お披露目 1
移植手術から半月。今日は私と先生のお披露目の日。天候にも恵まれ、絶好のお披露目日和!
今日の為にと、昨日から、私と先生はお城に泊まり込んだ。今日は朝早くからローザさんに髪を結ってもらって、お化粧までしてもらって、お披露目の為の白いドレスに着替えて準備万端! 控室にと宛がわれた部屋でお披露目の開会を待っていると、アオイが会いに来てくれた。
「やだぁ~! アイリス、凄く似合ってるじゃな~い! やっぱり、新婦は白いドレスだよねぇ!」
開口一番、アオイがそう叫んだ。似合っているのに嫌なの? 嫌なのに似合ってるの? アオイの言い回しが時々変なのは、この世界で生まれ育った人じゃないからなのだろうか? でも、それを言ったら、アオイのお母さんのサクラさんと、お父さんのヒロシさんもこの世界で生まれ育った人じゃないけど、こんな変な言い回しはしない。という事は、アオイが変なだけか。そっか、そっか。納得。
「ちょっと、アイリス! アンタ、今、凄く失礼な事考えてたでしょ!」
ギクッ! アオイってば、時々、妙に鋭いんだから。
「ソンナコトナイヨー?」
「んもぉ! 顔に書いてあるってばッ!」
「ソンナコトナイヨー」
「アオイ様。あまり大きな声を出さないで下さい? 国母は淑やかに」
そう言ったのは、私の準備を手伝ってくれていたローザさん。天からの助け。流石はローザさん。最高。大好き!
「う……。スミマセン……」
「それに、言葉遣い。あんた、ではなく、あなたでしょう?」
「ハイ……」
「アオイ様のお言葉が乱れていると、シオン様もそれを真似するのですから。母親として自覚を持って――」
ローザさんのお説教が続く。そうして一通りローザさんのお説教が終わると、アオイは逃げるように控室を出て行った。
アオイはきっと、シオン様を竜王様に預けて会いに来てくれたんだろう。だから、あんまり長居は出来ないよね。そういう事にしておこう。うん。余計な事は考えない方向で。ローザさんが呆れたように溜め息を吐いているのも、私は気が付いてないよ。本当だよ。
「それにしても、アオイ様ではないけれど、本当に良く似合っているわよ、その白いドレス」
気を取り直したようにそう言ったローザさんが鏡越しに微笑む。私も笑みを返した。
「そろそろ、先生の準備も終わるかなぁ?」
「ええ。準備が終わったら、うちの人と一緒にここに来るはずよ」
ローザさんがそう答えた時、控室の扉がノックされた。私が返事をすると、静かに扉が開く。控室にやって来たのは、先生とブロイエさん。それは想定内だったけど、想定外の人達が。兄様とアベルちゃん、カインさんに、ウルペスさんとバルトさん、ミーちゃんまでいる!
「そこでばったり会っちゃってさ~。変に賑やかになっちゃったね」
そう言ったのはブロイエさん。いつもより数段立派に見えるのは、式典用の騎士服を着ているからだろう。普段着にしているいつもの騎士服より、今日の騎士服は装飾が多い。
それは先生も一緒。いつもの白い騎士服よりも装飾が多い式典用の騎士服に身を包んだ先生は、普段よりも数段素敵だ。もちろん、普段から十分に素敵なんですけどね、私の旦那様は。
ウルペスさん、バルトさんも、赤い騎士服に黒いズボンの正装をしている。正装のみんなって見慣れないね。違和感だらけ。そんな事を独り思っていると、ウルペスさんが薄い包みを差し出した。
「ほい。これ。俺からの結婚祝い」
まさか、ウルペスさんから結婚祝いをもらえるとは! 満面の笑みで包みを受け取る。
「ありがとー!」
「俺からも。気に入るかどうかは分からんが」
バルトさんまで! やった、やった! 結構大きいけど、中身、何だろう?
「ありがと! 中身、何?」
「開けてみると良い」
ワクワク! まずは、バルトさんの方から。いそいそと、一抱えある包みを開け、出て来た箱を開く。
「おお! あなた! 見て! カップ! 木のカップ! ポットもある!」
バルトさんがくれたのは、木を削って作ったティーセットだった。こういうの、お城の商業区では見た事が無い。珍しい物をもらってしまった!
