お披露目 2
お披露目の開会時間となり、私と先生は廊下に出た。先生にエスコートされて廊下を進み、大ホールの渡り廊下に出る。途端、盛大な拍手が巻き起こった。階段の下、大ホールには人、人、人。知っている人から知らない人まで、人で埋め尽くされていた。
アオイのお披露目の時ほどの大混雑では無い。けど、私の予想以上の人出だった。緊張で気が遠くなる。何で、こんな……。
「壮観ですね」
そう言ってクスクス笑った先生は、全然緊張していないみたい。先生は元王族だからね。注目されるのも慣れっこなんだろう。
「行きましょう」
先生に促され、歩みを再開させる。廊下から階段、大ホールから大広間の入り口まで、アオイのお披露目の時と同じく、近衛師団の面々が花道を作ってくれている。全員が剣を掲げているのもアオイのお披露目の時と一緒だ。
私なんかの為にすみません……。思わずみんなにヘコヘコと頭を下げたくなったけど、それをグッと我慢する。流石に、そんな事をしたら、お客さんに笑われちゃうって私にも分かるから。
花道を抜け、大広間の入り口に立つ。と、静かにその扉が開いた。大広間の真ん中に、竜王様とアオイが並んで立っている。私と先生は二人の前に行くと、謁見の時の作法に則り、床に跪いた。そして、先生が竜王様に、私達が夫婦になった報告を行う。竜王様からお祝いの言葉をもらって、儀式終了! 後はパーティーだ! と思ったのに、肝心のパーティーの開会宣言が行われない。何故? お父様は何をしている! そう思って、大広間の隅に控えているお父様をちらりと見る。と、お父様はまだ泣いていた。さっきまでの大泣きではないけれど、えぐえぐとしゃくり上げていて、開会宣言を出来るような状態じゃない。
えぇ~……。どうするの、これ……。ちらりと隣の先生を盗み見る。先生も困惑気味だ。まさか、私達が勝手にパーティーの開会宣言をする訳にはいかないしぃ……。
「こ、これより、おお、お祝いのパーティーを開始仕します! 皆様、楽しいひと時をお過ごし下さい!」
そう声を上げたのはアオイだ。声が上擦っているのも、少しどもったのも、顔が引きつっているのも、この際、気にしないでおこう。アオイのお蔭で、パーティーに無事移行出来るんだから。
普段はあまり気にしない事だけど、アオイは竜王様のお后様で、宰相で王位継承権第二位のお父様と同じくらいの地位の人だ。今日の出席者で、お父様を除いて開会宣言を出せるのはアオイくらいなものだろう。まさか、竜王様直々にしてもらう訳にもいかないし。そんな事になったら、お父様の宰相としての立場が危うくなっちゃう。
シオン様や兄様がもっと大きかったら、この二人のうちどちらかでも良かったんだと思う。けど、いくら地位が高くても、二人はまだお子様だ。シオン様なんて、まだ片言しか喋れないし。正直なところ、アオイが機転を利かせてくれて助かった。後でお礼を言わなければ!
