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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

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記憶

「ねえ、アイリスちゃん? 私、記憶を失う前、アイリスちゃんの事、何て呼んでた? アイリスちゃん? それとも、アイリス? もっと別の呼び方?」


 ノイモーントさんの工房からアオイの部屋に行き、お昼のお茶の準備をしていると、アオイが突然、そんな事を聞いてきた。驚いて、ソファでくつろぎながらミーちゃんの背中を撫でているアオイを見る。すると、アオイが照れたように笑った。


「今日ね、ノイモーントに言われたんだ。話し方が余所余所しくて寂しいって。言われてみると、私、記憶を失う前の事、みんなに聞いてなかったんだよね。どうやって出会ったのか、どういう関係だったのか、とかさぁ」


 話しても、大丈夫だよね……? ちらりと先生を見ると、先生が微笑みながら頷いた。私とアオイの出会いは魔術とは関係ないし、話しても大丈夫らしい。


 私は、アオイが何も覚えていない事が悲しくて寂しい。だから、一緒にお茶をしながら、出来るだけ詳しく私達の出会いを話した。


「へぇ。じゃあ、ラインヴァイス君の目って、アイリスちゃんを助けた時に怪我したんだ。傷付きながらも女の子助けるなんて、やるねぇ、ラインヴァイス君!」


「あとね、前ね、アオイ、私達にちゃんとか君とか付けてなかったの」


「そうなの? アイリスとラインヴァイスって呼び捨てにしてたの?」


「ん! そう!」


「そっか。また呼び捨てにしても良い?」


「んっ!」


 私が大きく頷くと、アオイが笑顔を返してくれた。そして、すぐ脇に立つ先生を見る。先生が微笑みながら頷くと、アオイがどこか安心した顔をした。


「アイリスとラインヴァイスって呼ぶの、何か、しっくりくるわぁ。ずっと違和感っていうか、変な感じはしてたんだよね」


「そうだったのですか?」


 先生が首を傾げる。私も一緒になって首を傾げた。すると、アオイがクスクスと笑う。


「記憶を失くす前、こうして二人一緒に首傾げるの見て、小動物っぽくて可愛いなって思ってた気がする!」


「しょ、小動物……」


 先生が微妙な顔をする。きっと、私も微妙な顔をしていると思う。だって、小動物だよ、小動物。アオイ、失礼過ぎる!


「あとね、二人の事、たぶん、妹と弟みたいだなって感じてたんだと思うんだ。まあ、私には兄弟がいないから、妹と弟がいたらこんな感じなのかなって思ってたんだろうけど。あ。嫌だったらごめんね」


「ん~ん」


 私は首を横に振った。アオイに妹みたいって思われるのは嬉しいもん。全然嫌じゃないもん。でも――。横目で先生を盗み見る。先生は少し驚いたみたいな顔をしていたと思ったら、深く頭を下げた。


「光栄です」


 そう言った先生の顔は、私からは陰になって見えなかった。でも、先生はアオイが好きなんだ。弟って言われて嬉しいはずがない。アオイに悪気が無いのは分かってる。でも、何だか胸の奥がモヤモヤとした。




 アオイはお披露目の準備と並行して、色々な人に出会った時の事を聞いて回る事にしたらしい。フォーゲルシメーレさんとヴォルフさんの所にも聞きに行ったって、アオイが言っていた。


 みんなとの関係を知りたがるのは心に余裕がある証拠。ローザさんがそう教えてくれた。「だから、私達も出来る限り協力しましょう」って。


 でも、ミーちゃんのご飯を届けてくれたバルトさんにそれを聞いた時はどうしようかと思った。だって、アオイとバルトさんの出会いは、御前試合の時だもん。アオイが御前試合に出てたって話したら、そこから剣と魔術の話になっちゃうもん。


 しかし、先生が予め注意していたのか、バルトさんが機転を利かせたのかは分からないけど、バルトさんはしれっとした顔で「離宮にてお会いしたのが初めてでした」って答えていた。それを聞いて、アオイは「へぇ」って顔をしていた。疑っている感じは無かったし、バルトさんの言った事を素直に信じたらしい。バルトさんってば、あんな何でもない顔で嘘を吐けるんだから凄い。私なら、目が泳いじゃうし、しどろもどろになっちゃう。


「では、アイリス。今日は頼みましたよ」


「ん」


 私が頷くと、先生がにこりと笑って頭を撫でてくれた。今日はフランソワーズとリリーとミーナが竜王城に訪ねて来る。だから、午後からの勉強は取り止めになった。だって、私はアオイのメイドとして、みんなのお世話をしないとなんだもん。


 孤児院の三人と話せばアオイが何か思い出すかもしれないって、最初に言い出したのは竜王様だ。色々な方面から話を聞けば、アオイの記憶を取り戻す切欠になるかもしれないって。それに反対する人なんて一人もいなかった。


 だから、すぐに三人に招待状が送られた。ノイモーントさんとフォーゲルシメーレさんとヴォルフさんの、隊長さん三人組の手で。と言うと、わざわざ届けさせたみたいだけど、隊長さん三人組が孤児院に行くついでに持って行ってもらっただけだったりする。


