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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

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アオイ 2

 アオイを攫ったのは、中央神殿の巫女頭メーアの側近の聖騎士らしい。アオイを戦の道具にする為に攫ったんだろうって、先生がそう教えてくれた。


 アオイは勇者としてこの世界に召喚された。メーアの手によって。戦の道具にする為に。ずっと昔に召喚された、勇者達のように。


 おとぎ話には、勇者の話がたくさんある。だって、勇者は人族にとって英雄なんだもん。悪い魔人族を退治する正義の人なんだもん。みんな、そういうお話が好きなんだもん。


 でも、私は竜王城で働くようになってから、勇者のおとぎ話が嫌いになった。だって、魔人族はみんな悪い人達だって決めつけたような話ばっかりなんだもん。


 魔人族の中にも、優しい人はいるんだもん。それなのに、一方的に悪者にされて、戦を仕掛けられるなんてかわいそう。おとぎ話では綺麗な言葉を並べて勇者を英雄にしてるけど、それは何か違うんじゃないかなって思うようになった。


 私は部屋の荷物をまとめると、足早に中庭に出た。既に、結構な人数が中庭に集まっている。その中にはローザさんや、眠そうな顔のウルペスさんもいる。ウルペスさんってば、一晩中起きてて、寝たと思ったらたたき起こされたんだな、きっと。


 先生と竜王様は真剣な顔で連絡用の護符を覗き込み、何かを話していた。相手はブロイエさんだと思う。きっと、この後の打ち合わせとか、アオイを助けに行く作戦とかを話し合ってるんだと思う。


「アイリスちゃん、忘れ物は無い?」


 私が出て来たのに気が付いたローザさんが、そう声を掛けてくれる。私はこくりと頷くと、ローザさんの手を握った。


 この後、ブロイエさんの転移魔法陣で、みんな揃って竜王城に帰る事になった。アオイが攫われるなんて大事件が起こったんだから、こんな所で遊んでなんていられない!


 しばらく中庭で待っていると、地面に小さな転移魔法陣が現れた。魔法陣がカッと光り、魔法陣の真ん中にブロイエさんが姿を現す。ブロイエさんは、今までに見た事が無いくらい、おっかない顔をしていた。あの顔、ちょっと竜王様に似てる気がする。


「ノイモーント、全員揃ってる?」


 ブロイエさんがノイモーントさんに問い掛ける。ノイモーントさんが一つ頷くと、ブロイエさんが杖を掲げた。杖の先に嵌っている青い石が光を放ち、地面に巨大な魔法陣が広がっていく。ブロイエさんが何かを呟くと、目の前が光り、ぐらりと視界が揺れた。と思った次の瞬間、私達は竜王城の大ホールに立っていた。階段の踊り場の壁の絵――中央に椅子に座るリーラ姫、その右と左に竜王様と先生が立っている絵が目に入る。その絵を見て、胸がギュッと締め付けられた。


 リーラ姫は勇者に殺された。アオイと同じ、異世界から召喚された勇者に。


 もし、また魔人族と人族との戦が起こってしまったら、リーラ姫みたいに命を落とす人が出るかもしれない。でも、アオイの事だ。きっと、そんな戦に協力する訳は無い。でも、そうすると、アオイはきっと、ここに無事に戻って来られない。そんなの、絶対に嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だっ!


「すぐに出発する。荷物はそこらにでも置いておけ」


 竜王様が静かな声で指示を出す。第一連隊のみんなは、大ホールの脇に荷物を投げ捨てるように置くと、竜王様の前に整列した。竜王様の左側に先生、右側にブロイエさんが立つ。私とローザさんは、それを遠巻きに見つめていた。


 ブロイエさんが再び杖を掲げると、ホールに魔法陣が広がった。整列する第一連隊のみんなを乗せた魔法陣がカッと光を発し、私とローザさん以外誰もいなくなった大ホールがシンと静かになる。私達は階段に座り込み、抱き合うように身を寄せ合った。


 お願いです、リーラ姫。どうか、アオイを守って下さい。アオイの力になって下さい。アオイがいなくなったら、みんな、みんな悲しみます。だから、アオイを無事にお城に戻して下さい。どうか、どうかお願いします……!


 半日以上、ローザさんと階段に座り込んだまま待っていたと思う。突然、大ホールの床に大きな魔法陣が浮かび上がり、眩い光を発した。と思った次の瞬間、第一連隊のみんなが大ホールに姿を現した。戻って来た……。座っていた階段から立ち上がる。


 大ホールの中央に、竜王様、先生、ブロイエさんの三人に守られるようにして立つアオイの姿があった。少しぼ~っとした顔をしてるけど、パッと見た感じ、怪我なんかは無いみたい。良かったぁ!


