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交流 3

 私は来る日も来る日も、森の縁で母さんを待ちながら薬草を集め続けた。だって、なかなかラインヴァイス様の傷、治んないんだもん。まだ痛そうなんだもん。だから、もっとたくさん薬草が必要なんだ、きっと。


 岩の周りを見て歩く。あ。あそこに大きめの薬草発見! 最近暖かくなってきたから、薬草もたくさん出てるなぁ。ここの雪が全部解けたら、見渡す限り薬草だらけになったりして! 楽しみだなぁ!


 歩く度に、バシャバシャと解けかけた雪と泥がはねる。あんまり服を汚すと怒られるな……。水たまりになっているところを避けようと、岩と岩の間を飛ぶ。着地成功! と思った瞬間、ズルッと足が滑った。


 いてて。落っこちちゃった。泥だらけだ。このままじゃ、本格的に怒られる。どうしよう。とりあえず、乾かそうかなぁ。乾いたらこの泥、叩き落とせるかもしれないし……。私は日当たりの良い岩の上にごろんと寝っ転がり、空を見上げた。


 真っ青な空には真っ白い雲が浮かんでいる。どこまでも続く、綺麗な青い空。ちょっと眩しい。目を閉じて、ポカポカとした日差しを浴びる。風も無いし、このままここでこうしてよっと!


 この空、母さんも見てるのかな? こうして、私が母さんを思い出すくらい、母さんも私の事を思い出してくれてるかな? ねえ、母さん。今、どこにいるの? 私、ずっと待ってるんだよ。ずっと、ずっと――。


 ふと目を開けると、いつの間にか空が真っ赤になっていた。夕焼けだぁ……。ん? 夕焼け! 私、いつの間にか寝ちゃったんだ! アオイ、もう帰っちゃったかな? ラインヴァイス様も!


 私は寝ていた岩から飛び降り、孤児院へと向かった。こんなに遅くなったの、久しぶりだ。リリーとミーナ、心配してるかな? それに、フランソワーズ、怒ってるかな? フランソワーズ、すぐ怒るんだもんなぁ。アオイも怒りんぼだけど、フランソワーズはもっと怒りんぼなんだもんなぁ。


 息を切らしながら孤児院の庭に駆け込む。アオイは外で私を待っていてくれた。まだ帰ってなかった! 良かったぁ。アオイとお別れの挨拶、出来る。それに、今日もラインヴァイス様に薬草、渡せる!


 アオイは私の姿を見ると、ギョッと目を丸くした。私の服はまだジトッと湿っぽい。だから、余計汚れてるように見えるんだろう。でも、これくらいなら、洗えば綺麗になるもん、きっと。


「アイリス。アンタ、何でこんなに汚れてんの?」


「これ採ろうとしたら足滑らせたの。ほら、今日はこんなにたくさん採れたよ!」


 私は今日の成果をアオイに掲げて見せた。ラインヴァイス様に薬草を渡している事は、私とアオイ、ラインヴァイス様だけの秘密なんだ。もしかしたら、フランソワーズは感付いてるのかもしれないけど、何も言われない。だから、私も何も言わない。だって、もしも「止めろ」なんて言われたら悲しいもん。


「そっか。今日は採り難い所にあったの?」


「うん」


 アオイの問いに、私はこくりと頷いた。まさか、岩から岩へ跳んだら着地に失敗して落っこちたとは言えない。ドジだと思われるのは嫌だもん。


「それに、最近ぬかるみが多いから、よく滑るの」


 嘘は吐いてないもん。ぬかるみが多いのも本当だし、よく滑るのも本当だもん。アオイは、私を頭の先から足の先まで確認して口を開いた。


「怪我は?」


「えへへ。大丈夫だよ」


 アオイは怒りんぼだけど、とっても優しい。こうして、怪我が無いかちゃんと確認してくれるんだもん。私は笑みを浮かべ、アオイに頷いて見せた。


「もう、アイリス! アンタ、何でそんなに可愛いの!」


「きゃ~!」


 アオイにギュッと抱きしめられ、私は悲鳴を上げた。こうして、アオイに抱きしめられるのは好き。母さんに抱きしめられているみたいに、幸せな気持ちになれるから。初めはぎこちなかった私とアオイだけど、今ではこうして抱き合ってお別れの挨拶をするまで仲良くなった。


