞きなさい。この後、バルトがここに迎えに来ます。彼と共にイェガーと合流し、アオイ様、ローザ様を連れ、アオイ様の白い獣で離宮に転移し、城からの迎えを待ちなさい。


 先生がついさっき言った事が頭を過る。この後、バルトさんがお迎えに来てくれるって、先生、言ってた。大丈夫。独りじゃない。大丈夫。大丈夫……。


 私は深呼吸を数回繰り返すと、涙を袖でごしごしと拭いた。泣いたら駄目だ。私、先生に、アオイとローザさんをお願いされたんだもん。何が起きたのかよく分かんないけど、先生があんな風に言うくらいだ。きっと、大変な事が起きてるんだ!


 私は図書室の机の上を簡単に片付け、廊下に出た。扉の前を行ったり来たり、行ったり来たり。早く来てよ、バルトさん。遅いよ、バルトさん!


 しばらくそうして待っていると、廊下の向こうからバルトさんが駆けてきた。普段は持っていない剣を腰に差し、それがカチャカチャと鳴っている。


 バルトさんは私の元に着いたと同時に、私に向かって手を伸ばした。そして、私を小脇に抱えたと思ったら、近くの窓に寄る。彼は素早く窓を開け放つと、窓枠に足を掛けた。……ん?


「フルーク」


「あああぁぁぁぁ!」


 どんよりと曇った空に、私の悲鳴が響き渡る。でも、しょうがないと思う。だって、何も言わないで、いきなり空を飛ぶ「飛翔」の魔術を使われたら、悲鳴だって出ちゃうもん。「飛ぶよ」って一言言ってくれても良いと思う。それに、この体勢、下が見えるから凄く怖い!


 耳元で風が唸る。バルトさんはお城を外側からぐるりと回り込むつもりらしい。キッチン目指して。だって、さっき、先生が言ってたもん。バルトさんと一緒に、イェガーさんと合流しなさいって。


「重い……」


 バルトさんはポツリとそう呟くと、向かう先を変えた。お城を上から飛び越える事にしたのか、空高く舞い上がる。二人で飛んでると、歩いているのとあんまり変わらないくらいの速度しか出ないから、近道する事にしたのかな? ぐんぐん、ぐんぐん上を目指す。そうしてお城のてっぺんの、ず~っと上まで上った。あれ? でも、こんなに上を飛ぶ必要って……? そう思った時、バルトさんが向かう先を斜め下に変えた。フワリと浮き上がるような感覚がお腹の辺りに広がり、胸が押しつぶされるような重圧がかかる。口から……内臓が……出……る! 息……出来な、い……!


 そうして飛んだのは、ほんの少しの間だった。バルトさんは一つのバルコニーにストンと着地すると、掃き出し窓を開いて中に入った。そこはキッチンの隣、いつも私達がごはんを食べている食堂だった。


 そのまま食堂を突っ切り、廊下に出る。と、そこには腕を組んで仁王立ちするイェガーさん。いつも通りの真っ白い料理人さんの服を着た彼も、バルトさんと同じように、普段は持っていない剣を腰に差していた。


「待たせた」


 そう言って、バルトさんが私を下ろす。うぅ……。足がガクガクする。これ、歩ける気がしない。


「バルト殿? 嬢ちゃんが、生まれたてのユニコーンみたいになってんだが……?」


 イェガーさんがそう言って、怪訝そうにバルトさんを見る。すると、バルトさんが小さく溜め息を吐いた。


「飛んで来たからな。大方、腰が抜けたんだろう」


「そ、そうか……。まあ、嬢ちゃんが走ったところで俺らに追いつけるとも思えんし、これでも問題無いのか」


 イェガーさんはそう言ったかと思うと、私の正面に屈んだ。そして、私の膝裏に腕を回し、肩に担ぐ。二人して、私を小脇に抱えたり肩に担いだり! 私、荷物じゃないんだよ!


「嬢ちゃん、振り落とされるなよ!」


 そう言って、イェガーさんが廊下を走り出す。あのね、イェガーさん。もし、私が落ちたとしたら、それは私が振り落とされたんじゃなくて、イェガーさんが落としたんだと思うんだ。そこの所、間違えたら駄目なんだよ! ふんッ!


 しばらくイェガーさんの肩の上で揺られていると、遠くの方からズドンという音が響いた。何、今の音? そう思って、後ろからついて来るバルトさんを見る。彼は真剣そのものといった顔で口を開いた。


「始まったか。料理長、急げ!」


「あいよ!」


 二人は短く言葉を交わすと、走る速度を上げた。周りの景色がぐんぐん後ろに流れていく。


 始まったって……。どう考えても、先生がいなくなった事と関係している。ドッと不安が押し寄せ、心臓がバクバクとうるさく鳴る。その時、再びズドンという音が響いた。さっきよりも近い……。


「もう侵入されたのか……」


 バルトさんが独り言のように呟く。侵入……。やっぱり、敵襲なの? そうだとしたら、全て納得出来る。離宮に逃げろって言われた事も。アオイとローザさんをお願いされた事も。先生が私を置いて行った事も。


 バルトさんとイェガーさんは、アオイの護衛なんだと思う。イェガーさんはアオイの専属料理人さんだし、バルトさんはミーちゃんのお世話係りだし。上級騎士団員の中で、連隊長の三人を除いたら、アオイと接点のある数少ない人達だし。御前試合で赤い騎士服を着ていた実力者だし。順当な人選だと思う。