 「ごうこん」の後、隊長さん三人組はちょくちょく孤児院に行っている。せっかく出会いの機会を作っても、会いに行かなかったら意味無いもん。ちゃんと竜王様の許可だって出てるんだもん。行く前に竜王様に告げる事、絶対に二人以上で行く事って条件はあるけど。それだって、隊長さん三人組だけの特別許可だ。普通だったら、そんな簡単に人族の領域には入れない。


「薔薇園までの道順はちゃんと覚えていますか?」


 先生が心配そうな顔で口を開く。今日、先生はちょっと忙しいらしく、みんなの案内とお世話は私だけでやる事になった。先生は、私が間違えて旧区画に入ってしまわないか心配らしい。ここから薔薇園方向に向かう時、入り口を間違えたら即旧区画だったりするから。


 旧区画には、私が暮らしている東の塔がある区画とは違い、たくさんの魔人族が住んでいる。たぶん、竜王城の中には魔人族の町があって、その町が旧区画なんだと思う。そこに住んでいる人は、よっぽどの事が無い限りこっちの区画には来ないらしく、交流なんて無いからどんな人達が住んでいるのかは分からない。でも、先生がこんなに心配するくらいだ。出会ったら私、齧られちゃうんだと思う。


「ん。大丈夫」


「三つ目の回廊から入るんですからね。くれぐれも、四つ目の回廊から入らないように」


「分かってるもん。間違えないもん。それに、間違ったらすぐに出るもん。旧区画は石造りむき出しで、廊下が狭いんでしょ?」


「そうです。誰かと出くわす前に引き返すのですよ?」


「ん。でもね、これがあるから大丈夫なの!」


 私はそう言い、胸元のブローチを指で摘まんだ。離宮で先生にもらった護符だ。もらった次の日から身に付けている、私の宝物の一つ。ノイモーントさんが作ったらしいし、きっと、とっても凄い護符なんだと思う。


「あとね、これも持ってきたの!」


 そう言って、首から下げて服の中に入れてあった護符を引っ張り出した。ブロイエさんがくれた、連絡用の護符だ。これがあれば、先生といつでもお話出来るんだもん!


「そう言えば、叔父上がそんな護符を作ってましたね」


 先生が苦笑する。先生ってば、ブロイエさんがくれた護符の事、すっかり忘れていたらしい。んも~! しっかりしてよ、先生。


「先生も護符持っててくれないと意味無い!」


「そうですね。では、急いで部屋に戻るとします」


 先生は私の頭をポンポンとすると、お城の中に入っていった。


 私は孤児院から一番近い通用口から城壁の外に出て、孤児院の三人が到着するのを今か今かと待った。因みに、この通用口、普段は鍵が掛かっていたりする。鍵を持っているのは、竜王様と先生とブロイエさんだけ。今日、私は先生の鍵を貸してもらった。


 この通用口の向こう側は人族の領域だから、竜王城の人達が簡単に出入り出来ないようになっている。城壁の上には結界と、色々な魔術の仕掛けがあるって話だ。しかも、魔術の仕掛けはかなり危ないものらしい。雷が落ちたり、火が噴き出したり、氷の槍が降ってきたり。石化の光が出るなんてのもあるらしい。お~怖い、怖い。


 しばらく待っていると、六つの人影がこちらに歩いて来ているのが遠目に見えた。フランソワーズとリリーとミーナ。そして、彼女達を迎えに行ったノイモーントさんとフォーゲルシメーレさんとヴォルフさんの隊長さん三人組。魔物が出るかもしれないってお迎えに出たけど、三人一緒に行かなくても……。誰か一人、竜王城に残っても良かったんじゃないのかなぁ? まあ、良いけど。


 私の姿に気が付いたらしく、フランソワーズが駆け出した。その後を、ノイモーントさんが慌てて追う。こういうところに、二人の関係がよく表れていると思う。もしも二人が夫婦になったら、ノイモーントさん、苦労しそう……。


「久しぶりだな、アイリス。わざわざ出迎えてくれたのか。偉いなぁ」


 私の元に来たフランソワーズが頭を撫でてくれる。へへへ。褒められちゃった。待ってた甲斐があった。


「アイリス、ずっと一人で待ってたの?」


 少し遅れて到着したミーナが問う。私はフルフルと首を横に振った。


「あのね、さっきまで先生もいたの。でもね、先生、忙しいの」


「でしたら、もう少し早く来れば良かったわね。アイリスがお世話になっているのですから、挨拶したかったわ」


 そう言ったのはリリーだ。ガッカリしたように肩を落としている。何で? と思ったけど、きっと、大人には大人の事情があるんだ。


「あのね、本日は、ごそくろー下さり、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて挨拶する。顔を上げると、フランソワーズもリリーもミーナも驚いたように目を丸くしていた。何か間違えたのかな? 先生に教えてもらった通りに言えたと思うんだけど……。私が首を傾げると、三人はハッとしたような顔になり、慌てて頭を下げた。


