御前試合準備 2
「んで?」
アオイがティーカップをローテーブルに置くと、腕を組んでブロイエさんを睨んだ。
「まさか、御前試合の宣伝だけしに、わざわざ来たんじゃないですよね? 用件は? 何です?」
え? そうだったの? てっきり、宣伝で来たのかと思ってた。ブロイエさんはアオイの言葉に笑みを深めると、口を開いた。
「ちょーっとね、お願いと相談があるんだよ」
「どうせ、何か面倒な事、押し付ける気なんじゃないですか?」
「ははは。ばれた?」
「ばればれですよ……」
アオイが溜め息を吐く。何気に、アオイは色んな事を見てるし、考えてるなって思う。私は全然気が付かない事でも、こうして見破っちゃうんだもん。凄いなぁ。
「で? お願いから聞きましょうか? 一応言っておきますけど、私が面倒だと思った事は、遠慮無くお断りさせて頂きますからね」
「うん。分かってる。あのねー、御前試合の実況お願いできないかなーって。せっかくなら、可愛い子に実況してもらいたいなーなんて」
アオイのきつ~い言い方にも、ブロイエさんは気を悪くした様子は無い。きっと、とっても心が広くて優しんだと思う。私が時々ローザさんのお部屋にお泊りしても、ブロイエさんは怒る事なく、ローザさんに言われるままどこかで寝てるし。流石、先生の叔父さんだ。
「それ、必要ですか?」
「必要だよ! 血沸き肉躍る御前試合! それを盛り上げる役がいなくてどうするの! つまんないじゃないか!」
「そ、そうですか……」
アオイの問い掛けに、グッと拳を握り締め、ブロイエさんが力説する。アオイは呆れたような、疲れたような、そんな力が抜けた声で相槌を打った。
実況って、試合を盛り上げる人の事なのか。私にも出来るかな? 難しいのかな? アオイは受ける気、無さそうだな。ローザさんも。なら、私、やってみたい! お手伝いしたい!
「私、やりたいッ!」
はいと手を挙げ、ブロイエさんを見つめる。すると、ブロイエさんはアオイに視線を移した。本当はアオイにやって欲しかったのかな? あれ? でも、アオイは御前試合に出るし……。あ。私はアオイのメイドだから、アオイの許可が必要なのか!
実況、やっても良い? 手を挙げたまま、アオイを見つめる。すると、アオイがにこりと笑って頷いた。やっても良いらしい! やったぁ!
「じゃあ、実況はアイリスに任せるからね! 当日、頑張って盛り上げてよー!」
ブロイエさんが私に向かって頷き、グッと親指を上げる。私も親指を上げ、それに答えた。そんな私達を、ローザさんが笑顔で見つめている。私とブロイエさんが仲良くしているのが嬉しいんだ。だって、前、言ってたもん。ローザさんの事は母さんの代わりに、ブロイエさんの事は父さんの代わりに甘えて良いのよって。それが難しいなら、親戚の叔母さん叔父さんのつもりで甘えなさいって。
「じゃあ、お願いは良いとして。相談って? 何です?」
アオイが問い掛ける。すると、ブロイエさんは一つ頷き、口を開いた。
ブロイエさんの相談は、優勝者へのご褒美だった。色んな所で聞いて回っても、あんまり良い案が出なかったらしい。というか、一番多い答えが「奥さん」だったらしい。それはいくらブロイエさんでも用意出来ないからって、アオイの意見を聞きに来た。アオイなら、常識にとらわれない案があるかもしれないからって。だって、アオイはこの世界で生まれ育った人じゃないから。
アオイはこの世界の住人じゃなかった。その事を知ったのは、つい最近だ。遠くから来たとは聞いてたけど、まさか、その遠くが違う世界の事だったなんて……。
それを教えてくれたのはローザさんだった。寝る前のおとぎ話の延長で教えてくれた。アオイはこの世界の勇者なんだって。他にも仲間がいると思うって。秘密って程の事じゃないし、私に話しても問題無いだろうって。でも、寝る前にそんな話をしないで欲しかった。だって、ビックリしすぎて目が冴えちゃって、その日はなかなか寝付けなかったんだもん。
「そうだ! 旅行なんてどうでしょう?」
アオイが思いついたとばかりに、ポンと手を打った。りょこう……。何だろう? ブロイエさんを見ると、彼も知らない言葉だったらしく、首を傾げていた。
「りょこう?」
「そうです。私の世界だと、遠くに行けるっていうの、結構多かったんですよね」
ふむふむ。遠くに行くのが「りょこう」か……。でも、何でそれがご褒美になるの? 遠くに行くって、旅に出されるって事だよね? それ、ご褒美じゃなくて罰じゃないのかな? だって、旅はとっても辛いものだもん。
孤児院に来る前、ちょこっと母さんと一緒に旅をしたけど、とっても辛かった。だって、毎日たくさん歩かないといけないんだもん。足にマメが出来て、それがつぶれて血が滲んで……。それに、行く場所によっては、魔物とか大きな獣とかも出るらしいのに、それがご褒美?
「ええっと……。旅に出されるの? どうして?」
「どうしてって……。楽しいじゃないですか」
「楽しいの? 辛いんじゃなくて?」
「辛いって……。何でですか?」
今度はアオイが首を傾げた。アオイの世界では、旅は楽しいものだったのかぁ。見所みたいなのがあって、歩くのも辛くなかったのかな? 私、出来るなら二度と旅なんてしたくないけど、アオイはそうじゃないみたいだ。う~む。
「だってさ、転移魔術が使えなかったら隣町まで歩いて行くんだよ? 着くまでに魔物にも遭うだろうし、距離があれば野宿だし。辛くない? そういうのが逆に人気だったの?」
「た、確かに。それは辛いですね」
「アオイさんの世界では楽しいものだったんだよね? 何で?」
「何でって……。歩いて長距離移動なんて、ほとんどしないですもん」
アオイが説明したのはこうだった。アオイの世界には乗り物がたくさんあって、それに乗って旅をするんだって。それなら確かに辛くないし、魔物や獣からも簡単に逃げられる気がする。そんな旅だったら、私ももう一回しても良いかなぁ。
ブロイエさんも同じ事を思ったのか、荷馬車の改造案をブツブツと呟き始めた。と思ったら、満面の笑みでアオイの手を握り締めた。私の隣に座るローザさんから、冷たい空気が漂って来る。
ローザさんは、私とブロイエさんが仲良くするのは嬉しいけど、アオイとブロイエさんが仲良くしてるのは面白くないらしい。私もその気持ち、よ~く分かる。だって、私も、先生とアオイが仲良くしてると面白くないもん。これは、ヤキモチというものらしい。この間読んだ本に書いてあった。好きな男の人が別の女の人と仲良くしてると、心がモヤモヤするんだって。
つまり、私は先生を好きって事らしい。大発見した気分でローザさんに報告したら、驚いた顔をされた後、笑われてしまった。あと、そういう気持ちは秘密にしておくものよって言われてしまった。みんなに知られると恥ずかしいでしょうって。確かに、恥ずかしいような気がした。だから、これは私とローザさんだけの秘密にした。アオイにだって、ブロイエさんにだって秘密だ。もちろん、先生にだって。
この後、姿を現した竜王様も、アオイとブロイエさんが仲良くしているのを見て、ヤキモチを焼いていた。男の人でもヤキモチ焼くんだなって、とっても勉強になった。先生も、ヤキモチ、焼いたりするのかな? 全然想像出来ないなぁ。




