表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/265

リーラ 3

 朝ごはんを食べ終わり、先生がポケットから時を知らせる魔道具を取り出した。それで時間を確認し、先生が立ち上がる。


「この後、フォーゲルシメーレの所に行ってきますので、アイリスはここで待っ――」


「私も行く!」


 置いてけぼりなんて嫌! そう思って慌てて立ち上がると、先生が困ったように笑った。


「気付け薬と胃薬を貰ってくるだけですから。ここで待っていて下さい」


「嫌! 私も行く!」


「すぐに戻りますから」


「嫌!」


 独りぼっちで待つなんて、絶対に嫌だ。さっきだって、心細くて寂しくて、ちょっと泣きたくなったんだもん!


 先生はそれ以上何も言わず、使った食器を手に、カウンターへと向かった。私も食器を手に、慌てて先生の後を追う。


 食器を下げ、二人で廊下に出ると、先生が私に背を向けて屈んだ。またおんぶらしい。でも、置いて行かれるよりは断然良い。そう思って先生の背に飛び乗ると、先生がゆっくりと立ち上がった。


「では、合図を」


「ん。よぉ~い、どん!」


 私の合図で先生が走り出す。さっきと走る速さはそんなに変わらない。でも、角を曲がる時に片手を付いてそれを軸にしたり、階段を全段飛ばししたりする事は無い。ごはんの直後にあんな無茶な走り方をしないのが、とっても先生らしい。


 しばらく先生の背に揺られていると、フォーゲルシメーレさんの地下研究室の前に到着した。先生がコンコンと扉をノックすると、中からフォーゲルシメーレさんの声が返ってくる。


 ガチャリと扉が開き、フォーゲルシメーレさんが顔を出した。そして、私達を見て目を丸くする。


「これは、何とも不思議な出で立ちで」


 言われて気付く。先生に下ろしてもらうの、忘れてた! 慌てて下りようともがいてみても、先生が屈んでくれない。手も離してくれない。それどころか、今のでずれた位置を直すように、よいしょと背負い直されてしまった。あれぇ? このまま乗ってても良いの?


「フォーゲルシメーレ。気付け薬と胃薬を急ぎで頂けます?」


「また徹夜ですか……。感心しませんね」


「分かっています」


「どうだか……」


 フォーゲルシメーレさんはやれやれと溜め息を吐き、部屋の中に引っ込んだ。彼の反応を見る限り、先生が気付け薬と胃薬を貰いに来るの、今日が初めてじゃないっぽい。しょっちゅう貰いに来ているっぽいなぁ。そんな事を考えながら待っていると、フォーゲルシメーレさんが再び顔を出した。手には二本の小ビン。それを先生に手渡す。


「以前お渡しした分は、もう使い切ったのですよね?」


「ええ」


 先生が頷くと、フォーゲルシメーレさんが大きな溜め息を吐いた。


「ストック、準備しておきます。今夜にでも取りに来て下さい」


「いつもすみません」


「そう思うのでしたら、しっかり睡眠を取って下さい。何の為に、我々連隊長がいると思っているのです?」


 そう言ったフォーゲルシメーレさんの顔は、怒っているように見えた。普段は先生に負けないくらい優しい顔つきをしているフォーゲルシメーレさんが、こういう顔をするって珍しい。本気で怒ってるっぽいな……。


 私はなるべく、フォーゲルシメーレさんのお世話にならないようにするぞ。具合悪くならないように気を付けよっと! じゃないと、フォーゲルシメーレさんに怒られちゃうもん。


 先生は二本の小ビンの中身を一気に飲み干すと、空になったそれらをフォーゲルシメーレさんに渡した。そして、彼にお礼を言い、食堂へと向かう。帰りも、先生は私をおんぶしたまま、軽く走っていた。


 食堂の前に着くと、先生は私を背中から下ろし、隣のキッチンへと向かった。私も遅れないように、先生の後に続く。キッチンの扉をノックして中に入ると、既にバルトさんがミーちゃんのごはんと水の乗ったお盆を手に待機していた。


 バルトさんはミーちゃんの専属お世話係り。だから、ミーちゃんの朝ごはんを準備するのはバルトさんのお仕事。本当は、アオイの朝ごはんのついでに私達が持って行ってあげても良いんだけど、バルトさんは自分でやりたいみたいで、絶対に私達に頼んだりしない。ユニコーンの厩舎で朝のお世話だってしないとだから、とっても忙しいはずなのに。ミーちゃんのお散歩にだって付き合ってるし、バルトさんってば、ユニコーンのお世話、サボってたりしないよね?


