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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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移植 5

 いよいよ手術開始だ。先生の枕元、頭のすぐ上に置いた椅子に座ったノイモーントさんが先生の額に手を添える。そして、呪術を発動させた。


 ノイモーントさんが発動させた呪術は、術の対象者を仮死状態のような深い眠りに落とす上級の術だった。魔術耐性が高い先生は、初級や中級クラスの眠りの術ではすぐに目を覚ましてしまうという判断なんだと思う。


 先生の瞼がゆっくりと落ちた。眠りが深すぎて、ほとんど寝息が上がっていない。注意して見ないと、息をしていないようにも見える。


「では、始めましょう」


「はい!」


 フォーゲルシメーレさんの言葉に私は頷き、先生の顔に穴の開いた布を被せた。穴と手術する左目を合わせて、と。うん。完璧!


 フォーゲルシメーレさんが器具を使い、先生の癒着した瞼を切り離していく。私はそれを、固唾を飲んで見守った。と同時に、言われた器具をフォーゲルシメーレさんに手渡し、使った器具を受け取る。そして、時々、傷口の血を綺麗な布で拭った。


 瞼を開く手術はあっという間だったと思う。フォーゲルシメーレさんは仕上げとばかりに移植用の眼球を入れ、ほぅっと息を吐いた。そして、こちらを向く。


 とうとう私の出番! いそいそと、腰に差してあった杖を抜き、まずは深呼吸。大丈夫。今度こそ、絶対に成功する。ちゃんと、繋げる先の目を入れたんだから。大丈夫、大丈夫。


 私は杖に魔力を込めると、魔法陣の展開を始めた。じわじわと、私の中の魔力が減っていく。けど、初めて使った時よりも余裕がある。だって、今日まで何度も何度も、ホムンクルスの実験で練習した術だから。


「レゲネラツィオーン!」


 発動言語を叫んだとたん、ごそっと魔力を失った。けど、これくらいでへこたれない! だって、ここで倒れたら、先生の目が治ったのを確認するの、遅くなっちゃうもん! 私が一番に確認するんだ!


 グッと奥歯を噛み締め、魔術に集中する。そうして少しして、魔力の減り方が僅かに少なくなった気がした。何度も何度も実験したお蔭なんだろう。最近、魔力の減り方で、傷が治ったかどうか分かるようになった。たぶん、これが治癒術を使いこなすって事なんだと思う。


 術を解除して、深く息を吐く。そして、ノイモーントさんに目で合図を送った。頷いた彼が、先生に掛けていた術を解く。


「う……ん……」


 少しして、先生が身じろぎをした。無事に眠りから覚めたらしい。あとは、視力さえ回復していれば完璧なんだけど……。


「あなた? 分かる?」


「はい……」


「気分は?」


「少しぼうっとしますね……」


 薄らと目を開け、そう言った先生が額に手をやった。呪術と治癒術の後遺症だね。たぶん、少し休めば問題無いだろう。


「じゃあ、少し横になったままでいようね。目は?」


「違和感が……」


「痛むの?」


「いえ……。圧迫感が近いと思います」


「圧迫感……」


 目が無い感覚に慣れていたからだろうか? 痛みじゃなければ大丈夫だろうか?


「この指、見てて」


 先生の目の前に人差し指を立てる。そして、それを右にゆっくり動かし、今度は左に動かく。すると、先生の目がそれを追った。移植した左目もきちんと動いている。


「移植、成功した……」


 そう言った私の声は涙声。目の前の先生の顔が涙で歪んでいる。と、そんな私に先生が手を伸ばした。そして、指で涙を拭ってくれる。


「せっかくなら、笑顔が見たいのですが。笑って下さい、アイリス」


「へへ……。へへへ……」


 へらっと笑って見せるも、涙は止まらない。泣いているのに笑っている、変な顔になってしまった。


「う、上手く、笑えない……!」


「では、笑うのは、また後でにしましょうか?」


 そう言って微笑んだ先生が両手を広げる。私は迷わずその胸に顔を埋めた。先生の目が治った嬉しさ、今度は失敗しなかった安堵、ずっと目標だった治療を成し遂げた達成感。色んな感情が一気に押し寄せ、涙が止まらない。子どものように声を出して泣く私の頭を、先生があやすようによしよしと撫でてくれた。


 待合室で待っていたみんなは、私達の状態を見て、手術の成功を悟ったらしい。口々に私を褒めてくれる。だから、尚更、泣き止むまで時間が掛かってしまった。


 スンスンと鼻を啜りながら顔を上げる。こんなに大泣きして、みんな、呆れたかな……? おずおずとみんなを見回すと、全員が全員、微笑ましいものを見る目で私を見ていた。呆れられてはいないらしい。けど、何だか無性に恥ずかしい!


「この後はどうする」


 そう口を開いたのは竜王様だ。この後……? 思わず先生と顔を見合わせる。


「お茶しに、ウチに寄って行かない?」


 アオイが、竜王様が言わんとしていたらしい事を代弁する。でも、せっかくのお誘いなんだけど……。


「あの、私、少し、そのぉ……」


 実は、魔力を使いすぎたのと泣いたのとで、今、とっても眠かったりする。眠すぎて、頭が痛いくらい。


「魔力を消耗したせいで体調が優れませんか?」


 フォーゲルシメーレさんの言葉にこくりと頷く。先生は魔術耐性が高い。それは、何も呪術だけの話じゃない。全ての魔術に対して、だ。治癒術も例外じゃない。ホムンクルスの実験とは比べ物にならないくらい、今日、私は魔力を消耗してしまった。


 フォーゲルシメーレさんが思い出したように薬棚に向かい、それを漁った。そうして持って来てくれたのは魔力回復薬。キュポンとビンのコルクを抜くと、むわっと独特の匂いが病室に立ち込めた。


「これを飲んで昼寝ですね。起きたら、ラインヴァイス殿の視力と視野を忘れずに確認する事。良いですね?」


「は~い」


 フォーゲルシメーレさんの指示に頷き、受け取った魔力回復薬を一気に飲む。うぇ~。自分で作った薬湯だけど、何度飲んでも不味い!