 アオイの腕の中には、離宮で見た白い獣。アオイに抱っこされ、満足そうに目を細めている。アオイってば、あの獣、連れて来たのか。気に入ったのかな? 状況的に見て、あの獣がアオイを転移させた犯人なのに。あの変なおじさんの協力者、じゃなくて、協力獣なのに!


 アオイに駆け寄ろうと一段階段を下りた時、アオイが眉間に皺を寄せ、頭を抱えて蹲った。と思ったら、気を失ったのか、床に倒れ込んだ。竜王様がそんなアオイを横抱きにし、フッと姿を消す。もしかしなくても、アオイを部屋に連れてったんだ。私も行かなくちゃ! そう思ってくるりと後ろを向く。


「アイリス!」


 背後からブロイエさんに呼び止められ、そちらを向いた。何? どうしたの? そう思って首を傾げる私の方へ、ブロイエさんがゆっくりと歩いて来る。


「ローザさんも、大事な話がある。ラインヴァイスも来て」


 そう言ったブロイエさんは真剣そのものといった顔をしていた。普段とは違うブロイエさんの様子に、私とローザさんは顔を見合わせた。


 私達はブロイエさんの転移魔法陣で、ブロイエさんとローザさんのお部屋に連れて来られた。ソファに座った私達に、ローザさんがお茶を出してくれる。私の隣に先生が座り、その正面にブロイエさんが座っている。ローザさんは私の正面の席に腰を下ろした。


「話とは?」


 出されたお茶には手を付けず、先生が単刀直入にそう聞く。すると、ブロイエさんは少し考えるように視線を彷徨わせた。そして、口を開く。


「アオイさんはたぶん、この城で過ごした記憶を失っている。彼女と連絡用の護符で話した時、僕の事が全く分からないみたいだったんだ。僕の見立てでは、忘却の術を使われて、この城に関する記憶を封印されてるんだと思う。アオイさんと接する機会が多い三人には、早めに伝えた方が良いと思って……」


 アオイが私達の事を忘れる? 何、その冗談……。全然笑えないよ……。せっかく、無事に帰って来たと思ったのに……。


「嘘だもん……!」


 私がギュッと拳を握りしめてそう呟くと、ブロイエさんが困ったように眉を下げた。


「アイリス、これは嘘でも冗談でもないんだよ。アオイさんは――」


「嘘だもんっ! アオイが私を忘れるわけ、ないんだもんっ!」


 そう叫び、先生にしがみ付く。アオイが私を分からなくなるなんて、そんなの嫌だもん。そんなの悲しいもん。寂しいもん! 声を出して泣く私を、先生がギュッと抱きしめてくれる。


「……あなた? その……アオイ様がこの城で過ごした記憶を失くされているという事は、竜王様の事も……?」


「分からないだろうね、きっと……」


「その事、竜王様は……?」


 ローザさんの問いに、誰も何も答えなかった。何も言えなかった。だって、誰よりもアオイを大切に想ってるのは竜王様だもん。それに、アオイだって竜王様を大切に想ってるんだもん。それなのに、アオイがその竜王様を分からなくなっちゃうなんて……。


 次の日、目を覚ましたアオイは、ブロイエさんが言った通り、竜王城で過ごした記憶を失っていた。私を「アイリスちゃん」だなんて呼んで、どこか余所余所しいアオイを見て泣きたくなった。でも、今、一番辛いのは竜王様のはずだ。その竜王様が顔に出さないようにしてるんだもん。私も泣いてなんていられないんだもん!


 アオイが記憶を失った原因は、呪術師であるノイモーントさんに見てもらったらすぐに分かった。ブロイエさんの予想通り、呪術の上級魔術、忘却の術が使われていた。アオイの耳の後ろに小さく、その魔法陣が刻まれていた。


 忘却の術を破る方法は二つある。解呪の薬を魔法陣に塗り込むか、治癒術の上級魔術である解呪の術を使うかだ。


 解呪の薬はフォーゲルシメーレさんの手によってすぐに準備が出来るから、アオイには解呪の薬を使う事になった。でも、解呪の薬では、忘却の術の効果は消えても、記憶は戻って来ないらしい。一度封印された記憶を取り戻す事はとっても難しいみたいだ。切欠が必要なんだって、ノイモーントさんが言っていた。でも、その切欠が何かは、誰にも分からない。その時になって初めて、切欠はこれだったのねって分かるものらしい。


