リーラ 6
お披露目も近くなったある日、アオイが謁見に出る事になった。何でも、最近、謁見を求めてお城に来る人達は、アオイ目当てなんだとか。
よく考えてみると、竜王様のお后様になった人がどんな人か、気にならない人っていないはず。私だって、お城でアオイのお世話をしてなかったら、竜王様のお后様になった人がどんな人なのか、気になるもん。まあ、実際に会いに行こうとは思わないだろうけど。普通の人族は、魔人族が怖いんだもん。きっと、アオイに会いに来ているのは、魔人族の人達なんだと思う。
そんなこんなで、アオイに新たな日課が出来た。お昼までは竜王様と一緒に謁見に出ている。それが終わって、お昼を食べてから、アオイは竜王様と一緒に魔術の勉強か剣の訓練をしている。こうして考えると、アオイってば結構忙しくなったと思う。でも、それもお后様の務めというものらしい。アオイも大変だなぁ。
午後の剣の訓練が終わり、アオイが部屋に戻って来た。ウキウキした様子で洗面所に向かうアオイの後ろ姿を見送り、テーブルの準備をする。今日の夕食はとっても珍しいものだってイェガーさんが言ってたけど、ご機嫌なアオイと何か関係があるのかな? ここまでご機嫌なアオイ、最近見てなかったら気になる。
「先生。アオイ、ご機嫌だね」
「ええ。何でも、謁見でブタイノシシの燻製肉の塊を頂いたらしいですよ」
「ぶたいのしし?」
「魔大陸ではとても珍しい獣ですね。アオイ様の生まれた地では、一般的に食されている獣だったようですけど」
「へぇ~」
アオイの生まれた世界で食べていた獣の燻製肉を貰ったから、あんなにご機嫌なのか。イェガーさんが言ってた珍しい物って、ブタイノシシの事なのか。
食べ物でご機嫌になるって、アオイってば子どもみたい。でも、気持ち、分からなくはないんだよなぁ。私だって、ごはんがお芋ばっかりになったら、嬉しくってご機嫌になるもん。
徐にノックの音が響き、私は扉に駆け寄った。開いた扉の先には、大きなお盆を手にしたローザさん。サラダとスープ到着! ローザさんはこの後、メインとデザートをここに届けたら一旦休憩だ。ローザさんはローザさんで、ブロイエさんと一緒にお部屋でごはんを食べるんだもん。
ローザさんがテーブル脇のカートの上にお盆を置き、踵を返した。と思った瞬間、扉がノックされる。先生が返事をすると扉が開き、その先には、ミーちゃんのごはんと水を持ったバルトさんが立っていた。一瞬、ローザさんの眉間に皺が寄る。バルトさんもしかめっ面。この二人、本当に仲が悪いなぁ。
一瞬、ローザさんとバルトさんの間に火花が散ったものの、ここで喧嘩を始めるつもりは無いらしい。ローザさんはフンッとそっぽを向き、部屋を出ていった。バルトさんはバルトさんで、ミーちゃんのごはんと水をしかめっ面で準備し始める。と、ミーちゃんがバルトさんの元に駆け寄り、彼の手を一舐めした。とたん、バルトさんの顔が緩む。一瞬にして、バルトさんのご機嫌が治った! 恐るべし、ミーちゃん!
ご機嫌になったバルトさんは、ウキウキした様子で帰っていった。足取り軽やかに、スキップでもするように。普段は生真面目なバルトさんだけど、ミーちゃん、と言うより、獣関係では性格が変わる。そんなだから、お城中で「獣狂い」って言われるんだよ……。
テーブルの準備が終わり、少しするとローザさんがメインのお皿とデザートのお皿が乗ったお盆を持って来てくれた。これでアオイと竜王様のごはんの準備は終わり。後は、二人の準備が出来るのを待つばかりだ!
少しすると、竜王様が姿を現した。アオイはまだお風呂中。あんまり遅いようだったら、様子、見て来ようかな……。と思っていたら、アオイも準備が出来たらしく、洗面所から出て来た。
アオイがテーブルに着くと、先生がサラダを出した。とたん、アオイが凄い勢いでそれを口に掻き込む。ええ! あんな勢いで食べるの? 私は慌てて次のお料理、スープの準備に取り掛かった。
金属の容器に入ったスープにお玉を入れ、中身をぐるぐる、ぐるぐる。こうする事で、全体に具が行き渡る。それに、容器の温め効果で熱々のスープになる。でも、アオイがサラダ食べ終わるまでに温め終わるかな……?