 私はイェガーさんにカバンを背負わせてもらい、大きめのお盆を受け取った。カバンの中身は、ナプキンに包まれたナイフとフォーク。それに、ランチョンマット。こうした方が持ちやすいだろうからって、イェガーさんが最近になって準備してくれた。先生もイェガーさんから大きなお盆を受け取り、私達三人は連れ立ってアオイの部屋へと向かった。


 アオイの部屋に入ると、既にアオイは起きていたらしく、洗面所から水の流れる音が聞こえてきた。きっと、顔を洗ってるんだろう。その間に、私と先生は手早くカーテンを開け、テーブルの準備を始めた。


 バルトさんがテーブルのすぐ脇にミーちゃん用の水と餌の入ったお皿を置く。すると、ウキウキした様子のミーちゃんがこちらに向かって来た。バルトさんがしゃがみ込み、そんなミーちゃんの背を撫でると、ミーちゃんが朝の挨拶をするように短く鳴いた。


 さりげなく、先生がミーちゃんの餌と水の置いてある場所から遠ざかる。先生ってば、本当にミーちゃんが苦手なのね。こんなに可愛いのに。私がミーちゃんに挨拶をすると、ミーちゃんも私に向かって挨拶するように鳴いた。


 ミーちゃんが朝ごはんを食べ始めるか食べ始めないかというタイミングで、アオイが洗面所から出て来た。やっぱり、今日も目が赤く腫れている。泣いたようにも見える顔だ。まさか、寝ながら泣いてるなんて事、無いよね? 気にしないようにしているけど、やっぱり気になってしまう。だって、アオイが辛かったり悲しかったりしたら、私だって辛いし悲しいんだもん……。


 バルトさんがアオイを見て立ち上がった。なるべくアオイと顔を合わせたくないんだと思う。私とは普通に話をしてくれるから忘れそうになるけど、エルフ族のバルトさんは人族が嫌いなんだもん。それに、アオイは御前試合の時、バルトさんを霜と氷柱塗れにした前科があるんだもん。アオイ自身はそれを、きれいさっぱり忘れちゃってるけど、バルトさんはちゃんと覚えている訳で……。だから、バルトさんがアオイを避けたくなるのも仕方ないと思う。


「では、ミー殿。俺はそろそろ仕事に――」


「みゃ~。みゃあぁお~!」


 「戻ります」とバルトさんが言い終わらないうち、ミーちゃんが慌てたようにバルトさんの足にひしっとしがみ付き、何かを訴え始めた。バルトさんが嬉しいけど困ったというような、そんな複雑な顔でそれを聞いている。


 きっと、ミーちゃんは「もう?」とか、「行かないで!」とか、「もっとゆっくりしていきなよ」とか、そんな事を言ってるんだと思う。バルトさんの顔を見て、何となくそう思った。


 バルトさんがミーちゃんに謝りつつ部屋から出ると、それと入れ替わるように竜王様が姿を現した。微笑むアオイを見て、竜王様の口の端がほんの少し上がる。いつもと変わらない風景。何だか、それがとっても嬉しい。


 アオイの記憶はほとんど戻ってないし、アオイと竜王様の関係だって、前と同じという訳じゃ無いと思う。それでも二人揃って朝ごはんを食べて、それを先生と私がお世話して……。いつも通りの一日が始まったって、そう思えるんだもん。