 アオイは私を特別可愛がってくれている。でも、あんまり一緒に遊んであげられてない。ごめんね、アオイ。私には、やらなくちゃいけない事があるんだ。ラインヴァイス様を怪我させたお詫びに、薬草、集めなくちゃいけないんだ。だから、寂しくても我慢してね。私の代わりに、他の子達と遊んであげて。みんな、喜ぶから。私とは、時々遊んでくれれば良いからね。


 抱き合ってお別れをする私とアオイに、遠巻きに見ていた他の子達が飛びついて来る。アオイがここに来た時とここから帰る時、私とアオイはいつも抱き合って挨拶をしている。再会の挨拶はみんな参加しないけど、お別れの挨拶はみんなが参加してくる。みんな、アオイとのお別れが寂しいんだ。だから、アオイとのお別れの時はいつも、アオイが教えてくれたおしくらまんじゅうみたいになる。ちょっと苦しい……。待って! 苦しい! つ、つぶれる……!


「ほら、いつまでそうしてんだ! アオイはとっとと帰る。アイリスは風呂だ! 他のは手を洗って夕食の準備だろ!」


 怒りんぼフランソワーズ登場だ。すぐ怒鳴るんだから。みんな良い返事をして玄関に掛けて行った。私もみんなに交じって玄関に入る。そして、足を止めた。今日はお風呂場の方からこっそり抜け出すか。お風呂、入れって言われたし。


 お風呂場の近くには誰もいない。みんな、キッチンの方でご飯の準備を手伝ってるんだ。今がチャンス! 私は廊下の窓に足を掛けてよじ登ると、ぴょんと外に飛び降り、駆け出した。きっと、今日もアオイとラインヴァイス様は待っててくれてるはず。でも、あんまり人を待たせたら駄目なんだ。母さん、言ってたもん。


 少し走った所で、遠目にアオイとラインヴァイス様の姿が見えた。やっぱり今日も待っててくれた。嬉しくなって走るスピードを上げる。今日もたくさん薬草が取れたんだよ。これでラインヴァイス様の目が痛くなくなると良いな。


 息を切らしながら二人に追いつくと、私はラインヴァイス様に薬草を掲げた。金色の瞳が私を見つめている。


 ラインヴァイス様の事は、まだほんのちょこっとだけ怖い。笑顔がとっても優しいし、話し方だって優しいから、怖い人じゃないんだというのは頭で理解出来てるんだけど……。たぶん、小さい頃から、魔人族は怖いものだって母さんが言ってたからだと思う。本当はラインヴァイス様とも仲良くしたいのに、まだちゃんとお話も出来てない。お話しようと思っても、声が出ないんだ。薬草を渡す時、「あげる」すらまだ言えていない。


 でも、ラインヴァイス様はいつも嬉しそうに笑いながら薬草を受け取ってくれる。私も笑顔で渡せたら良いんだけど……。笑おうと思っても、口元がヒクヒクなっちゃんだ。でも、でも! 私の気持ちは伝わってるはずだもん。うん。絶対伝わってる! じゃなかったら、いつも待っててくれるはず無いもん。この後、いつもみたいに、屈んで手を出してくれるはずだ。


 でも、いくら待ってもラインヴァイス様は動かなかった。静かに私を見つめている。あれ? 何で手、出してくれないの? どうしたの? 何で動かないの? ラインヴァイス様が動いても、もう怖くないんだよ。ビクッてなったりしないよ? どうしたの? ねえ? ジッとラインヴァイスを見つめ返していると、彼が静かに口を開いた。


「……もう、薬草は結構です」

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