表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/265

リーラ 2

 その日の夜、私は先生のお仕事部屋に呼ばれた。ソファに先生と向かい合わせに座り、出されたお茶を飲みつつ、先生の話を聞く。話の内容は、魔術と剣の事がアオイに分かってしまったって事だった。ブロイエさんが口を滑らせたらしい。だから、明日からまた、前みたいに一緒に勉強する事になるだろうって。これはアオイが希望したらしい。


 先生からの話を聞き終わり、私は今日、ウルペスさんに会った事、彼が言っていた事を先生に話した。先生は悲しそうに目を伏せ、黙ってそれを聞いていた。


「だからね、先生が行って、話を聞いてあげて。じゃないと、ウルペスさん――!」


「話は分かりました。後程、叔父上に様子を見て来てもらいます」


 ブロイエさん? 先生じゃなくて?


「何で先生が行ってあげないの? ウルペスさんは、先生の友達じゃないの? 絶交しちゃったの?」


 先生は何も答えなかった。ただ寂しそうな目をして、誤魔化すように笑うだけ。


「先生じゃないと駄目なのに……! ウルペスさん、言ってたもん。先生に、一緒に悼んで欲しかったんだって!」


「それは、僕がウルペスを騙すような事をしなかったら、でしょう? もう、僕の顔なんて見たくないですよ、きっと……」


 そう言って目を伏せた先生と、先生に一緒に悼んで欲しかったと言った時の泣きそうな顔のウルペスさんが重なる。このままで良いの? こんな、悲しそうな顔してるのに……。


 喉の奥が痛くなり、ジンと目が熱くなった。滲んだ涙をごしごしと袖で拭き、キッと先生を睨む。


「先生はウルペスさんの事、友達だって思ってるんでしょ? だったら、こういう時、すぐに行ってあげないといけないんだよ。話、聞いてあげないといけないんだよ。それで、力になってあげないといけないんだよ! 支えてあげないといけないんだよ!」


 楽しい時だけじゃなく、辛い時も一緒にいてくれるのが本当の友達。ずっと前、母さんがそう教えてくれた。楽しい時に一緒にいてくれる人はたくさんいるけど、辛い時に一緒にいてくれる人は少ないのよって。そういう本当の友達を見つけて、大切にしなさいって。


「ウルペスさんが怒ってるとか怒ってないとか、そんなの関係ないっ!」


 叫び、ソファから立ち上がる。肩で息をする私を、先生が驚いたように見つめていた。と思ったら、先生は目を伏せ、口を開いた。


「ウルペスは……会ってくれるでしょうか……」


「会ってくれるまで、何回でも会いに行くの!」


「何回でも……」


「ん! ウルペスさんも先生の事、友達だって思ってたら、そのうち許してくれるもん! 先生だってそうでしょ? ウルペスさん事、顔も見たくないって思ってても、何回も会いに来てね、謝られたら許すでしょ?」


「……そう、ですね」


 顔を上げた先生がにこりと笑う。どこか吹っ切れたような笑顔。きっと、ウルペスさんは大丈夫。先生が何とかしてくれる。そう思える笑顔だ。それを見て、安心したら泣けてきた。


 しゃくりあげ始めた私を見て、先生がソファから立ち上がった。そして、傍に来たかと思うと私を抱き寄せ、背中をトントンしてくれる。


「この後、ウルペスに会いに行きます。会って、謝ってきます。そして、リーラの事、今後の事、二人で話をします」


「ん……」


「ありがとう、勇気をくれて」


 そう言った先生の手が、私の髪に触れた。もてあそぶように髪束を指に絡めつつ、先生が口を開く。


「僕があげた香油、ちゃんと使っているのですね」


 先生が言った通り、離宮に行った時から、ほんの少しずつだけど香油を毎日使うようになった。というのも、香油を使うと、パサパサの私の髪でもまとまりやすくなって、髪を結うのが楽になると分かったからだったりする。


 先生の事は特別好き。でも、こうやって匂い確かめられるのは何か嫌だ! 恥ずかしいッ! そう思って、先生のお腹の辺りに両手を突っ張り、のけぞるようにして逃げた。アワアワと慌てる私を見て、先生がクスリと笑う。


