御前試合準備 5
私は、来る日も来る日も魔法陣の本の暗記に取り組んだ。だって、杖、早く返して欲しいんだもん。先生がくれた、大切な杖なんだもん。杖、持ってないと不安なんだもん。
「出来たー!」
突然、静かな図書室にアオイが叫び声が響き渡り、私はビクッと身を震わせた。な、何? ビックリするから、いきなり大きな声、出さないでよ。
アオイは描き終わったばかりの魔法陣を、得意げな顔で掲げていた。竜王様がその魔法陣を見て、一つ頷く。竜王様の合格が貰えたらしい。という事は、アオイはまた、新しい魔術を習得したんだ。羨ましい。
「それ、リヒト・シュトラール?」
リヒト・シュトラールは光属性の上級魔術で、魔法陣から一本の光線が出て、それで敵を倒す魔術だったはず。因みに、これの上位魔術は、光線が色んな方向に向かって出る、光属性の最高位魔術らしい。使うな危険って、魔法陣の本に書いてあった。
魔法陣の本は、ブロイエさんが書いてくれたものだからなのか、魔法陣の下にとっても分かりやくて面白い解説が付いている。解説だけ読んでいても飽きないし、字の勉強にもなるから助かる。
「おお~! アイリス、凄いじゃない! 魔法陣見ただけで分かるなんて!」
アオイがパチパチと手を叩く。へへへ。褒められちゃった。何だか照れくさくって、私は後ろ頭を掻いた。
「だいぶ、魔法陣を覚えたようですね」
先生がにこっと笑う。先生は、この魔法陣の暗記に関しては、凄いとか偉いとかは絶対に言わない。この課題は私への罰だから、一線を引いてるんだと思う。
「あとちょっとなの! 全部覚えるまで!」
「アイリス、頑張ってるもんね」
アオイが「ねぇ?」というように、私に向かって頭をこてんと倒した。私もそれに答えるように、アオイに向かって頭をこてんと倒す。
アオイはしょっちゅう、課題に付き合ってくれている。一緒に声を出して解説を読んでくれたり、解説の所を隠して、どんな魔術の魔法陣か問題を出してくれたり。アオイの寝る準備が終わった後の、私とアオイとローザさんの三人のお茶会では、必ず問題を出してくれている。
アオイの協力はとっても助かる。だって、一人で魔法陣の暗記なんてやってたら、いつまで経っても覚えられないもん。心がポキッてなりそうだもん。
「では、もう少ししたら試験をしましょうか。合格出来たら、この課題は修了とします」
「わ~い!」
「但し、全問正解する事。一つでも間違えたら不合格ですからね」
が~ん。全問正解って……。難しすぎるよ、先生。いくら罰だからって、厳しいよ。
「合格出来るまで、一日一回、試験を実施します。御前試合実施日までに合格出来ない場合、実況も出来ませんから、そのつもりで」
この課題は、御前試合の実況の為のお勉強でもあるらしい。というか、元々はそのつもりで準備していたけど、私が馬鹿な事をしてしまったから、これを罰として利用する事にしたらしい。こっそり、ブロイエさんがそう教えてくれた。
「ん! 頑張る!」
私が頷くと、先生も「頑張れ」っていうように頷き返してくれた。午後からは、もう一つの課題もやらないとだし、色々大変だ。でも、杖、返してもらう為なんだもん! 頑張るもん!
午後からはもう一つの課題、風属性の中級魔術のお勉強。これは、風の力を利用して、声を響かせる魔術らしい。御前試合の時、みんなに実況が聞こえるようにする為に必要なんだって。これも、ブロイエさんがこっそり教えてくれた。先生が意地悪で、難しい課題を出してるんじゃないんだよって。
「ん~……んんっん~……ん~ん~」
「どこか分からないのですか?」
先生が書類から顔を上げる。私はフルフルと首を横に振った。魔法陣の本のお蔭で、だいぶ字が読めるようになったから、書いてある内容は読めている、と思う。何で声が出ているのかというと、声を出さないと読めないから。昨日、アオイに指摘されて初めて知った。静かに読んでいるつもりでも、声が出てる事。
「分からなくて唸っているのではない、と?」
「ん。声、出ちゃうの。だからね、口、閉じてるの」
「ああ……。黙読が出来ないのですね。良いですよ、僕に気を遣わなくても」
「でも、先生、お仕事してるもん」
「唸り声の方が気になりますから」
そう言って、先生がクスクス笑った。先生のお仕事の邪魔にならないように、一生懸命声を出さないようにしてたけど、逆に迷惑だったらしい。くすん……。
「それに、アイリスの元気な声を聞いている方が、仕事が捗りますから」
「本当?」
「ええ」
先生がにこりと笑って頷く。へへへ。私の声で、お仕事が捗るだなんて! 照れるなぁ。もう~!
今日の目標は見開き一ページ。それを大きな声で読む。先生はお仕事の手を止め、優しく微笑みながら聞いててくれた。そして、読み終わったところで口を開く。
「よく読めています」
やったぁ! 褒められた! つい、顔がにやけてしまう。だって、課題に取り組み始めてから、先生に褒められる機会が減っちゃったんだもん。久しぶりに褒められたんだもん。
「識字に関しては、書き取りが出来るようになれば完璧ですね」
そして、この日から私の課題が増えた。書き取りもしておきなさいって、先生から「部族基礎知識」なる本を渡された。
この本は、色々な部族の特徴が詳しく解説されていて、内容はとっても難しい。けど、この本に書かれている事も、御前試合の実況で必要になるんだと思う。だって、先生が敢えて追加するくらいだもん。かなり重要な事なんだ、きっと。
まずは、ドラゴン族のページから書き取る事にした。だって、先生はドラゴン族だもん。他のページより興味が湧いたんだもん。先生の事、もっと知りたいって思ったんだもん。




