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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

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近衛師団長の憂鬱Ⅸ 1

 ある夜、執務室で仕事をしていると、私室側の扉がノックされた。この時間に、しかもあちら側の扉から訪ねて来る人物は一人しかいない。書類から顔を上げずに短く返事をすると、ガチャリと扉が開いた。


「お邪魔しまーす! また来ちゃった。えへっ」


 そう言って執務室に入って来たのは、僕の予想通り、叔父上だった。アイリスが叔父上夫婦の部屋に泊まる度、叔父上はこうして僕の元にやって来る。空き室ならば、いくらでもあるというのに。


「いい加減、空き部屋を一室もらったらどうです?」


「えぇ! ラインヴァイスが寂しいと思って、せっかく来てあげたのにぃ!」


「誰も頼んでいません」


「冷たい! ラインヴァイスが冷たい!」


 叔父上はそう叫んだかと思うと、しくしくと泣き真似を始めた。それを無視しつつ、書類に目を通し続ける。暫くすると、僕に構ってもらう事を諦めたのか、叔父上が泣き真似を止めた。そして、執務机の傍らにしゃがみ込んだかと思うと、机の上に顎を付く。


「書類の片づけ手伝うからさぁ。今晩も泊めて?」


 横目で叔父上を見ると、彼は何かを訴えるかけるように、上目遣いで僕を見つめていた。寝間着とお揃いの帽子を被り、今日はご丁寧に愛用の枕まで持って来ている。この姿、叔父上なりの気遣いなのだろう。


「分かりました。では、今日のノルマです」


 そう言って叔父上に紙束を渡すと、彼の顔がパッと明るくなった。嬉しそうに笑う叔父上を見て、思わず苦笑してしまう。本当に、この人には敵わない。


 こうして、僕は執務机で、叔父上はソファで書類に目を通し始めた。時折、書類を捲る音が室内に響く。


 正直な所、叔父上がこうして書類の片付けを手伝ってくれるのは非常に有り難い。アイリスとアオイ様の魔術指導を始めてからというもの、ゆっくりと書類を片付ける時間が取り難くなったからだ。それでも、睡眠時間を削って何とかやりくりをしていたが、最近はお披露目や祝いの品の件もあり、徹夜になる事が増えてしまった。


 アイリスとアオイ様の師を買って出たのは僕自身だ。どんなに忙しくなろうとも、それを後悔はしない。たとえ睡眠時間を削っても、近衛師団長としても二人の師としても、手を抜くつもりは無い。しかし、手が回りきらなくなってしまったのも事実。書類の片付け然り。アイリスへのフォロー然り。もし、書類の片づけを叔父上が、アイリスへのフォローをノイモーントやフォーゲルシメーレ、ローザ様がしてくれなかったら……。


 きっと、叔父上ならば、こうはならないはずだ。自分自身の未熟さが情けない。ちらりと、ソファで書類に目を通す叔父上を見る。彼は真剣そのものといった顔で、次々と書類に目を通し、承認のサインを書き込んでいた。


 一昔前の叔父上は、常に数人の弟子を抱え、宰相の職もこなしていた。今の僕以上に激務だったはずだ。それなのに、僕達に微塵もそれを感じさせなかった。いつも飄々としていて、きちんと仕事をしているのか心配になるくらいだった。


 ふと、幼い頃の情景が脳裏に蘇る。叔父上は魔術の修練が終わると、必ず一緒に昼寝をしてくれていた。僕とウルペスが寂しくないように、と。


 僕が物心ついた頃には、父上は次期竜王であった兄上にかかりきりだった。遊んでもらった記憶は無い。母上や騎士団の面々にはよく遊んでもらったし、兄上も僕を可愛がってくれていたが、それでも寂しかった。父上に振り向いて欲しかった。


 そんな父上が僕の為にしてくれた唯一つの事。それが僕の従者兼遊び相手として、ウルペスを連れて来た事だった。王になれるような立場でも器でもない僕だが、王の子として従者の一人もいないのは体面が悪い、と。


