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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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移植 2

 いつもより遅い時間になって、バルトさんが秘密の研究室にやって来た。丁度、私は今日の分の実験を終え、実験結果を写本に記している最中だった。


「アイリス、少し良いか?」


 バルトさんにそう声を掛けられ、私は実験結果を記していた手を止めた。見上げたバルトさんの顔は少しお疲れ気味で。厩舎のお仕事、そんなに忙しいのだろうか?


「ん。良いよ」


 頷いて、ふと気が付いた。いつもバルトさんと一緒にいるミーちゃんが、今日は一緒にいない。珍しい事もあったものだ。


「ミーちゃんは? 今日は一緒じゃないの?」


「……ああ。少し、な……」


 そう言ったバルトさんの顔色が悪くなる。少し、ねぇ……。もしかして、喧嘩だったりして。


「もしかして、ミーさんと喧嘩でもしました?」


 ウルペスさんがそう茶々を入れる。と、バルトさんがそんな彼をぎろりと睨んだ。図星だね、これは。


「いつも仲良しなのに。珍しいね」


「仲が良くても喧嘩くらいする。お前と団長もするだろう」


「ん。そうだね」


 確かに。私と先生だって喧嘩くらいする。主に、意見の食い違いで。


「それより、少し意見を聞きたい」


「ミーちゃんの治療に関して?」


「ああ」


 頷いたバルトさんが紙を一枚差し出す。私はそれを受け取ると、目を通していった。ウルペスさんも興味津々で、私の手の中の紙を覗き込む。


 紙に記されていたのは、ミーちゃんの治療法と思しきものだった。身体の不調の原因が、ボロボロの核にあるのではないかという予測と、その対処法。具体的に言うと、リーラ姫のかりそめの身体を作った核と同じ物をミーちゃんに移植するという内容だった。


「どうだ?」


 私が目を通し終わったくらいのタイミングでバルトさんが口を開く。私はう~んと頭を捻った。


「確かに、ミーちゃんの身体の異常、ボロボロの核を見ればそれが原因なのかなとも思うんだけど……。でもね、核ってそもその何? 本来だったらどこにあるものなの? 移植する核に私の要素が少し混ざっていても問題無いの?」


 核に一番詳しいウルペスさんを見る。しかし、ウルペスさんは苦笑しながら首を横に振った。ウルペスさんだって、核を作り出す事は出来ても、それが何かまでは分からない。それに、私の要素がほんの少しとはいえ混ざっている核を、ミーちゃんに移植しても大丈夫なのかも。それが分かるのは、ホムンクルスを生み出した人、つまり、神族しかいないだろう。


「核が何か分からない。他人の要素が混ざった核の安全性も分からない。そんなんでそれを移植するなんて、私は出来ないよ」


「だが――」


「あのね、バルトさん。核が何か分からないって事は、安全性が担保されていないって事なの。身体にとって良くない物って可能性があるの。それこそ、命を奪うような物って可能性があるの。もしかしたら、バルトさんの提案通り、核を移植したらミーちゃんの身体は良くなるかもしれない。でも、ミーちゃんが死んでしまう可能性だって捨てきれない。そんな、万に一つの可能性に賭けるつもり? 私は嫌だよ、そんなの。私の治療でミーちゃんが命を落とすなんて、自分で自分が許せなくなるもん」