 あれ? そう言えば、いつもは剣なんて持ってないのに、何で今日に限って持ってるんだろう? 普段は、厩舎とかキッチンとか、お仕事場に置いてあるものなのかな? それで、いざという時に剣を持って駆けつけるものなのかな? う~ん……。


 そんな事を考えていたら、いつの間にか東の塔まで来ていた。長い長い螺旋階段を、二人が凄い勢いで駆け上がる。そして、アオイの部屋の前に着くと、イェガーさんが勢い良く扉を開いた。


 開いた扉の先、アオイの部屋には人影が一つ。青いドレスと赤毛に近い金髪。


「ローザさん!」


 叫び、イェガーさんの肩から下りようともがく。すると、イェガーさんがゆっくり屈んで下ろしてくれた。


「アイリスちゃん!」


 駆け寄った私を、ローザさんが屈んでギュッと抱きしめる。良かった。これでローザさんとも合流出来た。安心したら、ちょっと泣きたくなってきた。でも、まだ泣いたら駄目。私にはお仕事があるんだから。泣くのは、離宮に着いてからだ。


「ローザさん、アオイは?」


 ローザさんの胸から顔を上げ、見上げる。すると、ローザさんの顔が泣きそうに歪んだ。


「それが……」


「いないの?」


 私の問いに、ローザさんが小さく頷く。


「ミーもいないな……」


 バルトさんが見つめる先にはミーちゃんの籠ベッド。両手に収まる位の大きさの籠に、手触りの良い布が敷いてあるだけのベッドだけど、ミーちゃんはとっても気に入っているらしい。寒い日が多くなってからというもの、この部屋にいる時、ミーちゃんはあのベッドか、暖炉の真ん前を陣取っている。


 確認するまでも無く、暖炉の前にもミーちゃんの姿は無い。そんな所にいたら、部屋に入った時、すぐに分かる。普通に考えて、アオイとミーちゃんは一緒にいるんだろうけど……。二人とも、どこに行っちゃったの?


「お一人で離宮に逃れたのか……?」


 そう言ったのはイェガーさん。考える時の癖なのか、顎髭を撫でている。私はそんなイェガーさんをキッと睨んだ。


「アオイ、そんな事しないもん! 逃げようと思ったら、私達を探しに来てくれるもん! 置いて行ったりしないもん!」


「ええ。そうです。アオイ様は絶対にそんな事はなさいません!」


 叫んだ私に、ローザさんも加勢してくれる。そんな私達の勢いに押されて、イェガーさんがたじろいだ。


「アオイ様はともかく、離宮に逃れるのに、あのミーが、この二人や俺を置いて行くとは思えない。イェガー、発言を撤回しろ」


「申し訳ありません」


 バルトさんの言葉に、イェガーさんが素直に頭を下げた。この二人、どうやら立場はバルトさんの方が上らしい。今、バルトさんってば、サラッとイェガーさんの事、呼び捨てにしたぞ。バルトさんはきっと、命令する時だけは、イェガーさんの事を呼び捨てにしてるんだな。だって、普段は料理長って呼んでるもん。


 それにしても、アオイってば、本当にどこ行っちゃったのかな? もしかして、私を探しに出て、入れ違いになっちゃったのかな? でも、ミーちゃんがいるんだから、図書室に転移して誰もいなかったら、すぐに部屋に戻って来るだろうし……。アオイが行きそうな所、行きそうな所……。う~ん……。


 はっ! まさか! 私はクローゼットに駆け寄ると、勢い良くその扉を開いた。空間操作術で広げられたクローゼットの端っこに、デンと鎧一式が置いてある。この鎧は、アオイへのお祝いの品で、各国の王様から届いた物だ。私の杖と同じアダマンティンで出来た、ツヤツヤテカテカキラキラした、アオイによく似合いそうな鎧。そして、その脇。一目見てすぐに分かった。私が思った通り、あるべきものが無くなっている。


「アイリスちゃん?」


 ローザさんが私の後ろからクローゼットを覗き込む。そして、腰が抜けたように、その場にへたり込んでしまった。両手で顔を覆い、すすり泣くローザさん。そりゃ、泣きたくもなると思う。その気持ち、私にもよ~く分かる。だって、アオイってば、剣を持って行っちゃったんだもん。きっと、戦いに行ったんだ。もう、色んな意味で泣けてくる。


「何か分かったのか?」


 バルトさんが、私とローザさんを見比べながら口を開く。ローザさんは今、答えられる状況じゃないし、こんな時こそ、私がしっかりせねば。


「剣、無いの。アオイ、きっと、戦いに行っちゃった……」


「くそっ! 料理長、この二人を頼む!」


 バルトさんは叫ぶと、窓に駆け寄り、それを開いた。そして、窓枠に足を掛ける。


「フルーク!」


 魔術の発動言語を口にしたバルトさんが空に身を躍らせた。空からアオイを探してくれるらしい。


 本当に、アオイは馬鹿だ。こんなに心配かけて! 普段は心配されるのを嫌うくせに、何でこんな時は心配かけるような事するかなっ! 怒ったぞッ! もう、アオイとはしばらく口きいてあげないんだから! アオイを連れて行ったミーちゃんだって同罪なんだから! しばらく遊んであげないんだからッ!

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