「エルフの里の工芸品ですね。城では扱っていないと思いましたが……」
「この間、帰郷する機会があったので」
「と言いつつ、わざわざ買いに行ったんじゃないですかぁ~?」
ウルペスさんがそう茶々を入れると、バルトさんがそんな彼をギロリと睨んだ。黙っていろと言外に言うこの行動、図星だったらしい。
「ありがと、バルトさん! 大事に使わせてもらうね」
「ああ」
「あにゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃ!」
「おっと、そうだったな。忘れるところだった。団長、ミーから祝いの品だそうですよ」
そう言って、バルトさんがポケットから小さな小さな包みを取り出した。そして、それを先生に手渡す。
「僕にですか? 開けても?」
「にゃ」
ミーちゃんが頷いたのを確認した先生が包みを開いた。中には小さな木箱。それを開くと、綿と一緒に親指大の石が入っていた。
「光の魔石に原石です。緩衝地帯の結界の要に使えば、もう数段、良い結界が張れるだろう、と。ミーが探して来たらしいです」
「わざわざ探してくれたのですか? ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
「にゃ!」
光の魔石は、魔石の中でも希少価値が高い。産出量が他の魔石に比べて極端に少ないから。私の杖や先生の魔剣に嵌っている光の魔石で、家が建ってしまうような価値がある。あの親指大の魔石でも、売れば結構良い値が付くだろう。そんな高価な物をお祝いにくれるっていうのは――。
「ミーちゃん、私の旦那様と仲良くしてくれる気になったの?」
「にゃ。にゃにゃにゃにゃ、にゃにゃ~にゃんにゃにゃにゃ」
「うん。私はお姉ちゃんだから、だそうだ。アイリスの姉として、団長と付き合っていくつもりらしい」
「そっか。ありがと、お姉ちゃん」
照れているのだろう、バルトさんの足元でミーちゃんがクネクネしている。ふふふ。可愛い。
「お~い。アイリスちゃんや~い。そろそろ俺のも開けてよ~」
ウルペスさんの言葉にハッとして、今度はウルペスさんのお祝いを開ける。包みを開くと、中から出て来たのは一冊の本だった。
「白亜の騎士と癒しの乙女……?」
「んふふ。俺の新作!」
そう言ったウルペスさんが得意げな顔をする。私はそれを横目に、どれどれと本を開いた。冒頭に目を通すうち、みるみる顔が赤くなる。
「こ、これ……!」
「アイリスちゃん、ラブロマンス好きでしょ?」
「す、好き、だけど……! だけど……!」
自分が主人公のラブロマンスなんて! 恥ずかしい! 何て物を書くんだ、ウルペスさんってば!
「いやぁ、楽しかったよ、その物語書くの。因みに、それには番外編があってねぇ――」
ウルペスさんがニヤニヤしながらブロイエさんに視線を送る。と、ブロイエさんが懐から本を取り出した。
「じゃ~ん! これが番外編で~す。僕が書きました~!」
ブロイエさんが取り出した本の題名は、近衛師団長の憂鬱。あの本は先生が主人公なんだろう、きっと。
「悪趣味な……」
先生が呆れたようにそう呟く。と、ブロイエさんとウルペスさんがイヒヒと、よく似た顔で笑った。嫌らしい笑い方だ。
「僕達、人をおちょくるのが趣味だから~!」
ブロイエさんとウルペスさんが二人で顔を見合わせ、「ねぇ~」と首をこてんとした。何気に、似た者同士だよね、この二人……。
「これくらいで驚いていては、本番が思いやられるな! よきょもが、もがが……!」
声を上げた兄様の口をカインさんが塞ぐ。ええと……? 何事?
「旦那様、奥様、そろそろお時間かと」
カインさんが兄様の口を塞いだまま静かにそう言った。すると、ブロイエさんとローザさんが揃って頷く。
「んじゃ、僕達は会場に行くから。また後で、ね」
「ま、待って! お話が……あるんですけど……」
慌てて呼び止め、おずおずと言う。と、ブロイエさんとローザさんが不思議そうに顔を見合わせた。
「どうしたの? 改まっちゃって」
「あの、ですね……。そのぉ……」
もじもじする私を、みんながみんな、興味津々に見ている。うぅ……。注目されると余計に恥ずかしい。
「アイリス」
先生が促すように私の名を呼び、応援するように私の肩に手を置いた。その手に手を重ね、先生を見る。と、先生が優しく微笑んで頷いた。
「あの……お、とう様、お、お母様……」
恐る恐るそう呼ぶと、ブロイエさんとローザさんが息を飲む音が聞こえた。
「ずっと、中途半端でごめんなさい。本当は、お嫁に行く前にちゃんとしておくべきだったのに……。遅いかもしれないけど、私、お父様とお母様の……娘になりたい……です……。だから、今日から、お父様、お母様って呼んでも……良いでしょうか……?」
「ローザさぁぁぁん!」
叫んだのはブロイエさん。あまりの声の大きさに、私の肩がびくりと震える。因みに、私の肩の上に置かれていた先生の手もびくっとしていた。
「アイリスが! アイリスがぁぁ!」
そう叫んでローザさんに抱き付いたブロイエさんが、おいおいと声を上げて泣き出した。この場にいる全員が引くくらいの勢いで泣いている。そんなブロイエさんの頭をよしよしと撫でているローザさんも涙ぐんでいた。
「もちろん、大歓迎よ。娘になってくれるのなら、私もアイリスと呼ばせてもらっても良いかしら?」
「ん! その方が良い! 今後もよろしくね、お母様!」
今日からローザさんは私のお母様。くふふ。お母様だってぇ。
「ええ。こちらこそ宜しくね、アイリス」
「おどうざまもぉぉ~!」
「お父様もよろしくね?」
「お嫁にやりだぐないぃぃ~!」
駄々っ子になったお父様を見て、誰ともなくクスクスと笑い始める。しばらくの間、控え室には笑い声とお父様の泣き声が響いていた。