「そう、だよな……」


 そう言って、バルトさんは深い溜め息を吐いた。


「もしかして、ミーさんとの喧嘩の原因、これですか?」


 そう言ったのはウルペスさん。するとバルトさんが一つ頷いた。


「ミーは、可能性があるのなら賭けたい、と。だが、俺は、自分で提案しておいて何だが、リスクが高すぎるのではないかと思っている……」


「つまり、この治療には反対だと?」


 ウルペスさんの問いに、バルトさんが深く頷く。


「そうだ。だから、アイリスの意見が聞きたかった。まあ、ここまであっさり却下されるとは思わなかったがな……。だが、これで吹っ切れた。別の治療法を探す」


「ミーちゃんとは仲直り出来そう?」


 私がそう問うと、バルトさんは自嘲気味に笑った。


「暫くは無理だろうな」


「私からも、ミーちゃんに話してみるよ! 危ない治療なんだよって!」


「いや。そっとしておいてやってくれ。ミーも危ない橋だとは分かっているんだ。それでも、その治療法に縋るしかないんだ。今は、それしか縋れる希望が無いんだ……」


「お困りのようねっ!」


 突如、室内に声が響いた。その声を聞いて、驚いたのはたぶん私だけじゃない。


『リーラ姫!』


 全員が全員、声の主の名を叫んでしまったのだから。見ると、戸口の前にリーラ姫が立っていた。え? これ、夢? え? いつ寝たの、私。え? え? 思わず、ウルペスさん、バルトさんを見る。けど、二人とも仰天した顔をしているだけ。今の状況を理解していないのは、私だけじゃないらしい。呆気に取られる私達を余所目に、リーラ姫は部屋の中央、巨大な水槽の傍に寄った。そして、それにそっと触れる。


「へ~。これが私のかりそめの身体なのね。ラインヴァイス兄様みたいな色ね。悪くないわ」 


「これ、夢、か……?」


 ウルペスさんがポツリと呟く。と、リーラ姫がそんな彼の方を向いてニヤリと笑った。


「そうよ。貴方達が困っているようだったから、ちょっと私の世界に呼んでみたの」


「何だって、そんな、消耗するような事……」


「何で? そうねぇ……。バルトと白い子が、ウルペスの研究に協力してくれたから、とかでどうかしら?」


「軽い……!」


 呆れたようにウルペスさんが呟き、額を押さえて項垂れた。私もバルトさんも苦笑するしか出来ない。と、リーラ姫が不服そうに、フンと鼻を鳴らした。


「ウルペスにだけは、軽いだなんて言われたくないわよ!」


「あ~。はいはい。すんませんねぇ」


「ほら! 私よりも軽いじゃない! だいたい、ウルペスはいつもいつも――!」


「あの、痴話喧嘩はまたの機会にして頂けないでしょうか?」


 おずおずと手を挙げ、バルトさんがそう口にする。


「先程の、姫の発言。自分とミーの為に、我々を姫の世界にいざなって下さったと捉えて宜しいのでしょうか?」


「そうよ!」


「姫には、ミーの不調の治療法が分かる、と?」


「ええ。精霊の目を舐めないでもらいたいわね! 私が見れば一目瞭然! あの白い子はね、魂に傷が入っているの。不調の原因はそれ。だから、それを治せばあの子の身体も治るはずよ!」


 自信満々。リーラ姫が胸を張ってそう言った。今度は私がおずおずと手を挙げる。


「あの……。魂の傷って、具体的にはどうやって治すものなんでしょう……?」


「さあ? そんな事、私に分かる訳ないじゃない!」


 一瞬も考える事無く、リーラ姫が即答する。全員が愕然としたのは言うまでも無い。


「じゃあ、そういう事で。伝えたい事は伝えたし、もう限界だから消えるわね」


 にっこり笑ってそう言ったリーラ姫が手を振った瞬間、辺りが真っ暗になった。驚いて飛び起きる。見ると、ウルペスさんもバルトさんも、私と同じようなタイミングで飛び起きたようだった。ええと……。思わず三人で顔を見合わせる。


「と、とりあえず、話を整理しよっか……?」


 私はおずおずとそう提案した。もちろん、それに異論を挟む人はいなかった。みんな混乱してるのは一緒だからね。


 ミーちゃんの不調の原因は魂の傷、と。それを紙に書き込む。精霊の目から見たら一目瞭然と、あれだけ自信満々にリーラ姫が言っていたのだから、これは間違いないんだろう。そして、治療法。魂の傷を癒す、と。そう紙に書き込むも、具体的な方法が浮かんでこない。身体の傷だったら、私が治してあげられるのになぁ……。小さく溜め息を吐きながらペンを置く。