 解呪の術でなら、忘却の術を使われる前の状態に戻す事が出来るから、アオイの記憶だって戻るはずらしい。でも、この国に解呪の術を使える人はいない。私が使えたら良かったのに……。でも、私は初級の治癒術がやっと習得し終わったばかり。上級の治癒術である解呪の術はまだ使えない。私は分厚い魔道書を閉じ、溜め息を吐いた。


 いつもより早めに図書室に来て、解呪の術の魔道書を試しにと思って見てみたけど、内容が難しくてちんぷんかんぷんだった。私が大急ぎで勉強しても、習得には年単位の期間が必要だと思う。竜王様が迷わず薬の方を選んだ理由がよく分かった。


 もし、私が解呪の術を使えていたら、アオイの記憶はすぐに戻ったのに……。私は、アオイが私を誰だか分からない事が凄く悲しい。それに、とっても寂しい。でも、それ以上に竜王様は悲しくて寂しいと思うし、アオイはアオイで、今、凄く不安だと思う。アオイにとって、私達は知らない人達なんだもん。味方なのか敵なのか、信用して良いのか悪いのか分からないもん。そんな状態で不安になるなって方が無理だ。


 図書室のテーブルに頬杖を付き、ボーっとそんな事を考えていると、扉が開く音がし、広い図書室に足音が響いた。足音のする方を見ると、先生がこちらに向かってゆっくりと歩いて来ていた。その顔は浮かない。先生も色々思うところがあるんだと思う。私以上に。


 私の正面の席に腰を下ろした先生が、私の手元の魔道書に目を留める。先生は少し驚いたような顔をした後、優しく微笑んだ。


「解呪の術の魔道書を見ていたのですか?」


「ん……」


 私は小さく頷くと、先生の視線から逃れるように下を向いて縮こまった。先生が手を伸ばし、そんな私の目の前に置いてあった解呪の術の魔道書を取る。そして、パラパラとページを捲る音が響いた。


「ノイモーントやフォーゲルシメーレになら、内容は理解出来るのでしょうね……」


「でも、魔人族の人達は、治癒術、使えないんだもん。私が使えなくちゃいけなかったのにぃ……!」


 じわりと涙が滲み、喉の奥がジンと痛くなった。泣いたら駄目だって分かってるのに……! せっかく、アオイが無事に帰って来たのに……。それなのに……!


「アイリス。出来ない事を嘆いていても、何も変わりませんよ?」


「でもぉ……!」


 もし、私が解呪の術を使えたら……。こんな悲しくて悔しい思い、しなくてすんだのに。竜王様だってアオイだって他のみんなだって、笑顔で「良かったね」って言えたのに……!


「出来ない事を嘆くより、出来る事を精一杯やりましょう。ね?」


「出来る、事……」


「そうです。僕達に出来る事は、アオイ様の記憶を取り戻す手伝いをする事。そして、今まで通り、アオイ様が安心して過ごせる環境を作る事。この二つです」


 顔を上げて先生を見ると、先生は少し悲しそうにも見える微笑みを浮かべていた。もしかしたら、先生はアオイに何もしてあげられなかった事が、私以上に悲しくて悔しいのかもしれない。先生の顔を、先生の笑い方を見て、そう思った。


 もしかして……。先生は、アオイの事……好き……なの……? アオイが竜王様の恋人だから、気付かれないようにしてたの……?


 私は、先生が好き。でも、先生は……。先生は、アオイが……好き……。気付きたくなかった。こんな事が無ければ、ずっと気が付かなくて済んだのに……!


 その日の夜、私はベッドの中で声を押し殺して泣いていた。こんな事、誰にも相談出来ない。誰かに言ったら、先生の立場が危うくなっちゃうもん。今までの関係だって、全部壊れちゃうもん!


 そんな私の元へ、アオイがお城に連れて来た白い獣――ミーちゃんがどこからともなく姿を現した。涙で濡れる私の頬を舐めるミーちゃんをギュッと抱きしめると、お日様の匂いが胸いっぱいに広がって、少しだけ気分が落ち着いた。


 先生のアオイへの想いは、私だけの秘密。誰にも言ったら駄目。誰にも気が付かれたら駄目。先生にも、私は何も気が付いていないフリをしておこう。私は先生が好きだから。今までの関係を壊したくないもん……。

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