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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第二部

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御前試合その後

 御前試合で倒れたアオイは、結構危ない状態だったらしい。魔力が空っぽになるまで頑張るとか、流石に無茶だろうって私でも分かる。でもまあ、それだけアオイは離宮に行きたかった訳で。アオイの頑張りを認めてくれたのか何なのか、竜王様がアオイを離宮に連れて行ってくれる事になったらしいし、アオイの無茶は無駄ではなかったって事だ。


 私はアオイの部屋のダイニングテーブルの上で、石の器に薬草を入れると、器と同じ材質の掌サイズの棒でゴリゴリ、ゴリゴリとそれをすり潰した。そして、程よく冷ましたお湯を石の器にほんの少し注ぎ、再び、ゴリゴリ、ゴリゴリと薬草をすり潰す。青臭い臭いで鼻が曲がりそう。でも、アオイの為だ。我慢、我慢。


「暇だよ~! アイリス、私、暇過ぎて死んじゃうよ~!」


「アオイがいけないんでしょ! 限界超えて魔力使うから!」


 ベッドの中からアオイが叫ぶ。私は薬草をすり潰しながら、そんなアオイをじろりと睨んだ。アオイは魔力切れの影響で、御前試合が終わってから三日も経つのに、未だベッドから起き上がれないでいる。それだけ、今回の魔力切れが深刻な状態だったって事だ。それなのに、当のアオイはあまり深刻に捉えていない。ちょっと無理したかなぁくらいにしか思っていないみたいだ。


 魔力切れのアオイのお世話は、私とローザさんのお仕事だ。一人で何も出来ないアオイを着替えさせたり、お風呂に入れたり、トイレに連れて行ったり。そして、私にはもう一つ、特別なお仕事がある。そう。今やっている薬湯作り。新鮮な薬草を使った薬湯の方が効き目が良いらしく、お勉強にもなるだろうからって、私がそれを任された。でも、この薬湯、作るのが結構難しい。フォーゲルシメーレさんからすぐに「合格レベル」って言ってもらえたけど、何故か、私が作った薬湯はものすご~く青臭くって苦いらしい。


「アイリス~。その薬湯、もういらないよ。こんなに元気なんだもん。大丈夫だよ~」


「ダメ! 竜王様とラインヴァイス先生が良いって言うまで飲むの!」


 アオイは私の作る薬湯を飲みたがらない。何とかして薬湯を飲まずに済ませようと、こうしてしょっちゅうわがままを言う。私がキッとアオイを睨むと、アオイが眉を下げた。


「やだよ~。飲みたくないよ~」


「ダメ! そんなわがまま許しません!」


「やだ~! 飲みたくない! やだやだやだやだ~!」


 アオイが手足をバタバタさせる。アオイってば、ちっちゃい子みたい。こういう時こそ、私がしっかりせねば!


「何を騒いでいる」


 突然、竜王様の声がしたかと思うと、アオイのベッドのすぐ脇に竜王様が姿を現した。先生も一緒だ。竜王様も先生も、アオイの様子が気になるのか、お仕事の手が空くと必ずお見舞いに来ている。アオイが暇にならないように、本を持って。


「シュヴァルツ! 私、暇過ぎて死んじゃうところだったよ!」


 アオイってば、また言ってるし……。暇過ぎて死ぬ人なんていないよ。いたら見てみたいよ!


「今日の本は何? 魔道書?」


 アオイは竜王様が手に持つ本を、期待の篭った目で見つめていた。でもね、アオイ。それはただの恋愛物語だよ。私、その本、チラッと読んだもん。書いてある事が理解出来なくて、すぐに読むの止めたけど。


「いや。普通の書物だ」


「え~! 魔道書が良かった! 魔道書、魔道書!」


「体調が戻るまで、魔道書は見せぬと言ったはずだ」


「魔道書、魔道書、魔道書!」


 アオイは再び手足をバタバタさせ、駄々をこね始めた。それを見た竜王様が、呆れたように溜め息を吐く。


 本当に、今のアオイはちっちゃい子みたい。でも、それも仕方ない気がする。思うように身体が動かなくって、それがもどかしくって、感情が上手くコントロール出来ないんだ。イライラの発散方法が子ども返りなんだから、可愛いものだ。