「魂、か……。それはお前の専門分野だよな、ウルペス?」


 バルトさんの問いに、ウルペスさんが頷く。


「そうですね。ただ、傷っていうのがなぁ……。聞いた事が無いんだよなぁ……」


「聞いた事が無いって、普通なら負わない傷って事?」


 今度は私が問う。ウルペスさんは腕を組んでう~んと頭を捻った。


「俺の予測では、ね。普通は負わない傷だし、魂が損傷するなんて事になったら死んでるよね、普通」


「しかし、ミーは生きている」


「たぶん、生きているのが不思議な状態なんでしょうね。魂の傷を癒す……。魂の傷を癒す、か……。あ~! も~! 全っ然分かんねぇ!」


 ウルペスさんはイライラしたように頭を掻き毟ると、机に突っ伏してしまった。傷を癒すのは、治癒術師である私の専門分野。でも、そんな魔術、聞いた事が無い。たぶん、この世には存在しない治癒術だろう。もしかしたら、失われた知識になら、そんな魔法があるかもしれないが、まさか、それを探しに行く訳にもいかないしぃ……。


「そもそも、魂って何なんだろうねぇ……」


 それが分かれば、治療法だって分かるんじゃないかなぁ。すると、ウルペスさんが机に突っ伏した体勢のまま、顔だけこちらに向けた。


「人は肉体と魔力、魂の三つが合わさって出来ていると考えられている」


 ペンを手に取り、ウルペスさんの言葉を紙に書き留めていく。


「肉体を失って魔力と魂だけになったものが精霊、肉体も魔力も失ったものがゴーストちゃんの元になっているものだと考えられている」


「ゴーストの元? じゃあ、幽霊が魂って事?」


「だろうね。証明する術は無いけどね。俺には見えるけど、普通は見えないんだから」


 ゴーストの元が魂で、幽霊と同義、と。


「魂が傷を負わないっていうのは? 何で?」


「う~ん……。肉体と魔力に守られているから、かな? 例えるなら、頑丈な鎧と丈夫な服に全身が守られている感じなんだろうなと思う」


「ふ~ん……」


 これも書き留めておこう。カリカリとペンを動かし、ふと、手を止めた。


「……ねえ? 状態魔術に浄化術ってあるでしょ? ウルペスさん、詳しい?」


「うん。屍霊術に対抗する魔術だからね。一応、一通りは勉強したよ。まあ、俺は魔人族だから使えはしないけど」


「浄化術だなんて紛らわしい名前が付いてるけどさ、あれって、魂に対しての攻撃性のある魔術なんて事、無い? 精霊も、ゴーストなんかの不浄の者も、消滅させられる魔術なんでしょ?」


 ふと思いついた事を口にする。とたん、ウルペスさんががばっと跳ね起きた。


「そっか! そういう考え方も出来るか!」


「私だと、どういう風に魂に作用する魔術なのかとか、何で人族じゃないと使えないのかとかは分からないけど、もし、魂に作用する攻撃性のある魔術だったら、呪術に対抗する回復系治癒術みたいに、作用の流れを変えれば魂の治療も出来るんじゃないかなぁ、なんて……」


 ちらりとバルトさんを見る。バルトさんは難しい顔をして、何かを考えているようだった。


「ウルペスさん的にはどう思う? 可能性、あるかな?」


「核を移植するよりは、治る可能性が高いと思う。ただ――」


 一瞬、ウルペスさんが言いよどんだ。先を促すように私が頷くと、ウルペスさんがおずおずと口を開く。


「この中で浄化術に一番詳しいのは俺なんだけどさ……。さっきも言ったけど、俺は魔人族だから浄化術が使えない。だから、浄化術の作用の方向性を変えた魔術も、きっと、俺だと使えない……」


「ん。それは、私が勉強すれば良いだけでしょ?」


「だけって……。アイリスちゃんには、やりたい事、あるんじゃないの……? 俺は、元々、ミーさんとバルトさんに協力するつもりでいたけど、アイリスちゃんは違うでしょ?」


 やりたい事って……? はて……? 先生の目はもうすぐ治し終わるしぃ……。……あ! あれか! さっきの質問の。私の次の目標の事を言っているのか!


「私は、一人前の治癒術師になりたいんだよ」


「だから、その為に、後回しになっていた回復系の術を勉強するんでしょ?」


「ん。でも、患者さんを診て治すのが治癒術師なんだよ。あ。でも、ミーちゃんはまだ私の患者さんじゃないや。ミーちゃんに、患者さんになってくれるか聞いて来よっと!」


 そう宣言して私は席を立った。ミーちゃんがいるならあそこしかない。アオイの部屋。きっと、今頃、部屋の隅で小さくなっているに違いない。

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