 今日から、アオイはまた図書室で魔術の勉強を始める予定。この後やって来るローザさんに着替えを手伝ってもらったら、みんなで一緒に図書室に移動だ。何だか、アオイが記憶を失う前に戻った気分。記憶を失ったアオイを守る為に、魔術と剣の事は黙ってたんだから、浮かれていたらいけないんだろうけど、嬉しいものは嬉しい。


「ねえ? シュヴァルツ?」


 朝ごはんを食べ終わり、ソファに移動して食後のお茶を飲んでいたアオイが、正面に座って同じく食後のお茶を飲んでいる竜王様を呼んだ。顔を上げた竜王様がアオイを睨――んでないな。不思議に思って、アオイを見つめているだけだな。竜王様の顔がおっかなすぎて、一瞬、睨んでるのかと思ってしまった……。


「私、最近、不思議な夢を見るの」


「夢……」


「うん。薔薇園のガゼボでね、私、独りぼっちで泣いてるの。結構頻繁に見る夢でね、印象的な夢だから気になって……。何か心当たり、無いかなぁなんて思って」


 アオイの話を聞き、竜王様は少し視線を彷徨わせた。私と先生は顔を見合わせる。アオイの夢、まさか、リーラ姫と関係無いよね?


 アオイのお気に入りの薔薇園は、リーラ姫が生きていた時に作り上げたものだ。そんな薔薇園で、独りぼっちで泣いてるなんて……。寝起きのアオイの目が赤く腫れてたのも、その夢を見て泣いてたから?


「あそこ、私のお気に入りの場所だったんでしょ? もしかしたら、私が記憶を取り戻す切欠になったりするかなぁ、なんて思ってるんだけど」


 アオイがそう言うと、竜王様はソファから立ち上がった。そして、今日も持って来ていた真新しいドレスをアオイに差し出す。


「あの……?」


「準備しろ。心当たりに連れて行く」


 竜王様の言葉を聞き、アオイは着替えを受け取ると、慌てたように洗面所に駆け込んだ。そんなアオイの背を見送り、竜王様が小さく溜め息を吐く。


「竜王様……」


「リーラの事、話すべき時が来たようだ」


「そう、ですか……」


 先生は短く返事をすると、悲しそうに目を伏せた。リーラ姫の事を知ったら、アオイが苦しむのが分かってるからだ。大好きな人には笑顔でいて欲しい。そう思うのは当たり前。私だって、アオイに苦しんで欲しくない。だから、出来ればリーラ姫の事、知らないままでいて欲しかった。


 でも、リーラ姫の事を話すと決めたのは竜王様。もしかしたら、それがアオイの為に――記憶を戻す切欠になるかもしれないから。アオイの夫である竜王様が決めた事に、私達が口を挟むなんて出来ない。アオイが苦しむかもしれないって思うだけで、こんなにも泣きたい気持ちになるのに……。


 しばらくすると、アオイが洗面所から出てきた。エメラルドグリーンのドレスのそこかしこに、ピンクのリボンと白いレースが付いた、物凄く可愛らしい格好をして。いつもなら絶対に着ないドレスだ。急いでて、今日はどんなドレスを渡されたのか確認しなかったんだな、きっと。


 竜王様がアオイに手を差し出すと、アオイがその手を取った。おとぎ話の王子様とお姫様みたい。こういうの、お似合いって言うんだろうなぁ。


 そのまま、二人の姿がフッと消えた。竜王様の転移魔術でどこかに移動したらしい。大ホールかな? あそこには、リーラ姫の絵が飾ってあるもん。リーラ姫の顔を見たら、アオイが何か思い出すかもしれないもん。思い出さないかもしれないけど。


 それとも、薔薇園に行ったのかな? アオイ、薔薇園の夢、見るって言ってたし。どちらにしても、リーラ姫の事を知ったアオイが悲しむのは分かりきっている。だから、アオイが戻って来たら慰めてあげないと! だって、私はアオイが大好きだから。先生の事を考えるとモヤモヤする事が多いけど、それを差し引いても、アオイが私の大切な人だっていうのに変わりないんだもん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