「そんなに元気ならば、散歩でもするか」


「私が起き上がれないの、知ってるくせに! シュヴァルツの意地悪ッ!」


 アオイは竜王様の提案に、ぷ~っと頬を膨らませると、頭から掛け布を被ってしまった。拗ねているらしい。そりゃ、アオイは今、ほとんど歩けないし、すぐに疲れて眠くなってしまうから、お散歩の誘いに拗ねるのも分かる。でも、竜王様ならお城の中でも転移出来るんだし、薔薇園でお茶でもして来れば良いのに。良い気分転換になるのに。


「誰もアオイに歩けとは言っておらんだろうに」


 竜王様がそう言うと、アオイが掛け布から目だけを出した。それを見た竜王様が口を開く。


「抱いて連れて行ってやろう」


「行く!」


「そうか。ならば薬湯を飲み、準備しろ」


 それを聞いたアオイがまた駄々をこね始めた。けど、竜王様の方が一枚も二枚も上手だった。歩けるようになったのかって聞かれたら、嘘吐いたってすぐに分かるんだし、アオイだって無理と答えるしかない。歩けるくらいまで回復してないんだったら、薬湯を飲み続けないといけない訳で。アオイの逃げ道は、竜王様によって簡単に塞がれてしまった。


 私は出来上がった薬湯をカップに入れ、仕上げにハチミツを一匙垂らした。とたん、もわっと強烈な臭いが鼻をつく。フォーゲルシメーレさんが、ハチミツを入れたら飲みやすくなるかもって言ってたから試してみたけど……。青臭い臭いとハチミツの匂いが混ざり合って、いつも以上に臭いぞ!


 竜王様にたしなめられてしょぼくれているアオイの元へ薬湯を持って行くと、強烈な臭いにアオイが顔を顰めた。ふと、先生と竜王様を見ると、二人はちょっと変な顔をしていた。笑いたいけど笑えない、みたいな。む~! 頑張って作ったのに!


 私はサイドボードの上に薬湯を置くと、靴を脱いでベッドの上に乗った。そして、アオイを引っ張り上げるようにして上体を起こさせ、背中側に回って数個のクッションを入れる。毎日頑張って薬湯を作っているけど、アオイの状態はなかなか良くならない。私の薬湯、効いてないのかな……。フォーゲルシメーレさんに教えてもらった通りに作ってるんだけどな……。


「ありがとう、アイリス」


「ん」


 早くアオイには元気になってもらいたい。アオイのお世話をするのは嫌いじゃないし、アオイに頼られて悪い気はしない。でも、やっぱりちょっと不安というか、心配というか、心細いというか。上手く言い表せないけど、そういう気持ちになってしまう。


 私はサイドボードの上に置いておいた薬湯をアオイに手渡した。アオイがのけぞるようにカップから顔を遠ざける。


「やっぱり飲まないと――」


「ダメ!」


 力一杯叫ぶ。すると、アオイが苦笑し、深呼吸をした。そして、カップに口を付け、グビグビと音を立てて一気に飲み干す。とたん、アオイの顔色が真っ青になった。と思ったら、紫になり、真っ赤になって、また真っ青になる。それをみた先生が、さりげなくサイドボードの上の水差しを手に取った。


「おぉ……ぉぇ……。の、のん、だ……。のんだ、から、ぉ……ぇ……おみず……。おみ、ず……おぇ……。お……おみず……ぉぇ……」


 口元を押さえるアオイに、先生が苦笑しながらサッとグラスを差し出す。言われる前に準備し始めるあたり、とっても先生らしい。けど、ちょっと傷付いた。


「今日の薬湯は、また一段と凄い味だったようだな」


 竜王様はそう言うと、低く笑った。薬湯を飲んだアオイの反応が面白くって笑ってるんだと思うんだけど、凄い味って……。頑張って作ってるのに。飲みやすくなるように、フォーゲルシメーレさんに聞いたのに……。


「私の薬湯、そんなに不味いの?」


 アオイに早く良くなってもらいたいから、とっても丁寧に作ってるのに。愛情だってたくさん入れてあるのに。それなのに……それなのにぃ……! がっくりと項垂れる私の頭を先生が優しく撫でてくれる。


「いや、不味いというか、何と言うか……。えぇっと……ど、独創的! そう! 独創的な味なの! こう……目が覚めるような、独創的な味!」


 アオイが慌てたように叫ぶ。アオイはフォローしているつもりなんだろうけど、目が覚めるような独創的な味って事は、つまり、とっても不味いって事だ。全然フォローになってない!