先生が立ち上がり、私に手を差し出す。私はその手に手を重ねて立ち上がった。そして、竜王様とアオイに頭を下げ、続いて振り返り、招待客に頭を下げる。途端、盛大な拍手が巻き起こった。そうして拍手が一段落すると、本格的にパーティーが始まった。楽器の演奏係の人達が音楽を奏で、人々が飲み物や食べ物を片手に談笑する。
「アオイ、さっきはありがとー!」
豪勢な椅子に座ってシオン様をあやしているアオイの元に行き、そうお礼を言う。と、アオイが不思議そうに目を瞬かせた。
「さっき?」
「開会宣言だよ!」
「ああ……。まさか、私がやる事になるなんてねぇ……。てか、ブロイエさん、いつまで泣いてるんですか……」
アオイがジトッとした目で、お隣の椅子に座る竜王様の傍らに立つお父様を見る。そう。お父様はまだ泣いていた。
「だってぇ……。アイリスが、初めて、お父様って……!」
「いや、嬉しいのは分かりますけど、泣き過ぎでしょ……」
「ちが……。およ、お嫁に、やりたくない……!」
「いやいやいや。そこは笑顔で送り出しましょうよ……」
「で、でも、せっかく、お父様に、なれたのに……」
やっぱり、もっと早くにちゃんとしておけば良かった……。お父様やお母様の好意に甘えていた私の責任は大きい。
「お嫁に行ったからって、娘じゃなくなる訳じゃないじゃないですか。アイリスは今日、晴れてブロイエさんの娘になった。それで良いでしょ!」
「でも、お嫁に行ったら、二人でお出掛け、出来ない……! 一緒にごはん食べて、お買い物して……。やりたい事、たくさんあるのにぃ……」
「あ~。なるほど。アイリスと親子らしい事をしたい、と。確かに、ブロイエさんとアイリスって、親子ってよりは親戚くらいの距離感ですもんね。お嫁に行っちゃったら、その距離感もなかなか縮まらない、か……」
「うわぁ~ん!」
アオイが! お父様に止めを刺した! お父様が一番気にしている事を!
「そ、そんな事ないよ! 二人でお出掛け――」
私の視界の端で、先生の眉間に皺が寄った。おう。それは駄目ですか。そうですか。
「――は、無理だけど、ウチで一緒にごはん食べたり出来るし! 何なら、ウチにお泊まりしても良いんだよ! そうだよ。ウチに泊まりにおいでよ、お父様!」
それくらいなら良いよね、先生? そう思って先生に視線を送ると、先生が微笑みながら頷いた。
「そうですよ。好きな時に来れば良いじゃないですか。僕と叔父上、遠慮するような間柄でもないでしょう?」
「ホント? いつでも、行って良いの……?」
「ええ」
「ん! いつでも大歓迎だよ!」
「じゃあ、今日、お泊まりに行く……」
何と。これは想定外。先生も想定外だったらしく、苦笑している。
「ブロイエさん。それは流石に無理だって分かるでしょ? 準備があるんですから。我が侭言って二人を困らせないの」
アオイが呆れながらそう言う。そのお隣に座っている竜王様も、腕を組んで真顔で頷いていた。
「でも! いつでもって言った!」
「だからって、今日は無いでしょ……。せめて、明日とか――」
「でもでも! 今日はスマラクトだって泊まるんだから! 僕、知ってるんだから!」
確かに、お父様の言う通り、今日はスマラクト兄様御一行様がウチにお泊まりする予定ではある。だから、三部屋、客間の用意は出来ているんだけど……。
追加で一部屋かぁ。今日は夜までパーティーに参加するから、夕ごはんの仕度と後片付けが無い。だから、準備出来ない事は無いはず。ヴィルヘルムさんには申し訳ないけど、帰ってから一頑張りしてもらおうか……。お父様だけお断りしたら、絶対に拗ねるもん。しかも、ずっとそれを引きずりそう……。
「分かった。ヴィルヘルムさんに頼んで来るから。だから、いつまでも泣いてないでよ、お父様」
「ホント? 今日、お泊まりしても良いの?」
「もう泣かないって約束してくれるなら、だよ! お父様がいつまでも泣いてたら、私、恥ずかしいんだから! みんな、生温かい目でこっち見てるんだから!」
そうなのだ。こうして話している間も、生温かい視線がこちらに降り注いでいるのだ。クスクスと笑っている人もいる。みんな、微笑ましいものを見るみたいに見ているけど、私にとっては恥ずかしいだけ。せっかくのお披露目、お父様なんだからしっかりして欲しい!