「早くウルペスと仲直りしないとアイリスの香油が無くなりそうですし、頑張りますね」


 ウルペスさんと香油のつながりがよく分からない。でも、先生がウルペスさんと仲直りを頑張ってくれるなら何でも良いや。私が笑って頷くと、先生も笑顔で頷き返してくれた。


 次の日、朝の準備も終わり、先生が迎えに来てくれるのをベッドに座って今か今かと待った。でも、いつまで待っても先生が迎えに来ない。いつもなら、私の準備が終わる頃に迎えに来てくれるのに。そう思いつつ私は廊下に出ると、コンコンと先生のお仕事部屋に繋がる扉をノックした。中からの返事が無い。まだ私室にいるのかな? う~む……。あんまり遅くなると、ゆっくり朝ごはん食べられないしなぁ……。いいや。突撃ぃ!


 そっと扉を開き、お仕事部屋の中を覗き込む。廊下の明かりに照らされた薄暗いお仕事部屋のその中央、大きなお仕事机の上に、大きな塊が乗っている。あれって……。私はお仕事机に寄ると、大きな塊――机に伏せて寝ている先生を揺すった。


「先生。先生! ラインヴァイス先生! 朝ですよ! 起きて!」


「ん……。もう、そんな時間ですか……」


 ゆっくり目を開けた先生が、机に伏せたまま、顔だけこちらに向けた。ボーっとした顔で私を見つめる先生を見て、心臓がドキドキとうるさく鳴った。


 こうして先生を起こしてあげるの、悪くない。だって、寝起きの先生が見られるんだもん。いつもは隙なんて無いくらいピシッとしてる先生だけど、流石に、寝起きは隙だらけ。ちょっと可愛いな、なんて。うふふ。


「朝ごはん、食べに行こうよぉ!」


 私がそう言うと、先生がのそりと上半身を起こした。そして、前髪を掻き上げながら口を開く。


「……いえ。これから身支度をするので、今日は独りで――」


「えぇ~! 独りじゃ嫌だぁ!」


 ぽつんと独りぼっちでごはんを食べるなんて、絶~対に嫌っ! そんな事になるくらいなら、お部屋でお茶菓子を朝ごはんの代わりにして食べたほうが良い。


「先生がごはん行かないなら、私も行かない!」


 そう言って私が口を尖らせると、先生が少し困ったように笑った。


「そんな事をしたら、イェガーに怒られますよ?」


「いいもん! イェガーさんなんて怖くないもん! 先生が行かないなら、私も行かない!」


「……分かりました。急いで身支度をしてきますので、少し待っていて下さい。ただ、いつもみたいに、ゆっくり朝食を食べる時間は無くなると思いますよ?」


「ん!」


 私がこくりと頷くと、先生が優しく目を細め、頭をポンポンしてくれた。そして、椅子から立ち上がり、廊下に繋がる方の扉から出て行った。


 元々先生のお仕事部屋と私室を繋げていた扉は、お仕事部屋からだと東の塔に出てしまう一方通行仕様になっている。ブロイエさんが、私とのお近づきの印だと言ってそうしてくれた。考え無しに、いつでも先生の所に行けるって喜んでたけど、よく考えると、先生にとっては迷惑だったかもしれない。だって、お仕事部屋から私室に行く時に使っていたはずの扉だもん。出口が変わったせいで、私室に行く時も廊下に出ないといけなくなって、絶対に不便なはずだ。


 それにしても、先生ってば、寝起きなのによく間違えないよなぁ。私だったら絶対に間違える。東の塔の廊下に出て、「あれ?」ってなっちゃう。自信がある!


 ソファに座り、そんな事を考えながら先生の準備が終わるのを今か今かと待った。お腹空いたよぉ。先生、早く~!


「お待たせしました」


 しばらく待っていると、私室に繋がる扉から先生が出て来た。ちらりと見えた先生の部屋は、何と言うか、とっても先生らしい部屋だった。壁から家具から何から何まで真っ白。汚れたりしないのかな?


 二人で一緒に廊下に出ると、先生は上着のポケットから時を知らせる魔道具を取り出し、時間を確認した。そして、私に背中を向けて屈む。……おんぶ?


「食堂まで走ります。乗って下さい」


 やっぱりおんぶらしい。二人で走るより、先生が私をおんぶして走った方が早いって事? う~! 私がチビだからだな! 走るのが遅いって思ってるんだな! 何だか悔しい! そうやって、いつも私を子ども扱いして!


