ドレス
今日から、アオイのお披露目の準備が本格的に始まり、会場になる大広間と大ホールの飾り付けが始まった。お披露目の主役であるアオイは今、ローザさんと一緒にお披露目用のアクセサリーを選んでいるはずだ。そんな中、私はいつも通り、先生と一緒に魔術の勉強をしている。こうして、先生と二人だけで図書室で勉強するの、結構久しぶりの気がする。
アオイのアクセサリー選びは、竜王様から贈られたアクセサリーの中から、気に入った物を選ぶだけの作業だ。でも、数が数だけに、結構大変なんじゃないかな、と思う。アオイってば、たくさんアクセサリー持ってるからなぁ。
「心ここにあらず、ですね」
顔を上げると、先生がテーブルに頬杖をつき、私を見て笑っていた。勉強に集中してない事、先生に分かっちゃった! 慌てて手を動かす。
「アオイ様の様子、気になりますか?」
気にならないって言えば嘘になる。私は手を止め、こくんと一つ頷いた。アオイってば、しっかりしてるように見えて、どこか抜けてるんだもん。ちゃんとアクセサリー選べてるのか、心配になっちゃうんだもん。
ノイモーントさんの手が空いたら、ドレス選びだってするはずだ。どんなドレスにするのかな? お昼の軽食の時間には、どういうアクセサリーとドレスにするか、候補が出てるのかな? とっても気になる。気になってしょうがない!
「昼には候補が出ているはずですから、アオイ様の元に行く前に、ノイモーントの工房に寄って行きます?」
「んっ!」
わ~い! さすが先生! 話が分かる!
「その時にでも、アイリスのドレスを注文しましょうか」
ん? 私のドレス? もしかして、私、お披露目でドレス着られるの? フリフリの一張羅メイド服じゃないの? 私が首を傾げると、先生が悪戯っぽく笑った。
「昨日のお礼。ドレスでは不満?」
昨日……。怒ったウルペスさんにぶたれた傷を治したお礼って事? 確かに、お礼するって言われたけど……。ドレスなんて貰って良いの? 口の端の小さい傷を治しただけなのに。でも、顔だから助かったって、先生、言ってたし……。う~む……。
「貰っても、良いの……?」
「ええ。むしろ、是非受け取ってもらいたいのですが……」
「ん~……。ん!」
私が頷くと、先生はどこかホッとした顔をした。もしかして、お礼、何にするか悩んでたのかな? お菓子でも何でも良かったのに。先生から貰える物なら、何でも嬉しいのに。
「ドレスの色、何色にしましょうか? 髪の色に合わせて赤? 黄色も似合いそうですね。水色も悪くないでしょうが、ローザ様は青を着るでしょうし、被り気味ですよね」
「私ね、明るい色が好きなの! 赤も黄色も好き! あとね、ピンクも好きなの! あ。黄緑も好きなんだった!」
この後、二人で延々とドレスの色を相談した。だから、今日はあんまり勉強が進まなかった。でも、良いんだもん。だって、せっかく先生がドレスくれるんだもん。じっくり考えたかったんだもん。
お昼近くなり、ノイモーントさんの工房を訪ねると、ノイモーントさんが作業台にたくさんのデザイン画を敷き詰め、作業用の椅子に座ってそれを見つめていた。入り口に背中を向けて座っているから顔は見えない。でも、何か悩んでいるっていうのは、ノイモーントさんの背中から出る空気ですぐに分かった。今、話し掛けたら駄目だ。と思ったのに、先生は迷う事無く、ポンとノイモーントさんの肩を叩いた。途端、ノイモーントさんが椅子から飛び上がるようにビクッとなる。
「ああぁっ! って、ラインヴァイス殿ですか。驚かさないで下さい」
「だいぶ悩んでいたみたいですけど、アオイ様のドレスですか?」
「ええ。デザイン画の中には気に入った物が無かったようで……。しかも、ドレスの色を白一色にして欲しいとおっしゃっておられたので、どうしたものかと……」
「白一色? それはまた、随分と変わった要望ですね」
「アオイ様の世界では、新婦は白いドレスを着るものだったようですよ」
ノイモーントさんはそう言うと、一枚の紙を先生に差し出した。先生がそれを受け取り、「へぇ」というような顔で見ている。
私も! 私も見たい! 先生の手に持つ紙を覗き込もうと、ピョンピョン飛び跳ねていると、それに気が付いた先生が笑いながら私に紙を見せてくれた。そこには、アオイが描いたっぽい絵と、いくつかの注意書き。ほうほう。白一色、頭にヴェール、長袖か手袋で腕は隠す、と……。これがアオイの世界のお披露目ドレスの決まりなのかぁ。
「白一色のドレスなど、流石に作った事がありませんから、なかなかデザインが浮かばなくて……。ああ、そう言えば、ラインヴァイス殿の騎士服、お披露目の当日は灰色になりますから。ズボンは黒だそうです」
「…………え?」
「アオイ様が、白い服を着るのは新婦と新郎のみなのだとおっしゃっておりました。竜王様も了承されておりましたので決定事項ですよ。出来上がったらお届けしますね」
「ああ……はい……」
先生は、何とも言えない微妙な顔で頷いた。そりゃ、知らない所で勝手に服を決められてたら、こんな顔になると思う。先生、ちょっとかわいそう。
「……ところで。アオイ様のドレスのデザインを一から考え直すとなると、仕事の注文は無理ですか?」
先生が気を取り直したような顔で口を開く。ノイモーントさんは「え?」という顔で先生を見た。と思った次の瞬間には、何かに納得したような顔をしていた。
「お披露目までまだまだ日数もありますし、小さなドレスの一着や二着、全く問題ありません。大丈夫ですよ」
「それは良かった」
ノイモーントさんの答えを聞いた先生が嬉しそうに笑う。先生の笑顔を見て、何だか私まで嬉しくなった。だって、昨日、ウルペスさんと喧嘩しちゃったからか、先生、時々悲しそうな顔してたんだもん。それに、先生は気が付いてなさそうだけど、溜め息も出てたんだもん。
「早速ですが、採寸をしましょうか。アイリス、そこに立って下さい」
「は~い!」
私は元気良く返事をし、ノイモーントさんに示された場所に立った。そんな私を、ノイモーントさんがジッと見つめる。これはノイモーントさん流の採寸だ。見るだけで身体のサイズが分かるらしく、ノイモーントさんの特技の一つ。長年、仕立て屋さんをやってたら、いつの間にか身に付いたらしい。しばらく動かずに待っていると、ノイモーントさんが紙に数字を書き始めた。
「少し背が伸びましたねぇ」
「ホント?」
「ええ」
やったぁ! 私、チビじゃなくなったらしい。わ~い! わ~い!
「ラインヴァイス殿もついでに採寸させて下さい」
「ついでって……」
先生は複雑な顔で私と立ち位置を変わった。動かない先生と、それをジッと見つめるノイモーントさん。採寸してるって分かってるのに、何だか変な感じ。
「だいぶ背が伸びていますねぇ。騎士服、きつくないですか?」
「少し、袖や裾が短くなった気がします」
「普段用の騎士服も作り替えですかねぇ。また余裕を持って作っておきますか?」
「そうして下さい」
何と。先生も背が伸びてた! 私と一緒! お揃い!
でも、待てよ……。先生まで背が伸びちゃうと、私と先生の差は縮まない訳で……。それどころか、私は少し背が伸びたって言われたけど、先生はだいぶ背が伸びたって言われていた。という事は、私達の差、開いてるって事じゃ……。何て事だ! 先生にとって、私は前よりもチビになってるじゃないか!