「こちらこそ、お招き下さりありがとうございます」


 代表してリリーが挨拶を返してくれる。みんなして、私が改まって挨拶するとは思っていなかったみたいだ。でも、私はアオイのメイドだ。アオイの為にこうして来てくれた人に、アオイに代わってちゃんと挨拶しないと駄目だって、先生が言ってたもん。


「では、ご案内します。こちらにどーぞ」


 私は通用口の扉に鍵を掛けると、手で方向を示した。私が歩き出すと、みんなぞろぞろと後を付いて来る。何故か、隊長さん三人組まで。


 むむむっ! 私が間違えて旧区画に入るって思ってるんだなぁ! そんな失敗しないもん。ちゃんと道、分かるんだから! ふんっ!


 迷う事無く薔薇園の前まで来ると、隊長さん三人組はそれぞれ挨拶をして帰って行った。やっぱり、私が道に迷う事が心配だったらしい。先生といい、隊長さん三人組といい、私の事、子ども扱いしすぎだと思う。私だって、竜王城で生活して数ヶ月経ってるんだから! そう簡単に道に迷ったりしないもん!


 薔薇園のガゼボにフランソワーズ、リリー、ミーナの三人を案内し、お茶を淹れる。そして、私も席に着き、アオイの今の状況を三人に説明した。


 しばらく四人で話し合いをしていると、竜王様と一緒に、アオイが薔薇園の入り口から入って来た。今日は転移を使わないで、普通に歩いて来たらしい。お城の中を見て回ったら、アオイの記憶が戻るかもしれないからなのかな?


 よくよく考えてみると、この薔薇園は、アオイのお気に入りの場所だった。部屋からここまでの道のりは、数え切れない程行き来しているはず。見覚えのある物とか、記憶を戻す切欠になる物とかがあってもおかしくない。でも、アオイの様子を見る限り、記憶、戻ってないな。だって、不思議そうな顔で竜王様を見てるんだもん。「この人達、誰?」っていう感じで。


「アオイの友人だ」


「友人……」


「後ほど迎えに来る」


 竜王様は戸惑うアオイを残し、姿を消してしまった。きっと、後は私が任されたんだ。私は席から立ち上がり、ガゼボの入り口で立ち尽くすアオイの手を取ると、空いている席に案内した。そして、アオイの分のお茶を淹れる。


 お茶をアオイの目の前に置くと、アオイはそれに口を付けながら、私達の様子を窺うように上目でこちらを見た。私達もジッとアオイを見つめる。こういう時、何から話し始めたら良いんだろう……? 先生に聞いておけば良かった。


「ええっと……。アイリスと三人はお知り合いで?」


 沈黙を破ったのはアオイだった。本当に何も思い出せていないんだ……。三人の顔を見たら何か思い出すかもなんて、ちょっと期待してたのに……。


「私達の事は何も思い出せていないんだな……」


 フランソワーズがポツリと呟く。それを聞き、アオイの眉が少し下がった。


「ごめんなさい……。気を悪くするかもしれないですけど、名前、教えてもらえますか?」


「フランソワーズ」


「フランソワーズ、さん……。私、貴女の事、何て呼んでたの?」


「フランソワーズ、だな」


 フランソワーズは答え、悲しそうに目を伏せた。予め説明してあったけど、やっぱりショックだったみたいだ。こうして、面と向かって知らない人扱いされると傷付くよね。凄く分かるよ、その気持ち。


「ええっと、貴女達は?」


 アオイが遠慮がちにリリーとミーナに視線を送る。すると、二人は優し気に微笑みを浮かべた。こういう時の対応は、フランソワーズより、リリーとミーナの方が上手っぽい。フランソワーズは、すぐに思ってる事が言葉とか顔とかに出ちゃうからなぁ。悲しそうにされるよりも、リリーとミーナみたいに笑って、何でも無い事のようにふるまってくれた方が、アオイだっていくらか気が楽だと思うんだけど。フランソワーズにはそれが出来ないんだよなぁ。


「リリーですわ。アオイは私の事、リリーと呼んでましたのよ」


「ミーナです。私の事は、ミーナって呼んでました」


 二人の自己紹介を聞き、アオイがフムフムって顔で頷いた。


「アイリスと私達は孤児院の仲間だ。アオイは私達の孤児院によく遊びに来ていた」


 そう言ったのはフランソワーズだった。知らない人扱いされたショックから立ち直ったらしい。アオイはフランソワーズの言葉に首を傾げ、腕を組んで難しい顔で考え始めた。


 うんうん唸るアオイをジッと見つめる。何か思い出せそう? 思い出した? ほら。孤児院だよ、孤児院。よく遊びに来てたじゃん。私もいた孤児院だよ?


 ……あれ? そう言えば、私、アオイと出会った時の事は話したけど、孤児院の事、話したっけ? う~ん……。


 何て事だ! 孤児院の事、アオイに話てない! 出会った時の事教えてって言われて、本当に出会ったその日の事しか話してなかった!

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