「僕もアイリスと共に少し休みます」


 そう言った先生に、竜王様は無言で頷いた。そして、病室の扉に向かう。アオイが慌ててその後を追った。フォーゲルシメーレさん、ノイモーントさんも扉へと向かう。


 私はその背を見送り、先生が横になっているベッドの隣のベッドに潜り込んだ。そんな私の元に、ブロイエさんとローザさんがやって来た。


「僕達もこれで帰るから。ゆっくり休むんだよ?」


「ん」


「スマラクトには、私から一報を入れても良いかしら?」


 ローザさんの言葉に、私はこくりと頷く。


「後で私からも連絡するって伝えて?」


「ええ。分かったわ。では、また」


 微笑んだローザさんが私の額に口付けをする。続いて、ブロイエさんも口づけをした。何だかちょっと照れくさい。


「また、ね――」


 お母様、お父様。心の中でそう呼ぶも、気恥ずかしくて口に出す事は出来なかった。去り行く二人の背を見つめる。


「ねえ、アイリス?」


 先生に呼ばれ、私はお隣のベッドで横になっている先生に視線を向けた。


「ん~?」


「どこかでけじめをつけなければならないと思いますよ、僕は」


「ん~……」


 先生が言わんとしている事も分かる。今日までダラダラと中途半端な関係を続けて来てしまったけど、ずっとここのままという訳にもいかないだろう。そんな図々しい事、許される訳が無い。


「けじめつけるならさ、やっぱり、お披露目かなぁ……?」


「でしょうね」


 やっぱりそうだよね。ブロイエさんもローザさんも驚くだろうなぁ。


「誰にとっても忘れられないお披露目になりそうですね」


 そう言って微笑んだ先生に笑みを返す。そうして私達は、仲良く眠りについた。


 目を覚ますと、お日様はだいぶ傾いていた。結構寝ていたらしい。ベッドから起き上がり、う~んと伸びをする。は~。気分スッキリ!


 隣のベッドを見ると、一足先に目を覚ましたのだろう、先生の姿が無かった。どこに行ったんだろう? 小さい頃の私なら、必死になって先生を探し回る場面だ。けど、今はそんな事しない。待っていたら、ちゃ~んと帰って来てくれるって分かってるから。


 けど、目の状態、真っ先に確認したかったんだけどなぁ。不具合があっても困るし。それに、前代未聞の治療をしたんだから、なるべく今日は安静にして、私の目の届く所にいて欲しかった。でも、お昼寝の前に、ちゃんとそう注意しておかなかった私が悪い。


 独り反省をしていると、病室の扉が静かに開いた。なるべく音を立てないようにしているところを見ると、私がここで眠っている事を知っている人物。つまり、先生だ!


「あなた! どこ行ってたの?」


 ベッドから降り、先生の元に駆け寄る。そして、答えを聞く前にどこに行っていたのか分かった。先生の手にはお盆。その上にティーセットとお茶菓子が乗っている。


「食堂に」


「お茶なんて、起こしてくれれば私がもらいに行ったのに!」


「あまりにも気持ち良さそうに寝ていて、起こすのも忍びなかったもので……」


 そう言って、先生がお盆をサイドボードの上に置いた。そして、お茶を淹れ始める。私はそんな先生からティーポットを奪い取った。


「あなたは患者さんなんだから遠慮しないの! お茶だって私が淹れるから、そこ座ってて。それと、今日は絶対安静だよ。お茶飲んだら家帰って、そのままベッドだからね!」


「少し大袈裟ですよ。休んで体調は回復しましたし」


「でも! 前代未聞の治療をしたんだから! 絶対安静!」


「うちの奥様は過保護ですね」


 クスクス笑う先生にティーカップを手渡す。先生はお茶を一口飲むと、ほうっと息を吐いた。見る限り、移植した左目の動きは自然だ。ちゃんと視力がある証拠。でも、どれくらい視力があるのかは、きちんと測ってみないと分からない。


「この後、視力と視野の検査するからね。道具準備するから、お茶飲んで待ってて。どっか行っちゃ駄目だからね」


「ええ。ここで大人しくしています」


 先生が苦笑しながら頷いたのを見届けると、私は診察机へと向かった。机の引き出しを漁り、視力検査用の図と視野検査用の絵、スプーンみたいな形状の目を覆う器具を取り出す。病室の端に椅子を準備して、と。うん。準備は完璧!


「準備出来たよ。この椅子に座って」


「分かりました」


 椅子に座った先生の、左目の視力と視野を確認する。結論から言うと、先生の左目の視力は、思っていたよりも悪かった。すぐ目の前でなければ、文字は読めないくらいの視力しかない。けど、視野の欠損は無かった。それは不幸中の幸いだ。


 視力が悪いのは、移植があまり上手くいかなかったからなのか、それとも、移植したばかりだからなのか。それはまだ分からない。時間が経って失明する可能性もあるし、逆に、身体に馴染んで視力が回復する可能性も無きにしも非ず。つまり、要経過観察だ。

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