御前試合準備 1
ブロイエさんがお城に来てからというもの、私と先生、アオイに加え、竜王様、ローザさんが一緒に図書室でお勉強をするようになった。まあ、アオイと竜王様とローザさんは、午後になると剣術稽古に出ちゃうんだけど。
竜王様とアオイの剣術稽古は、いつの間にかお城の名物になった。毎日、たくさんの人が見学している。今も、遠くから歓声が聞こえてきている。私も時々見せてもらうけど、これが結構面白い。見に行きたい。でも、我慢、我慢。だって、私にはやらなくちゃいけない事があるんだもん。ウズウズウするけど、我慢だ!
私と先生は、午後からも図書室でお勉強をしている。私が先生に頼んだからだ。だって、アオイは初級魔術教本の勉強が終わったのに、私は全然進んでないんだもん。こんなんじゃ、いつまで経っても、先生の目、治してあげられないんだもん。
「しゃ……しゃく、ね……ね……ね、つ……の……ん~」
「どうしました?」
初級魔術教本を睨みながら唸り声を上げると、正面に座る先生が書類から顔を上げ、声を掛けてくれた。午後の勉強の時間、先生は書類を片付けながら私の勉強を見てくれている。先生はこのお城で竜王様の次の次に偉いから、片づけないといけない書類がたくさんあるらしい。先生も大変だ。
「これ、分かんない!」
「どれです?」
「これぇ!」
初級魔術教本のページを指差すと、先生が身を乗り出してそれを覗き込んだ。さらりと、先生の白い髪が揺れる。そっと手を伸ばして触れてみると、見た目通り、とってもサラサラしていた。
「……髪が、どうかしました?」
「サラサラなの!」
「そうですか」
先生が笑う。先生の笑顔、好き。見てると心がポカポカするから。先生の髪も好き。触るとサラサラしてるから。先生の目も好き。宝石みたいにキラキラして綺麗だから。
「先生は髪の毛、伸ばさないの?」
もっと長かったら、触った時、もっと気持ち良いと思うの。なのに、先生は困ったように笑い、首を横に振った。
「長いと邪魔ですからね」
「ええ~! 竜王様だってブロイエさんだって長いのに!」
「僕は騎士ですから。兄上や叔父上とは立場が違います」
「長い方が良いのに。絶対に似合うのに。髪、束ねる練習したかったのにぃ……」
アオイの長い髪は、私じゃ梳かすくらいしか出来ない。今のところ、アオイから髪を結ってって言われないけど、いつでも結えるようになっておきたい。ローザさんの髪で練習させてもらっても良いんだけど、先生の髪は触り心地が良いから、いじるの楽しいもん、きっと。
「そうですか? アイリスがそこまで言うのなら、伸ばすのも悪くないかもしれませんね」
おお? 先生、さっき邪魔だって言ったばっかりなのに。立場がどうとかも。ま、いっか。
「髪伸びたら、束ねる練習させて!」
「良いですよ」
「ちゃんと髪の毛の勉強もしとかないとっ! 髪の毛の本、借りてこよっと!」
「その前に。これ、分からないのでしょう?」
「あ。そうだった」
誤魔化すように「へへへ」と笑うと、先生がクスクスと笑った。先生と二人っきりの勉強は楽しい。だって、先生がよく笑ってくれるんだもん。先生の笑顔を見ると、勉強頑張るぞって気になるんだもん。
その日の夜、アオイの寝る準備が終わり、ローザさんが淹れてくれたお茶を私とアオイ、ローザさんの三人で飲んでいると、ブロイエさんが突然現れた。
「お邪魔しまーす」
ブロイエさんは、アオイの座るソファのすぐ後ろに立ち、ニコニコ笑ってご機嫌そのもの。でも、それを見て、私の隣に座るローザさんのご機嫌が一気に悪くなった。
「アナタ。レディの部屋ですよ。せめて、扉から入って下さいません?」
ローザさんが文句を言うも、ブロイエさんは気にしてないみたい。ブロイエさん的には、アオイはレディじゃないんだと思う。たぶんだけど、ブロイエさんがレディと思ってるの、ローザさんだけなんじゃないかな? 私やアオイの事は、女性としては見ていないんだ、きっと。
「良いですよ、ローザさん。気にしてませんから。もう慣れましたし」
アオイがそう言うと、ローザさんが申し訳なさそうに頭を下げた。ブロイエさんはこうして、時々、アオイの部屋に突然現れる。アオイの部屋だけじゃなく、私が先生と一緒に勉強してると、「調子どう?」って図書室にも現れる。それに、先生と一緒にごはんを食べていると、「美味しい?」って食堂にも現れる。こういうの、何て言うんだっけ? ええっと……神出鬼没だっけ? それがブロイエさんだ。
「で、ブロイエさん。今日は何の用です?」
アオイがティーカップを手にしたまま問い掛ける。すると、ブロイエさんがアオイの隣に腰掛け、一枚の紙を私達に見えるように掲げた。その顔は何故か誇らしげだ。
「今度、御前試合する事になったんだー!」
「御前試合?」
アオイが首を傾げる。私も一緒に首を傾げた。だって、初めて聞く言葉なんだもん。
「そ。王の前で実力を披露する試合。上級騎士団員のほぼ全員が参加するんだよー!」
「ふーん」
アオイは興味ありませんって顔で呟くと、飲みかけのお茶に口を付けた。今日はハチミツたっぷりのミルクティーなる、とっても甘いお茶だ。ローザさんがお城に来てからというもの、私達三人のお茶会はこういう甘いお茶が多くなった。
ローザさんが作るお茶は、とっても甘い。そして、とっても美味しい。だからか、アオイも甘いお茶が飲みたいって言う事が多くなった。私も早く、甘いお茶が作れるようにならなければっ! 今日もローザさんのお部屋にお邪魔して、練習させてもらおっと!