 その直前、ウルペスは両親を亡くしていた。それを僕が知ったのは、彼が僕の従者兼遊び相手になってくれてから少し経ってからだった。その話をしてくれた時、ウルペスは心底嬉しそうに笑っていた。父上からその申し出があった時は、飛び上がるくらい嬉しかったんだ、と。独りでも野垂れ死ぬ事は無かっただろうけど、今みたいに楽しいなんて感じる余裕は無かっただろうからね、と。


 笑うウルペスを見て、寂しいなどと思っていた自分が恥ずかしくなった。僕には父上も母上も兄上もいる。会いに行こうと思えばすぐに会える。言葉を交わそうと思えば交わせる。ウルペスは、それすらも出来ないというのに――。


 あの頃、叔父上は僕とウルペスにとって、掛け替えの無い存在だった。父親代わりと言えるほどに。それくらい、僕達を可愛がってくれていたし、僕達も叔父上を慕っていた。叔父上は、僕達と過ごす時を何よりも大切にしてくれた。人一倍愛情深く、僕達の小さな変化も見逃さない。そんな師だった。叔父上とウルペスがいてくれたからこそ、今の僕がある。


 目指すべき目標――。僕にとって、叔父上は理想の師だ。いつか、この人のようになりたいと思っている。しかし、叔父上を近くで見れば見るほど、その偉大さ、そして、自分の未熟さに気付かされる。


 叔父上がこうして、僕の元に度々やって来るのも、アイリスが部屋に泊まっているからと言うのは口実だろうと、最近になって気が付いた。本当の目的は、僕の手助けをする事。僕一人では書類を処理しきれないだろうと分かっているのだ。毎回決まったように寝間着で訪ねて来るのも、僕に目的を悟らせない為。手伝いに来たと言えば、僕のプライドが傷つく事が分かっているから。


 二人で黙々と書類を片付けていると、徐に扉をノックする音が響いた。廊下側の扉。という事は、騎士団の誰かか? こんな時間に? 思わず、叔父上と顔を見合わせる。


「はい。どうぞ」


「失礼します」


 執務室の扉を開いたのはバルトだった。神妙な面持ちで室内に足を踏み入れる。


「どうしました、こんな時間に。急ぎですか?」


「はい。なるべく早くお伝えした方が良いかと……。ミーが先程、世話係りが迎えに来たと言っておりまして……」


「世話係り、ですか」


「はい。姉を探す時にも付いて来てくれた第一の家来だと言っておりましたので、離宮にてアオイ様を攫った聖騎士かと……」


「そうですか……」


 僕は深い溜め息を吐いた。あと半月弱で、兄上とアオイ様のお披露目だというのに……。何故、こうも上手くいかないものか……。


「バルト。それ、どうやって知ったのか言ってた?」


 口を開いたのは叔父上だ。普段はあまり見せる事は無い、真剣な面持ちでバルトを見つめている。


「いえ、そこまでは……。突然、驚いたように声を上げたと思ったら、そう伝えられ、私もその後は世話係りの事を聞いておりましたので……」


「そう……」


 叔父上は短く答えると、考え込むように口を閉ざした。きっと、今後の方針を練っているのだろう。排除すべきか、捕らえるべきか。そして、それをどこで行うか。


「今現在の居場所は?」


 僕がそう尋ねると、バルトは申し訳無さそうな表情で首を横に振った。


「大まかにしか分からないようでした。しかし、もうすぐ迎えに来ると言っていましたので、数日中ではないかと……」


「という事は、国内に入ったと思って良いのでしょうね……」


 猶予は数日、か……。排除するにしても捕らえるにしても、竜王城の近郊で待ち伏せるしか方法は無さそうだ。もう少し早く分かれば、索敵も間に合ったかもしれないが……。


「もう一つ確認」


 口を開いた叔父上は真剣な表情を崩さず、ジッとバルトを見つめている。普段とは違う叔父上の様子に、バルトが緊張したようにごくりと喉を鳴らした。


「はい、何でしょう?」


「白い子は、世話係りの元に行きたがっていた?」


「いえ。ミー自身は、家族がバラバラなのは嫌だ、と」


「じゃあ、あの子は、アオイさんがこちら側にいる限り、味方と考えて良いんだね?」


「そう思って間違いないと思います」


「そう……。バルト、一つ、頼まれ事を聞いてくれないかな?」


「はい。何なりと」


「白い子に、城で戦闘が起こった場合、アオイさん、ローザさん、アイリスの三人を連れて、離宮に転移するように伝えて欲しい。アオイさんと再会した離宮だって言えば、あの子にも分かるでしょ」