「アイリス?」


 振り返った先生が不思議そうに首を傾げる。何で私がほっぺを膨らませているのかが分からないらしい。


「どうしました?」


「私だって、頑張れば早く走れるんだもん!」


「……ああ」


 先生は少し考えた後、納得したように一つ頷いた。そして、口を開く。


「アイリス。僕は今日、寝坊をしました」


「んっ!」


「ですから、朝の日課である鍛錬をしていません」


「ん! ……ん~? たんれんって? なぁに?」


「身体を鍛える事です」


 もしかして、先生ってば私を迎えに来る前、というか、私が起きる前に身体鍛えてたの? でも、よくよく考えてみると、朝と夜くらいしか、先生が身体を鍛える時間って無い気がする。だって、先生、忙しいもん。先生ってば、いつもは物凄い早起きさんだったんだぁ。知らなかった。


「今から鍛錬をしたいのですけど、協力してくれませんか?」


 協力……。私をおんぶして走ると、先生は助かるの? ……それなら、まあ、しょうがない。先生の役に立てるなら、おんぶくらい、されても良いや。


 私は屈んだままの先生の首に腕を回し、「よいしょ」と先生の背中に乗った。そんな私の膝裏に先生が腕を回し、ゆっくりと立ち上がる。


「アイリス。走っても大丈夫そうでしたら合図を」


「ん! いくよぉ! よ~い、どんッ!」


 叫んだ瞬間、先生が廊下を走り出した。それもう、凄い勢いで。周りの景色があっという間に流れていく。魔人族と人族の身体の造りの差を、こんなところで実感する事になるとは……。人族で私をおんぶしてここまで速く走れる人って、そうそういないと思う。


 先生が片腕を私の膝裏から離し、廊下の曲がり角の壁に手を付いた。と思ったら、そこを軸にして、勢いそのまま角を曲がる。ひいぃぃ! 振り落とされるぅ! そう思って腕に力を入れた瞬間、先生が膝裏に腕を戻し、私の身体を支えてくれた。こ、怖かったよぉ! 飛ばされるかと思ったよぉ! ひ~ん!


 角を曲がる度に振り落とされそうになりつつも、食堂までの道のりは半分を過ぎた。そんな時、下り階段に差し掛かる。流石に、階段は普通に下り――! ひいぃぃぃ!


 あろう事か、先生は階段を全段飛ばしした。勢いそのまま、大きく跳ぶ。その後に待っているのは落下。ギュッと先生にしがみ付き、次に来るであろう衝撃に備える。しかし、床に着地する直前、フワリと一瞬、私達の身体が浮いた気がした。そして、ストンと軽く着地すると、先生は再び走り出した。


 流石に、私を背負って全段飛ばしなんてしたら、先生の足だって怪我しちゃう。落ち着いて考えれば分かる事だった。階段に差し掛かる直前、先生はちゃんと風の初級魔術「浮遊」を準備していたらしい。


 「浮遊」の術は、風の力で身体が軽くなる術だ。「浮遊」って名前だけど、本当に浮く事は出来ない。でも、ジャンプする直前に使えば大きく跳ぶ事が出来るし、落ちている最中に使えば落下速度が落ちて、着地の衝撃を和らげる事が出来る。それを、先生はあえて着地する直前に使ったっぽい。なるべく早く着地する為に。タイミングが少しでも遅かったら……。考えるのは止めよう。それに、真似するのも止めよう。


 一つ、二つ、三つと角を曲がり、階段を駆け上がり、あと少しで食堂。そう思った時、横の廊下から人が出て来た。ぶ、ぶつかるぅ! 退いて! 退いてぇ!


 流石に、先生もこれにはビックリしたらしい。「うわっ!」と驚いたような声を上げた。でも、こんな事で止まらないところが、先生らしいといえば先生らしい。先生は軽くジャンプをしたと思ったら、壁をタタッと駆け上った。そして、空中で斜めに回転して横の廊下から出て来た人の頭の上を飛び、反対側の壁を一回蹴ってから床に着地すると、何事も無かったかのように走り続けた。後ろの方から拍手が聞こえてくる。魔人族の人でも、こういう動きってなかなか出来ないって事なんだろう、きっと。流石、先生! 格好良いっ!


