叔父さん 2
午後からはアオイのおめかしタイムとなった。先生の叔父さんへの挨拶に着るドレスと、それに合うアクセサリーを選んでいる。けど、なかなか決まらないらしい。
クローゼットの端に置いてある、大きなアクセサリーボックスの引き出しを、アオイが次々と開けていく。そんなアオイの目を盗み、私は靴を脱ぐと、クローゼットへと潜り込んだ。
アオイのクローゼットには、色とりどりのドレスがずらっと並んでいる。初めてこれを見た時には驚いた。だって、全部竜王様からの贈り物なんだもん。アオイはあんまり分かってなさそうだけど、竜王様はアオイに綺麗な格好をしてもらいたいんだ、きっと。
こんなにたくさんのドレスがあるけど、アオイはいつも同じようなドレスばかり着ている。膝丈の動きやすいドレスをあえて選んでいる。でも、今日は違う。だって、裾が床まである赤いドレスとか青いドレスとかを着ては、鏡で確認してたんだもん。普段は絶対に着ない、裾の長いドレスを着るつもりでいるんだ。
私、黒いドレスが良いと思うんだ。その方が、竜王様とお揃いって感じがするもん。一目で、恋人だって分かるもん。
黒いドレス、黒いドレス……。これは! 違った。紺色だった。あ。こっちの! あれぇ。これは深緑だ。
広いクローゼットの端から端まで見て回ったけど、黒いドレスは見当たらなかった。う~む。どうしたものか……。竜王様らしい色って言うと、他には……。腕を組んで頭を捻る私の目に、一枚のドレスが映った。ああ! このドレスなら! 私はそれに手を伸ばした。
「も~! 決まらない! どぉしよぉぉぉ!」
アオイの叫びがここまで届く。私は大きく息を吸い込み、アオイに聞こえるように叫んだ。
「アオイー! これはぁ?」
「アイリス、アンタ、いつからそこにいるのー!」
「ついさっきー!」
叫びつつ、ドレスを手にアオイの元へ戻る。アオイは私の持って来たドレスを見て、何故かとっても渋い顔をした。
私の見つけたドレスは、竜王様の目の色みたいな紫色のドレスだ。そこかしこに黒いレースが付いてて、竜王様の隣に並ぶにはピッタリだと思う。ピッタリでしょ? ピッタリだよね、アオイ?
ジッとアオイを見つめていると、アオイが諦めたような顔で手を出した。そっとドレスを渡すと、アオイが洗面所へと向かう。着てくれるらしい! やったぁ!
はっ! 喜んでばかりはいられない。あのドレスに合うアクセサリーを選ばなくては! アクセサリーボックスの引き出しを開けると、先生が私の隣に並んだ。
「目当ての色は決まっているのですか?」
「黒!」
「黒?」
先生を見ると、驚いたように目を丸くして、私を見つめていた。私、そんな変な事言ったかな? 黒って、竜王様っぽい色だと思うんだけど……。
「あのね、本当はね、ドレスも黒が良かったの。そしたらね、竜王様とお揃いだったの」
「確かに、竜王様は黒い騎士服をお召しになっていますし、髪色も黒ですからね」
「ん。でもね、黒のドレス、無かったの。だからね、竜王様の目の色のドレスにしたの。レース、黒だしね、アクセサリーも黒が良いの」
「もう少し、黒の比率を増やしたいという事ですか?」
「ん!」
大きく頷くと、先生は私の頭を優しく撫でてくれた。へへへ。褒められてるみたいで、ちょっと嬉しい。
二人並んでアクセサリーを見ていく。でも、なかなか黒い石のアクセサリーは見当たらなかった。今のところ、一個だけしか見つかってない。ツルンとした丸い石が並んだシンプルなネックレス。けど、思ってたのと違う。だって、光の加減で灰色にも見えるんだもん。もっとこう、真っ黒なのが良いの!
「先生、黒い石のアクセサリー、珍しいの?」
「そうですね。あまり装飾品には向かない色ですから」
「そっかぁ」
珍しいのか……。だったら、あの灰色のネックレスで諦めるしかないのかな。でもなぁ。もっと真っ黒が良いなぁ。
「あ。アイリス、これは?」
先生が開けた引き出しには、一本のネックレスが入っていた。ベリーか何かの枝をモチーフにしたネックレスらしく、枝先の実の部分が黒い石で出来ている。ネックレスの大半が地金の銀色だけど、真っ黒い石の存在感もしっかりある。
「黒い石!」
「アイリスの眼鏡に適いそうですか?」
「ん!」
私が笑顔で頷くと、先生も笑顔で頷き返してくれた。と、丁度その時、アオイが洗面所から出て来た。
「あ! アオイ! 見てー! これー!」
アオイにネックレスを掲げて見せる。すると、アオイは顔を顰めた。アオイの趣味じゃないのかな?
「それ、私に付けてって事?」
「嫌?」
これが良いのに……。でも、アオイがどうしても嫌なら諦めるよ。灰色のネックレスにするよ。せっかく黒い石見つけたのに……。ちょっと悲しい……。くすん。
「分かった、分かった。一応付けてみるから。そんな顔、しないの」
「ん……」
分かった。私が小さく頷くと、アオイが苦笑しながら鏡台の椅子に座った。そんなアオイの後ろに回り、ネックレスを付けてあげる。そして、仕上げにブラシで髪を梳かした。うん。完璧!
アオイが椅子から立ち上がり、鏡台から少し離れた。全身を確認するようにクルクル回るアオイは、おとぎ話に出て来るお姫様みたい。とっても綺麗!
「アオイ、きれー!」
私がパチパチと手を叩くと、アオイが「う~ん」と唸り声を上げた。とっても似合ってるけど、アオイは気に入らないのかな?
「派手じゃない?」
「いえ。良くお似合いです」
そう言った先生も、私と一緒に手を叩いていた。優しい笑みを浮かべて。ちょっと面白くない。
「ん~。じゃあ、これは候補一、ね」
候補一? これにしないの? 何で? とっても綺麗なのに!
「ええ~! これが良い!」
「そう言われてもなぁ……」
「これが良いの!」
これだったら、竜王様の目とお揃いなんだもん! 恋人同士に見えるんだもん! 何でこれにしないの? これが良いの! アオイが先生をチラッと見る。先生は優しく笑いながら、アオイを見つめていた。
「うう……。分かった。分かったわよ! これに決める」
「わ~い!」
やったぁ! アオイが私の選んだドレスにしてくれた! 嬉しくなってアオイの周りをピョンピョン飛び跳ねると、アオイが大きな溜め息を吐いた。そして、しょうがないなって顔で私を見つめる。ちらりと先生を見ると、先生がにっこりと笑って口を開いた。
「アイリスは良いセンスをしていますね。アオイ様の黒髪と肌の美しさを際立たせるこの配色、見事です」
本当? やったぁ! 先生にも褒められた! そして、えっへんと胸を張ってから、はたと気付いた。今の、私だけじゃなくて、アオイの事も褒めてたような……。遠回しに、アオイの事、綺麗って言った……? チクリと、私の胸の奥が痛んだ。