「あ、あれぇ? アオイさん、興味無いの?」
「だって、私、どうせ出られないんでしょ?」
「え? 出たいの?」
「出たい」
即答したアオイを、ブロイエさんがキョトンとした顔で見つめている。でも、私は全く驚いていない。だって、アオイの性格、ちゃ~んと分かってるもん。
アオイは一言で言うと、じゃじゃ馬だ。気性が激しいというか、勝ち気というか……。竜王様に剣を習い始めてからというもの、より一層じゃじゃ馬になったと思う。おしとやかなお后様には絶対になれない。でも、剣を教えてるのは竜王様自身だし、竜王様もそれでいいと思っているんだ、きっと。
けど、ローザさんは何とかアオイにおしとやかになってもらいたいらしい。何かある度に、やれマナーがなっていない、やれ言葉遣いが悪いと、アオイに小言を言っている。今もアオイに何か言いたそうな顔をしている。でも、アオイは気が付かないフリでやり過ごす気満々である。
「そ、そっかぁ。じゃあ、出る? 手配した方が良い?」
「是非」
あっさりと、アオイの出場が決まった。御前試合に出るの、上級騎士団員とアオイって……。こんなんで良いのかな? 実力を披露する試合って事は、戦うんだよね?
上級騎士団員って、食堂で会う人達、だったかな……? 先生が前、そう言ってた気がする。ノイモーントさんとか、フォーゲルシメーレさんとか、ヴォルフさんとかも出るのかな? ウルペスさんも。それに、先生も。
先生が戦ってるとこ見るの、雪狼と遭った時ぶりだな。でも、あの時は、先生、すぐにドラゴンの方の姿になっちゃったからなぁ。先生が剣を使って戦ってるの、しっかり見た覚えが無い。というか、あの時以外に、戦う先生って見てない! 見たいっ!
「あ、あの!」
私が声を上げると、全員の視線が私に向いた。先生が出るのか聞いたら、みんな変に思うかな? でも、気になる。でも、恥ずかしい。でもでも、とっても気になる!
「あ、あの……その……。ラインヴァイス先生は? で、出ますか?」
顔が熱い。みんな、変に思ったかな? でも、気になったんだもん。先生が戦ってるとこ、見たいんだもん! ブロイエさんは私を見て不思議そうに首を傾げると、口を開いた。
「ええ~? ラインヴァイス? 出ないよ」
がぁん! 先生が戦ってるとこ、見れないの? 悲しい。物凄~く、悲しい。涙が出てきた。くすん……。私がガックリ項垂れると、アオイが叫んだ。
「なーんだ。ラインヴァイス出ないんだ。つまんなーい! ガッカリー!」
「だって、ラインヴァイスは近衛師団長だよ? 出る必要、無いでしょ? というか、出ちゃダメでしょ!」
「えー? 何でですか?」
「だって、だって! 御前試合って、言ってみたら実力試しだよ? 序列決める意味もあるのに、ラインヴァイスが出たらダメでしょ? 万が一、トップが変わったら大混乱になるの、目に見えてるもん!」
「ふ~ん」
アオイが興味無さそうに返事をする。ややあって、ブロイエさんが小さく溜め息を吐いた。
「……分かったよ。上級騎士団員全員参加にするから……。それで良いんでしょ?」
「さっすがブロイエさん。話が分かる! カッコイイ!」
アオイが弾んだ声で叫ぶ。私も顔を上げ、苦笑するブロイエさんを見つめた。先生が戦う姿が見られる! そう思うと、御前試合が始まるの、とっても楽しみになってきた。私にもお手伝い出来る事、何か無いかなっ!