私が心配した通り、スープが温め終わるより先に、アオイがサラダを食べきった。どうせ、アオイは熱々のスープなんて飲めないし、これで良いか……。そう思い、湯気が上がり始めたばかりのスープをカップに入れる。アオイのサラダのお皿を下げた先生がそれをお盆に乗せ、テーブルへと向かった。
アオイが凄い勢いでスープを飲み干す。グビグビと音がしそうな勢いで。そんなにブタイノシシの燻製肉が早く食べたいの? 誰も盗ったりしないよ? 足が生えて逃げたりもしないんだよ? もっとゆっくり食べなよ、アオイ。そう思い、苦笑する。見ると、先生も竜王様も苦笑しながらアオイを見ていた。
とうとう、アオイお待ちかねのメインディッシュ。先生が、ブタイノシシの燻製肉ステーキが乗ったお皿をアオイの前に置くと、アオイの目が輝いた。満面の笑みでブタイノシシの燻製肉を頬張るアオイを見て、何だか心がポカポカしてきた。
こんなにうれしそうなアオイ見たの、いつぶりだろう? アオイが記憶を失う前だから……。そっか。もう二月も経つのか。
記憶を失ってからというもの、アオイはどこか不安そうな顔をしていた。それに、リーラ姫の事を知ってからは、悲しそうにしている事もあった。とっても心配だったけど、アオイは心配される事を極端に嫌う。だから、よっぽどじゃない限り、普通にしてようって決めていた。それが、アオイの為だと思ったから。
アオイは次々とブタイノシシの燻製肉ステーキを口に運び、あっという間に食べ終えた。そして、ガックリと項垂れる。
「ああ……。もう無くなっちゃった……」
すご~く悲しそうな顔でお皿を見つめながらアオイがそう呟いた。そんな、泣きそうな顔、する事無いのに。燻製肉は塊で貰ったんだから、明日だって食べられるはずなのに……。
「あの……。おかわり、持って来ましょうか?」
ず~んと落ち込むアオイに声を掛けたのは先生だ。それに反応したアオイがガバッと顔を上げる。思いがけないアオイの反応に、私の身体がビクッと震えた。ついさっきまで落ち込んでたと思ったのに。ビックリしたぁ。
「あるの? おかわり、あるの?」
そう言ったアオイの目が爛々と輝く。アオイが元気なのは嬉しい。でも、アオイのこの顔、お腹を空かせた獣みたいでちょっと怖い。
「え、ええ。厨房に頼めば……。焼く時間を少々頂く事になるかと思いますが……」
「やったぁ! ばんざ~い! おかわりぃ!」
両手を上に挙げ、アオイが叫ぶ。アオイってば、子どもみたい。でも、アオイのこういうところ、私、結構好き。
「頼んできます」
先生は苦笑しながら頭を下げた。そして、竜王様に視線を移す。竜王様が小さく頷いた瞬間、先生の姿がフッと消えた。
まさかまさかの転移魔術。今の先生の視線は、「転移魔術使わせて」って事だったらしい。竜王様も先生の考えを一瞬で理解出来るなんて、流石は兄弟! 考える事が似てるんだな。
おかわりを待つ間、アオイと竜王様は談笑していた。アオイの嬉しそうな顔を見るのも久しぶりなら、竜王様の穏やかな顔を見るのも久しぶりだ。竜王様がここのところずっと、こういう顔をしていなかったのは、アオイが心配だったからなんだろうなぁ。
「――元気になったようだな」
竜王様の言葉に、アオイが首を傾げた。そして、口を開く。
「言う程、元気が無かった訳じゃ無いでしょ?」
そりゃ、塞ぎ込んでいたり、泣いて過ごしたりしていた訳じゃ無いけど……。みんな心配してたんだから! もう! そんな不思議そうな顔、しないの!
「ああ。だが、思い詰めてはいただろう。いつ中央神殿に行くと言い出す事かと、肝を冷やしていた」
「そっか。大丈夫だよ、シュヴァルツ。私、今、この状況で、中央神殿に行くなんてバカな事、言わないから」
「そうか」
「ただ、いつか――ずっと先の未来でも良いの。もし、人族との和平が出来たら、一度、リーラちゃんがどうなったのか、確かめに行きたいなとは思ってるの。だからね、今すぐには無理でも、シュヴァルツには人族との和平、頑張ってもらいたいな、なんて……」
「ああ」
竜王様はアオイの言葉に力強く頷いた。こうして、竜王様がやる気を出してくれるのは心強い。いつかきっと、メーア大陸の人族と仲良く出来る気がする。
でも、ウルペスさんの事を考えるとモヤモヤする。だって、彼はきっと、それを待つ事なんて出来ないもん。大切な人が無事なのかどうなのか、ずっと心配し続けるなんて、そんなの辛すぎるもん。私だったら、絶対に嫌だもん。先生もきっと、それを分かってるんだと思う。だから、ウルペスさんがメーア大陸に行きたいって言っても止めなかったんだ。
竜王様もブロイエさんも、ウルペスさんを止める事は出来ないと思う。だって、みんな大切な人がいるんだもん。大切な人が行方不明になったら探しに行きたいって気持ち、分かるはずだもん。でも、私、ウルペスさんとお別れになるの、寂しいよ……。悲しいよ……。せっかく仲良くなれたのに……。