「分かった。もう泣かない」
お父様はそう言うと、懐から出したハンカチで涙を拭い、続いてち~んと盛大に鼻をかんだ。
「では、我々はこれで。叔父上が泊まれるよう、ヴィルヘルムに準備を頼んで来ますから。アイリス、行きましょう」
「ん!」
先生が差し出した手を取り、笑顔で頷く。この後、ヴィルヘルムさんに事情を説明して、帰ってから客間を準備してもらわないとだ。ヴィルヘルムさんはたぶん、楽器演奏をしている一団の中にいるはず。
「あ。そうだ。叔父上。ローザ様、きちんと見て差し上げないと、取られますよ?」
先生が思い出したようにそう言って歩き出した。そう言えば、お母様はどこだ? いつもなら、お父様と一緒にいるのに。先生の隣を歩きながらキョロキョロと辺りを見回す。
あ。見つけた。ダンスしてる。お相手、妖精王様だ。きっと、誘われて断れなかったんだね。何たって、相手は一国の王様だもん。お父様がちゃんと傍にいればこんな事にはならなかったのに……。振り返ってお父様を見る。と、お父様は愕然とした顔で、お母様と妖精王様のダンス姿を見ていた。
ヴィルヘルムさんに客間の件をお願いし、私達も他の人に混ざってダンスをする事にした。妖精王様主催のパーティーに出席するんで、ダンスは散々練習したからね。見られても恥ずかしくない程度には踊れている、はず……。
ふと目をやった先、ダンスフロアの端っこの方で、兄様がアベルちゃんにダンスを教えてあげているようだった。ふふふ。私もああやって、兄様にダンス、教えてもらったなぁ。懐かしい。
「何を見ているのですか?」
「兄様とアベルちゃん。あっちでダンスしてるの。私もああして教えてもらったなって。懐かしくって」
先生を見上げると、先生も懐かしむように目を細めていた。
「アオイ様のお披露目の時ですね。確か、スマラクト様の足を何度も踏みつけていましたよね」
「そうそう。今みたいに、だんだん曲のテンポが上がっていって――」
言って気が付いた。これ、あの時と同じ曲だ。という事は……。兄様とアベルちゃんに目を戻すと、兄様はアベルちゃんに足を踏みつけられていた。でも、寛大な兄様は、そんな事気にしていない。と言うか――。
「兄様、何だか嬉しそうにしてない……?」
「ダンス中に足を踏まれるのがお気に入りなのでしょうね」
えぇ~。それ、どんな変態さん? 弄られるのが好きなのは知っていたけど、まさか、踏まれるのまで好きとは……。
「何かさ、兄様って残念な人だね……」
兄様って顔は良いし、家柄も良いし、頭も悪くないし、優しいし、頼りがいもあるんだけど、嗜好が残念過ぎる。良いところをかき消して、尚且つ、おつりが来る勢いで残念だ。
「叔父上もなかなかに残念な人ですが、その上を行っていますよね」
「ん。だよね……」
お父様の残念度を一とすると、兄様のそれは十くらいありそう。
「ただ、世の中には、ああいう嗜好の男性を好む女性もいますから」
「えぇ~。いるのぉ?」
「いますよ……たぶん……」
たぶんって……。聞こえるか聞こえないかくらいの声で付け足さないでよ。一気に信憑性が無くなったよ、先生!
それにしても、ああいう嗜好の男性を好む女性、かぁ……。想像するに、ちょっと何かあると、すぐに引っ叩くような人、とか……? 優しく注意するような場面でも怒鳴っちゃうような人、とか……? でも、その行動の根底に愛情がある訳でぇ……。う~ん……。何だかよく分からない人物像だ。キツイ性格とは、またちょっと違うんだろうな。
でもまあ、兄様がそういう人に出会えるんなら、私は応援したい。たとえ、兄様が尻に敷かれようと、幸せになってくれるなら何でも良いんだ。何たって、私は兄様の妹なんだから。兄の幸せを願うのは妹の務めなんだから。