「それ、不味いって事じゃん! アオイのバカァアァァ~!」


 私は叫び、先生にしがみ付いた。大泣きする私の頭を、先生が優しく撫でてくれる。泣かないでって言うみたいに。


「竜王様、席を外しても?」


「ああ。薔薇園にいる。何かあれば呼びに来い」


「かしこまりました」


 先生はぺこりと頭を下げると、泣き続ける私を抱き上げた。と思った次の瞬間、ぐらりと変な感じがした。それは立ちくらみのような感覚で。ビックリして涙が引っ込んじゃった!


 先生の腕の中から周囲を見回すと、そこは見覚えの無い所だった。もしかしなくても、転移で移動したんだよね? でも、転移って、緊急事態以外では使わないはずじゃ……。


 地面には、城壁なんかと同じ素材の石畳が敷き詰められているから、ここはお城の中で間違いないと思う。広場みたいな造りだ。所々に花壇があって、色とりどりのお花が植えてあって、石製のベンチまである。柵の向こう側、しかも下の方に森が広がっているけど、ここはお城の屋上か何か?


 先生は手近なベンチまで行くと、私をその上に座らせるように下ろしてくれた。そして、先生自身も私の隣に腰を下ろす。


「ここ、屋上?」


「ええ。ここは空中庭園。薔薇園と同じで、リーラが作り上げた庭の一つです。季節の花々を皆に楽しんでもらえるように、と。薔薇園と違うのは、屋外なので冬になると花が無くなる事ですね。屋内とは違って手入れも大変みたいですけど、僕はこの庭園が一番好きです」


 先生が微笑むと、さあっと爽やかな風が吹き抜けた。先生の笑顔は好き。そのはずなのに、胸の奥がギュッと苦しくなった。


 先生は私に優しくしてくれる。でも、それは私とリーラ姫を重ねているだけなんだ。私はリーラ姫の代わりなんだ。先生の顔を見ていられなくて足元に視線を落とすと、石畳の隙間から小さな白い花が顔を出していた。種が飛んだのかな? こんな狭い隙間から顔を出して花を咲かせるなんて、とっても逞しい花だな……。私には真似出来ないな……。


「アイリス。良い事を教えましょう」


 先生は俯く私の頭をポンポンとしてくれた。優しい手の感触に、引っ込んでいた涙がまたあふれ出す。


「良く効く薬程、得てして口に苦い物。アイリスの作る薬湯が美味しくないという事は、良く効く薬湯を作れている証拠です」


「でも、フォーゲルシメーレさんの薬湯は良く効くけど飲みやすいって、アオイもリリーも言ってたもん……」


「フォーゲルシメーレには長年、それこそ、今までの人生全てと言って良い程の、気の遠くなるような年月で培った経験があります。彼に追い付く事は、人族のアイリスには不可能です。一生懸命作った薬湯が不味いと言われ、傷付く気持ちも分かりますが、効かない薬を作るよりはマシだと思いますよ?」


 そうかもしれないけど、一生懸命作った薬湯だもん。美味しいって飲んでもらいたいんだもん。そりゃ、効く薬が作れないよりは良いけど、美味しい薬湯を作れるようになりたいんだもん。


「どうしても飲みやすい薬湯を作りたいと言うのならば、フォーゲルシメーレに弟子入りしても良いですよ? 同時に二つの道を修めるなど無理な話ですから、治癒術師は諦めねばなりませんが」


 先生の言葉に、私は激しく首を横に振った。私は薬師じゃなくて治癒術師になりたいんだもん。先生の目、治すんだもん!