「分かりました」


 バルトは一礼すると執務室を後にした。その姿を見送り、僕は口を開く。


「叔父上。まさか、ここで迎え撃つつもりですか?」


「うん。ここで待ってれば、確実に来るし」


「しかし――」


「下手に城の外で迎え撃とうとして戦力を分散させるより、ここに戦力を集中させた方が効率的。アオイさんにはおとりになってもらう訳だけど、彼女の身の安全は、白い子が味方でいてくれれば保障される。アイリスとローザさんの身の安全も」


「万が一にでも、城が落とされたらどうするつもりです?」


「僕と君がいて、この城が落とされる? それ、面白い冗談だね」


 叔父上はそう言うと、ローテーブルの上に両肘をつき、手を組んだ。そして、その上に顎を乗せ、スッと目を細める。


「白い子以外、中央神殿の奴らに気が付いた者はいない。という事は、軍勢ではなく、冒険者や旅の者に紛れて行動している。不審に思われない程度の人数――五、六人ってところだろう。空間操作術師の罠と、結界術師の守りがあるこの城を、そんな少人数で落とせると、本気で思ってる?」


 そう言って、叔父上が横目で僕を見た。不穏な空気が叔父上から漂ってくる。普段は腰の重い叔父上だが、ここに来て本気を出すつもりらしい。叔父上に任せておけば大丈夫。そう思う反面、不安は拭えない。


「ですが――」


「猶予は数日ある。謁見の間以外に被害を出さないよう、新たに結界を張るには時間が足りない? 結界術師さん?」


 叔父上にこういう言い方をされると何も言い返せない。僕は首を横に振った。


「いえ……」


「じゃあ、そういう事で。シュヴァルツには僕から報告しておく」


「……はい」


「もぉ、嫌だなぁ。そんな不安そうな顔しないでよ~! 僕の方でも罠を増設するし、探索魔術だって使うんだからさぁ」


 叔父上が相好を崩し、カラカラと笑う。彼は今回の件、排除するにしても捕らえるにしても自信があるのだろう。しかし、もし、先の大戦のような悲劇が再び起きたら……。あんな思いをするのはもう御免だ。僕は両の拳をギュッと握り締めた。


 それを見た叔父上がソファから立ち上がり、執務机に寄る。そして、僕の頭に手を伸ばすと、幼い頃よくしてくれたように、僕の頭を撫でた。


「大丈夫だよ、ラインヴァイス。悲劇は二度とくり返させない。僕が絶対に防ぐから」


 その言葉に顔を上げると、叔父上が優しく微笑んだ。先の大戦以降、殆ど見せなくなった師としての顔。それを見て、僕の心の中の不安がスッと引いていった。


「叔父上がそこまで言うのなら、大丈夫なのでしょうね、きっと」


「そうそう。大丈夫、大丈夫。大船に乗ったつもりでいなさーい!」


 叔父上はそう言うと、自身の胸を叩いた。そんな彼に笑みを返す。


「分かりました。では、今からでも出来る事を始めます」


「頼んだよ、ラインヴァイス」


「ええ。泥舟で叔父上と心中は御免蒙りますからね」


「うん? それ、僕の事、全く信用してない気がするのは、僕の気のせいかな?」


「さて、どうでしょうかね」


 僕は笑いながら立ち上がった。叔父上の事は、誰よりも信頼している。しかし、それを口にするのは、負けた気がして悔しい。それを素直に伝えられるようになるのは、この人に追い付けた時だろうな、きっと。

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