 あっという間に食堂の前に到着! 先生はゆっくりと屈み、私を下ろしてくれた。そして、上着のポケットから再び時を知らせる魔道具を取り出し、時間を確認する。


「いつもより、気持ち、遅い程度の時間ですね。イェガーに進捗状況を確認してきますので、アイリスは先に食事を始めていて下さい」


「先生、すぐ来てくれる?」


 独りでごはんなんて嫌だからね? 先生が来てくれないと、私、独りぼっちなんだからね? そう目で訴えかけると、先生は優しく目を細め、私の頭を撫でた。


「大丈夫。すぐ行きます」


 そう言って、先生は私の背を向け、キッチンへと向かった。本当は先生と一緒にキッチンに行って、その後、一緒に食堂に行きたい。だって、心細いもん。いつもは先生と一緒だから、独りで食堂に入るのは初めて。でも、先生が先に行っててって言ったから、大人しくそうする事にする。だって、こんな事で先生に嫌われたくないもん。


 食堂の扉を開くと、朝早くにも関わらず、ごはんを食べている人達がちらほらといた。その中に、見知った顔を見つける。バルトさん、発見! そう思って駆け寄ると、バルトさんが不思議そうな顔で辺りを見回した。


「今日は独りなのか? 団長は?」


「先生、キッチンに行ったの。私、先に行っててって言われたの!」


「いつもより遅いが、寝坊か?」


「ん! 先生がね、寝坊したの! 私、起こしてあげたの!」


「団長が? 寝坊?」


 バルトさんが驚いたように目を丸くする。先生の早起きは、竜王城の中では有名なのかな? この驚き方、先生は寝坊なんてしないって思われてるって事だよね、きっと。


「今日は雪になるな」


「雪には早いよ?」


 初雪はまだ先のはず。だって、アオイのお披露目が、初雪が降る頃だもん。まだ雪の季節じゃない。私が首を傾げると、バルトさんが真顔で口を開いた。


「言葉の綾だ」


 そう言って立ち上がったバルトさんの手には、空になった食器。あれれ? バルトさん、もうごはん終わっちゃったのかぁ。一緒に食べようかなって思ったのに。残念。


 食堂の大きなテーブルから朝ごはんを取り、私は独りぼっちの朝ごはんを始めた。先生、早く来ないかなぁ……。そんな事を考えながら、黙々とごはんを食べる。


 しばらくすると、先生が朝ごはんを持ってやって来た。私の向かいの席に座った先生が、パンの間にお肉とお野菜を挟み始める。いつもは絶対にしない食べ方だ。不思議に思って先生を見ていると、それに気が付いた先生がにこりと笑った。


「手、止まってますよ?」


 ハッとなって、ごはんを再開する。パンの間にお肉とお野菜を挟み終わり、先生も朝ごはんを食べ始めた。パンに齧り付き、口の中の物を流し込むようにスープを飲む。何か、無理して食べてる感じ……。


「先生、あんまりお腹空いてないの?」


「……いえ、そんな事は――」


「本当?」


 ジーッと先生を見つめていると、先生が視線を逸らした。誤魔化すようにパンを食べる先生を見つめ続けていると、先生が溜め息を吐いた。


「アイリスは、何でもお見通しなのですね……」


 やっぱり。無理してる感じがしたんだ。


「具合悪いの?」


「いえ、ただの寝不足です。ウルペスの所から帰って来てから、書類整理やら何やらをやっていたので」


「遅くまでお仕事してたの?」


「まあ、そうですね。色々考えてしまって、寝られる気がしなかったので……」


 先生は目を伏せると、小さく溜め息を吐いた。先生の顔を見る限り、昨日は、ウルペスさんと仲直り出来なかったんだろうな、きっと。でも! 何回も謝れば、ウルペスさんだって許してくれるはず。だって、友達だもん。


「ただ……」


「ん?」


「顔は見られました」


「そっか。ウルペスさん、無視しなかったんだ。よかったぁ」


「ええ」


 無視をしないって事は、先生の顔を見たくないって訳じゃ無い。先生の話を聞かないつもりでも無い。絶対に仲直りが出来ない訳でも無い。先生も同じ事を思っているらしく、頷いた先生の表情は少しだけ柔らかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