「アイリス。僕はね、飲みにくいような薬も時に必要ではないかと思っているんです。今回のアオイ様のように、無理が祟った場合は特に」


 不味い薬が必要になる? 何で? 先生の顔を見上げると、先生は悪戯っぽく笑った。そして、涙で濡れた私の頬を指で拭ってくれる。


「そのような薬をあえて飲みたいと思う者はいないでしょう? 薬が必要にならないよう、怪我や病の予防に努めるようになるはずです。アオイ様も今後は、魔力が空になる程の無理をしようとは思わないでしょう。アイリスの薬が、効き目以外でも役に立つ。素晴らしい事だと思いませんか?」


 そうなのかな? う~ん……。先生がそう言うなら、そうなのかもしれないなぁ。一生懸命作ってる薬湯が、効き目以外にも役に立つなら嬉しいもん。私の薬湯はとっても不味いけど、それがかえって怪我とか病気とかの予防になる。うん。そう思う事にしよう。


「ところでアイリス?」


「ん?」


「リボンはもう、付けないのですか?」


 私は今、先生にもらったリボンを付けていない。というか、御前試合が終わってから、一度もリボンを付けていない。だって、あれは特別なんだもん。御前試合用に作ってもらったフリフリ一張羅メイド服と一緒に、クローゼットに大切にしまってある。だって、もし普段からつけて、リボンが解けて失くしちゃったら悲しいもん。それに、毎日使ってたら、汚れちゃったりほつれちゃったりするかもしれないもん。


「ん。しまってあるの」


「そう、ですか……」


「とっても綺麗だからね、特別なの」


「ああ、そういう事ですか」


 先生が苦笑する。何で? 首を傾げていると、先生が頭をポンポンしてくれた。


「ああいった物は、身に付けてこその物ですよ?」


「でもね、特別なの。フリフリメイド服と同じなの!」


「特別な日以外、身に付けるつもりは無い、と?」


「ん! そう!」


 こくこく頷く。すると、先生がにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「大切にしてくれているのですね」


「ん!」


 そうだよ。だって、先生がくれたんだもん。リボンだけじゃないんだよ。杖だって香油だって、先生がくれたから大切にしてるんだよ。他の人がくれたのだったら、きっと、ここまで大切にしなかったと思う。


 私にとって、先生は特別な人。アオイやローザさんも特別だけど、もっとずっと特別。そんな特別な人からもらったものは、特別大切な宝物なんだ。


「ねえ、アイリス? 特別な日に、休暇は入りますか?」


「きゅうか?」


「そうです。アオイ様のメイドとしてではなく、一個人として過ごす日。それは特別な日?」


「ん~……。ん! 特別!」


 私がアオイのメイドじゃない日があったら、それは特別だと思う。だって、私はアオイのメイドなのが普通なんだもん。普通じゃない日は、文句無しに特別だ。


「そうですか」


 先生はにこりと笑った。そして、口を開く。


「御前試合の実況を頑張ってくれたご褒美として、今度、アイリスに纏まった休暇を出す事になりました」


 おお! 特別な日! アオイのメイドじゃない日! アオイのメイドが嫌な訳じゃ無いけど、特別な日がもらえるっていうのはとっても嬉しい。実況、頑張った甲斐があった!


「それで、もし、アイリスさえ良ければなのですが、その休暇で一緒に離宮に行きませんか? 自然豊かな離宮ですので、保養には最適だと思うのですが……」


 え? 私を離宮に連れてってくれるの? 御前試合の優勝賞品になってた離宮に? 行きたい。とっても行きたい!


「行くっ!」


 叫び、手を挙げる。すると、先生が笑って頷いた。私も満面の笑みで頷き返す。


 まさか、離宮に行けるなんて。しかも、先生と一緒に。離宮で何して遊ぼう。ああ、楽しみだな。自然豊かって、どんな感じなのかな? 可愛い獣がいると良いな。木の実とか、たくさん採れるかな? 確か、湖があるって優勝賞品の説明に書いてあったな。水遊び、出来るかな? お魚とかいるかな? ああ、何して過ごそうかなぁ。

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